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信州里山通信。ナチュラリスト、自然写真家、郷土史研究家、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

『真田丸』でハイカーや歴史マニアが増えた清野氏と上杉景勝の鞍骨城跡へ。大発見も!(妻女山里山通信)

2016-08-24 | 歴史・地理・雑学

 登山道整備と撮影を兼ねて鞍骨城跡までトレッキングをしました。例年なら登山者は少ないのですが、『真田丸』の影響で、今年は夏でも登る人が全国各地から来ます。
 妻女山の駐車場の奥から右の林道へ(左)。登山者ノートがあります。登山届ではありません。下山時に歩いたコースや出会ったもの、感想などをお書き下さい。鞍骨山までは、ここから約90〜100分です。標識も完備していますが、天城山周辺は尾根が十字に出て分岐も多く迷いやすいので、地形図の載った拙書『信州の里山トレッキング 東北信編』とコンパスを持参して行くことをお勧めします。
 20分から30分で堂平大塚古墳の分岐(中)このカットの反対側が謙信の陣城跡の陣馬平で、4月の茶花でもある貝母の群生地。中国原産の薬草ですが、かなり強い毒草です。林道を登って10分ほどで天城山(てしろやま)の登山道に入ります(右)。

 約20分登ると天城山頂(左)。「天空の古墳 坂山古墳」の標識。ここを東へ下りて行きます。7、8分で二本松峠(坂山峠)(中)。「右 倉科坂 左 清野坂」の標識があります。倉科側が清野坂で、清野側が倉科坂なのです。倉科の人が清野へ行く時に登る坂なので倉科側が清野坂なのです。これを勘違いしてこの標識を反対にしてしまう人がいて、設置したMさんが憤慨していたのですが、ひょんなことから知り合いのSおじいさんであることが分かりました(笑)。彼には理由を説明して納得してもらいましたが、他にも誤解している人がいそうです。ここには、鞍骨城跡まで850mの標識があります。あと約40分で鞍骨山頂。

 途中でルリシジミを発見(左)。強風に耐えていましたが、揺れるので撮影も大変でした。峠から約20分で駒止めと呼ばれる深い竪堀(中)。さらに7、8分で高圧線の鉄塔(右)。すぐ先に二条の堀切があり、それを超えると鞍骨城内です。ここで登山道に出ていたエビガライチゴとヤマガシュウを切りました。以前、ここで友人のフランス人が戦国時代に使われた宋銭を発見しました。

 ボタンズルで吸蜜するのはホソヒラタアブか(左)。牡丹蔓は仙人草より花は小さく葉も切れ込みがあります。二つ目の堀切からは左手に清野側の林道倉科坂線に下りる登山道があります(中)。鉄塔から10分ほどで鞍骨城跡の一の郭(右)。左(北側)から二の郭へ登ります。補助のトラロープが下がっています。

 大きなケヤキのある広い二の郭(左)。ここを右へ歩き、南面に回ります。見上げると本郭が見えています(中)。所々に矢印を描いた小さな板があるので目安に。南面を斜めに登って行きますが、道は細く非常に不安定なので要注意です。見上げると本郭の石積みが見えます(右)。

 登って行くと南面の四角い凹みのある郭に着きます(右)。ここからつづら折れで少し登ると山頂。山頂直下の石積み(中)。南側が大手です。Mさんが立てた「天空の山城 鞍骨城跡」の標識。
 武田氏滅亡後、鞍骨城は『景勝一代略記』によると、 1582(天正10年)7月に上杉景勝が「清野鞍掛山の麓、赤坂(現妻女山)と云所に御馬を立てられ…、鞍掛山へ御上がり云々」との記録があり、景勝と北条氏政が川中島四郡支配を争った際に、上杉方がこの一帯に陣取った様子が記されています。そういう経緯から、今の鞍骨城は、景勝時代の姿ではないかともいわれています。そんな城跡を500年前の石垣かと思って触れると、色々な事を思います。なぜ人は戦ばかりするのだろうとか…。いずれにせよ山城マニア、戦国マニア必見の山城です。

 山頂からは、落葉期だともっと景色がよく見えるのですが…。眼下に松代城跡が見えます。ここから20mほど先にある二つの展望岩に行ってみました。拙書の地図でも紹介しています。
「七度の飢饉より一度の戦」戦国時代の凄まじい実態(妻女山里山通信)大河ドラマでは見えてこない戦国時代の姿

 まず一つ目、西の展望岩から。出発地点の妻女山(赤坂山)が見下ろせます。上杉謙信の本陣と地元で言い伝えてきた斎場山(本来の妻女山)は登って来た尾根の向こう側になります。中央に合戦場という文字がありますが、これはここの住所表記なのです。八幡原の信玄軍と、霧にまぎれて茶臼山麓を北上し越後に帰ろうとしていた上杉軍が、霧が晴れてしまい両軍の中央で戦になった場所という言い伝えでの地名です。

 さらにネズミサシのある痩せ尾根を辿って東の展望岩へ(左)。途中に小さな竪堀があります。狭い東の展望岩(中)。南北とも急峻な崖なので転落に注意。ここからは、松代城跡が眼下に望めます(右)。

 望遠レンズで、松代城跡周辺を撮影。これは江戸時代のものを復元したものですから、山本勘助が造ったという戦国時代の海津城はもっと砦の様なものだったのではないでしょうか。元々は、清野氏の倉があったといわれています。
真田十万国「松代城(海津城)」の歴史 その1(妻女山里山通信) その2

 本郭に戻りました。クララが結実しています(左)。キアゲハが二頭舞っていました(中)。昼食は、リオ五輪にちなんで、ブラジル料理のフェジョン・コズィード(ブラジルの黒インゲン豆の煮込み)をご飯にかけたもので、ブラジル人がほぼ毎日食べるソウルフード。黒インゲン豆は私が栽培したものです。上にファリーニャ・デ・マンジョーカというキャッサバ芋の粉と激辛で酸味のあるハバネロソースをかけて。ハラペーニョとタマネギのピクルスも。塩コショウと大蒜を効かせた自家製アンチョビーオイルで焼いた目玉焼きも。馬鹿旨でした。私が作ったレシピはこちらです。蝉の声を聞きながら、風に吹かれながら、景色を眺めながら、ゆるゆると30分ほど過ごしました。

 帰りにキク科のキオンが咲いているのを発見(左)。小さい秋ですね。以前、陣馬平で出会った人に教えてもらったコナラにできる菌えいをやっと見つけました(中)。探すとなかなか無いのです。取り方も教わったので、形のいいものを三つ取りました。根本はこんな感じで尖っています(右)。周りの樹の皮を剥ぐとツルンとした球体が現れます。ある種の菌がこんないたずらをするのです。自然は本当に面白い。今回の最大の収穫で大発見でした。

 小さなヤマグリがたくさん落ちていました(左)。今年はシナノガキも豊作です。3センチぐらいの美しい羽根を発見(中)。カケスの翼の青い部分の羽毛で、初列雨覆と大雨覆と呼ばれる部位だとか。トビかノスリに襲われたのでしょうか。樹液バーに立ち寄ってみると、チャイロスズメバチが(右)。ルリタテハが吸汁したいと試みるのですが、攻撃的なチャイロスズメバチが邪魔をします。樹液バーは昆虫も減り、随分と寂しくなりました。信州の夏もそろそろ終わりです。久々にいい汗をいた山行でした。
 それから妻女山登山者ノートにも色々情報を書き込んでいただき、本当にありがとうございます。なんでもいいのです。ご自分が見つけたもの、感じたことをご自由にお書き下さい。

清野氏と戦国時代

川中島合戦の上杉謙信にまつわる妻女山と斎場山、陣馬平への行き方」『真田丸』で訪問者が激増中。

川中島合戦と山名についての考察。斎場山と妻女山まとめ。(妻女山里山通信)歴史マニアと歴女必読! 地名から読む川中島合戦

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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復活したゼフィルス。夏の終わりを感じさせる妻女山の樹液バー(妻女山里山通信)

2016-08-19 | アウトドア・ネイチャーフォト

 妻女山駐車場の奥のオオブタクサを除草していて、この山系では珍しい花を見つけました。ガガイモです。大国主命と共に国造りをした少彦命が、天之蘿摩船(あまのかがみのふね)に乗ってきたと記紀には書かれています。古名は蘿摩(かがみ)、またはカガミグサといいますが、舟型の実がその由来の様です。
 生薬名を羅摩子(らまし)といい、滋養強壮や解毒作用があります。綿毛の種子はケサランパサランとなって舞うのが見られます。今回調べて、この毛を綿の代用として針刺しや印肉に使用したということを初めて知りました。花びらには繊毛がありますが、この時期に多い夕立から守るためでしょう。水滴が繊毛の上に付いて花びらが傷むのを防ぐのです。

 夏の終わり。樹液バーが寂しいのでゼフィルスが集まる千曲市側のギャップに来ました。昨年は松枯れ病の空中散布でありとあらゆる昆虫が絶滅した草原です。今年はわずかですが復活しました。いかにネオニコチノイド系農薬の空中散布が、昆虫採集より遥かに甚大な環境破壊をもたらすかが分かります。もちろん人的被害も出ています。商売目的の大量採取は別として愛好家や子供の採取は禁止すべきではありません。それとは比較できないほどの環境破壊があることを知らないといけません。
 シロツメクサで吸蜜中のツバメシジミ。後翅の尾状突起と眼状紋が、本当の頭部を食べられないようにするカモフラージュの役目をしているといわれています。蝶を網で捕るのは簡単ですが、撮影は困難を極めます。この日は時折風が強く吹いたので余計に大変でした。

