森田宏幸のブログ

Morita Hiroyukiの自己宣伝のためのblog アニメーション作画・演出・研究 「ぼくらの」監督

負けました

2007年06月13日 00時36分34秒 | 監督日記
以下に、原作ファンの皆様の気持ちを考えない表現をしてしまったこと、深く反省しています。

私が「ぼくらの」をアニメーション化するに際しての苦労を、「原作を嫌い」「悪意を持ってる」など、否定的な感情で説明してしまったのは、私の真意に照らしても、間違いでした。
その部分、ならびにその性質を含めた原作批判ともとれる部分を取り消したいと思います。
大変申し訳ありませんでした。

尚、私の発言を受けての、皆様の批判は甘んじて受けたいと思います。そのため、この記事と以下のコメントを削除はしないことお許しください。
__________________________

原作ファンの皆さんには負けました。
私自身が原作を嫌いで、アニメーション化にあたり、ある意味原作に悪意を持った改変を加えていることを認めます。
こう宣言しないと、このブログ上に展開されているいくつかの論点の矛盾が埋まらなくなると、私も覚悟しました。

私がこれまで嘘を書いていた、というわけではありません。
8話によせての以下の部分は今でも本当で、

「私が原作を好きか嫌いかを意識するのは、原作を手にした最初だけで、仕事を引き受けた以降はそれはまったく関係ないです」
「なにしろ大勢のスタッフが毎日私に、自分の考えをぶつけて来ます。以下に続く私の見解のほとんどは、私の好みではなく、スタッフとのやりとりを通して叩かれた、理屈の積み重ねだと考えてください。」

原作の一部分に異論があるというだけで、ジアースを巡る戦いのルールのアイディアは面白いと思っていて、以下の方針は、最後まで貫徹しています。

「 この「ぼくらの」が、ある一定のファンの人たちに支持されていることを尊重し、かつ原作を支持しない人たちをも納得させるために、私が出した結論は、「ジアースに乗ったパイロットは死ぬ」という戦いのルールは変えない。それを変えてはこの原作をアニメーション化する意味はない。かわりに、まわりの大人たちや、主人公の子供たちを取り巻く社会の描き方を変えるということです。」

しかし、これは結果的に、原作の一部の改変にとどまらず、根本的な解釈のし直しになってしまうことに気がつきました。なので、そのことを認めます。

以下のようなコメントが、私にはとても寂しかったのですが、、、

>Unknown?(ニコニコ動画)
>まあ監督がこの原作大嫌いなの良くわかる。
>だから原作思いっきり無視でやればいいと思う。

>Unknown?(うた)
>監督が原作を意図的に壊そうとしているのはもうわかりました、

だけど、おっしゃる通りなので、しょうがないですね。
猫の恩返しの時も、私が原作の内容に改変を提案していたら「森田さんは一体この原作の何が好きでやってるの?」とスタッフに責められたことがありました。
私はよほどまわりと協調し調和した生き方が苦手なようです。
「森田さんはいつも話が唐突」「人の話を聞いてない」
などと、これは私の性格に対するスタッフの声ですが、これがそのまま作品自体に対する批判となってるようで、いや、まったく進歩がないですね。

この作品に賛否両論あるとしたら、おそらく否に立つ人は原作ファンとなるでしょう。この結果は私の負けです。原作に対する理解が足りませんでした。

?(やきそば)さんは雑誌に公開されている情報だから、このブログで取り上げてもよかろうと思われたのでしょう。「12話 命のつながり」の雑誌宣伝を受けて、厳しい批判を展開されています。この内容、他の皆さんには意味が分からないだろうし、本編が放送される前に、私がこのコメントに返答するのも、常識はずれですが、今改めて、マキ篇の原作を読み直してみて、なるほど、自分の理解の足りない部分に気がつきましたので、そのことを書きます。

私は、テレビ版のシナリオ作業に入る時点で、手元にあった原作のキャラクター、すなわちマキ編までの各キャラクターに関しては、すべて原作にあるエピソードやモチベーションを核にして、脚本にしてます。その作業は大きく、解体と再構成に分かれ、解体作業では、ストーリーに結実しない無駄を切り落とす、再構成に際しては、新たなアイディアを付け足すというものです。
原作のエピソードを核にしているという意味で、あくまで原作を尊重していると私は言い張って来た(このブログ上でもそうですが、スタッフに対しても)のですが、切り落としと付け足しの繰り返しの中で、原作は切り刻まれていく。

マキ編は”ここを核にするしかない”という、私のひらめきをもとに脚色しました。しかし、今改めて原作を読み直してみて、他にも核が見つかります。他の切り方でこのシリーズがうまく再構成できるかどうかは、またやってみなければ分からないし、本音を言えば、今のままが最高だと、私は考えているのですが、原作を解体した結果、原作ファンが思い入れしている台詞やエピソード、キャラクターの属性のかなりの部分が消え去っている、その傷みに気がつきました。

