goo

スキー

Ski2

中学2年生の冬休みに学校から志賀高原の発哺温泉に行ったのが初めてのスキーでした。歩く練習から始めて、スキーが滑り出したときにどうしてよいかわからず怖かったことを今でも覚えています。これがきっかけとなって毎シーズン白銀の世界に行くことが楽しみになりました。

昭和42年当時は、板のスキーにワイヤーの金具で靴を留める簡単な締具でした。放っておくとスキー板のそりがなくなってしまうので、シーズンオフには二本のスキー板の真ん中に角材をかませてスキー板の上下をプレスで押さえていたものです。ストックはスチール製のものだけではなく、竹製のものもありました。スキー靴は革でできた紐で結ぶタイプのもので、インナーブーツのあるものは二重に紐を結ぶので、旅館の玄関で靴を履いた後、忘れ物に気付くと「また靴を履きなおすのか」と絶望的な感じがしたものです。リフトはゆっくりとしたシングルリフトはまだ良いほうで、椅子のないロープ・トウも珍しくなく、初心者は進行方向に向かってきちんとスキーを揃えられないので、よく転んで後ろのスキーヤーを巻き添えにして顰蹙をかっていました。

その後、スキーはメタル、グラスファイバー、カーボングラファイト、ハネカム構造と進化し、ストックも同様に軽くてバランスの良いものに変わってきました。靴は紐式からバックル式に、革がプラスチックに、インナーブーツも注入式などカラフルに扱いやすくなりました。締具もワンタッチで斜め方向にも外れるようになり、「スキーに行く」といえば「足の骨を折らないように注意しろよ。」という挨拶も昔話となりました。寒いシングルリフトも高速の四人乗りリフトや快適なゴンドラに変わってきました。また15分~20分待ちだったリフトもあまり待たずに乗れるようになってきています。

最も若人はスノーボーダーが多く、スキーは中高年のスポーツとなりつつあることには寂しさを覚えますが・・・中高とスキースクールでレッスンを受けたものの、その後は友人とグループで出かけ、スピード狂の自己流のスキーをしていました。社会人になってからは1シーズンに1回しか行けないことも多く、子供の相手もしなければならず腕(脚?)は鈍る一方でした。

Ski3

ところが10年程前から妻がスキーキャンプの手伝いをするようになり、レッスンを受けて2001年春にバッジテストの2級をとったのです。私のほうが上手だと思っていたのが、妻が1級を受験するという事態になってあわてました。これはいけないと、2002年の2月にバッジテストを受けたのですが、自信もプライドも全くなくすような惨憺たる結果でした。

自己流のひどい滑り方で点にならないだけではなく、スキーの両サイドが絞り込まれたカービングスキーになって、これまでのスキーとは全く別物の滑り方になっているのです。仕方がないのでスキースクールに入ることにして、ガーラ湯沢スキー場へ毎週末、日帰りで通いました。4回受けても2級すら通らず四苦八苦している3月末に妻はさっさと1級を取ってしまいました。雨の降る日にリフトに揺られて「なんでこの歳でこんなことをしているのだろうか」「妻に負けてしまって、もうやめようか」と自身を喪失しました。しかし、折角1級をとろうと思ったのだからもう少し頑張ってみようと沈む心を奮い立たせて、スキー場通いを続けました。

4月末のその日に通らなければ次のシーズンまでお預けという最後の検定でやっと2級に滑り込みで通りました。どうすれば受かるのかと自信をなくす状態だっただけに本当にうれしい合格でした。2級をとるのは大変に手間取ったのですが、今から振り返ると、それは自己流を直して基本を身につけるのに苦労したということだと思います。

翌シーズンの2002年の12月にはスキー板を買い換えてレッスンに通いました。毎週末頑張ったこともあり、一度目は落ちましたが二度目の受験で2003年3月に無事1級を手にすることができました。