 ゲンノショウコ(現の証拠)で吸蜜中のヤマトシジミ。私は基本的に望遠マクロを使わず超接近撮影のため、気配を感じてすぐ逃げられてしまうのです。気配を殺すのがコツなんですが難しい。忍者になった気分で撮影しています。瞳に見える黒い点は偽瞳孔です。ゲンノショウコは、十薬と呼ばれるドクダミや当薬といわれるセンブリと共に日本の代表的な薬草です。この夏は自作したドクダミ茶をもっぱら愛飲しています。

 例年より少し早く咲き始めたセンニンソウ(仙人草)。野草の中では一二を争うほど香りがいいのです。近くでは爽やかな、離れては甘い八角の様な魅惑的な香りがするのです。ブライダルブーケの様に咲き乱れるのは一週間ほど先でしょうか。名前は知っていても見た人が少ないのは、残暑の厳しい里山で咲くからでしょう。私は毎年この花が咲くのを楽しみにしています。花びらに見えるのは萼片で、美しい花ですが毒草です。

 樹液バーに戻ると、サトキマダラヒカゲが吸汁に来ていました(左)。この反対側にはもう一頭いましたが、カナヘビに襲われたのでしょうか、後翅がほとんど噛みちぎられていました。オオムラサキのオスもやって来ました(中)。かなり翅が傷んでいますが、飛翔には全く問題ない様です。コナラの根本にできた樹液バーにヒメスズメバチがやって来ました(右)。手前のアオカナブンが邪魔らしく攻撃して落としましたが、前回のオオスズメバチの様に殺すことはありませんでした。

 そこへ先ほどのオオムラサキが上の樹液バーで、ノコギリクワガタとオオスズメバチの攻撃に遭い退散して、ここにやって来ました。撃退されたアオカナブンもしぶとく戻って来ました。そこへチャイロスズメバチが来店。追い出されたのはオオムラサキのオスでした。この夏は少雨で樹液の出が悪いので、樹液バーの席争いはいつになく熾烈です。樹液バーには、優しく迎えてくれるマダムや、イケメンのホストや可愛いホステスはいないのです。

 長野市側はどうだろうと、林道倉科坂線に行ってみました。上信越自動車道とタワーがある松代SAが見えます。左向こうに蛇行する千曲川。写真右手に行くと松代城(海津城)。奥の山は金井山城跡のある金井山。尾根の先端の向こうにMウェーブが見えます。ミンミンゼミとツクツクボウシの鳴き声がBGMです。空中散布はないのに昆虫がほとんど見られず、意気消沈して戻ってきました。春から続く異常気象のせいでしょうか、非常に気掛かりです。
 ナショナルジオグラフィック日本版サイトに気になる記事が載っていました。「北極点がヨーロッパ方向へ急移動と研究発表」エルニーニョやラニーニャもその影響で変化か。異常気象が常態化するかもしれません。

 妻女山展望台から望む川中島(左)。ここは本来赤坂山といいます。謙信本陣の妻女山ではありません。『真田丸』効果で観光客や歴史マニアが激増しています。年配の歴史マニアだけでなく若い歴女も多いですね。ただ、長野市の看板にはここが戦国時代の妻女山(本名は斎場山)ではなく、謙信の本陣は更に100m高い斎場山であると明記していないため、誤解して帰っていく人がほとんどです。そこで時間がある限りボランティアで説明をしていますが、時間が限られます。私の説明を聞くことができた方は幸運だと思って下さい。拙書ではそこを詳しく書いています。
 妻女山松代招魂社(中)。例年ならここにオオムラサキが乱舞しているのですが全く見られません。招魂社は、戊辰戦争以降の戦没者を祀っている神社です。ブログ内検索で「妻女山松代招魂社」を調べていただくと詳細な歴史が分かります。妻女山展望台から松代城方面の眺め(右)。信玄軍が立て籠もった海津城は目と鼻の先です。
 さて、次回は久しぶりに登山道整備と撮影を兼ねて鞍骨城跡まで登ってみようと思います。妻女山の駐車場から90〜100分で行けます。標識も完備していますが、天城山周辺は迷いやすいので、拙書を持参して行くことをお勧めします。何に出会えるでしょうか、楽しみです。

川中島合戦の上杉謙信にまつわる妻女山と斎場山、陣馬平への行き方」『真田丸』で訪問者が激増中。

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衝撃! 殺戮だけのためにアオカナブンを襲うオオスズメバチ! 妻女山と斎場山の真実(妻女山里山通信)

2016-08-14 | アウトドア・ネイチャーフォト

 三つ前の記事で、オオスズメバチがアオカナブンを襲い、頭からバリバリ食べるシーンを載せましたが、今回さらに衝撃的なことが起きました。コナラの大木の根元に湧いた樹液を吸うオオスズメバチ(左)。この様に白くなると発酵しアルコール分も含まれます。たくさん吸うと酔っ払うこともあります。アルコール分は微量ですが、オオスズメバチの体重は人間の約一万分の1なので微量でも酔うのです。酔ったハチの行動はまさに人間と同じです。
 吸汁に訪れたアオカナブンを排除するだけでなく突然襲いました(中)。6本の脚で羽交い締めにして攻撃。頭に噛みつきます(右)。

 強靭な顎で頭部に噛み付いています。オオスズメバチの顎の噛み砕く力は樹木を齧って樹液を出すほどなので相当強いのです。カマキリやセミを襲ったり肉食もしますが、樹液を吸いに来たコナラでわざわざアオカナブンを襲う理由が分かりません。それが、この後の行動で更に謎が深まりました。理由のひとつとしては、今年の夏は雨が少なく樹液の出が悪いということがあります。そのため、樹液バーでの争いが頻繁に起きてはいるのですが、他の個体は排除するだけで殺したりはしないので、この個体特有の性質なのでしょうか。

 執拗に攻撃を続けます(左)。この時点で頭部を噛み切っているので、アオカナブンはすでに絶命しています(中)。どうも三つ前の記事で撮影したオオスズメバチと同じ個体の様な気がします(右)。驚いたのは、前回は肉団子にして巣に持ち帰ったのですが、今回は殺すだけで巣に帰ったといいうことです。殺戮だけが目的だったのでしょうか。非常に不可解です。もっともこのアオカナブンはすぐにトゲアリなどの餌になり無益な殺生ということでもありませんでしたが。

 その樹液バーにキマワリとクロスズメバチがやって来ました。クロスズメバチは地蜂とかヘボとか呼ばれ、地面に巣を作りますが、その蜂の子は信州では高価な珍味です。すがれ追いともいいます。蜂の子はタンパク質が、100グラムあたりで約17グラムと多く、その他ビタミンA・B1・B2、カルシウム、鉄分なども含まれる優良食材なのです。蜂の子は甘辛で煮付けて酒の肴やご飯のおかずに。または一緒に炊き込んでヘボ飯にします。子供の頃は地蜂は捕れないので、アシナガバチの巣を落として祖母に料理してもらいました。信州人のソウルフードですが、今の子供達は食べないでしょうね。農薬や添加物満載の加工食品やジャンクフードまみれ。挙句に放射能汚染食材。

 チャイロスズメバチも来ました(左)。社会寄生をするハチで小さいながら攻撃的なハチです。森の宝石アオカナブン(中)。左後ろにいるのは、シラホシハナムグリかシロテンハナムグリか。この辺は角度で色の見え方も変わるし同定が非常に難しい昆虫です。オオムラサキのオスも吸汁にやってきましたが、カナブンの団体やオオスズメバチに占拠されてなかなかありつけません(右)。

 サトキマダラヒカゲも訪れました(左)。オオヒカゲもやって来ました(中)。虚の奥でずっと吸汁していたコクワガタが出てきました(右)。この後、木を下りて枯れ葉の中に潜って行きました。

 コミスジが葉の上で休憩中(左)。人の気配に敏感で容易に撮影させてくれません。樹上からミンミンゼミが落ちてきました(中)。指にのせると動きません。モデルになってもらいました。なかなか愛嬌のある顔です。
 モジホコリ科ススホコリ属のススホコリ(右)。いわゆる粘菌(変形菌)です。これは変形体ではなくすでに子実体で、胞子を飛ばす準備ができています。石灰質顆粒からなる外皮はもろく剥がれやすい。この夏は雨が少なく、粘菌がほとんど見られず残念です。

 シロヒトリ(左)。白一人ではなく、白燈蛾・白火取。名前の由来は、白火取と書く様に、夜になると灯火に飛び込み、火を消してしまう事から。 幼虫の食草は、クワ、タンポポ、スイバ、イタドリ、ギシギシ、オオバコなど。幼虫は、70ミリほど。昼間は写真の様にほとんど爆睡しています。
 帰ろうとするとノスリがネズミを捕まえて食べていました(中・右)。鳥は撮影機材が全く異なるのでしませんが、ノスリは大好きな鳥なのです。以前、隣家の畑で神の使いといわれる白蛇を捕まえてカラスと壮絶な戦いをしていたのを目撃した時は本当に興奮しました。