鬼頭さんの原作は、おっしゃるとおり人物描写が細かい。マキ本人や、その父、母の人間の臭いと申しますか、そうしたものが表現されているのに比べ、テレビ版(12話はすでに納品が終わっています)のマキは、通りのいい元気少女に終わってしまっている。
ただ、漫画はズルいな、とも思うのです。前後が繋がらなかったり、唐突に思えても、読み手のペースや想像で、その隙間を補完できるようになっているというか、いくらでも台詞で取り上げ、内容をテンコ盛りにしても、逆にその物量を魅力にして読者を惹き付けることができる。

たとえば、

>Unknown?(猫之進)
>私は8話でのコメントで畑飼氏に対して「かっこうよさを感じた」と
>述べましたがそれはキリエ編での彼の言動に対してのものです。
>私自身畑飼氏の発言した内容自体に同意はしても最低な行いをした
>彼という人間には同意はできませんし、そんな彼が正論を言っても
>ただの自己弁護でしかないことはよくわかっております。

と、つまり行いはよくないけど、言ってることはかっこいい。漫画や小説だとこれがありです。猫之進さんのおっしゃることはよく分かるのです。しかし、これをそのままアニメーションに移植するのは無理です。アニメーションではその行動に重きをおいてキャラクターが描かれます。

あと、ついでですが、

>Unknown?(コゲムシ)
>監督の「チズは恋愛していない」という発言がありましたが、
>これには非常に違和感を覚えました。
>決め付けてしまえるほどに説得力のある書かれ方が原作上であったのだろうか・・・?と、
>気になって原作を読み返してみましたが、
>私には結局そうと断定できるような描写はなかったように思えます。

私の根拠は、
畑飼「本田、俺つきあっている人がいるんだよ」
チズ(モノローグ)「それでも かまわない」
という、このチズの「行動」の軽さを指していて、次の展開で畑飼の正体がばれたら、チズは簡単に目を覚ますことができるだろうと、そういうことが言いたいのですが。
コゲムシさん、そう理屈っぽくなる前に、そばにいる女性、同年代か年上、少なくとも恋愛を経験している大人の女性に、このチズの恋愛観に共感できるか、聞いてみてください。通用しないはずなんですけどね。

話は戻りますが、
私は、展開する時間軸が一定速度、一方向のテレビアニメーションだと、それらがひとつの方向に噛み合い、結びついてないとおもしろさに結実しない、とそこにこだわって来ました。だから、ストーリーに結実しない要素は無駄と切り捨て、シンプルにしていくことを至上命題としてます。ただ、ぼくらのの場合はそれが裏目に出るようです。

 思えば、90年代に入った宮崎駿もここに挑戦していたのだな、と気がつかされます。猫の恩返しに対する褒め言葉で多かったのは、「もののけ姫で分かりにくくなったジブリの世界観を、分かりやすいエンターテインメントに戻してくれた」というものがあるのですが、宮崎さんは世界観を分かりにくくした代わりに、複雑で割り切れない時代の心象を手に入れている。ぼくらのの原作の複雑さを読みながら、似ているなと思いました。
 しかし、ハウルの動く城を見て、「宮崎さん! 世の中ってこんなに複雑ですか?」とも言いたかったです。特に戦争とは何か?という解釈に私は異がある。「いいモノを作っていれば売れなくたってかまわない。その時代の方が間違っているのかも知れないのだから」とは、宮崎さんのキマリ文句ですが、そう言ってたわりに、時代が抱えている迷いを受け入れてしまってるように見えました。それって、どうなんだろう?と。子供たちを勇気づけて「この世の中は生きるに値する」ということを言っていかなければならないのなら、分かりやすくて普遍的なストーリーに再び戻らなければいけないんじゃないのか、とも思ってるんです。

 要するに、どなたかが書いていたとおり、私はベタな展開を嗜好します。ベタと指摘された時は、そんな単純でもないのにな、と正直嬉しくなかったのですが、今更かっこつけるタイプでもないので、分かりました、ベタ監督と呼んでもらいましょう。
 以上は、いわゆる語り口の問題。原作は語りが細かい。それに比べ、私の語りはざっくりです。そのことが、原作とミスマッチを起こしている、と。

 そしてもうひとつ、私が原作とズレてるのが、最初に認めた私が原作の一部を嫌悪している点です。

 私が、原作で嫌いなところのひとつは、子供たちの死に行く運命を作者が肯定してしまっているかのように感じられる点です。だから、私が鬼頭さんに頼んだ一言がすべてを言い表しています。

