一人旅の良いところは、見たいところを見て、行きたいところに行けることだ。
誰にも気兼ねしなくていい。
一人旅の欠点は、孤独になりがちなことだ。
なにかあっても誰も助けてくれない。
日本語の話相手もいない。
読書や独り言など、一人で時間を潰す方法を考え出さなければならない。
どこの国でも、男と女のさや当ては見ていて飽きない。
金銭を媒介にした場合、さらにその悲喜劇は面白さを増す。
そんな光景が日々展開する場所を歩くのが、一種の趣味になった。
そこに国民性というか民族性らしきものが見て取れるような時は、にわか評論家的な気分に浸ることができて、楽しかった。
インド・ムンバイの娼窟を歩いていた。
この時は、わざわざ足を運んだのではなく、ガイドブックに載っていた安宿の奥の通りがそういう場所だったのだ。これ幸いと、いつもの批評家気分で観察することにした。
にわか評論家として、すぐに奇妙なことに気づいた。
通常は女が客の気を引いたり、男も冷やかしをしたりして、男女がにぎやかに入り乱れているのが普通だ。
しかし、ここにそんな心温かな交流は見られない。
男集団と女集団が道路を挟んで向かい合い、それぞれ横一列に並んでいる。
道路を挟んだ、ぎこちない集団見合いのようだ。
男たちは、血走った眼で道の向こうの女たちを見つめる。
品定めといった余裕はなく、腹を空かせた狼という形相だ。
それが横一列に並んだ光景を想像してほしい。
それに対して、女たちは漫然と立っているだけのように見える。
手を振るでもなく胸を出して男たちを挑発するのでもなく、視線を合わせようともしない。
これで商売が成り立つのか心配になる。
ひとりの男の視線が一点に固定して動かなくなった。
瞬きも忘れて顔をこわばらせている。息が異常に荒い。
こいつあぶないんじゃないかと思った瞬間。
前触れもなくダッシュして女に突進する。
二言三言交わしただけで、すぐに部屋に入っていく。
女の言い値で交渉成立したのだろう。インド文明の清華である価格交渉は一切なかった。
インド人にあってはならない行動だ。
交渉は焦ったほうが負けである。男のほうとしてはズボンを汚したくないという急ぐ理由があったのかもしれない。
皮肉な心持ちで、男たちの列を女たちの列のほうから眺めていた。
性欲で血走った顔が立ち並ぶ様は、異様であった。
私が女ならすぐ逃げだすだろう。
いきなり腕を掴まれた。
体ごと巻きついてくる感じで引っ張られ、前進しようと出していた右足が宙に浮いた。
転ばないようにバランスを保つため次の足を踏み出せず、自然に立ち止まることになった。
振り向くと、小柄な女の子が腕を掴んでいた。
「私と寝ない?」ヒンディーではなく、英語で言った。
「もう済ましてきた後だから」
もはや自然に使えるようになった、断りの常套句だ。
彼女はしぶしぶ手を放してくれた。
一晩に一回だけ、は世界中で通用する真理なのだろう。
周囲の注目をかわすために、奥のほうに歩いていった。
調子に乗って、脇の道にも入ってみた。
特に危険そうな雰囲気はない。
表通りに比べれば、人影がまばらなだけだ。
特に面白くもないので、引き返そうとした。
いきなり腕を掴まれた。
体ごと持っていかれる感じで引っ張られ、前進しようと出していた右足が宙に浮くだけではすまず、そのまま両足ごと身体が引きづられてしまった。
立ち止まるどころか不自然な後退だ。
振り返った。大柄な女が腕を掴んでいた。
しかし、女ではないことはすぐわかった。
女の恰好はしている。化粧もしている。
しかし、首が太い。ノドボトケがある。
知らないうちに、嗜好の違う場所に立ち入っていたようだ。
私の手を拘束している「彼女」が何事か言った。
英語ではない。ヒンディー語で値段を言ったのだろう。
こちらは「彼女」の値段などに興味はない。
「もう済ましてきた後だから」などとは言わず、無言のまま問答無用で手を外そうとした。
バンリキに鋏まれたように、びくともしなかった。
いつの間にか周囲は御同類の方々に囲まれていた、
交渉は焦ったほうが負けである。しかし、私には急がなければならない理由があった。
誰にも気兼ねしなくていい。