 『真田丸』で妻女山への訪問者が激増していますが、多くの観光客は展望台のある妻女山(実は赤坂山)を謙信本陣と勘違いして帰って行きます。長野市の看板にもその説明がないため、ここが本来の妻女山(本名は斎場山)ではないと知らずにいるのです。地元で上杉謙信の本陣と言い伝えられてきた妻女山は、更に100m高い斎場山のことです。山頂は古代科野国の古墳で円墳です。ここに謙信は盾を敷き陣幕を貼って本陣としたと地元では代々言い伝えてきました。写真は千曲川右岸の岩野橋少し下流から撮影したものです。

 これは千曲川左岸の岩野橋の近くから撮影したもの。謙信の軍勢は、斎場山を本陣として妻女山(旧赤坂山)から薬師山(笹崎山)、さらに斎場山南の陣馬平、天城山(てしろやま)、麓の斎場原に布陣したと伝わっています。ここへの行き方は拙書『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林で詳しく地形図と共に説明しています。なお山の地形は戦国時代とほとんど変わっていないと思いますが、千曲川の流れは江戸時代の戌の満水の大洪水の後で、松代藩が大規模な瀬直しをしているので、戦国時代の流路とは全く異なります。「上杉謙信が妻女山(斎場山)に布陣したのは、千曲川旧流が天然の要害を作っていたから」をお読み下さい。

妻女山と斎場山、陣馬平への行き方」『真田丸』で訪問者が激増中。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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妻女山SDPは、ヨシと帰化植物の除去。昼は絶品手打ち肉味噌麺。海津城へ(妻女山里山通信)

2016-08-10 | アウトドア・ネイチャーフォト

 35度以上の猛暑日が続く信州ですが、最低気温が20度と低いのと、日中も湿度が低いのでなんとか凌げます。樹液バーでの4時間あまりの撮影も林下なので直射日光は遮られます。しかし、今年の樹液バーはオオスズメバチばかりなので神経が疲れます(左)。レンズフードの先端からハチまでは20センチもありません。撮影中に別のオオスズメバチが耳元に飛翔することもあります。写真の様にオオスズメバチの翅は非常に細く、また先端が傷んでいることがほとんどです。それでも飛翔には差し支えないのでしょう。そのためか羽ばたきのサイクルがカブトムシやカナブンより早く重低音の感じ。この音を見ずに認識できるかどうかが重要なのです。危険を感じたら即しゃがんで後退りします。
 同じ巣から来たハチは、口を合わせて情報交換をします(中)。他の巣から来たハチは強い方が排除することもあります。アオカナブンの脇から口吻を差し込んで吸汁するオオムラサキのオス(右)。出現するオオムラサキの数が減ってきたのが気掛かりです。

 車で樹液バーまで登ろうとすると、窓からミンミンゼミが飛び込んできて脚に留まりました(左)。動かないのでそのまま車を走らせました。樹液バーの上で車から降りるとしばらくして飛び立って行きました。
 樹液バーには、カブトムシのメスが上席を占拠中(中)。後からやってきたオオスズメバチが激しく頭突きで排除しようと試みますが、微動だにしません。別の樹液バーには、ミヤマクワガタが登場(右)。やや小型です。左のオオスズメバチを角でアッという間に排除しました。

 ふと足元を見ると、カブトムシの死骸にトゲアリが群がっていました。観察すると、カブトムシは綺麗で何かに襲われた様な形跡は見られません。中の肉も食べられていない様です。死因はおそらく餓死ではないでしょうか。タヌキやカラスなどに捕食された場合は、頭と胴がバラバラで中身が食べられていますから。今年は樹液の出があまりよくありません。また、カブトムシのオスは角が邪魔をして、狭い隙間の樹液を吸うことができないのです。
 トゲアリは社会寄生する習性をもっています。仲間のアリが獲物を解体する間、周りを兵隊アリが囲んで警戒しています。敵に襲われると蟻酸を吹き付けて撃退します。

 タテハチョウ科のゴマダラチョウ(胡麻斑蝶)が舞い降りました(左)。幼虫の食草は、オオムラサキと同じくエノキ。サトキマダラヒカゲ(里黄斑日陰蝶)タテハチョウ科ジャノメチョウ亜科(中)。幼虫の食草はタケ・ササ類。暗いところを好み、花にはめったに訪れません。さらに標高が高いところに生息するヤマキマダラヒカゲがいますが、混棲することも珍しくないようです。なんとバンパーに留まりました。
 樹形バーをトゲアリの大群が占拠(右)。これには後からやってきたオオスズメバチも難儀していました。トゲアリも樹液を舐めているのでしょう。肉食もするし、カタクリの種に付くエライオソームを食べ、種を巣の外に蒔くアリ散布をします。日本にアリ散布植物は、200種以上あります。

 9時少し前に、木漏れ日の中を妻女山SDPのメンバーが登ってきました(左)。当日の最高気温は35度でしたが、ここの標高は520mほど。湿度も低く風も吹いていました。作業はまず謙信の陣城跡と伝わる陣馬平のヨシの根塊の除去(中)。ヨシの根は竹の地下茎に似ていますが。今回除去した大きな根塊を作るものはススキかもしれません。掘り出してひっくり返しました(右)。これで灼熱の太陽に晒せば枯れるでしょう。
「葦の根の ねもころ思ひて 結びてし 玉の緒といはば 人解かめやも」(詠人知らず 万葉集 巻七 一三二四)
(葦の根が絡み合うように、私たちの仲も強く結ばれていますと言えば、他の人がその仲を割くようなことがありましょうか)

妻女山SDPは、妻女山里山デザイン・プロジェクトの略です。今までの活動は、■MORI MORI KIDS Nature Photograph Galleryのトップページのインデックスの下の方にある妻女山SDPの番号をクリックしてご覧いただけます。

 続いて陣馬平と周辺のオオブタクサの除去作業(左)。蜂の巣に気をつけながらオオブタクサを抜いていきます(中)。草刈機で除草では根が残り、また出てくるのです。クサギ(臭木)が咲き始めました(右)。葉や茎を折るとピーナッツの香りが、花は白粉の匂いがします。ヨウシュヤマゴボウ(マルミノヤマゴボウ)も除去しました。

 長坂峠から芝山方面(左)。ヨウシュヤマゴボウも帰化植物(中)。ゴボウ根で、根はゴボウの様な匂いがしますが、毒草なので食べられません。オオブタクサはかなり厄介な帰化植物(右)。大きくなると茎の直径が5センチ、高さが3m以上になり、酷い花粉症の原因になります。しかも根から他の植物の成長を阻害する物質を出すので、刈るのではなく抜かないと駄目なのです。

 11時頃に作業が終了し昼餉の準備(左)。まず私が幻の天然ハナビラタケと畑で採れた金針菜のカキソース炒めを。S氏が作ってきた手作りのオイキムチと私のキュウリのラー油煮(中)。左手前がピーナツラー油に自家製ラー油を混ぜて私が作ってきたもの。あまりに激辛だったので濃いゴマ油で増量しました。N氏手作りのつくねのソテー(右)。美味しかったですが砂糖が余計でしたな。ラー油を垂らすとちょうど良い感じに。K氏が買ってきた小籠包も美味でした。
 いつも多彩な話題で盛り上がるのですが、今回は古代科野国や聖徳太子、徐福伝説など古代史の話で盛り上がりました。いわゆる学校で習う古代史がいかに出鱈目か。中国史や半島史との関連付けが重要にもかかわらず、世界史と日本史に分けて教える理由。記紀の如何わしさの理由。善光寺の秘仏の真贋。いやあ面白かったです。

 N氏のイカのぽっぽ焼きの後で、メインディッシュはK氏の超強力粉のユメチカラの手打ち麺(左)もちろん麦も自家製。これを茹でて氷水でしめます(中)。そしてS氏手製の肉味噌(甜麺醤・豆チ醤・豆板醤)と蒸し鶏、錦糸卵にキュウリの千切り、白髪ネギをトッピングして私のラー油をかけて混ぜていただきます。台湾混ぜソバの様な、ジャージャー麺の様な。これは絶品でした。ヒグラシとミンミンゼミの鳴き声がBGMです。すぐ横では樹液バーでオオスズメバチやアオカナブン、オオムラサキが吸汁しています。

 翌日は所要のついでに松代城(海津城)へ。櫓台から西を見ると斎場山(旧妻女山)。長野市の看板にもその記載がないため、多くの歴史マニアや観光客が現妻女山(旧赤坂山)を謙信本陣と勘違いして帰っていきます。地元で謙信本陣と伝わるのは斎場山です。更に上の陣馬平は、謙信陣城跡と伝わる台地で、『甲陽軍鑑』の編者の小幡景憲が描いた絵図が東北大学の狩野文庫に所蔵されネットで見ることができます。斎場山は妻女山と陣馬平の長い尾根上にあるのではなく、さらに400m西にあります。頂上は古代科野国の円墳です。『真田丸』効果で訪問者も激増しています。行き方は拙書で詳しく紹介していますが、右の林道を徒歩で20分。四駆ならば長坂峠まで車で登れます。