1級になって感じたことは、やっとスキーをする入口にたどり着いたということです。奥の深さが少しわかるようになったのかもしれません。バッジテストは整備されたゲレンデでの限られたスキーを評価するに過ぎません。お天気の良い日もあれば、吹雪く日もあり、雪質もさらさらの粉雪からベシャベシャの重い雪、カチンカチンのアイスバーンもあれば圧雪されていない深い雪、ブッシュや草の出ているゲレンデもこぶだらけの急斜面もあります。どんなところでもそれなりに滑れるようになるには1級をとっただけではまだまだであると思います。

2003年の暮れからのシーズンもその翌シーズンもレッスンを受けて、安定した滑りに少しは進歩したのではないかなと思いながらスキーを楽しみました。2005年9月に議員になってからは、残念ながらゆとりがなくなり、今シーズンは1月に選挙区の方々との志賀高原へのスキーツアーと3月にこれまで毎年お世話になっていたガーラ湯沢スキー場へ出かけた2回だけとなっています。

スキーは歳をとってからも続けられるスポーツですので、今後とも長く続けて雪山の自然を楽しんでいきたいと思っています。

Ski4

2006年1月 選挙区の皆様方と志賀高原の焼額山ゲレンデで

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

サイエンスカフェ開催

Sc1

1月28日(土)、兵庫県立美術館”原田の森ギャラリー”に於いて、神戸大学と「サイエンス カフェ 神戸」を共催しました。

サイエンスカフェとは、科学者などの専門家と市民が、飲み物を片手にカフェ感覚で気軽に科学などの話題について語り合う新しいコミュニケーションの場です。

今回は、神戸大学と盛山正仁神戸事務所が共催し、”地球温暖化問題を考える”をテーマとし、「地球温暖化」や「気候変動」について、多くの皆様と飲み物片手に、熱く議論しました。

また、2部構成というサイエンスカフェでは初めての試みを行い、前半は専門家によるレクチャー形式で、後半は飲み物片手に通常のサイエンスカフェという形式で実施しました。

●浅岡美恵弁護士(環境NPO:気候ネットワーク代表)、
●石川雅紀教授(神戸大学大学院経済研究科教授)、
●盛山正仁(元環境省地球環境局総務課長)

の3名がパネラーとして地球温暖化問題について前半の講演を行いました。私が、当日、プレゼンテーションで使用した資料を、PDF形式にしました。下記より、ダウンロードできますので、ぜひご覧ください。

Pdf_1 資料をダウンロード

■当日のプログラム(一般受付で、総勢60名弱の方々が参加されました)

15:00~15:05
挨拶、紹介(ナビゲーター:田中成典 神戸大学教授)

15:05~15:20
講演1:浅岡美恵弁護士(環境NPO:気候ネットワーク代表)
~京都議定書の成り立ち等について非常に丁寧にご説明して頂きました

15:20~15:35
講演2:石川雅紀教授(神戸大学大学院経済研究科教授)
~地球シュミレータによる計算結果や地球温暖化に対する様々な専門的見解を分かり易く解説して頂きました

15:35~15:50
講演3:盛山正仁
昨年12月のカナダ・モントリオールでの京都議定書締約国会合の報告等を行いました

Sc2

16:00~17:45
フリーディスカッション
飲み物片手に、地球温暖化問題について熱い議論が交わされました。

民間企業の環境専門の方も参加されて、経済界の意見を熱く議論。予定終了時間を過ぎても、参加者からのご発言が続きました。

Sc3

今回の「地球温暖化問題について考える」というテーマについて、多くの方々が非常に関心をお持ちになっているのがよく分かりました。また、この問題に対して、みんなで解決していかなくてはならないという共通的責任もお持ちであることにも非常に感銘を受けました。

今後も、このような議論やミニ集会を、随時開催する予定ですので、是非、皆様もご参加下さい。(今後このHPで随時お知らせ致します)。

様々なテーマについて一緒に考え、行動していきましょう。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

水泳

Swim

私が小学生の頃はスイミング・スクールなんてありませんでした。校庭や公園で誰もが野球やおいかけっこをしていました。水泳は夏に学校のプールで行う体育の授業と夏休みに海へ行って遊ぶくらいのものでした。

