森の風

日々の気づきなど綴ってみます♪

抗えない宿命?

2017-07-22 12:44:54 | 日記
昨日、お友達とお話をしていて、自分の過去を、改めて清算することで、

次のステップに進める土台が出来たような気がした。

当時、わたしのまわりは、お見合いする友達が多く、わたしも両手の指に余るほどお見合いをしたと思う。

行き遅れないかという親の心配と、その時代の雰囲気もあって、自分の意思は、あまり関係なかったけれど、 それは、周りの友達も、ほとんどがそうで、良くも悪くもそんな時代だったのだ。

本心では、結婚は、わたしの場合、なんとなく30歳過ぎてからくらいがいいんじゃないかなぁと思っていたけれど、そうもいかず…

いつまでも、結婚しようとしないから、両親は、焦っていたのだろう。

母は、知り合いの人の紹介で、占い師だか霊能師だかという人に、運勢を見てもらいに行っておいでと、お金までくれる始末。

こわごわ、ドキドキしながら行ってみると、

なんだか、セクハラまがいのこともあり…若いわたしは傷ついた。

そこで、母は、「28歳の時に結婚すると、
宗教の教祖のような人と駆け落ちのようなことになる」と、言われたとか言っていた。

それなのに…

父は、そんなことを知って知らずか

ちょうど28歳になった年に、父の知り合いから勧められた主人との見合いを渋っていたわたしに「見合いしないのなら家を出ていけ」と、言ったのだった。

わたしは、すぐに「占いで28で結婚したらだめだと言われたから」と言ったけれど、父はそんなことは、まったく気にしない人で。

母も、その時、たしか側にいたのだが特に、わたしをフォローしてくれることもなかった。

なんとなく不安を抱えながらのお見合い。

そして、相手側の「これから仕事が忙しくなる」という理由や、この縁談への相手の両親の喜びようも大変なもので、ほんとに、どうしても逆らえないようないろんな流れから、3ヶ月ほどで結婚に至った。

その間に、お見合いの席には来ていなかった義父のいろんな性癖が発覚し、両親も、仲人さんまでが、流石に、この縁談はやめたほうがいいのでは?と言うようになっていた。

そして、他の縁談を勧めてきた。

でもその時、わたしは、主人が、何故かわけもなく可哀想に思えて、どうしてもそれができなかった。

情が移っていたのか、ともかく主人を裏切ることになるような気がして、二股はかけたくなかったのだ。

父もそれまでよく、「人として二股はダメだ」と言っていたので。

わたしの中では、きっとその時は、恋愛のような気持ちだったのだろう。

実はその時、憧れていたけれど、うまく気持ちを伝えられない人がいて、勝手に失恋したような気持ちになっていたので。

その代償のように、これまた勝手に主人を恋愛対象のように見ていたのかもしれなかった。

父は、そんなわたしを見て、「○○がこんなに気に入った人なんだから」と、これまた勝手に、そう思い込んでたようだった。

母は、ひとり反対していたけれど。

わたしも、正直、しまった!と思った気持ちは無かったわけではないけれど。

その時は、もう後戻りはできない。と思ってしまっていた。

主人を裏切れないと。

誰かに、本音を打ち明けられたらと、今にして思うけれど、そのときは、死ぬまでこのことは胸に秘めておこうと決めていた。

ほとんど悲壮感しかなかったのかもしれなくて、結婚式当日も、涙が出て、その場で逃げ出したい衝動に駆られていた。

それでも、嬉しそうな父の顔を見ると、そんなことはとてもとても!

結婚してから、主人と意見が合わなくて、心はなんとなく孤独だったけれど、

もちろん楽しい思い出もたくさんあった。
 
家族一緒に旅行にもよく行ったし、美味しい食事にも何度も連れて行ってもらえた。

何よりギャンブルにのめり込んだり、女性を追いかけたりというような困った癖などは、全くなかったので、

いつも傍からは、とりあえず仲良く見えていただろうと思うし、
事実、ごく普通の夫婦だったのだろうと思う。

ただ、夫婦が仲違いしていたとき、かわいそうだったのは、子供たち。

今も、子どもたちの気持ちを思うと、申し訳ない気持ちと同時に、胸が痛くなる。

結婚は、家と家の関係でもあるから、そういう意味で、

なんとなくバランスを欠いていたような気はする。

わたしの両親も、核家族ゆえか、世間知らずで、当の本人の二人さえ良ければいいと信じ込んでいたようだったけれど、

結婚なんて、そんなわけにはいかないはずで。

そもそも義父が、そんな問題のある人だとわかった時点で、親は強く結婚に反対して、いくら二人は気に入ったとしても、縁談を止めるのが普通だと、お友達も言ってくれた。

わたしも、あのとき、もっと父が強く反対してくれたらと思った。

でも、父はそうではなかった。

結婚するまでに、母に相談したこともあったけれど、
「〇〇さんを愛していないの?」と言われて、返事ができなくなり、それ以上相談する気になれなかった。

たった、二ヶ月で、「愛する?」

そんなこと今なら変だとわかるけれど、
その時のわたしは、それもわからず、
自分はよほど冷たい人間なのかと悩んでしまった。

あれほど強くハンタイしていた母なのに、いやハンタイしていたからこそなのか

わたしが不安を訴えると、あなたが好きだと言ったんでしょうがみたいな、本音を言えない雰囲気で。

心変わりは、許されない雰囲気?
父とわたしに、意見を却下された故のプライド?

しかも、結婚するかどうかの瀬戸際の大事な時に、両親は二人して海外旅行に行ってしまい、わたしは突き放されたようで不安だった。

後日、何年も経ってから、母いわく、
「あの時は、あなたがいつまでも結婚すると言わないから
お父さんが、一人にすれば寂しくて結婚する気になるだろう」と、言ったとか。

そこまでしても、わたしを結婚させたかったとは。

よほど、独身のわたしのことが心配だったからなのだろう。

それも、ある意味、親の愛情なのかも。

長々と書いてしまい、

要は何が言いたいかというと、

今にして母も言うのは

なにか抗えないような大きな流れで、

わたしは、主人と結婚する運命にあったのだろうということ。

それはそれで、考えようによれば、幸せなことだったのかもしれない。

わたしのような人間が、たった一人で生きていくのは、本当に大変なことだっただろうから。

結婚によって、主人に救われたのかもしれない。

主人もまた、ある意味では犠牲者なのかも。

親の躾や教育次第では、もっと楽な生き方ができたに違いなく、主人も、またずっと生きづらさを抱えていたのだろうと思うから。

今は、素直に、主人にも感謝できるようになれた。

そして、主人だけではなく、両親も含め過去の全てに。

それは、今がとても幸せだから。

いつでも何でも話せる素敵なお友達が
いつもそばにいてくれるから。

それもこれも、何かの力によってここまで流されてきたような…

自分の意思だけではない大きな何かに…

それを宿命というのだろうか。

いみじくもお葬式の時に

義姉が言ってくれたのは

「○○さん、これまでほんとにお疲れさまでした。これからは自分の人生を楽しんで生きて行ってね」という優しいお言葉。

その言葉を胸に刻んで

これからは、過去の全てに感謝を置いて

前を向いて、楽しく自分なりの人生を謳歌していきたいと思う。
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