 櫓台から南を見ると、武田別働隊が越えたという戸神山脈が象山の続きに見えます。別働隊は、西条の入から戸神山の向こう森の平を超え、百瀬から倉科に下り、上の写真の二本松峠の向う側にある兵馬(ひょんば)で隊を整えて、天城山(てしろやま)を巻いて斎場山各地に布陣する上杉軍に攻め込んだといわれています。もぬけの殻でしたが…。拙書でも紹介していますが、妻女山を起点として鞍骨城跡から象山のループコース、鏡台山や五里ヶ峰を使うロングコースなど、歴史めぐりの色々なコースがあります。川中島合戦の武田別働隊の経路を歩いてみたいという方は、拙書をお買い上げいただいて、トレッキングの装備で巡ってください。不明な点がありましたら、左上のメッセージを送るからお問い合わせいただければ、お応えいたします。

この8月11日は、初めての国民の祝日「山の日」となります。それに先立ち、7月の第4日曜日(今年は24日)が「信州山の日」でした。私も関連でお仕事を頂きましたが、写真を使った記事や、講座・講演なども承ります。お気軽にお問い合わせ下さい。講演、講座も承ります。
 妻女山展望台の南にある大きな駐車場の奥には、清野氏の鞍骨城への地図や、登山ノート、拙書『信州の里山トレッキング 東北信編』の見本誌とパンフレットなどが置いてあります。お問い合わせやお仕事のお申し込みは、当ブログのメッセージを送るからお願いします。

妻女山の位置と名称について」妻女山と赤坂山と斎場山について。『真田丸』で訪問者が激増中。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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カブトムシのオスがメスを守る際に出す奇妙な鳴き声。花と虫と万葉集(妻女山里山通信)

2016-08-03 | アウトドア・ネイチャーフォト

 ヤブラン(藪蘭)が咲き始めました(左)。キジカクシ科ヤブラン属に属する多年草で、別名はリリオペ、サマームスカリ。信州では野生種を採ってきて庭のグランドカバーなどに植えている家がたくさん見られます。クズ(葛)の花も(中)。根塊から葛粉や漢方薬(葛根湯)ができ、万葉の頃から親しまれ秋の七草ですが、里山はもちろん首都圏などでも大繁茂して大変なことになっている植物のひとつ。昔はつるで葛布を作ったり、籠を編んだり色々利用したので、またそうしてどんどん利用するといいのですが。
ま葛延(は)ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと我が命 常ならめやも【万葉集】
(夏に生い茂る葛の様にこんなに恋をしていたら、私の命も持ちませんわ)夏の避暑地での恋は勘違い?
 植物には、いくらなんでもこの名前は可哀想という種名がいくつかありますが、その代表格がこのヘクソカズラ(屁糞葛)でしょう(右)。古名はクソカズラ(糞葛・屎葛)で、更に屁をつけて追い打ち。別名はヤイトバナ、サオトメバナというので、余計に可哀想。確かに葉や茎を揉むと臭いですが。生薬にもなるし、万葉集にも詠われています。
かわらふじに 延ひおほとれる 屎葛 絶ゆることなく 宮仕えせむ(高宮王)【万葉集】
(カワラフジの木にいたずらに絡みつくクソカズラ。その蔓さながらに不肖私めは何時何時までも宮仕えしたいものだ)宮仕えは昔も今も大変だった様です。
ことわざに「屁糞葛も花盛り」というのがあります。(臭くてあまり好かれない屁糞葛でも、愛らしい花をつける時期があるように、不器量な娘でも年頃になればそれなりに魅力があるということ。鬼も十八番茶も出花)ま、失礼なたとえですね。

 シオカラトンボのメスのムギワラトンボ(左)。ただ未成熟のオスもこんな色なので、尾部の形を確認しないと同定はできません。やや小さいので未成熟のオスかもしれません。
 ヒメギス(姫螽蟖)が駐車場の小石の上に(中)。マメ科の植物を好むので葛の草むらから出てきました。
こほろぎ(蟋蟀)の 待ち喜ぶる秋の夜を 寝(ぬ)る験(しるし)なし 枕と我れは【万葉集】
(こおろぎが出会い待った甲斐があったと喜んで鳴いているのに、私は枕を抱いて練るしかない)という身につまされる哀歌。このこおろぎはキリギリスのことであったという説。万葉集のこうろぎはコウロギで平安時代に入れ替わったとか、ややこしい説があります。
 アマガエル(右)。三歳の頃でしたか、アマガエルを次男の手に乗せて撮った写真があり、困惑した表情の息子がいつ見ても可笑しくてたまりません。アマガエルの表皮の粘液は毒なので、触ったら必ず手をよく洗いましょう。

 樹液バーにやって来ました。カブトムシがたくさん来訪。ペアのカブトムシを発見。オスが吸汁中のメスを守っています(左)。そんなことお構いなしにアオカナブンがガンガンと頭を突っ込んできます。オスのカブトムシは角を使って追い落とします(中)。でもめげません。またやって来ます。別のカブトムシも登場(右)。

 もうこんなになってしまいました。するとオスは、腹を伸縮させて威嚇音を出し始めました。20〜30センチの近距離で聞くと「ギューギュー」という様に聞こえます。音はかなり大きく、2m以上離れても聞こえましたが、「シューシュー」と機関車の音の様に聞こえる音色に変わります。これは距離によって聞こえる周波数が変化するからでしょうか。しかし、それで周りの昆虫が立ち去ることはありません。虚しいです。ただこれは交尾中や興奮した時にも出すので、威嚇音というより腹から出す鳴き声といった方がいいかも知れません。

 そこへ今度はノコギリクワガタも登場。大きなオスは下にいるカブトムシにはちょっかいを出さなかったのですが、ノコギリクワガタは即跳ね飛ばして落としました。ノコギリクワガタが攻撃を仕掛けていったからです。下のやや小さなカブトムシは、勝てないと分かっていて攻撃はせず、なんとかおこぼれを頂戴したいという姿勢を貫いています。
 左上に小さなアブが写っていますが、ベッコウハナアブの仲間です。ベッコウハナアブの中には、オオスズメバチの巣の中に産卵するものがいます。これは、スズキベッコウハナアブかニトベベッコウハナアブかどっちでしょう。

 メスのカブトムシが、長い吸汁に疲れたのか離れました(左)。う〜ん私お腹いっぱいと休んでおります。するとオスが樹液を吸い始めました(中)。しかし大きな角が邪魔になって吸いにくそうです。前回紹介したオレンジ色のブラシの様なもので樹液を毛細管現象を利用して吸い上げるのですが、ブラシの上のクリペウスという基幹で木を削って樹液を飲むこともできるそうです。
 メスが再び戻って来ました(右)。さっそく迎え入れ保護するオス。お父さんは大変です。安易に擬人化してはいけないのですが、なんだか涙ぐましい光景です。ほらカブトムシだってこんななのに、あなたも少しは見習いなさい!なんて旦那さんに言わないでくださいね。

 それで、再びボディーガードの仕事に戻ったわけですが、今度は少々厄介なオオスズメバチがやって来ました。厄介に思うのはカブトムシではなく撮影している私なのですが…。明確に樹液バーでの序列はカブトムシが上なので全く問題ありません。以前、オオスズメバチ2匹が共同作業で、猛烈な頭突きで攻撃したことがありましたが、それこそ屁でもありませんでした。ただ、同じぐらいのオスが来たり、ミヤマクワガタが来ると壮絶な大げんかになります。通常は、強い方が下に角を入れて投げ飛ばして終わりですが、時には胸と腹部の隙間に角を入れて、瞬時に切断してしまうこともあります。

 このオオスズメバチは、なんとか樹液を吸おうと接近します(左)。カブトムシの前脚が邪魔です(中)。それでも果敢にその前脚の下から頭を突っ込んで吸汁しようと試みました(右)。カブトムシの脚は凶器ですから、これはかなり危険な行為です。しかもオオスズメバチは、吸うのではなく激しく頭を振って樹液を貪るので、上に脚があったらできません。結果、諦めてすごすごと帰って行きました。オオムラサキの口吻がカブトムシの脚の一撃で切れてしまうこともある様です。

 これは翌日。オオスズメバチが吸汁の後、樹液で汚れた顔を前脚で拭って綺麗にしているところです。レンズフードの先端からは20センチもありません。しかも周囲には4匹のオオスズメバチと2匹のコガタスズメバチがいて、この撮影中には写真の個体の左10センチのところに1匹、私の頭の左20センチのところに1匹ホバリングしていたのです。もちろん撮影してすぐしゃがみ後ずさりしましたが、緊張する瞬間でずっと息を止めていました。
 オオスズメバチの近接撮影は何度もし、追いかけられたことは数知れず、最長は100m追いかけられましたが、刺されたことはありません。アシナガバチやムモンホソアシナガバチには、子供の頃から数えきれないほど刺されています。今年も一回刺されました。友人は刺されてポイズンリムーバーで毒抜きしようとしたのですが、眉毛の中だったので抜けずお岩さんの様になり病院に駆け込みました。今回、オオスズメバチの眼の中に模様が写っていますが、これは初めて撮影出来ました。眼の構造と関係あるのでしょうか。

