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船主責任制限法の一部改正

 私が運輸省に入省した昭和52(1977)年4月に配属された部署は海運局総務課で、「油濁損害賠償保障法」を担当しました。特定油(原油等)の受け取り量を油受取人(石油会社等の輸入者)から報告を受け、我が国の特定油の受取量を集計して、「油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する国際条約(以下「基金条約」)」の発効準備をすることでした。

 その背景にはタンカーによる海洋汚染事故があります。昭和42(1967)年3月18日にリベリア船籍の大型タンカー・トリー・キャニオン号(11万8,285DWT)が英国南西部で座礁して積荷である原油11万9,000トンが流れ出し、英南西部と仏北部の英仏海峡沿岸約300kmにわたって大きな被害をもたらしました。この深刻な事態を受け、巨額の賠償に対する船主責任制限と強制保険の付保を内容とする「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(以下「民事責任条約」)」が昭和44(1969)年に、民事責任条約ではカバーされない被害者の救済を図る「基金条約」が昭和46(1971)年に採択されました(民事責任条約は昭和50(1975)年に発効、基金条約は昭和53(1978)年に発効)。我が国でも昭和46(1971)年11月30日に新潟港沖でリベリア船籍のタンカー・ジュリアナ号(11,684GT)が座礁して積荷の原油7,200トンが流出する事故が発生したこともあり、我が国は両条約を履行するための国内法である「油濁損害賠償保障法(昭和50年法律第95号)」(以下「油賠法」)を昭和50(1975)年に制定し、それらの条約を昭和51(1976)年に締結しました。

 油濁損害賠償保障法については、その後再び担当する機会があり、昨年急逝された谷川久成蹊大学教授(当時)と共にロンドンの国際海事機関(IMO)と油濁基金(IOPC Fund)の会議に出席し、いわゆる「海運マフィア」の中で谷川先生が国際的に誰からも信頼されているお姿を目の当たりにしたことは、忘れられない思い出となっています。

 さて、この民事責任条約と基金条約の基礎となっているのが「海上航行船舶の所有者の責任の制限に関する国際条約(以下「船主責任制限条約」)」と「船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(昭和50年法律第94号)(以下「船主責任制限法」)」です。

 紀元前フェニキアの時代から地中海では帆船による海上交易が行われていました。船舶建造技術や海図が発達していない時代にあっては、シェークスピアがベニスの商人で記述しているように、海運は危険と隣り合わせであり、帰帆すると莫大な利益が得られるものの、事故に遭遇すると破産するような事業でした。そのため、海商法という法分野やロンドンのロイズ・コーヒーショップに集まった客によって近代的な損害保険制度が作り上げられたように、海運は古くからの歴史を有しています。筏や丸木舟、帆船から産業革命による蒸気船、ディーゼルエンジンへと船舶及び航行の技術が格段に進歩し、「大船に乗った気持ち」等と形容されるように現在の海運は安全なものとなっていますが、それでも地球上の気象・海象の猛威を完全に克服することは不可能であり、また、人為的なミスによる海難事故を完全になくすことも不可能です。

 五つの海を乗り越えて、船は世界中どこの港にでも行くことができるように、海運は一国内にとどまらず非常に国際性の高い輸送機関です。そのため、19世紀後半から主要海運国が中心となって、各種の技術的事項に関する会議を開催し、船舶の構造、灯台業務、海難防止、海難救助等の海上の安全の確保を目的とする国際条約等の国際的取決めがなされてきました。

 衝突その他の海難事故を防止するための「ワシントン会議規則(Washington Congress Regulation)」が明治22(1889)年にワシントンで作成されて以降、我が国では国際規則に準拠した国内法を明治25(1892)年以降制定しており、昭和28(1953)年には「海上衝突予防法(昭和28年法律第151号)」が制定されています。ところで、国際連合は第二次世界大戦後の昭和23(1948)年3月に国際連合海事会議をジュネーブで開催し(船舶輸送の技術面の検討のため常設の海事専門機関設置の必要性を指摘した国際連合運輸通信委員会の報告に基づく)、政府間海事協議機関(IMCO: Inter-governmental Maritime Consultative Organization)の設立及び活動に関するIMCO 条約を採択しています(注1参照)。その後、IMCOでは「1972年の海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約(COLREG条約)」が採択され(昭和52(1977)年に発効)、その後数次の改正がなされています。我が国においては、同条約に準拠した「海上衝突予防法(昭和52年法律第62号)」(昭和28年の旧法を全部改正)が制定され、その後改正を行っています。なお、特に船舶の航行が輻輳し、海難事故発生の危険性が高い海域における海上航行の安全を確保するため、昭和47(1972)年に「海上交通安全法(昭和47年法律第115号)」が制定されていますが、これは「海上衝突予防法」の特別法となっています。

 船舶の安全性については、「1929年の海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)」が採択されました(昭和8(1933)年発効)。我が国は、昭和8(1933)年に「船舶安全法(昭和8年法律第11号)」を制定して、昭和10(1935)年に同条約を締結しています。また、その後、数次にわたるSOLAS条約の改正に対応して、船舶安全法の改正をおこなっています。

 船舶事故に関する船主の責任について定められたものが、「船主責任制限条約」です。同条約は昭和32(1957)年に採択され、その後も「1976年の海事債権についての責任の制限に関する条約」等が採択され、我が国はそれらを締結して昭和50(1975)年に「船主責任制限法」を成立させ、その後改正を行っています。船主責任制限法はタンカー以外の船舶についての基本法であり、油賠法はタンカーについての特別法という、いわば双子の法律の関係にあります。そのように油賠法は船主責任制限法と密接な関係にありますので、油賠法の基金関係部分の施行を控えて、私は入省早々から法務省に協議に通いました。社会人となったばかりの38年前に勉強した船主責任制限法の法改正を、自民党の法務部会長として今回担当することができたのは、何かのご縁と深い感慨を感じております。

 ところで、無限責任を負わせないために船主の責任を制限することは、被害者対策の観点から問題はないのでしょうか。タンカー事故については、積荷の原油の荷主である石油会社の負担によって油濁基金(IOPC Fund: International Oil Pollution Compensation Fund)が設けられて、相当規模の事故までの被害をカバーする国際的枠組みが構築されています(最大7億5,000 万SDR(平成27年4月1日の為替レートでは1,231億円))。タンカー以外の事故については、近年では、平成20(2008)年3月5日に明石海峡で衝突事故が起こり、ベリーズ船籍の貨物船Gold Leader(1,466GT)が沈没しました。沈没した船舶から燃料油が流出して、漁業被害額は約40億円、周辺自治体の油除染経費が約15億5,000万円といわれていますが、船舶の責任限度額は1億7,000万円でしかありません。翌平成21(2009)年3月11日には豪でPacific Adventurer(1万8,391GT)の事故が発生し、被害額は約24億円、船主責任限度額は約11億円でした。これらの事故を踏まえ、豪等の提案を受けてIMO が責任限度額改正案を採択しましたので、今回、船主責任制限法を改正する必要が生じたものです(注2参照)。

 平成27(2015)年4月1日に開催された衆議院法務委員会で、船主責任制限法の一部改正法案について与党である自民党と公明党を代表して私が質問に立ち、上川陽子法務大臣他と以下のようなやりとりを致しました。

1.明石海峡の事故を受けて、翌平成21(2009)年に国土交通省に広く関係者を集めた「船舶燃料油被害の補償制度に関する検討会」が設置され、「船舶燃料油被害の補償制度に関する検討会中間とりまとめ」が平成23(2011)年2月にまとめられていますが、これ以降、国土交通省をはじめとする政府は適切な取り組みをしているのでしょうか?

2.今回の船主責任制限法改正と並行して来年に向けて商法第三編海商の全面改正の作業が進められており、船舶先取特権についての議論がなされています。漁業者の方からは、「漁業者の被害について誰に請求していけば良いのか、損害賠償については限度額が設けられる一方で、十分な補償が政府からなされていない。泣き寝入りをしろということなのか。それにしては、あまりに被害額が大き過ぎる。政府は漁業者に首をくくれということなのか。」との悲痛な声が上がっていますが、このような漁業被害について農林水産省、法務省は認識し、船主責任制限法と商法の改正についてしっかりとした対応をとっているのでしょうか?

3.油除染対策を講じた兵庫県等の地元の地方公共団体からも「政府が責任の限度を設定するなら、政府が満額の賠償をすべきである。油防除措置の2分の1については国土交通省所管の外国船舶油等防除対策費補助金が補正予算措置されたが、地方負担の2分の1は特別交付税措置を行うとされているが、交付額全体の中に含まれていると整理されているものの、個別に明確な措置状況が示されていない。」との声が私に寄せられています。このような地方公共団体の損害について総務省は認識し、必要とされる対応をとっているのでしょうか?

4.昭和50(1975)年に、船主責任制限法が昭和50年法律第94号、油賠法が昭和50年法律第95号として双子の法律として制定されました。船舶の所有者等の責任の制限に関する法律は民法の特別法として法務省が所管していますが、残念ながら法務省は海運と海難事故の実態についてしっかりと把握できていないのではないでしょうか。油賠法を所管する国土交通省等の他省庁と良く相談をして、被害者救済に万全の措置を取るべきであると考えます。国際条約の改正に伴う国内法の改正という機械的な扱いをするのではなく、いったん海難事故が発生した場合の第三者被害、特に環境被害や漁業被害等の被害者対策にしっかりと取り組まなければならないと考えます。海上交通安全法の法案審議を行った昭和47(1972)年5月11日には衆議院交通安全対策特別委員会で、同年6月16日には参議院交通安全対策特別委員会で、被害者救済に関する附帯決議がなされています。平成23(2011)年2月の「船舶燃料油被害の補償制度に関する検討会中間とりまとめ」への対応、商法改正の船舶先取特権の改正内容について、政府はしっかりと取り組むべきであると考えます。

5.法と政治は被害者を救済するためにあるのだという認識を政府全体で共有することが必要であると考えます。 

  船主責任制限法の一部改正法案は、平成27(2015)年4月1日の衆議院法務委員会で全会一致で可決され、同月7日の衆議院本会議でも全会一致で可決されて参議院に送付されました。同月23日に参議院法務委員会、同月24日の参議院本会議でも全会一致で可決され、成立致しました。「船舶の所有者等の責任の制限に関する法律の一部を改正する法律(平成27年法律第19号)」として5月7日に公布され、限度額引き上げが発効する6月8日に施行されます。

 上記の上川法務大臣他とのやり取りについてご関心のある方は、衆議院のHPで平成27(2015)年4月1日の衆議院法務委員会にアクセスしてください。質問の様子の動画はこちらからご覧頂けます。

 

 

(注1)戦後の対日平和条約の締結がなされていなかったため、我が国は国際連合海事会議には招聘されていませんでした。IMCO条約は、その発効要件として100万総トン以上の船腹を有する7か国を含む21か国の受諾を求めていましたが、昭和33(1958)年3月に我が国が受諾書を寄託することにより発効要件が満たされ、発効に至りました。その後、機関の活動内容の拡大及び加盟国の増加に伴う機関の名称変更等の必要性に鑑み、IMCO条約の改正が昭和50(1975)年11月に採択され、昭和57(1982)年5月に同改正が発効したことにより、政府間海事協議機関(IMCO)は国際海事機関(IMO: International Maritime Organization)に改称されて現在に至っています。

(注2)船主責任制限条約は昭和43(1968)年に発効していますが、我が国は昭和50(1975)年に船主責任制限法を制定し、同年同条約を締結しました。「1976年の海事債権についての責任の制限に関する条約」は昭和61(1986)年に発効していますが、同1976年条約発効に備えて、我が国は昭和57(1982)年に船主責任制限法を改正し、同年同条約を締結しました。さらに、「1976年条約を改正する1996年議定書」が平成8(1996)年に採択され、平成16(2004)年に発効していますが、我が国は船主責任制限法を平成17(2005)年に改正し、平成18(2006)年に同議定書を締結しました。今般、同議定書の規定に基づき平成24(2012)年4月19日に責任限度額引き上げの改正案が採択され、同年6月8日にIMO事務局から限度額引き上げについて全締約国に通告がなされて平成27(2015)年6月8日に発効するため、今回の船主責任制限法改正が必要となったものです。

 

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