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行き過ぎた報道は「筆の暴力」ではないでしょうか?

行き過ぎた報道は「筆の暴力」ではないでしょうか?

1. 神戸新聞の報道とやりとり

 8月4日(金)の神戸新聞朝刊第29面に私の名前を黒枠白地抜きで大きく見出しを付けた記事が掲載されました(別添1)。前日(3日)に議員会館の事務所他で神戸新聞の記者の取材に対して、丁寧にしっかりと対応させて頂いたにもかかわらず、私が灘校に圧力をかけたかのように誤解を生じさせるものでした。
 同日、「灘校に圧力をかけるとは、けしからん」、「灘のOBとして、情けない。学校に謝罪せよ」、「教科書の検閲をするような議員は即刻辞職せよ」、「記事にされるようなことをするな」、「自民党の国会議員は右傾化してこんな圧力をかけるとんでもない奴ばかりだ。森友学園も加計学園も、どれもこれも同じだ。辞めてしまえ。」等と、私の神戸事務所と議員会館事務所に電話、メールがひっきりなしに入り、対応に追われる状況となりました。
 同日午後、神戸新聞に電話で抗議を行ったところ、16時半過ぎになって高士社長から電話があり「記事の件は編集局長の責任であり、自分は関係がない。」との会社の全責任を有する代表取締役とは思えない発言の電話があり、その後、大国編集局長から「記事については全く問題がない」との電話があり、「そのようなご回答では納得できません」と盛山からは返事をしたところです。
 また、7日(月)朝、三宮で街頭活動を行っている際にも、「お前みたいな奴がこんなところで恥ずかしげもなくしゃべるな」、「早く議員を辞めろ」、「灘校に謝罪せよ」等と、大声や罵声を浴びております。
 同日、弁護士と相談の上、神戸新聞宛に抗議文を発出しました(別添2)
 10日(木)に神戸新聞第27面に再度関連記事が掲載され、私の名前は掲載されませんでしたが、4日の記事を訂正する内容のものではありませんでした(別添3)
 14日(月)付の神戸新聞社側からの回答書が16日(水)に届きましたが、「記事内容も見出しを含めて真実に合致」との紋切型の回答でありました(別添4)
 19日(土)に神戸新聞第12面に「衆議院議員は(中略)当時は副大臣の立場だった。政治的圧力ととられかねない行動は慎むべきだろう。」と書かれた社説が掲載されました(別添5)

2. 経緯

 昨年の早い時期に、ある人(詳細は伏せます)から「(盛山の母校の)灘校が学び舎の教科書を採択している。少数の学校しか採択していない教科書を採択したのは何故なのですか?」と問われ、それに対して、和田校長に「このように聞かれているのですが、どうしてですか?」と尋ねました。和田校長からは「覚えることだけではなく、考えることに重点が置かれている教科書であるから採択したものです。文科省の検定を通っている教科書を採択することに対する批判であれば、文科省に言って下さい。」との回答があり、「なるほど、そうですね。」と納得して電話を切りました。
 8月3日16時過ぎに議員会館に神戸新聞の藤森記者が突然押しかけてきて、「盛山が灘校に圧力をかけたのはなぜか?」と言わんばかりの取材を受け、「それは違う。聞かれたから、和田校長に話しただけです。圧力をかける意図は全くない。和田校長に確認してください。」と説明しました。同日19時過ぎに、東京のパレスホテルでの「神戸の集い」の会場で、当該神戸新聞記者から「調べたところ、盛山議員と和田校長は親しい関係で、和田校長は盛山議員から圧力を受けたとは思っていないようですね。」と、今度は穏やかな口調で話しかけてこられたので、「そうですよ。何も圧力をかけていません。聞かれたので、問い合わせをしただけですよ。」と答えました。
 しかし、4日の神戸新聞第29面には大きく「慰安婦問題記載」「灘中に「教科書なぜ採択」」「盛山衆議院議員と県議問い合わせ」「校長反発「圧力感じた」」との見出しが躍り、私が灘校に圧力をかけたと誤解されるような記事になっていました。その後、多くの電話、メールが事務所に殺到し、街頭でも私が大声、罵声を浴びたことは前述の通りです。
 そもそも私と和田校長は、灘校の一年先輩後輩で親しい間柄です。4日の夕刻に電話で話したところ、和田校長は「神戸新聞の取材に対して、盛山議員から圧力を受けたのでは決してありませんと答えたのですが、このような記事になって、残念です」と、私に答えてくれました。