 撮影をしていたら、私の本の熱烈な読者で中尾山-茶臼山ハイキングにも来てくれて、茶臼山から篠の城の山道を教えてくれた男性が登ってきました。彼のお陰で布施氏の歴史が紐解けたのです。色々話をしていると、私のカメラを持っている右手にシジミチョウが留まりました(左)。これでは撮影できないので、ゆっくりしゃがんでカメラを置き、右手から左手に移しました。盛んに汗を吸っています。これは珍しいことではなく、オオムラサキや色々な蝶に、撮影中に留まられたことがあります。汗は塩分もミネラルも豊富なのです。この後、二回吸いに来ました。ええ色白汗っかきなのです私。
 満足して葉で休んでいます(中)。後翅が20ミリと大きく、形も特徴的でウラギンシジミかなと思ったのですが、飛ぶとオレンジとラベンダーの色合い。同定できず仲間の蝶の研究家にメールしました。やはりウラギンシジミでメスでしょうと。今年は千曲市の空中散布が中止なので復活したのでしょう。どれだけベトナム戦争の枯れ葉剤、ラウンドアップと同じ除草剤(エコワン3フロアブル)が危険極まりないか、はっきりと分かりました。昨年はこの樹液バーには全く昆虫がいませんでした。一度だけ長野市側から来たのでしょう、攻撃的なチャイロスズメバチの集団が一時姿を見せ攻撃されましたが、本当に死の山でした。人的被害も出ています。中枢神経を犯す猛毒で、発癌性が高く、鬱病、脳の発達障害、多動性障害などを引き起こします。残留性が高く、水溶性なので山菜やキノコ、野菜の中に染み込み、洗っても落ちません。TPPはこの使用を遺伝子組み換え作物とセットで義務付けられ、伝統野菜は作れなくなります。作ると訴えられます。伝統野菜や郷土料理が完全に消滅するのです。和食文化は終わります。
 吸汁に向かうオオムラサキのオス(右)。この樹液バーには5頭のオスと2頭のメスが現れます。ネオニコチノイド系農薬の空中散布前に比べると圧倒的に減少しています。気になるのは、空中散布がなかった長野市側で発生が全く見られないということです。今年は、特に低山で蝶だけでなく昆虫全般が少ないと友人の研究家も言っています。それが気象条件によるものなのか、はたまた放射能の2016年問題に起因するものなのか、他の要因なのか不明です。
 さて、今週末は仲間と里山整備をします。オオブタクサなど帰化植物の除去がメインとなります。昼は仲間が手打ちの中華麺を作ってくるそうです。夏野菜も揃うでしょう。私もハナビラタケや金針菜、自家製のホアジャウ(花椒)が効いたラー油を持参します。何ができるのでしょう。

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樹液バーで衝撃の場面に遭遇! なぜ起きた。オオスズメバチとアオカナブン(妻女山里山通信)

2016-07-30 | アウトドア・ネイチャーフォト
 関東甲信越地方が梅雨明けしました。しかしこの先の週間予報を見ても傘マークがずらり。天気図を見ても太平洋高気圧がありません。東高西低の様なおかしな気圧配置図。エルニーニョが終息していないのでしょうか。そんなで撮影もままならずストレスが溜まっていましたが、やっと3日ほど日中がそこそこ晴れたので撮影に没頭しました。そして目撃した衝撃のシーン。既に会得したと思っていたリテラシー(読解力)が、いとも簡単にひっくり返されることもあるのです。

 ウバユリが咲き始めました(左・中)。例年なら8月上旬の花なんですが咲き急いでいます。鏡台山や虫倉山で見られる高さ2mもあるオオウバユリに比べると、1.2mから1.5mで小振り。花の色も純白ではなくやや緑がかっています。若葉は山菜ですが、発芽してから開花まで7年もかかるので、私は採りません。
 オトコエシを撮影したら、小さなマドガが吸蜜していました。黄色いオミナエシ(女郎花)に対し男郎花といわれます。花瓶に挿した時は、頻繁に水を取り替えないとうんこの臭いがします。

 全く見られなかったミヤマフキバッタが次々続々出てきました(左)。『次々続々』アンジュルム。オオムラサキもそうですが、季節の進行が早いので早い出現かと思ったら遅かったのが以外でした。でも安心しました。この個体は何かに襲われたのでしょうか、左の後ろ脚が欠損しています。でも大丈夫でしょう。
 ゴミムシダマシの仲間のキマワリ(中)。成虫は枯れ木やキノコを、幼虫は朽木を餌にします。都市郊外の公園や雑木林でもよく見られます。トゲアリがオオムラサキのオスの翅を運んでいました(右)。このオオムラサキには何があったのでしょう。こんなものも餌になるのですね。ただ手伝ってくれる仲間が現れず(来たのですが帰って行きました)、相当苦労していました。餌としての価値は低いのかも知れません。

 樹形バーに到着(左)。オオムラサキ、オオスズメバチ、チャイロスズメバチ、コガタスズメバチ、アオカナブン、カナブンなどがお客さんです。樹液を吸うのに疲れたのか、オオスズメバチが休んでいました(中)。まぶたがないので、眠っているのかこっちが見えているのか分からないのが不気味。チャイロスズメバチが飛来しました(右)。盛んに後ろ脚を擦りあわせています。何があったのでしょう。キイロスズメバチと共にスズメバチの仲間ではかなり攻撃的な種類です。昨年は群れに襲われて車に避難しましたが、ウィンドウに体当りしガチガチ顎を鳴らしました。

 アオカナブンが吸汁しているところへやってきたオオスズメバチ。頭突きをしたのですが、アオカナブンは取り合いません。見ていると相当苛立っているのが分かります。結局激しく頭突きして落としました。そして、この50分後にその惨劇は起きました。同じ固体かは分かりませんが、胴体の模様を見ると違う個体の様です。

 始めはオオスズメバチがアオカナブンを追い落とそうとしていると思ったのですが、放しません。おかしいなと思いよく見るとどうも捕食しているようです。これには驚きました。樹木バーに来るオオスズメバチは樹液を吸いに来るのです。したがってアオカナブンが邪魔ならば頭突きで追い落とすのが普通です。もちろんオオスズメバチは肉食もします。セミやクモも食べます。色々な昆虫の幼虫も食べます。しかし、樹液がある季節に樹液バーでわざわざアオカナブンを襲って食べるのは初めて見ました。いったい何があったのでしょう。最後は肉団子にして持ち帰って行きました。

 蝶の研究家で昆虫にも詳しい友人も、この写真には驚いていました。上の左のカットで分かりますが、すぐ上では別のアオカナブンが交尾しながら吸汁していました。捕食されているアオカナブンは、頭がなくなっていましたが、脚はピクピク動いていました。捕食する直前の行動が見たかったですね。図鑑では得られない生態。自然の奥深さを感じます。

 ノコギリクワガタのオスが、吸汁中のメスに覆いかぶさって守っています(左)。交尾を終えるとカブトムシの仲間がする習性です。子孫を残すために時にはオスが犠牲になるのです。主な天敵はカラスやタヌキ、アオゲラやヘビなどです。
 オオムラサキのオス(中)。翅が色あせていますが、これは翅そのものの色ではなく構造色。縄張り争いなどで構造体が傷むとこの様に色あせてきます。
 吸汁中のオオムラサキ(右)。昆虫なのに四本脚に見えるのは、前脚が退化して胸にくっついているからです。

 交尾器のゲリタニアで下のメスを捕獲しようとしているオス(左)。ただ成功することはないようです。飛んでいるメスを追いかけて翅で叩き落としたりもしますが、これも成功しない様です。触覚を擦りあわせてからする通常の求愛行為がやはりもっとも成功する確率が高いのでしょう。普通はメスが受け入れて成立するのですが、オスが拒否する場合もあります。
 カブトムシのメスですが、甲が傷だらけです(中)。何に襲われたのでしょうか。鋭い牙で咬まれた様な痕です。ヘビでしょうか。ノコギリクワガタの口のアップ(右)。匂いを感じる触覚と、オレンジのブラシの様なものは小顎で、普段は収納されていますが、これで樹液を舐めるのです。カブトムシの仲間は大きさに個体差がかなりありますが、これは幼虫時代に栄養が豊富だったかどうかで決まる様です。

 アオカナブンの団体さんが樹液バーを占拠していて、オオムラサキは様子見です。木漏れ日の具合が悪い時は、撮影は中止ですが、その間は生態観察をします。席順をめぐってのいざこざやヒエラルキーなど、見飽きません。今回の様にとんでもないことも起きますしね。しかし、オオスズメバチが飛び交う樹木バーは、大変危険なのも事実で、集中力と体力が必要です。そして、マクロ撮影では、撮影中に突然飛び立って顔に激突したり、撮影中に戻ってきて耳元で羽音が聞こえて、瞬時にしゃがんで退散したりと、緊張の連続です。撮影中は息も止めています。もちろん万が一の時のために、ポイズンリムーバーは必携です。

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妻女山山系の里山で繰り広げられる生と死。自然の営みを観る日々(妻女山里山通信)

