世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-09-15 07:32:10 | 月の世の物語・余編

その夜、天の国は望月でございました。

醜女の君は、月の光の深く溶け込んだ水盤の水を、匙ですくっては手で丸めて、金の光の飴のような月珠を、懸命に作っておりました。あまりに速く、あまりに忙しく、手を動かすのに夢中になって、もうほかには何も見えないほどです。ああ何と楽しいのでしょう。この小さな手が作る光が、どれだけの人の歩く道を照らしてくれるでしょう。どれだけの人の苦しみを、癒してくれるでしょう。

醜女の君は、それを考えるだけで、幸せでならず、月珠をそれはたくさん作りました。この望月の夜などは、とくにがんばって、二樽ほども作りました。
「ああ、これでまた、多くの方を、お助けすることができるのだわ!」
醜女の君は、樽いっぱいに光る月珠を見ながら、本当に幸せそうに、笑いました。

そこへ、何気なく、小さな歌など歌いながら、王様がいらっしゃいました。王様は木々に縁取られた細い小径を通ってきて、水盤のそばで、一生懸命に、樽の中の月珠を白い袋に詰めている、醜女の君の、すぐ後ろまで歩いてきました。

「やあ、今宵もたくさんできましたね」
王様はやわらかなお声で、醜女の君に声をかけられました。すると醜女の君は、びっくりして振り向いて、王様の顔を見ました。あまりに仕事に一生懸命になっていたので、王様がすぐ近くまで来ていたのに、気付かなかったのです。それはそれはお美しく、お優しい王様が、自分を見て微笑んでいらっしゃいます。醜女の君は、急いで自分の顔を羽衣で隠しました。そして人知れず流れた涙をふき、震える声で、言いました。

「こ、今宵は、とてもよい望月でございましたので…」
「ああ、それなら、とてもよい月珠ができたでしょう。それは、本当によいものになって、人々に本当の幸せをもたらすでしょう」
「そ、そうでしょうか…」
「ええ、もちろん。なぜなら、あなたは、そんなにも、美しいのですから」
また王様がおっしゃるので、醜女の君はまた涙を流し、そこにくずおれるように座り込み、さめざめと泣き始めてしまいました。王様は、少し困った顔をなさいましたが、またおっしゃいました。

「わたしは、真実しかいいませんよ」
「おたわむれを、おたわむれを」
「真実しか、いわないというのに。それをいつ、あなたが信じてくれるか、わたしがどんなに長い間待っているか、あなたがわかって下されば、わたしも本当にうれしいのですが」王様はおっしゃいました。そして、静かに笑って、くるりと後ろを向き、王様はまた、小径を通って行ってしまわれました。残された醜女の君は、涙をふき、明るい月を見あげました。そして心を落ち着け、また月珠を袋に入れようとしたとき、ふと、何か光るものが、ひらひらと、醜女の君のところに、飛んできました。

「まあ、蝶。白い蝶。どこから飛んできたのかしら?」
まるで白い月のかけらの中に、桜の精がこっそりと住みこんでいるような、かすかに紅を帯びた白い蝶が一匹、ひらひらと飛んできて、醜女の君の、小さな白い花のような手の、指先にひらりと止まったのです。醜女の君はびっくりしました。自分の手が、あまりに白く、美しく見えたからです。でも醜女の君はすぐに「いけないわ」と思いました。「自分を美しいなどと思っては。そんなはずかしいことを考えては」

白い蝶は、風にひらりと飛び上がり、醜女の君の周りを一回くるりと回って飛んだあと、まるで、こちらへ来なさいと言うように、風に乗って飛んでゆきました。醜女の君は、吸い込まれるように、蝶のあとについていきました。すると、いつしか、彼女は、細道を歩いていく王様のあとを、小走りに追いかけていたのです。王様は、気配に気づいて、振り向きました。そしてあとについてくる醜女の君を見て、また微笑みました。

「おや、蝶だ。ああ、神よりの御文ですね」王様も、白い蝶を見つけて、おっしゃいました。
「神よりの御文?」醜女の君は、王様の近くまで走ってきて、言いました。
「ええ、蝶は、神がわたしたちに下さる、美しいおことばの手紙なのです。神のお導きの言葉が、その翅の文様に書かれています。魔法をもう少し勉強すれば、それが読めるようになりますよ」
「まあ、神様のお言葉が、蝶の翅に書かれているのですか?」
「ええ、そうです」
「どこにいくのでしょう?」
「さあ、追いかけてみましょう」

そうして二人は、しばらくの間、白い蝶を追いかけて、並んで道を歩いて行ったのです。やがて蝶は、明るい孔雀色の林の中に飛び込んで行って、そこで光にとけて、すらりと消えてしまいました。醜女の君は、そのときになって、王様とずっと二人きりで並んで歩いてきたことに気づいて、頬を染めて恥じらいました。森も、月の光も、王様も皆美しくて、胸が少しときめいて、しばしの間彼女は、自分が醜いことなど忘れてしまいました。なんだかとても気持ちがうれしく、醜女の君は、胸に白い花がぽうぽうと咲いたような気がして、しばしの間、王様といっしょに、蝶の消えて行った林の中に差しこむ、白いびろうどのような月の光を浴びていたのです。

やがて王様は、それはお美しい声で、おっしゃいました。
「あの蝶の翅に書いてあった歌を、歌ってさしあげましょう」そして王様は、空を見あげながら、澄んだ声で、とてもおやさしい歌を、歌い始めました。

ああ まことのそらの星の
なみだのかたる ちいさきことのはを
きくひとは ききたまえ

ああ そのみちの いと暗きも
いと難きも いとつらきも
ああ そのみちの まずしきも
さむきも あつきも くるしきも
すべては まことの月のみちなれば

ますぐなる琴の糸のように
しんじてすすみたまえ
はるか闇の底の 荒野に落ち
神の国のはての 風の波に溺れ
かなしみばかりが いばらのように
その足を傷つけようとも
それがかつてなき新しき道をつくる
愛のおおいなるこころとおもいたまえ

ああ みにくきも うつくしきも
たかきものも ひくきものも
そのむねに ききたまえ
まことのそらの 星のこころは
すべてを すべてを愛に導くと

王様の声は水晶の魚のように、風の中を素早く泳いで流れてゆきます。それがあまりに清らかで、お美しいので、醜女の君は、しばし我を忘れて聞き入っておりました。

ああ、王様は、真実のことしか、おっしゃらないのに、なぜわたしはそれを信じないのかしら? 醜女の君は、そう思いながら、自分の手を見ました。それはほんとうに、白い花のように清らかで、愛らしく、まるで赤ん坊の手をもっとかわいらしくして、きれいに整えたようなかたちをしていました。

ああ まことのそらの星の
なみだのかたる ちいさきことのはを
蝶のごとき ちいさき白き文にて
あなたのこころに とどけましょう

王様はそこで歌い終わると、傍らの醜女の君の方をご覧になり、やさしく透き通った声で、まるで眠っている赤ん坊にささやくように、おっしゃったのです。

「帰ってきますよ。人々が」
「人々が?」
「ええ、もうすぐ」

王様は微笑みました。醜女の君も、おずおずと微笑み返しました。そうして、王様と醜女の君は、しばしの間、小さな幸福をともにしながら、静かにまなざしを交わしました。

空の月は、その丸い顔を、天の国に触れんばかりに近づけて、そっとふたりの様子を見守っておりました。


(完)



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