今まではスケッチを随時掲載していましたが、既に掲載したものを含め、一部加筆修正して大和路を北の方から紹介しています。
東大寺/戒壇堂/F3
開山堂 とざして堅き のりこぼし 麦秋
754(天平勝宝6)年に唐の高僧鑑真が来日し、大仏殿の前庭に仮設した戒壇で、聖武天皇らに授戒したのち、常設の授戒道場として設けたのが戒壇院です。1180年の南都焼打ちや、三好・松永の兵火(1567年)などでたびたび焼失し、現在の建物は、1733(享保18)年に復旧されたもので、堂内には、木造多宝塔と、復旧の際にほかの堂舎から移された塑造四天王立像(国宝)が安置されています。
兜をかぶり剣をもち、目を見開く持国天、口を開け矛を突く怒りの形相の増長天、経典と筆をもつ静かな相貌の広目天、同じく静かにかなたを遠望し、宝塔を捧げる多聞天。いずれも邪鬼を踏みつけ迫力があります。
東大寺/戒壇堂/F3
開山堂 とざして堅き のりこぼし 麦秋
754(天平勝宝6)年に唐の高僧鑑真が来日し、大仏殿の前庭に仮設した戒壇で、聖武天皇らに授戒したのち、常設の授戒道場として設けたのが戒壇院です。1180年の南都焼打ちや、三好・松永の兵火(1567年)などでたびたび焼失し、現在の建物は、1733(享保18)年に復旧されたもので、堂内には、木造多宝塔と、復旧の際にほかの堂舎から移された塑造四天王立像(国宝)が安置されています。
兜をかぶり剣をもち、目を見開く持国天、口を開け矛を突く怒りの形相の増長天、経典と筆をもつ静かな相貌の広目天、同じく静かにかなたを遠望し、宝塔を捧げる多聞天。いずれも邪鬼を踏みつけ迫力があります。
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