2016-07-22 | アウトドア・ネイチャーフォト
 私は主に長野市から千曲市に跨る妻女山山系と、長野市の茶臼山山系をメインフィールドとして撮影や保全活動、自然観察をしています。定点観測をすることで、非常にデリケートな自然の生態系の経年変化も観ることができるからです。そして、観続けることで里山リテラシー(読解力)も鍛えられます。野生獣や昆虫だけでなく、植物から菌類までありとあらゆるものに目を向けています。そうすることで、里山の全貌、共生関係、相互連関、人為的な破壊などが詳細に見えてくるのです。そういう目で観ると、今年は異常に昆虫が少ないのが非常に気になります。特にミヤマフキバッタが全く見られません。夕方になるとヒグラシの物悲しい鳴き声がするようになりました。

「ひぐらしは 時と鳴けども 恋ふらくに たわやめ我(あれ)は 定まらず泣く」〔詠人不知 万葉集 第10 1982〕
(ひぐらしは時を決めて鳴くけれども、恋のせいでか、弱い私は時を定めず泣いてばかりいます)
 セミの中でもヒグラシは、漢字で書くと「蜩」「茅蜩」「秋蜩」「晩蝉」「日晩」「日暮」と色々あるように、その物悲しい鳴き声からか万葉の昔から日本人好みの昆虫でした。俳句では秋の季語ですが、実際はニイニイゼミなどと同じく梅雨から鳴き始めます。季節的には秋のセミではありません。
 しかし、カナカナカナと鳴く薄暮の森に佇んでいると、不意にとてつもない寂寥感に襲われます。どこか物悲しいヒグラシの鳴き声は古代から日本人の琴線に触れるものがあったのでしょう。古代中国の敗残兵の末裔が、故郷を偲んで落涙したのでしょうか。虫の鳴き声を左脳で聞くのは日本人(ポリネシア人も)の特性です。他国の人には音にしか聞こえないそうです。虫の音であり、虫の声ではないのです。
 万葉集の中に蝉の歌は10首ありますが、ヒグラシが9首。もう一首は単に蝉と書かれています。

 里山の海藻イシクラゲ(食用)の上で休むコミスジ(左)。明るい林道脇にクサイチゴ(中)。酸味が強いが美味しい。交尾しながら吸汁するアオカナブン(右)。この時期良く見られる光景。

 コナラの大木で樹液を吸うオオムラサキのオス。昨年の千曲市による空中散布の影響も確実にあるのですが、全般に昆虫が激減しています。ミヤマフキバッタに至っては全く見られない。右にいる小さな虫は、ユスリカの仲間でしょうか。
 写真で分かると思うのですが、オオムラサキの口吻はストローの様にチューブではなく、U字形の樋(とい)の様なものが羽化の際に合わさって筒状になるのです。そのため中央に筋が見えます。

 口吻はカブトムシの脚の一撃で簡単に切れます(左)。そういう個体も時々目にしますが、しぶとく生きながらえるのです。頭を削岩機の様に激しく振って吸汁するオオスズメバチ(中)。今回もいきなり飛び立って驚かせてくれました。樹液バーでは、カブトムシやミヤマクワガタの次に位置するのですが。オオムラサキのメスに追い出されることもあるのです。オオスズメバチとの緊張関係に疲れてしばし林道を散策して見つけたオナガシジミ(右)。オニグルミの木がある周辺に現れます。

 戻ってオオスズメバチ。この後2頭が来たが追い払いました。おそらく別の巣の個体なのでしょう。レンズフードの先端からは20センチもない。この撮影は緊張の連続。樹液が多い時には、顔を拭ってから飛び立つのですが、この様に少ないといきなり飛び立つので顔に激突することもあるのです。100m追いかけられたこともあるので、もう心臓バクバクです。どこを見ているか分からない勾玉型の目が怖い。

 オオスズメバチの吸汁を見ながら、吸汁の機会を伺っているオオムラサキ(左)。それにしても樹液バーに集まる昆虫が少ない(中)。2011年、12年、13年のブログのアーカイブスを見て下さい。樹液バーは考えられないほど大盛況でした。昨年までのネオニコチノイド系農薬の空中散布が原因ですが、今年は散布のない長野市側でも昆虫が異常に少ないのが気掛かりです。
 今回は山仕事や里山保全もあり、道具が必要なため車で上りました(右)。こんなところで撮影しています。木漏れ日と緑が美しいのですが、始終クロメマトイや藪蚊がまとわりつきます。藪蚊に刺されるのを気にしていたら撮影は不可能です。先月末はこの先の陣馬平に子熊も現れました。

 ふと足元を見ると、キリギリス(脚の長さからヤブキリか)の死骸にたくさんのトゲアリが群がっていました。トゲアリは、社会寄生という生態を持つ面白いアリです。また、エライオソームという餌になる物質がついたカタクリの種を巣まで運ぶアリ散布という種まきの生態も持っています。背中の鋭い棘でその名前の由来が分かると思います。

 クルマバナの群生地(左)。次々と咲き始めました。ウバユリの蕾も成長中(中)。やがて横に開き開花します。斎場山(旧妻女山)へ寄りました(右)。現在の妻女山は本来は赤坂山といい、512,8mのここが本来の妻女山で、本名が斎場山。謙信の本陣と伝わるのはここです。下の妻女山の長野市の看板にもそれが明記されていないため混乱を引き起こしています。山頂は古代科野国の円墳です。山頂のベンチにハチが営巣していて危険なのでひっくり返しておきました。ハチが営巣するので使用後は横倒しにしておいてください。

 妻女山展望台(赤坂山)からの善光寺平。眼下の長芋畑もつるが伸びて青々としてきました。AC長野パルセイロのホームスタジアムの向こうにそびえる飯縄山。飯縄神社の祭神の飯縄権現は、白狐にのった烏天狗。上杉謙信の兜の前立てがそれです。東京の高尾山薬王院の祭神もこれです。夏は信州の里山においで下さい。歴史、自然、スポーツ、癒やし。目的はなんでもいいのです。

この8月11日は、初めての国民の祝日「山の日」となります。それに先立ち、7月の第4日曜日(今年は24日)が「信州山の日」で、色々な行事が行われます。私も関連でお仕事を頂きましたが、写真を使った記事や、講座・講演なども承ります。お気軽にお問い合わせ下さい。
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幻のハナビラタケ。樹液バーにたった一頭のオオムラサキ。カブトムシとアオカナブン(妻女山里山通信)

2016-07-17 | アウトドア・ネイチャーフォト
 今年の梅雨は雨が多めです。妻女山から長坂峠への林道も大雨で随分とえぐれてしまいました。蒸し暑い中をクロメマトイに纏わり付かれながら登って行くと、10mぐらい先をまるで道案内するかの様にキセキレイが行きます。歩きながらたまに餌をついばみ、私が近づくと飛び立ち先へ。また尾を振りながら先導します。車の先導をすることもあります。面白い習性ですね。

 長坂峠分岐(左)。右手が斎場山で、左へ歩くと陣馬平です。高い木がコナラで、その下の木はオオムラサキの幼虫の食草となるエノキ。オオムラサキが全く見られません。昨年の松枯れ病の空中散布の影響でしょう。今年は中止になったので昆虫も復活してきましたが、少ない。特に十数種類いたゼフィルスは全滅状態です。
 ひとつの樹液バーにはカブトムシとアオカナブン、カナブンにオオスズメバチ。もうひとつのにはオオムラサキがいました(中)。昨年はなにもいなかったことを考えると一安心ですが、たった一頭とはあまりに寂しい。
 中尾山-茶臼山ハイキングに参加されたご夫婦と邂逅したので、陣馬平と堂平大塚古墳へ案内しました。喜んで頂けたと思います。出会った方には必ず声を掛けます。特に貝母の時期は必ず。戻ると別の樹液バーで吸汁中(右)。これがカブトムシやミヤマクワガタだとオオムラサキにとってはかなり危険。脚の一振りで口吻が切断されたりするのです。まあ、たいていはそれでも生きられますが。口吻はチューブではなく、U字型の樋(とい)の様なものが羽化する時に合わさるのです。たまにそれが上手くいかなかったのか、樹液が口吻の途中から漏れている個体を目にすることもあります。

 曇ってきたのと、小雨も降ってきたので帰ろうとして、長男がハナビラタケをもらったということを思い出しました。そうだ、その季節だと反転して森の奥深くのシロへ。落葉松の根本に幻のハナビラタケを発見(左)。しかも大きい! これは三分の二を収穫した後(中)。胞子を飛ばしてもらうためです。喜々として帰る途中に今度はシロキクラゲを発見(右)。

 ハナビラタケ(Sparassis crispa)は、担子菌門ハラタケ綱タマチョレイタケ目に属し、ハナビラタケ科のハナビラタケ属に分類されるキノコの一種。これは幅が40センチ以上、高さが30センチはありました。βグルカンが豊富で栽培もされていますが、大変高価なキノコで、これぐらいだと5000円は下らないと思います。腐朽菌なので、右側にある落葉松の仮導管の壁を貫通して菌糸が蔓延しているはずです。
 天ぷら、湯がいてサラダ、クリームパスタ、アヒージョ、豚肉と中華炒めなどに。冷凍保存や乾燥保存もできます。幻といわれるのは、発生時期が梅雨時でいわゆるキノコ狩りの季節でないこともあるでしょう。また、舞茸などと同じくシロを知らないと採れないキノコというのもあるかも知れません。妻女山山系の放射能汚染はかなり低いのですが、念のため塩水に浸け、一度茹でこぼしてから調理します。

