森の風

日々の気づきなど綴ってみます♪

「優しさと思いやり」に気づいて

2017-10-12 22:37:01 | 日記
お友達には、本当に感謝しかないなと、しみじみ思う。

わたしが変わってきたことが、その大きな理由のひとつ。

直接会っていなかったのに、どうしてこんなことができるのか?

今も凄く不思議。

なぜなら、人を変えることなんて、そんなに簡単にできることではないはずだから。

家族でさえ、ほとんど不可能なことなのに。

お付き合いする相手によっても、人は大きく影響を受けると思う。

特にわたしの場合、人からの影響をひと一倍受けやすい体質のようで。

これを、いわゆる憑依体質というのかな。

性格や、体質は、そう簡単には変わらないと思うけれど、

考え方や行動なら、気づきさえすれば、誰もが努力次第で変えられるのだと思う。

わたしは、昔から、自分のことが、何故か好きになれなかった。

親からは、ワガママだと叱られたり
呆れられたりしていたところもあって、
実際、変わり者ゆえに、いろんな人にご迷惑もかけてしまったと思う。

そもそも、あんまり自分の気持ちを、よく見つめることが出来なかった。

無意識に、無自覚に、人様の気持ちを理解できなかったところがあったと思う。

多分それは、親から、一方的に支配的に、考え方や行動を押し付けられたせいもあったのだろう。

だめだめと言われて、それは、何かよほど、自分が悪い子供だからなのだと、思っていた。

「中学の時のあなたは、素直で可愛かったのに」と、言われると、思春期の悩み多きわたしは、中学時代の自分になろうとして、無駄な努力をしてみたり…

とても、そうはなれないのに、必死で、そうならなければいけない、そうしなければ、親に嫌われると思い込んでいた。

「ありのまま」のわたしでは、親に嫌われる。

友達や世間からも…

無意識に、そんな強迫観念があったような気がする。

ともかく、今の自分はだめ、本来の自分はもっと別の人間だと信じ込もうとして、理想の自分像に向かって、ひたすら走っていたのだ。

追いかけても追いかけても、永遠に追いつけない絵空事の自分像を目指して…

悲しい努力をしていたのかもしれない。

結婚後は、やはり自分のあるがままでは、否定されるということが多く、相手に気にいられるようにと思い続けてきた。

「他の家の奥さんを見てごらん」

その言葉が、なんだか胸に突き刺さって…

あーわたしは、だめなんだと思ってしまった。

親に対しての考え方と同じように、相手に嫌われまいと思う気持ちが勝っていたのかも。

ともかく、これまでの人生を振り返ると、
ありのままのわたしでいいとは思えなくて…

それは、相手のせいばかりではなく、わたし自身が、変なコンプレックスやいじけた気持ちを持っていたせいなのかもしれない。

なぜか、わかっていても、どうしても素直になれなかったからなのかも。

人を羨ましく思う気持ちが強く、誰かの真似ばかりしようとしていた。

それは、きっと自分というものが無かったから。

と、いうことに、やっと今、気づけたような気がする。

今更、親のせいや、結婚相手のせいにするのもちょっと違う気がするし。

原因探しは、しても仕方が無いのだろう。

それよりも、これからをどう生きるか。

それが大切なのだろう。

お友達は、そんなわたしのことをちゃんと見抜いてくれていたのだった。

そんなことができる人がこの世にいるなんて!

なんだか今も、半信半疑だけど。

会ってなくても、わたしの気持ちがわかる?

そんなのあり得ないでしょう!ありえーる?

って冗談云ってる場合じゃないけど💦

ほんとに現にあり得るのだから、もうわけがわからない。

これを奇跡と言わずして、何を奇跡と言えばいいのかなとさえ思う。

そんなことあるわけないと思う人もおられるかもしれない。

それも、経験していなければ、当然の感覚かもしれないと思う。

わたしだって、今も不思議で仕方がないのだから。

でも、わたしが変わってきたのは、お友達のお蔭に他ならない。

毎日、お電話でお話しして、時にはメールやラインで。

その繋がりだけで、こんなに変われたなんて。

しかもお友達も、安心して眠れると言ってくださるので、本当に不思議。

お友達は、いつも「ありのままのわたし」を、そのまま認めて肯定してくださる。

時には、優しさに甘えてしまっていることもあるだろうと思う。

でも自然と、自分で気づいて来るから不思議。

いつの間にか、反省したり、後悔したりということもあって。

決して、あーしろこーしろ、ここがだめなどとは言われないのに。

今の反省点は、やはり、原因は、自分にあったのだなということかな。

事実はどうあれ、そう思えるようになれたことが、なんだか嬉しい。

それなりに、懸命に育ててくれた両親と、懸命に働いて、家族を養ってくれた主人に、今は感謝の気持ちしかない。

済んだことは済んだこととして、良い悪いの評価はやめて、それぞれの生き方や考え方に敬意をはらって、どこまでも深く感謝していきたいと思う。

自分が、やっと今、そんな気持ちになれたことに、またお友達との出会いへの感謝の想いが、より一層深くなってきている気がする。

お友達は、わたしにとって、思いやりと優しさの師匠だと思っている。

良いお手本を見せてもらえて、良い影響を受けることができたお陰で、

やっと生きるのが楽になった。

それが今は、何よりも嬉しくて有り難いことだなと思う。

あのままのわたしなら、きっとこの世を去る時に、後悔しただろうと思うから。

わたしはわたし。

他の誰かにならなくていいんだ。

自分の良さを自分で認めてあげればいいだけ。
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