森の風

日々の気づきなど綴ってみます♪

普通が良かった

2017-07-26 21:44:59 | 日記
お友達は、表面的には

昨日の記事のように、ごく普通の人に見えるけれど

実は、凄いことをしている人のような気がしている。

なんとなくだけれど…

それがまた聞いても、答えてはくれないから、確証もなく、ただ自分のカンとしか言えないのがもどかしいのだけれど。

普通のサラリーマンなんだけど。

むむーーお主ただ者ではないな、みたいな。

昨日は、子供のことで、お友達とお話をした。

誰でも、自分を認めてほしいという気持ちは持っている。

子供ならなおさら、親に褒めてほしい、認めてほしいと思うはず

でも、どうしても、何度チャレンジしても

認められない、無視されるということになれば、自然と子供はやる気を失くしてしまうだろう。

反対に、少しでも褒めて上げて、認めてあげたなら、

きっと、こどもは、そのことを嬉しく思って、今度はもっと工夫してみようとか、
もっとうまくやりたいと思い、

もしかすると、その道を極めようとするうち、いつか発展して、その道を仕事にしたり…なんていうこともあるかもしれない。

そんな貴重なチャンスを奪ったり、やる気を奪ったりする親は、親の資格など無いに等しいと思うけれど。

むしろそんな親なら居ない方が、子供は、素直に伸びるかもしれない…

褒めると損をしたように思うのか、無意識に我が子にライバル心を燃やしているのか?

そんな親がいる家庭の空気は

どこか重たくて、取り付く島のないような雰囲気で

無言の威圧感のようなものだけが重苦しく、家族の心を支配しているのだ。

話し合いは、いつも一方通行。

こちらの意見は、不都合なものは、却下され

反発すれば、怒りという仕返しがくる。

間に立つ他の家族は、どれほど気を遣うことか。

それが、子供だったりしたら、ほんとうに可哀想。

間に立って気を揉む者は、

ひたすら、場の空気を明るくしようと心を砕く。

良い方に、受け止めようと、色々考えて、

しまいには、頭がおかしくなるほどに、悩み続け

自分を責め、自分がどう行動を改めようかと頭を悩ませる。

原因は、自分にあるのだろうと。

そう、自分が変わるしかないと思っているから。

人を変えることはできないから。

でも方向性が違っていたら、それは無駄な努力になるのだろう。

それでも、その場から抜け出すこともできなければ、

そこは、まさに針のむしろ。

心が壊れる寸前まで行ってしまうことだろう。

ごく普通の会話がしたいだけなのに…

嬉しいことは嬉しいと

素直に喜び合いたいだけなのに…

お店に入っても、

ただ静かに、見て回りたいだけなのに…

家族なのに、他人以上に気を遣い

親子も夫婦も、本音を話すことなく、素直に気持ちを吐き出しても

不愉快になるだけなので

家族にとって必要な、大事な話すら、避けようとしてしまう。

もう好きにしてと、丸投げしたくなる。

そんな家族を、果たして家族と呼べるのだろうか。

わたしは、ほんとに、普通で、ごくごく普通でいたかっただけ…

【今日のツイート】
こんなに限界まで
心が壊れるまで
悩んで悩んで
努力してきたんだもの
もう自分を許して良いよね…

これらは自分の人生を楽しもう🎵
大空に向かって羽ばたく鳥のように
羽を広げて飛んでいこう🎵🌞
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