中学校でテニス部に入りました。当時は「水を飲むとばてる」「うさぎ跳び100回」等と今から考えると非科学的なことを言われたものですが、「泳ぐと肩を冷やす」とも言われ、水泳部の練習を横目で見ながらテニスコートで球拾いをしていました。

一応泳ぐことはできましたが、夏休みにプールに行って友達と遊ぶ程度のもので、クロールをすると息が苦しくなってすぐに平泳ぎに変えていました。そんな私が泳ぐようになったのは、役所に入って先輩に誘われてホテルのプールのシーズン・パスを買ってからです。
パスを買った以上行かなきゃ損というけちな根性でその夏、20回以上行きました。最初はアップアップしながら200~300メートル泳ぐだけでした。雨が降っている日に泳いでいる先輩を見ても、「何がうれしくて、こんな雨降りの寒い日に泳ぐのだろう。」と思っていました。それが、毎年通っているうちにだんだんと水にも慣れてきて、クロールの息継ぎが楽になり500メートル、700メートルと徐々に距離が伸びてきました。また、平泳ぎからクロール、背泳ぎ、横泳ぎとバリエーションが増えました。そして、最初は手足をただバシャバシャ動かすだけだったバタフライも少しずつ前に進むようになりました。

そうなると、泳がないとだんだん調子が出なくなってきて、5月下旬の水温20度くらいの水でもプール開きが待ち遠しくなり、雨の日でも「どうせ濡れるのは同じ」と思うようになりました。ナイターにも行きましたし、出勤前の朝8時から泳いだりもしました。じりじり照りつける夏の暑い日に冷たい水に飛び込んで泳ぐのが最高ですが、寒い日でも雨の日でも屋外で泳ぐほうが自然との一体感を感じられて楽しいと思います。一番良く泳いだ年には1シーズンで約50回泳ぎました。

秋から春にかけての運動不足解消のために、10年ほど前からアスレチッククラブに入って屋内プールで通年泳ぐようになりました。最近は毎週1回30分でクロール、バタフライ、平泳ぎ、背泳ぎ、横泳ぎを交代で合計1200メートル泳ぐことを目標にしています。それでもたまに屋外プールに行くと「やっぱり青空の下で泳ぐのは気持ちが良いな。」と思ってしまいます。

議員になって昨年12月に気候変動枠組み条約のカナダ・モントリオール会合に出席したときのことです。時差の関係で早朝目が覚めてしまい、6時半のオープンを待ってホテルのプールへ行きました。水着に着替えて受付の女性に「ここのプールではスイミング・キャップをかぶらなければならないのですか?」と尋ねると、「かぶる必要はないが、かぶったほうが暖かいね。」といわれ何を言っているのか理解できませんでした。「プールはどこから行くのですか?」と訊くと、「そこの水をもぐっていくとプールに出て行く。」といわれ、息を止めて冷たい水の中を進んで水面に顔を出して初めて、受付の人のアドバイスの意味がわかりました。なんと私の大好きな「屋外」プールだったのです。

12月のモントリオールですので、外気温は零下25度くらいでした。温水プールで水温は20度近いので、水面から真っ白の水蒸気が上がっているのです。プールサイドには雪が積もっていますし、水面上に出た頭や肩はすぐに冷えてきます。スイミング・キャップをかぶったほうが暖かいという言葉をすぐに実感しました。風邪をひいてはいけないとばかり一生懸命体を動かして20メートルプールを何往復も泳いでいるうちにだんだんと空が明るくなってきました。

冷え切った体をシャワーで十分に温めてからロビーに向かっていくと、ガラス窓の横にさっきまで泳いでいたプールがあります。前日の夜にホテルに着いたときには水蒸気が上がっていたのでなんだろうとは思ったのですが、まさか自分が泳ぐことになるプールだとは夢にも思いませんでした。ビルの最上階30階ぐらいの屋上にあるプールだったのですが、誰も泳いでいなければ温水プールとは思えません。ましてや申し訳程度の小さなプールサイドは雪で覆われています。良くここで泳いだものだなと我ながらあきれました。

翌日もその翌日も3日間連続してプールに行ったのですが、私のほかに泳ぎに来たのは一人だけでした。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )