
(写真↑ こないだの雪)
森田宏幸です。
今日は2010年2月19日です。
「『ぼくらの』14話によせて」を書きました。
このタイトルを↑クリックすると読めます。
私は今、去年受けた、劇場版の原画の仕事が長引いていて、
しかも、線の多い、あるカットに、2週間以上かかってしまって、
めげそうだ。
かけもちの仕事もあるからしょうがないとはいえ、
参りました。
でも、こういう時こそ逆に、表現したい気持ちが盛り上がって、
いろいろと意欲的に取り組んで、バランスをとるというのが、自分のスタイルだ。
このブログを書くことも、その一部です。
森田宏幸です。
今日は2010年2月19日です。
「『ぼくらの』14話によせて」を書きました。
このタイトルを↑クリックすると読めます。
私は今、去年受けた、劇場版の原画の仕事が長引いていて、
しかも、線の多い、あるカットに、2週間以上かかってしまって、
めげそうだ。
かけもちの仕事もあるからしょうがないとはいえ、
参りました。
でも、こういう時こそ逆に、表現したい気持ちが盛り上がって、
いろいろと意欲的に取り組んで、バランスをとるというのが、自分のスタイルだ。
このブログを書くことも、その一部です。











森田さんの作画話しとかたまた聞きたいですし。
ネットの作画マニアという連中にろくな人間はいませんよ!
書かなきゃいいんだってば。
粘着も何も自分から墓穴掘ってりゃ世話ないよ
ってコメント来てるのに書き続けてる現状が結構不思議。
書き続けても、コメントの随所で森田さんが返答して、その大半が、以前の説明で書いてます・そうは言ってない、の返答コメントだらけ。
まじめに語る気がないなら〜って森田さんも返しのコメントしてるのに、未だにぼくらののことをブログに書き続けてるってどういうことなんだろう?
流石にこの部分は森田さん少しおかしいよ。
この頃の劇場用アニメの密度は本当に濃いものになっているので、辛い仕事だと思いますががんばってください。
楽しみにしています。
ぼくらのにはもう触れない方が、というコメントは真だと思いますが、それでも書く、書かなきゃ、書きたい、という監督の気持ちは痛いほど判る気が(勝手ながら)しています。
気が狂うほどの何かがなければ昇れない世界もある。
凡人の僕はそう想います。
アニメ全部観終わりました。
すごくよかったです。
ありがとうございました。
それぞれどこかすれ違うような感性を培って
歩んできたのだろうなあっと原作とアニメを見るたび思います。
『カラスわり少年』と『惑星ラスク』に『物体すばら』も観させて頂きました。
ブログとは関係の無いコメントですが、高校生の時に観た同年代の方の自主制作に、衝撃を受けたものです。
支配者の講釈から察するにここを見てる多くの方を満足させる話はないと思われます。当然ここは森田さんのblogなので書くなとは言いませんが書くことによって森田さんはただ自分の主張を押し付けたいだけなのでしょうか?
荒れなくするのは簡単です。『やくざの』は失敗でしたと言い訳することなく素直に認めることです。荒れるのを承知で書かれるであろう森田さんの心情を知りたくてこんなことを書きました。
そうそう簡単に失敗しましたとは言えないし。
森田さんだっていろいろあるが結果として
アニメ版「ぼくらの」はこれでいいのだと
納得してるかもしれない。
視聴者側と制作側のずれが少ないほうが良いかもしれないけど、
森田さんは最初からそれを放棄したはず。
だからこのアニメ版「ぼくらの」につて
視聴者側がどうこう言おうともこれは
やったもん勝ち作戦の勝利者は森田さんだとおもう。
だって最初から喧嘩売ったでしょ?森田さん、鬼頭さんに。
そこスタート時点で森田さんは勝利してたんだよ。
勝利の結果得たものは何だったの?
読者を無視して
物語を放棄して
まるで街宣車でがなり立て
選挙に勝った挙句に汚職を暴露されて
失脚する政治家のよう。
そんな「褒美」より
並行世界の仲間たちを集めて
支配者と戦い
そこで死闘の果て勝利して
その報奨として
時間を巻き戻して
「あの夏の海」にみんなして戻ってくる
そんなストーリーが
俺は見たかったなぁ・・・
偶然見た深夜アニメで主題歌で引き込まれた。
「最近はこんな凄いテーマでアニメを作るのか」
萌え系でないリアルな絵柄と納得できる演技で
のめり込むように見続けた。
「並行世界」はSFで語りつくされた話題だ。
パラドクスとオーソドクスを如何に成り立たせるか。
ブリンやホーガンが好きな作家なので
御手並み拝見と思った。
だが後半が始まって戸惑った。
脚本が変わったのかと思った。
「因果律の法則や物理世界の淘汰の話は何処へいった?」
まるで出来の悪いパロディーだと思った。
原作がいいとか監督がダメだとかどうでもいい。
アニメーションとして最後まで作り込んで欲しかった。
素晴しい主題歌に負けない壮大な最終回が見たかっただけだ。
それは違うと思う。
アニメ作品として構成を成した全員の責任だし
脚本を練り上げられなかった作家の責任だ。
前半は良いと思ったのだが
尺が足りなければ前半すら希釈すべきだった。
子供たちの背負った究極の運命との対決。
ターニングポイントは前半から必要だったのかも。
原作は
ジョージ秋山の「ザムーン」のオマージュと聞いたのだが
永井豪の初期作品にも同じ様な物語があった筈。
少年少女が「将棋の駒」として戦わされる。
その不合理さから如何に脱出できるか。
そんな物語がSFアニメの王道だと思った次第。