「子供たちを・・・・助けていいですか?(・・・はネタバレ防止のため略)」

これに対する、鬼頭さんの返答は

「魔法を使わないならいいですよ」

です。
 この会談で、ぼくらののアニメーション化の方向は、はっきり決まったのです。それは、鬼頭さんの敷いた世界観ルールはすべて受け入れる。そのかわり、ストーリーは変える。です。これは、ある意味原作への挑戦、死にたくないと思っている子供たちと私は立ち位置を同じくして、希望を見つけだそうということ、です。

 ただ、原作に希望がないということはないだろう、とおっしゃる方もおられるかも知れません。希望とは何か、絶望とは何か、話はどんどん難しくなっていきますが、ひとつだけ理屈を書いておきます。
 「感動は描いてもいいけど感傷はダメ」という言葉があります。これは山田洋次の「映画を作る」に書かれていたロジックですが、私はこれを座右の銘のようにして信じている。
現実に負けて流す涙が感傷、現実に挑んで流す涙が感動です。感傷は人を弱くする、感動は人を奮い立たせる。
原作にはこの感傷が多い。私はこれを感動に再構成しようとしてます。

 というわけで、次の指摘は当たっています。

>Unknown?(うた)

>肝腎のところで原作をトレースし原作の面白さを頼りにしてるように感じています。

 原作を尊重してるんですから当たり前ですけどね。
 ただ、たとえば、「OPのウシロの走りがいい」という感想に私は驚かされてるのです。だって、アニメーション版にはまだ、ウシロのドラマは出てきてませんから。あのカットは、最初誰だか分からなくても、後半分かってくれればいい、ぐらいな気持ちで作ったのです。なのに、褒めてもらえる?! つまり、この「ウシロの走り」に魅力を付加しているのは、まぎれもなく原作です。
原作を離れてオリジナル展開を始めたときに、どう評価されるかが問題であること、重々承知しています。

最後に、書きたくないことを書かなければならないのですが、
アニメーション版「ぼくらの」の監督は原作が嫌いです。今後、原作にある魅力がアニメーション版で展開されることは期待できません。だから、原作ファンの方々は、今後アニメーション版を見ないでください。

と、これは言い過ぎか。これからも見て、批判をよせていただいて結構ですが、がっかりされるのが目に見えているものですから、つい。。
次の第10話、ナカマ篇など、大幅な改変によって、原作をはっきりと否定していること、ここに明言しておきます。
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お疲れさまでした (Unknown)
2007-06-13 00:54:55
よくがんばりました。ごくろうさまでした
・・・? (もりしげ)
2007-06-13 00:55:27
まさかとは思いますが監督はアホなのでしょうか。
Unknown (tea)
2007-06-13 00:56:06
このブログのコメント欄閉鎖してしまった方が良いと思いますよ。決して逃げることにはならないと思います。作り手にとって原作ファンの意見を紳士に受け止めることも必要ですが真正面から受け止めてしまっては精神的にきつくなるだけでは?決して悪い意味で言っているわけではありません。ここで発言されることは、ネット上で脚色されて広まりがちですから。とくに森田さんのようにとても直球的な発言をされると餌にされてしまいます。それでいい方向に向かうとは到底思えません。
それを言ってしまうのは (Unknown)
2007-06-13 00:59:04
さすがにどうかと思いますが・・・w
原作は嫌いだが、いいものを作ろうとしている、ということですよね?
でも、マキ編のように、根幹を成している性格を変えるのは勘弁してください・・・
Unknown (Unknown)
2007-06-13 01:00:25
森田さんはなんでこの仕事を引き受けたのですか?
Unknown (Unknown)
2007-06-13 01:03:41
初めてコメントさせていただきます。
監督なりの思いでこのアニメを作って頂いてるのはよくわかります。
人によって感じ方は違うのだから、アニメにする際に原作と変わってしまうのは仕方ありません。
コメントに丁寧に返事をするのもいいのですが、ちょっと喋り過ぎだと思います。
>アニメーション版「ぼくらの」の監督は原作が嫌いです。
>だから、原作ファンの方々は、今後アニメーション版を見ないでください。
そう言われてしまうと、すごく悲しいです。
子供ではないのだから言わなくてもいいこと、言うべきこと、わかりませんか?
Unknown (Unknown)
2007-06-13 01:04:31
まさか自爆テロまがいの事を書くとは
でも言うならせめて全話終わった後に言っちゃった方が受けなくてもいいダメージも少なかったんじゃ・・・
Unknown (Unknown)
2007-06-13 01:04:51
なんか潔くてかっこいいです
Unknown (Unknown)
2007-06-13 01:05:43
原作を改変するのは悪いことではありません。
面白ければ良いのです。



面白ければ…ね。
Unknown (Unknown)
2007-06-13 01:05:44
演出家としての矜持をほんの少しでもお持ちなら、「言いたいことがあるなら作品で語れ」としか答えようがありません。

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