「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

来し方を埋めつくしたるクローバー 平川みどり

2017-04-19 05:45:04 | 日記
 苜蓿の花」の季語の傍題がたくさんある中で、花ではなく、葉の方に重きのあるクローバーを選んだ句である。「来し方」と言う過去の時間の緑一色が、一面白に化す思い描きを、記さずに思わせて来るのである。そして、時間は更に逆走し、幼い頃の思い出とリンクする。花の中に座り込んで、母の眼差しを感じながら一心に花を編んだ頃に・・・。

「かげろふの中を歩める犀の角 平川みどり」
ああ、犀。でもサバンナの陽炎ではない。
「わが犀の白梅の夜を盲ひたる 菅原鬨也」
「角をもつゆゑの孤独や秋の犀 菅原鬨也」
「わが犀は二百里の果濁酒 菅原鬨也」
こんな句と一緒に、亡くなられた鬨也先生を思いました。 (博子)
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2 コメント

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クローバー (みどり)
2017-04-19 07:47:24
博子さん、素敵な鑑賞をありがとう御座います。
今年も見事なクローバーの群生に出会いました。
足元に広がる緑一色に、どんな言葉も浮かびませんでしたが、
来し方を埋め尽くすなら、クローバーだと思ったことでした。

犀の角は、もう陽炎の中を歩いてないのかもしれないね。
幼い頃の思い出 (博子)
2017-04-19 19:03:54
田舎に住んでいるのに、一面のクローバーの景色は消えてしまいました。
私の母は忙しく、遊んでくれることはなかったけれど、クローバーはそれなりに幼い頃の思い出を引き出してくれます。
母代りに遊んでくれた叔母がきょう東京から母に会いに来てくれました。4時間位の滞在でしたが、風の強い日で、お店に来るお客さんが少なくて、けっこうお話し出来て嬉しかったです。クローバーの首飾りも叔母に習いました。

「犀の角は、もう陽炎の中を歩いてないのかもしれないね。」かぁ。そうかもしれないね。

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