この自分の存在と悠久の宇宙

「この自分」が今、ここにいる不思議

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自分の存在

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自分の存在というものを深く静かに考えると不思議である。森政弘は「心眼」という本の中で、次のような意味のことをいっている。「ぼくが、今ここにいる原因は、母から生まれた。さらに先祖をさかのぼるとサルから爬虫類、アメーバへ。もっと先は通常生命がないと思われている分子から原子、そして素粒子までいってしまう。このように考えると連綿とこの宇宙のあらゆるものを生かしている筆舌に尽くしがたい絶妙なからくりがあることが分かってくる。そしてこの宇宙(大生命)に対して畏敬の念がわいてくる。さらに、この自分自身もこの大きな自然、大宇宙の絶妙な仕組みを構成している一つであることを思うと安心感ができてくる。」心を慰めることができる。自分が死んでもこの宇宙の絶妙な仕組みの一部を永遠に構成していることになる。また「爬虫類も原子も先祖であり親戚であるということにもなる」と。
 さらに「素粒子から原子、原子から分子というように(水は酸素と水素が化合して出来ているが、それは酸素でも水素でもない全く新しい性質、機能をもったものである)一ランク組み合わせが複雑になると、今までになかった新しい性質や機能がうみ出される。このようにみてみると、生命とか精神も、人間や爬虫類などだけでなく、通常生命がないと思われている原子にも素粒子にもあるように思えてくる」と。
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この自分がいる不思議

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悠久の宇宙と歴史の現在のこの一点に存在する「この自分」の存在の不思議。「この自分」を今、存在せしめた、そして、ありとあらゆる生物、物質が存在している宇宙の絶妙なからくりの不思議。自分自身の意識の源泉は何か。何者か。この宇宙の意識、大生命の活動のあらわれが、この現実のこの一瞬一瞬である。深遠で悠久のこの宇宙に対して畏敬の念を禁じ得ない。胸の高鳴りを押さえることができない。
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