 シソ科トウバナ属クルマバナ(車花)が咲き始めました(左)。クマノミズキの実が大きくなり始めました(中)。秋には濃紺の色になり、軸は鮮やかな朱色になり、それは美しいもので、私は森の珊瑚と呼んでいます。ヌスビトハギの群生があちこちで咲き始めました(右)。実はいわゆるひっつき虫で、ズボンのあちこちにたくさん付く厄介な植物です。

 上杉謙信が七棟の陣小屋を建てたという陣馬平(左)。貝母に侵食し始めたヨシの根の除去はほぼ終わりました。梅雨明け後に仲間に集まってもらい最後の仕上げをします。その貝母の現在(中)茎は枯れ、さく果も弾け始めました。さく果をヨシの根を掘り起こした部分に蒔いています。信濃毎日新聞で三回も取り上げていただいたので、訪問者が200人位になったのではないでしょうか。ヨシのあった裸地に貝母が増えるといいのですが。
 多雨のために苔の胞子嚢も元気です(右)

 翌々日の樹液バーには、大雨だったのでオオムラサキの姿はなく、カブトムシがいました。お分かりでしょうか。よく見るとオスのカブトムシの下に別のカブトムシが見えます。メスのカブトムシです。ペアになり交尾したオスは、メスが吸汁中はずっと覆いかぶさってメスを守るのです。クワガタも同じ行動をします。
 樹液バーのヒエラルキーでは最上位に位置するカブトムシですが、主な天敵はタヌキやカラスで、これに狙われるとその樹液バーに来るカブトムシがほぼ全滅することもあります。右にいるアオカナブンのメスは後部しながらオスをおんぶして吸汁することもよくあります。こんな感じで、撮影だけでなく生態や相互連関、共生関係などを注意深く観察するのが私のスタイルです。定点観測をすることで、微妙な里山の変化も見えてきます。

 そのカブトムシのオスを別の角度から撮影した一枚(左)。カブトムシの色が保護色であることが分かります。吸汁中のカナブンとアオカナブン(中)。こちらのカブトムシは吸汁に夢中です(右)。この後すぐにオオスズメバチが飛来しましたが、難なく排除撃退しました。

 ヌルデ白膠木)ウルシ科ウルシ属(左)。別名は、フシノキ。生薬名は、塩麩子(えんふし)/塩麩葉(えんふよう)/五倍子(ごばいし)。小葉と小葉の間に翼(つばさ)があるのが特徴。 ヌルデにできる虫こぶ(虫えい・ゴール・GALL)のことを五倍子といいます。これは、ヌルデの若芽にアブラムシ科のヌルデノミミフシが寄生し、枝の翼に卵を産み付け、それが耳状にふくれたものです。
 エノキ(榎)ニレ科(中)。幹周り1m、高さ20mになる落葉高木。これも葉に小さなブツブツがたくさん。やはり虫コブで、エノキハイボフシといいます。フシダニ(ダニ目フシダニ科)の一種によって作られる不規則な形の袋状の虫えい。体調は0.2ミリ以下のウジ虫状。また、エノキには先の尖ったエノキハトガリタマフシもできることがあります。形成者はエノキトガリタマバエ(ハエ目タマバエ科)。各々の虫こぶには幼虫が1匹ずつ入っています。年1世代で成虫は3~4月に羽化をして、エノキの新芽付近に産卵します。5月~6月に幼虫と虫こぶは成熟し、成熟した虫こぶは落下します。幼虫は地上に落下した虫こぶの中で翌春まで過ごして蛹になるのです。
 エゴノキの実 エゴノキ科エゴノキ属(右)。別名は、ロクロギ(轆轤木)、チシャノキ。エゴノキにも、エゴノネコアシアブラムシによるエゴノネコアシという虫コブができることがあります。但し、近くにイネ科のアシボソという草があることが必要条件。果皮にはサポニンが含まれ天然の石鹸として使えます。下向きに鈴生りに咲く白い花は、芳香があります。散り始めると地面が真っ白になるほど。

 クロアゲハに似ていますが、尾状突起が長く、内側に湾曲しているのでオナガアゲハでしょうか。どこかから飛来して休憩中(左)。幼虫は、コクサギ、サンショウ、カラスザンショウ、ツルシキミなどの葉を食べます。
 ヨツスジハナカミキリ(四條花天牛:Leptura ochraceofasciata)カミキリムシ科ハナカミキリ亜科(中)。交尾をしながらメスがヒヨドリバナの花粉を食べているところを邪魔してしまいました。翅の模様はハチの擬態。
 小雨模様なので帰ろうと車を出すとボンネットにタマムシが(右)。そうっと停車して静かにドアを開けて撮影。アオカナブンと共に、森の宝石と呼びたくなる様な美しい甲虫です。

 妻女山展望台から茶臼山。右奥が神城断層地震で山頂が4割も崩壊した虫倉山。茶臼山手前は自然植物園や動物園。その手前は篠ノ井の市街地。さらに手前の千曲川の手前では長芋畑のつるが伸びて青々としてきました。雨は止みましたが、この後かなりの本降りになりました。
 今回、山の日にちなんで斎場山と茶臼山を紹介する記事を監修しましたが、里山にもっと興味を持っていただけるといいなと思います。講座やインタープリターの仕事も徐々に増えたらいいなと思っています。

この8月11日は、初めての国民の祝日「山の日」となります。それに先立ち、7月の第4日曜日(今年は24日)が「信州山の日」で、色々な行事が行われます。私も関連でお仕事を頂きましたが、写真を使った記事や、講座・講演なども承ります。お気軽にお問い合わせ下さい。
 妻女山展望台の南にある大きな駐車場の奥には、清野氏の鞍骨城への地図や、登山ノート、拙書『信州の里山トレッキング 東北信編』のパンフレットが置いてあります。お問い合わせやお仕事のお申し込みは、当ブログのメッセージを送るからお願いします。

妻女山の位置と名称について」妻女山と赤坂山と斎場山について。『真田丸』で訪問者が激増中。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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炎天下の農作業。久しぶりの陣馬平や妻女山、斎場山。オオムラサキがいない(妻女山里山通信)

2016-07-13 | アウトドア・ネイチャーフォト

 五つ前の「カッコウの鳴く日曜日、一反の畑に大豆を蒔く。私はだだちゃ豆も」の6月上旬の記事で書いた一反(10アール)の畑の大豆ですが、雑草がはびこってえらいことになりました。そこで除草作業。画面の左が除草終了、右の緑が今回の作業場所(左)。これ麦ではないです。この中に大豆があるのです(中)。条間は耕うん機で除草。株間の雑草を抜いて行くのですが、炎天下での重労働(右)。ネオニコチノイド系の除草剤とかベトナム戦争の枯れ葉剤ですからね。使えません。大豆はほとんどが輸入品。遺伝子組み換えも普通。私たちはほとんど使いませんが、平地では無農薬で商品化できる大豆を作るのはまず不可能です。この写真を見たら分かると思います。30度を超える炎天下の中、5時過ぎまでやってやっと終わりました。

 翌日はほぼ10日ぶりに妻女山奥の陣馬平へ(左)。ヨシの新芽はほとんど出ていませんでした。除去は成功したといっていいでしょう。問題はここにどの植物が寡占するかということ。貝母なら問題ないのですが。
 中尾山・茶臼山ハイキングに来てくれたご夫婦と邂逅。陣馬平と堂平大塚古墳にご案内しました。歴史と自然を解説。喜んで頂けた様です。こんな風に、時間が許せばご案内します。
 蟹沢(がんざわ)の泉に謎の卵?(中)。そうですサワガニの卵です。産卵した母蟹は役目を終えて亡くなっていました(右)。子供の頃はたくさんいて、採って帰って祖母に唐揚げにしてもらい塩をふって食べました。

 堂平大塚古墳からの千曲川。この美しい風景が実は汚染されているのです。去年と同様にオオムラサキやゼフィルスがほとんど見られません。昨年の千曲市によるネオニコチノイド系農薬。エコワン3フロアブルの空中散布の影響です。成分はベトナム戦争の枯れ葉剤と同じ。実際に千曲市では人的被害も出ています。水俣病等に匹敵する犯罪的行為といっていいでしょう。今年は暫定的に中止する様ですが、自然が回復するには何年、いや何十年もかかるかも知れません。信濃毎日新聞の一面下のコラムでも、空中散布を止める勇気をという記事が以前出ましたが、こんな犯罪的行為は絶対に止めるべきです。

 コナラの樹液バー(左)。まだ樹液はほとんど出ていません。昨年は上記の理由によりなにもいませんでしたが。今回はカブトムシ、オオスズメバチ。アオカナブン、カナブンがいました。左の虚(うろ)ではカブトムシが吸汁。右でオオスズメバチが吸汁(中)。オオスズメバチは寄ってくるアオカナブンを頭突きで撃退。満腹で巣に戻った後で再来。カブトムシの虚に入りましたが、撃退されてあえなく降参。他の木へ飛んでいきました。オオムラサキが全くいません。気掛かりです。総苞が粘るノアザミの花(右)。秋になるとノハラアザミが咲き出します。