3. 私の所感

 当事者二人が「圧力をかけていない」「圧力を感じてはいない」と取材時に主張しています。しかし、事実とは異なる記事が掲載されています。これが公正な報道といえるのでしょうか?何らかの意図があるのではないかと、怖くなります。

 19日の社説に関しては、まず、私は文科省を所管する立場にはありませんでしたので、政治的圧力をかけることはあり得ないことです。法務副大臣としては、日本弁護士連合会からの法務行政に関する様々なご意見に関して、何度もやり取りを行いましたが、私からの発言について、日本弁護士連合会の会長・事務局長は政府側からの政治的圧力とは感じられなかったものと思料しております。仮に大臣等の政府の役職にあるものが何らかの問い合わせをすることが全て政治的圧力とされるなら、活字文化議員連盟や税制・再販制度に関する懇談会に政府の役職を有する議員が出席して、新聞に対する軽減税率適用や再販制度の維持について発言することも、政治的圧力をかけることになってしまうのではないでしょうか?和田校長も私も両者が神戸新聞の取材に対して、「圧力をかけていない」「圧力を感じてはいない」と答えているのですから、バイアスのかかった社説を掲載されることには、悪意ともとれる何らかの意図を感じざるを得ません。

 誰でも誤りをおかすことはありますが、誤った記事を掲載したら訂正すべきではないでしょうか?

 神戸新聞側の「公共の利害に関する事実について、取材を尽くしたうえで、公益を図る目的で掲載するに至ったものであり、記事内容も見出しを含めて真実に合致しており、名誉棄損等の違法性が認められないと判断する」との主張は、自己弁護のみの一方的な主張と言わざるを得ません。
 昨今の一部のマスコミのあり方には眉をひそめておられる方も少なくないと思います。興味をそそる見出しで人を攻撃の俎上に載せることが、公益を図る正義なのでしょうか。
 事実を正確に記載せず、読者を誤解させるような大きな見出しや記事・社説を掲載することは、社会の公器といわれる新聞にあるまじき行為ではないでしょうか?
 新聞倫理綱領には、「報道は正確かつ公正でなければならず」、「報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる」とあります。


 まずは、正確な記事を掲載すること。次に、誤解を与えない見出しを掲載することが基本です。スポーツ紙や専門紙、週刊誌やテレビのワイドショーにも期待したいと思いますが、特に、一般紙、地方紙は、節度を持った品格ある報道をすべきではないでしょうか。
 新聞倫理綱領には、「記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。」とも記載されています。

 報道は国民の知る権利にこたえ、特に新聞の「筆の力」は、公共的、文化的使命を果たすこと。

 国が発展し、世界の中で評価を得て、国民皆が幸せで、日本に生まれて良かったと感じる暮らしを実現すること。私は、そういう仕事がしたいと思い、国家公務員になり、議員になりました。
 特に、議員になってからは、ご選出頂いた有権者の皆様に「盛山を選んで間違いがなかった」と感じていただけるような行動をとるべく、毎日、私自身を律してきたつもりです。
 報道に携わる方々も、日本を世界に誇れる国にしていくため、公共的、文化的使命を果たすため、「筆の力」を使って頂きたいと思います。
 報道とは何のためにあるのかを常に考え、読者から信頼され、読者がなるほどと納得するような報道をされることを神戸新聞に強く期待するものです。

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