思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

『私はアセンションした惑星から来た』 オムネク・オネク 

2016-10-15 14:46:23 | 思想、哲学、宇宙論
http://blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/55036208.html



自分たちの欲するすべての物が手に入るアストラル界にいる私たちにとって、問題や教訓というものは別なところにあります。物理的な世界では、・・・中略・・・、物理的な問題が純粋に感情的な問題を上回っています。いっぽうアストラル界においては、私たちは物理的な問題から解放されて、自らの感情にもっと丸ごと向かい合い対処するようになっているのです。金星人たちは情緒のバランスを維持するために多大な努力を払わなければならないのです。(p.237)



世界は人間の集合的な思念を反映して創られているのです。木がどのように見えるかという心のイメージが世代から世代へと引き継がれて、これらの思い込みの思念が木々を変わらぬ姿のまま保っているのです。人の心のイメージが変化すれば、木々も変化するのです(訳注:これは現代の量子力学にも通じる考え方である)。人が「これは不可能だ」と言う時、彼は制限された考え方から発言しているのです。あらゆることは可能なのですが、無知であるがために人は自らに制限を設けているのです。(p.200)


金星では成長するにつれ、住民は都会を離れ、大量生産の利便性を捨て、より自然な生活を営むために村落で自給自足の生活を送るようになりました。各人はより個性的で創造的になるように、自分自身に必要なものの大半は自分自身でまかなえるようにしました。
 精神的に進化を遂げた惑星は自然な結果として、創造的に個性を表現する独創的な人間の住む星となっています。偉大なる変容の前、金星の人々は芸術活動に没頭していて、生活のすべての領域において、創造性が何よりも大切なものとみなされていました。調和と美しさの創造の中に自分自身を表現することがまさに自己の存在目的であると考えられていたのです。そして金星で栄えていた文化はすでにアストラルレベルまで進化していたので、アストラル界への移行は抜本的なものではありませんでした。私たちの同胞は生存のために必要なことよりも、人生における創造的な喜びに専心していましたが、移行後も家族と家庭がひきつづき生活と創造的表現の中心となっていました。(p.221-222)


博物館を訪れる発明家たちは、地球からだけでなく、物理的な世界の他の惑星からもやってきますが、彼らは意識的に、もしくは睡眠中の夢の中で体外離脱して、自身の問題への解決策を入手しようとしているのです。・・・中略・・・。本当のことを言えば、みなさんの物理的世界におけるすべての発明は偉大なアストラル博物館に起源をもっているのです。最初の発明はまず・・・中略・・・アストラル界に住む科学者たちによってなされ、上から降りてきたアイデアをこのアストラル界の環境で完成させてから、次にそれを物理的な世界に適応させていくのです(異なった密度の世界に降ろすためには、それぞれの密度に固有の特性と法則に適合するように変換させる必要があるのです)。密度の濃い世界での創造性とは、より希薄な世界での現実に既に存在しているものを感受する能力に他ならないのです。その根底にある精神的な法則は「上の如く、下も然り」です。(p.146-147)



この広大な宇宙は多次元の平行世界となっているのです。今、地球はかつての金星と同じような変容の時を迎えています。(・・・中略・・・)。
 地球の人々の意識がしだいに変化し、より高いレベルへと向かっています。もしこの状態がこのままつづき、スピリチュアルな発展を遂げていけば、まさに金星で起こったものと同じ変容がここでも起こるのでしょう。ただそれは劇的な変化ではなく、非常に緩やかなプロセスです。とても自然なものであるため、多くの人々は自分たちが移行の過程にあることにほとんど気づいていません。あなたが瞑想したり祈りを捧げたりする時は、穏やかで調和した変容のプロセスをイメージすることにエネルギーを注いで下さい。それが地球の周波数を高めるためにあなたができることなのです。そして多くの人々が意識レベルを向上させた時、私たちは進化したテクノロジーを地球に提供するつもりです。(p.386)


魂がカルマの清算をしなければならない領域は、物理的世界だけではありません。アストラル界、コーザル界、そしてメンタル界でも魂はこれまで生きてきて、カルマを作ってきているのです。上層世界への旅の中で、魂はまず下層世界でやり残してきたことをすべて片付けなければなりません。(p.89)
 金星の人々はあたかも物理的な世界を去って金星から姿を消してしまったかのように見えましたが、彼らは単にアストラル界で金星人としての生活を継続することを選んだだけなのです。彼らですら、物理的な世界でのカルマを負っており、いつの日かはアストラル界を去って物理的な世界に再び生を受け、勘定の精算をしなければならないのです。(p.113-114)



今日のアストラル界にはそこが究極の天国だと信じ込んでいる多くの人たちがいます。そこは物理的な世界よりも遥かに美しいところであるからです。スピリチュアルな法則にきわめて一致した生き方をしている人々が住む惑星はどこも、地球の人々にとってはほとんど天国のような場所に思えてしまうことでしょう。金星もそのようになっていますが、それはそこに住む人々の意識状態の反映なのです。(p.92)


 アストラル界では実際には乗り物は必要ではないのです。私たちは思念の移動、つまり目的地に注意を向けることによってその場に姿を現すことができるのです。ただ何名かで移動する場合は、それぞれが異なった場所や違った時間帯に現われてしまうこともあるため、グループで移動する際は同じ宇宙船に乗って同じ場所へ同時刻に到着する方法のほうが好都合なのです。(p.128-129)


 私たちのドーム型の乗り物は驚くほどシンプルな宇宙船で、内部に座席があるだけの透明なガラスのドームのように見えます。伯父は思念の力だけで宇宙船を進ませたり方向を変えたりできましたので、そこにはエンジンも制御盤もなく、ただのシンプルなきらめく半球だったのです。(p.129)



アストラル界では物体はとても高い周波数のもとにありましたので、私たちの想念でそれを動かしたり、変化させたり、周囲のエネルギーからそのまま顕現させたりすることができるのです。私たちがおままごとをする時はいつでも本物の家を顕現させて、衣服は心の中に視覚化したものを細部に至るまで正確に再現するのです。金星の子どもたちがこのような創造の能力について教えられるのは、物理的な世界の子どもたちが歩き方や読み書きを必ず教わるのとまったく同じように必須のことなのです。私が伯母から創造のための訓練を受けた時はまだとても幼い頃で、2歳か3歳くらいでした。私はこれから創造しようとする物体の全方向からの姿、色、そして構造を正確に心に描き、そして顕現する物体の数を決めなければなりませんでした。(p.138)

アストラル体は物理的な世界の肉体と同じかたちをしていますが、それより遥かに美しいもので、周囲から直接エネルギーを吸収することで光り輝いたまま生きているのです。アストラル体には実際には内臓はまったくありませんが、人々は過去の習慣からただ純粋に楽しむために食べたりもしています。食物は飲み込まれた瞬間に都合よくエネルギーに還元されます。(p.157)


 アストラル界では私たちはただちに新しい体験を試みようとなしないのです。そうするのは、それが私たちに紹介された時か、あるいは今宵の舞踏場のような特別な機会が訪れた時だけです。制限の無い世界に住んでいる私たちは、一度にあらゆる体験をしてしまわないように注意する必要があるのです。さもなければ人生の半ばで飽きてしまう恐れがあり、アストラル界においてはそれは何千年もの歳月になるのです。(p.180)



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