 斎場山(旧妻女山)の西側、御陵願平にあるイノシシのヌタ場。昨夜泥浴びに来たのでしょう。イノシシの足跡がありました。少し前に象山で子熊三頭を連れたは母熊が目撃されました。私も陣馬平で子熊を目撃。淡竹の筍を食べに来たのでしょう。今年生まれた子熊は小さいので(4〜5キロ)。母熊は逃げられないと思うと待って人を襲います。熊鈴も役に立ちません。遠距離からも聞こえるホイッスルや爆竹を鳴らすことが必要です。

 ヒヨドリバナが咲き始めました(左)。言われるようにすぐ上でヒヨドリが喧しく鳴いていました。葉を見てこれはトウダイグサ科だなと思ったのですが種名がわかりません(中)。ウバユリ(右)。咲くのは旧盆頃でしょうか(右)。楽しみです。

 斎場山(左)。私のブログやサイトをご覧になっている方はご存知でしょうが、ここが地元で上杉謙信が本陣としたと伝わる妻女山です。妻女山は松代藩が江戸時代につけた俗名で本名は斎場山で古代科野国の円墳です。いつきなるば、ゆにわと称して単なる斎場ではなく、祀りごとを行う神聖な場所でした。
 現在の妻女山(右)。地元では赤坂山という場所です。国土地理院が勝手に名前を変えました。よってここを謙信の本陣と勘違いして変える歴史家や歴史マニア、観光客が絶えません。長野市の看板にも明記されえていません。非常に不親切です。
 神社は招魂社。戊辰戦争以降の戦没者を祀っています。例年ならこの社の瓦でオオムラサキがたくさん昼寝をしているのですが、今年は一頭も見られません。間違いなく千曲市による空中散布の影響でしょう。昆虫が絶滅すれば次は人間です。

 畑に灌水に寄りました。アマポーラ(雛芥子)の向こうに藪萱草(左)。ニッコウキスゲの仲間です。カンゾウ、ヤブカンゾウの蕾は金針菜といって中華の高級食材です。鉄分も多く女性の味方。横浜中華街では乾物が結構な値段で売られています。アマポーラ(中)。太陽が登ると開花します。すごく好きな花です。選定をしたお陰で今年も柿が鈴生りになりました(右)。また柿酢を作りましょう。
 今日は、篠ノ井の77号見六橋付近にイノシシが出没。春が異常に早く、季節の進行がおかしいので野生動物の動きにも例年とは違う変化が出ているのかも知れません。

この8月11日は、初めての国民の祝日「山の日」となります。それに先立ち、7月の第4日曜日(今年は24日)が「信州山の日」で、色々な行事が行われます。私も関連でお仕事を頂きましたが、写真を使った記事や、講座・講演なども承ります。お気軽にお問い合わせ下さい。
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梅雨の晴れ間に妻女山へ。ネムノキ、ゼフ、ミツバチ、カブトムシ、キノコ(妻女山里山通信)

2016-07-02 | アウトドア・ネイチャーフォト

 林道脇にエビガライチゴの実(左)。甘酸っぱい美味しい木苺ですが、これが両側から繁茂すると登山道が塞がれるので、春に鞍骨城跡まで切りに行きます。マルバハギの花が咲き始めました(中)。ゼフィルスが好む花ですが、今年はゼフがほとんど見られません。天女の様なユキノシタの花(右)。薬草であり山菜。

 ネムノキの花はそろそろ終わりです。花は樹冠で咲くので、なかなか間近で見られないのですが、この木は林道の下の斜面に生えていたので丁度花が目の高さにありました。花弁は発達していませんが、線香花火の様な雄しべが可憐で美しい。

 木漏れ日のスポットライトを浴びて輝くネムノキの花。マメ科なので、秋には長いさやの豆がなります。葉は夕方になると閉じてしまいます。マメ科なので窒素根粒菌のコブを根に形成します。根粒バクテリアが窒素を変換してネムノキに与え、ネムノキがバクテリアに栄養を与える共生関係を作っています。アメリカでは、その豆を猿が食べるためモンキーポッドというそうですが、日本のネムノキは食べられるのでしょうか。山藤の実は炒って食べたことがありますが。

 カブトムシを発見(左)。すぐ近くに我々(妻女山里山デザイン・プロジェクト)が作った産卵所があります。まだ樹液が出ていないので餓死しないといいのですが。熟して落ちた桑の実などを吸っていると思われます。吸蜜中のヤマトシジミ(中)。小さなシジミチョウよりさらに小さな黄花ですが、未同定。
 シロツメクサで吸蜜するセイヨウミツバチ(右)。以前はニホンミツバチもいたのですが、松枯れ病の空中散布で全滅しました。このセイヨウミツバチは養蜂家のものです。気になるのは、その影響か、オオムラサキのオスとメスをそれぞれ一頭しか確認していないのです。こんなことは今までありませんでした。非常に心配です。

 ホコリタケ科のノウタケの幼菌(左)。大きくなると脳みそみたいなシワができるので脳茸と書きます。中が白い幼菌は食べられます。てんぷらやフライ、オリーブ油炒めなどで。クセはあまりありません。美味しい方です。これもホコリタケ科のタヌキノチャブクロ(中)。キツネノチャブクロより大きくなるようで、後日見たら直径が6センチ位になっていました。これも中が白い幼菌なら食べられます。味噌汁に入ったものを食べたことがありますが、特に不味くも美味でもありませんでした。
 ヤマザクラの倒木に鮮やかな朱色のヒイロタケ。タマチョレイタケ科(右)。もちろん食べられません。

 艶のあるヤブヘビイチゴの実(左)。ヘビイチゴは艶がありません。クサイチゴはブツブツの間の空間がなく甘酸っぱく食べられます。ヤブヘビイチゴは無毒ですが、無味無臭。薬草です。
 この小花が分かりません(中・右)。凄く小さな花ですが、草高は50〜60センチ位あります。葉は右の様で、茎には細かな繊毛が生えています。お分かりでしょうか。思い出しました。ヌスビトハギです。

 上杉謙信が七棟の陣小屋を建てたと伝わる陣場平。クマノミズキの花も満開から結実へ。手前は貝母(編笠百合)の群生地ですが、現在はほとんど枯れて蕗やカナムグラが繁茂しています。キツツキの激しいドラミングが聞こえてきました。右の地面は、貝母に侵入してきたヨシとノイバラの地下茎を掘り出した跡。右奥に掘り出した根が積まれています。梅雨明けに最後の仕上げをします。両者ともここが藪だった時には生えていなかったものです。最近は帰化植物のブタクサも侵入してきたため、それも抜いています。

 貝母のさく果も枯れました(左)。梅雨明け頃には弾けて種がこぼれるでしょう。林の明るい縁に咲くクララの花(中)。ルリシジミやオオルリシジミの幼虫の食草。クララの数が減っているので心配です。
 妻女山展望台から左後ろへ振り返ると、本当の妻女山、本名斎場山が見えます。地元で妻女山と呼んでいた山は斎場山のことです。展望台のある所は、地元では赤坂山と呼んでいた場所で、謙信本陣ではありません。赤坂山に三角点を設置した時に国土地理院が勝手に妻女山の名前を下ろしてしまったのです。長野市が建てた説明看板にもそのことは書かれていないので、多くの人が誤解したまま帰ってしまいます。ウィキペディアの妻女山には諸説あるようなことが書いてありますが、全くの出鱈目です。

 展望台から見る茶臼山(左)。写真中央の丸い山です。手前は観光客に非常に評判の悪い看板。地図と照らし合わせられないほどこれも出鱈目で、間違いも多い。下部にある写真の説明も間違いがあり、また山名の表示が少なすぎて不明朗。観光客には山座同定をしてあげています。
 帰りに畑に寄ってヤブカンゾウの蕾を採りました(中)。右後ろに見えていますが、蕾は金針菜といって中華料理の食材。炒めてよし、天ぷらでも美味、煮物にも使えます。晴れの日にはヒナゲシ(雛罌粟・雛芥子、別名は虞美人草)が咲き乱れます(右)。英語だとポピー、スペイン語はアマポーラ、フランス語はコクリコ。
 虞美人草という名は、秦末の武将・項羽が劉邦に敗れて垓下に追い詰められた時に、垓下の歌を死を覚悟して詠い、合わせて虞という愛人が舞ったという中国の伝説に基づくもの。80年代に車のCMにも使われたギリシャのナナ・ムスクーリの『アマポーラ』は大好きです。


この8月11日は、初めての国民の祝日「山の日」となります。それに先立ち、7月の第4日曜日(今年は24日)が「信州山の日」で、色々な行事が行われます。私も関連でお仕事を頂きましたが、写真を使った記事や、講座・講演なども承ります。お気軽にお問い合わせ下さい。
 妻女山展望台の南にある大きな駐車場の奥には、清野氏の鞍骨城への地図や、登山ノート、拙書『信州の里山トレッキング 東北信編』の見本誌とパンフレットなどが置いてあります。お問い合わせやお仕事のお申し込みは、当ブログのメッセージを送るからお願いします。

妻女山の位置と名称について」妻女山と赤坂山と斎場山について。『真田丸』で訪問者が激増中。

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 長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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