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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

今井照 地方自治講義 ちくま新書

2017-04-30 07:04:00 | エッセイ

 今井照先生の地方自治原論である。地方自治とは何か、を解き明かす。現時点で、地方自治の原理論を学ぼうとするものにとって最良の教科書となるだろう。

 たとえば、私がいま、地方自治論を講義する、ということになった場合、この本を教科書とすれば良い、ということになる。

 今井照氏は、自治体職員出身で、福島大学行政政策学類教授を長く務められた行政学者、地方自治政策論の専門家ということになるが、このところ、親しくお付き合いする機会も得て、ちくま新書の『自治体再建―原発避難と「移動する村」』(2014年)なども読ませていただいて、学者である、ということを超えて、「思想家としての今井照」という域に達しているのではないか、などと考えているところである。

 もっとも、こんなもの言いは、今井先生にとっては、はた迷惑なことかもしれない。実証を旨とする学者にとって、雲をつかむような思想家などという呼ばれ方は決してほめ言葉にはならないのかもしれない。

 しかし、あえて、私は、思想家・今井照、と呼びたい、と思う。丸山真男、松下圭一、今井照、という流れ、というか。

 さて、この本の、章立てを見ていくと、

 

 第1講「自治体には三つの顔がある」

 第2講「地方自治の原理と歴史」

 第3講「公共政策と行政改革」

 第4講「地域社会と市民参加」

 第5講「憲法と市民自治」

 第6講「縮小社会の中の自治体」

 

となる。

 第1講でいう「三つの顔」とは、

 

「自治体には三つの顔がある。

①     土地の区分としての自治体

②     地域社会としての自治体

③     地域の政治・行政組織としての自治体」(14ページ)

 

という三つとなるとのこと。

この本では、主に③を解説することになるという。

 

「以上のように自治体には三つの顔がありますが、この本で使う自治体とは主として、③地域の政治・行政主体としての自治体、のことです。別の言葉では「地方政府」とか「自治体政府」という場合もある。」(16ページ)

 

 ここで「政府」という言葉が出てくることに留意。政府とは、「中央政府」のことばかりではない。

 また、そこに住む住民にも、やはり三つの側面があると述べられる。

 

「東京大学の金井利之さんは、住民には①対象住民、②公務住民、③市民住民の三つの側面があると言う。①対象住民というのは「行政される住民」、つまり自治体行政の対象になる住民です。②公務住民とは「行政する住民」、つまり行政職員と同じように、自分の地域にことについて、まずは自分たちで片づけようという実働機能のことを指します。③市民住民とは「行政させる住民」、つまり自治体の主権者として自治体の政治的な統制者となる。」(37ページ)

 

 私も、職員研修で地方自治について講義するとき、住民には三種類の区別があるのだ、と述べてきた。今となっては、具体的な出典がどこだったのか定かではなくて、あたかも、自分で思いついたような気もしていたのだが、何かの本に同様のことは書いてあったに違いない。

 一つは「行政サービスの対象としての住民」。これは、役所が一般的に住民と言ったときには、ほとんどこのことと言っていい。戦前からのお上のいうことには従順に従うという住民であったり、時にはクレーマーだったりする住民でもありうる。

 二つ目は、「専門性をもって行政に能力を提供する住民。」最近ではたとえばNPO。志ある市民が団体をつくり、時には行政から業務の委託を受けるなどする。実は、建設工事の請負をしたり、物品の納入をしたりする「業者」もこの枠に入る。

 三つめが、主権者であり、参政権を持ち、納税する住民。

 これらは、上の金井氏が言う三つの側面と全く同じことになる。ただし、二つ目は、一見全く別のもの、ひょっとすると相反するものに見えてしまうかもしれない。

 「公務住民」と、「営利企業」とか「下請け業者」が同じものとは思えない、全く別物だろうと。しかし、そんなことはないのである。

(別の観点から、企業が、地元企業なら「住民」ともいえようが、全国企業では、全然「住民」ではないだろうとも言われるかもしれないが、実は、それはそんなに大きな違いではない。)

 対価を得ようが得まいが、公務の中できちんとした役割を果たす、ということに違いはない。専門的な能力を発揮して、適切な対価を得る、というところで何ら違いはない。(その対価がゼロ円である場合とそうでない場合のことは、区別してもう少し丁寧に説明すべきところだが、ここでは省略する。蛇足となるが、私は、純粋に帳簿上の黒字をのみ目指すという意味での「営利企業」は、世の中に存在しない、と考えている。世の中に何らかの意味で役立つために企業は存在している。役立つモノやサービスを提供するために企業がある。適切なマネジメントがあれば、結果として利益が生じるという道筋だと。はじめから利潤、帳簿上の黒字をのみ求めて設立される企業とは「詐欺」に他ならない、と私は思う。これもまた、蛇足だが、気仙沼市では、頭から利益のみを求めて起業するような人物は、とんと見たことがない。よく考えれば、こんなことは改めて言いたてることもないような当然のことだ。このあたりは、平川克美氏の著作など参照。)