一人旅の欠点は、孤独になりがちなことだ。
なにかあっても誰も助けてくれない。
日本語の話相手もいない。
読書や独り言など、一人で時間を潰す方法を考え出さなければならない。
どこの国でも、男と女のさや当ては見ていて飽きない。
金銭を媒介にした場合、さらにその悲喜劇は面白さを増す。
そんな光景が日々展開する場所を歩くのが、一種の趣味になった。
そこに国民性というか民族性らしきものが見て取れるような時は、にわか評論家的な気分に浸ることができて、楽しかった。
インド・ムンバイの娼窟を歩いていた。
この時は、わざわざ足を運んだのではなく、ガイドブックに載っていた安宿の奥の通りがそういう場所だったのだ。これ幸いと、いつもの批評家気分で観察することにした。
にわか評論家として、すぐに奇妙なことに気づいた。
通常は女が客の気を引いたり、男も冷やかしをしたりして、男女がにぎやかに入り乱れているのが普通だ。
しかし、ここにそんな心温かな交流は見られない。
男集団と女集団が道路を挟んで向かい合い、それぞれ横一列に並んでいる。
道路を挟んだ、ぎこちない集団見合いのようだ。
男たちは、血走った眼で道の向こうの女たちを見つめる。
品定めといった余裕はなく、腹を空かせた狼という形相だ。
それが横一列に並んだ光景を想像してほしい。
それに対して、女たちは漫然と立っているだけのように見える。
手を振るでもなく胸を出して男たちを挑発するのでもなく、視線を合わせようともしない。
これで商売が成り立つのか心配になる。
ひとりの男の視線が一点に固定して動かなくなった。
瞬きも忘れて顔をこわばらせている。息が異常に荒い。
こいつあぶないんじゃないかと思った瞬間。
前触れもなくダッシュして女に突進する。
二言三言交わしただけで、すぐに部屋に入っていく。
女の言い値で交渉成立したのだろう。インド文明の清華である価格交渉は一切なかった。
インド人にあってはならない行動だ。
交渉は焦ったほうが負けである。男のほうとしてはズボンを汚したくないという急ぐ理由があったのかもしれない。
皮肉な心持ちで、男たちの列を女たちの列のほうから眺めていた。
性欲で血走った顔が立ち並ぶ様は、異様であった。
私が女ならすぐ逃げだすだろう。
いきなり腕を掴まれた。
体ごと巻きついてくる感じで引っ張られ、前進しようと出していた右足が宙に浮いた。
転ばないようにバランスを保つため次の足を踏み出せず、自然に立ち止まることになった。
振り向くと、小柄な女の子が腕を掴んでいた。
「私と寝ない?」ヒンディーではなく、英語で言った。
「もう済ましてきた後だから」
もはや自然に使えるようになった、断りの常套句だ。
彼女はしぶしぶ手を放してくれた。
一晩に一回だけ、は世界中で通用する真理なのだろう。
周囲の注目をかわすために、奥のほうに歩いていった。
調子に乗って、脇の道にも入ってみた。
特に危険そうな雰囲気はない。
表通りに比べれば、人影がまばらなだけだ。
特に面白くもないので、引き返そうとした。
いきなり腕を掴まれた。
体ごと持っていかれる感じで引っ張られ、前進しようと出していた右足が宙に浮くだけではすまず、そのまま両足ごと身体が引きづられてしまった。
立ち止まるどころか不自然な後退だ。
振り返った。大柄な女が腕を掴んでいた。
しかし、女ではないことはすぐわかった。
女の恰好はしている。化粧もしている。
しかし、首が太い。ノドボトケがある。
知らないうちに、嗜好の違う場所に立ち入っていたようだ。
私の手を拘束している「彼女」が何事か言った。
英語ではない。ヒンディー語で値段を言ったのだろう。
こちらは「彼女」の値段などに興味はない。
「もう済ましてきた後だから」などとは言わず、無言のまま問答無用で手を外そうとした。
バンリキに鋏まれたように、びくともしなかった。
いつの間にか周囲は御同類の方々に囲まれていた、
交渉は焦ったほうが負けである。しかし、私には急がなければならない理由があった。
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