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北米地域との青少年交流(KAKEHASHI Project-The Bridge for Tomorrow-)

日本語を勉強している米国大学生を日本政府が招待する「北米地域との青少年交流(KAKEHASHI Project-The Bridge for Tomorrow-)」プログラムで、514日(火)から18日(土)まで、マレー州立大学とケント州立大学の約50名の学生が神戸を訪れてくれました。

神戸学院大学、関西学院大学と大学交流を行い、人と未来防災センターで震災・防災対策について講習を受けた他、有馬で温泉に入ったり、灘地区で日本酒工場を見学したり、六甲アイランドのカネテツデリカフーズでちくわの手作り体験をしたり等、日本文化・伝統・地場産業に触れて理解を深めてもらいました。最終日の18日は抜けるような青空が広がり汗ばむ陽気で、神戸市内の各区で「こうべ祭り」が開催されていました。新長田でクールジャパンの代表として「KOBE鉄人プロジェクト―漫画家横山光輝―」を見て、その後お好み焼き屋さんで昼食をとってもらいました。

 私は18日のお好み焼き屋さんに参加させて頂き、関西はお好み焼き、タコ焼き、うどんなどの「粉もん」文化の中心であることや、お好み焼きの作り方、長田名物そばめしの名前の由来、こんにゃくはどのようにして作られるのか等を学生さんに紹介し、和気藹々とした時間を過ごすことができました。学生の皆さんはある程度日本語や日本文化を理解しているのですが、英語と日本語のチャンポンでのやり取りとなり、笑いが絶えませんでした。

(写真)お好み焼き屋さんの前の広場で

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(写真:神戸市提供)東灘うはらまつりで

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バレンタイン広場

神戸市東灘区の「だんじりカレンダー」は5月から始まります。それは、毎年ゴールデンウィークの53日、4日、5日の3日間、東灘区の彼方此方で31基の「地車(だんじり)」が運行され、地車一色に染まるからです。

そんな東灘区に、今年はもう一つの観光スポットがお目見えしました。53日にイタリアのテルニ市長が来神して、阪神御影駅南口にバレンタイン広場がオープンしたのです。

テルニ市といってもピンとお分かりになる方は少ないと思います。テルニ市はローマの北北東約75kmに位置する人口約113千人の都市です。テルニ市にはサン・バレンティーノ教会がありますが、その名前の由来はテルニの司教サン・バレンティーノ(聖バレンタイン)の遺骸を安置していることによります。サン・バレンティーノはキリスト教徒間ではなく、異教徒とキリスト教徒との結婚を祝福したことにより、ローマ元老院の迫害を受けて西暦273214日に殉死しています。

サン・バレンティーノは教会の庭の花を贈ってカップルを祝福したといわれていますが、それが日本では女性が男性にチョコレートを贈る日となりました。

何故、日本では214日のバレンタインデーにチョコレートを贈るようになったのかについては、諸説がありますが、神戸を発祥の地とするモロゾフ()が大きな役割を果たしています。昭和6(1931)年に創立されたモロゾフは、翌昭和7(1932)年に早くもバレンタイン・チョコレートを販売し、昭和11(1936)212日には英字新聞である「The Japan Advertiser」にバレンタインデーにチョコレートを贈る広告を出しています。(もっとも、日本でバレンタインデーに女性が男性にチョコレートを贈るようになることが定着するのは昭和50年代頃からです。)

テルニ市のサン・バレンティーノ教会からバレンタインデーが世界中に広がりました。神戸市が日本におけるバレンタインデー発祥の地であることから、昭和61(1986)年から両市は観光交流を行っています。平成23(2011)9月に神戸市長他がテルニ市を訪問してテルニ市が認める「バレンタイン」の名をつけた広場を整備することに合意し、この度テルニ市のジローラモ市長が来神し、53日にバレンタイン・モニュメントの除幕式を行いました。阪神御影駅南口の駐輪場等を移転して「バレンタイン広場」を整備し、広場には愛を誓い合えるようなモニュメント等を設置しました。教会の柱を模して上部をハート形にくり抜いたすっきりとしたモニュメントで、そこでカップルが手をつなぐと愛が成就すると言われる神戸の新観光スポットになりました。

また、広場の南側のバス停は、モロゾフ()が板チョコレートをデザインしたバス停にリニューアルし、なかなか他所では見られない洒落たバス停となっています。

(写真:神戸市提供)「バレンタイン広場」モニュメント除幕式

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(写真:神戸市提供)モニュメントの前で(左側がジローラモ市長、モニュメント後方が藤澤御影地区まちづくり協議会会長、右側が矢田市長、安井神戸市会前議長、盛山、モロゾフ()川喜多会長)

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(写真:神戸市提供)弓場地区の地車(だんじり)に乗る両市長(左が矢田市長、真中が谷口御影弓場自治会長、右がジローラモ市長)

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(写真)板チョコをデザインしたバス停

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「故郷よ」

元町映画館で2011(平成23)年に仏、ウクライナ、ポーランド、独が共同制作した映画「故郷よ」を見ました。

1986(昭和61)年426日にソ連(当時)(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で史上最悪といわれるレベル7の事故が発生し、数万人といわれる多くの方々が死傷(IAEAの公式見解では4,000人の死亡とされています)されました。四半世紀を経た今なお、被ばく者の方は後遺症その他の問題で苦しんでおられます。

この映画は、チェルノブイリから3kmの隣町プリピャチで事故当日に結婚式を挙げたカップル、原子力発電所技師の家族等に焦点をあてて、立入制限区域に指定され、強制退去を余儀なくされた人々の心の内を描いたものです。

放射能被ばくによる健康被害については誰しも関心を持つものですが、故郷を追われた人々の境遇については、なかなか目が向きません。この映画は、そのような人々の心に着目し、故郷とは切っても切れない、しかし戻ることができない故郷に対する思いを描いています。

平成232011)年311日には、東日本大震災により東京電力福島第一原子力発電所でチェルノブイリと同じレベル7の深刻な事故が発生し、避難地域に指定された原子力発電所周辺半径20km以内の11市町村にお住まいの方々が自宅に戻れなくなっています。除染作業を進めているものの、仮設住宅に入っておられる方々等、関係者の皆様の生活再建は計画通りには進んでおりません。

27年を経ても戻ることができないチェルノブイリの姿は福島にも当てはまります。ある日突然故郷を追われ、ご自宅に戻ることができない皆様のご心中は如何ばかりかかと、「故郷よ」を見て感じた次第です。

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