 

 第2講「地方自治の原理と歴史」では

 

「学説的に地方自治の根拠を説明すると、①伝来説(承認説)、②固有権説、③制度的保障説、というのに分かれます。」(59ページ)

 

 この三つの説の詳細は、この本なり、自治法についての解説書を読んでいただきたいが、中では、現在、③の制度的保障説というのが通説とされている。しかし、今井氏は、また別の方向から考えることができると述べる。

 

「それは、「私」個人から出発する考え方です。近代化された社会では、私たち一人ひとりがそれぞれに意思を持ち、それを行使する自由がある。」(59ページ)

 

「一九九〇年代後半に地方分権改革が進められました。その司令塔であり調整役でもあった地方分権推進委員会は一九九六年に出した中間報告で地方分権改革の目指すべき目標について「身の回りの課題に対する地域住民の自己決定権の拡充」と言っている。また二〇〇一年の最終報告でも「地方自治とは、元来、自分たちの地域を自分たちで治めることである」と記している。つまり自治体や地方自治の根拠を地域の人びとの自己決定権から導き出している。」(60ページ)

 

「これはそれまでの…(中略)…学説論争にけりをつけるという歴史を画したのではないかと密かに私は思っている。これで決まりとしていいのではないか。」(61ページ)

 

 私は、ここでの今井氏の行論に百パーセント同意したいと思う。地方分権推進委員会の歴史的な役割は決定的なものであったと考える。

 ただ、ちょっと留保しておきたいのは、人びとの自己決定権から導き出されるべきものは、「地方自治」だけでなく、国家の民主主義も同様である。しかし、あえて、「地方」において自己決定権をまず語る、というのは大きな意義があるところではあるのだが、だが、しかし、である。

 「国家」と「自治体」は、「中央」と「地方」は、どちらも政府である点で同等ではあるのだが、やはり、別物である。

 この自己決定権を、草創期のアメリカのように憲章をつくって地域の共同体にゆだねるのか、あるいは、憲法を立てていったん国家にゆだねるのか、ここは、慎重に議論すべきところではないだろうか。

 この本の直前に読んだのは、萱野稔人氏の「暴力と富と資本主義―なぜ国家はグローバル化が進んでも消滅しないのか」(角川書店)である。

 いづれにしろ、現状実際にそうなっているかどうかという実証研究でどうこうではなく、理想的にはどうあるべきなのか、理念についての議論である。ルソーだとか、ホッブスだとか、社会契約だとか、一般意志だとか。(「一般意志」などというのは、抽象的でよくわからないことばの代表格なのだが、そのわからなさがまた大切だというようなたぐいの言葉である。)

 大きな「国家」の前に、小さな「自治体」において、人びとの主権を確立して行こうとする方向は正しい、と私は考える。

 ちなみに、国の「憲法」と、自治体の「憲章」のことは、この本の第5講で議論されている。このあたり、今井先生、よくよくご存じのところで、私などがとやかく言うべきところでもないのだが。

 と、まあ、語るべきことはつきないが、あとは、実際にこの本にあたっていただくこととしたい。

 前著『自治体再建―原発避難と「移動する村」』で語られる村とはそもそも地理的区分ではない、という議論についても改めて語られていて、福島の沿岸自治体の現状から、今井氏の主張はまったくその通りと深く同意するものだが、そのあたりの藩政期の村落についてのそれこそ実証的な研究はどういうことになっているのだろうか、などとは思うところである。このあたりの経緯をまとめた近世史の専門家による新書版などあれば、興味深いものであり、ぜひ、読んでみたい。

 さて、もっと引用して紹介したいところは多いのだが、きりがない。ぜひ、みなさんに、この本を手にとって読んでいただきたいと思う。そして「地方自治」の考え方、その意義を再認識していただきたい。私も、著者今井照氏にならってそう語りたい。

 

「だからもう一度、自治体を私たちが使えるものにしたい。そのために地方自治という考え方を再認識したい。それが本書の思いです。」(おわりに 278ページ)

 

帯にも、こんなことが書いてある。

 

「自治体を使いこなすー市民のための政治・行政に向けて」


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