奈良大和路水彩スケッチ散策

奈良・大和路の風景を寺社仏閣中心に水彩スケッチ探訪

8大安寺本堂

2012-02-23 05:56:15 | スケッチ
8大安寺本堂/F3
 大官大寺は聖武天皇によって「大安なる寺」、大安寺と改称されました。
 毎年一月二十三日の光仁会笹酒まつりの日は、日頃静寂な大安寺の境内は人にうめつくされ、周囲の道路には参詣者が列をなして、人に押されながらお参りするという程の活況を呈します。
 由来は、光仁天皇が不遇であった自壁王時代、しばしば大安寺を訪れ、境内の竹を伐って、林間で酒をあたためて召し上がった為、無病息災を保たれ、六十二歳で皇位につかれたという寺伝によるものです。
 さびれたる 冬田の中や 大安寺  蕭風
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7大安寺山門

2012-02-20 06:35:40 | スケッチ
7大安寺山門/F3
かって「大官大寺」と称し飛鳥から平城京に移築され南都七大寺の一つに数えられるお寺です。最近新しく作られた山門ですが、当時の威容を誇っています。
万葉歌碑があります。
 現身は 数なき身なり 山河の 清けき見つつ 道を尋ねな (大伴家持)
南都奈良時代、平城京内の代表的な官寺として降盛を極め七重の東西両塔がそびえていたといいますから、盛衰を思わずにはいられません。かって住職さんが講演で「『大』の字の付く寺は多いが二つ付くのはうちだけ…」と誇っておられたのを思い出します。
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6白毫寺本堂

2012-02-17 06:56:37 | スケッチ
6白毫寺本堂/F3
 五色椿 いま落ちつぐは 白ばかり 秋桜子
本堂の前には樹齢四百年という五色椿があります。別に色が五色あるわけではありませんが紅白の絞りが色々に変化するのをもじったのでしょう。緑の苔の上にこぽれた花は美しい。
 かって焔魔堂があったと云われていますが、宝蔵庫には、本尊の阿弥陀如来坐像(重文)と共に正面左に閻魔坐像(重文)があり、眉をつり上げ、目をカッと見開いた閻魔王像(重文)は迫力満点です。
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5白毫寺山門

2012-02-15 06:32:36 | スケッチ
5白毫寺山門/F3  
新薬師寺から、少しのぼっや所に白毫寺があります。
「萩の階段」として名高い参道の石段では、左右両側から覆いかぶさるようにハギが生い茂り、ピンクや白の鮮やかな花をつけます。高円山の山麓にあり、奈良市内が一望できる展望の良さと、ハギや春のツバキなど花の名所として知られています。
 万葉歌碑があります。
 高円の 野辺の 秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに 天智天皇の勅願所と伝えられていますが、天智天皇の第七皇子で光仁天皇の父である志貴皇子の山荘跡といわれています。
 この風景は季節には石段の途中でスケッチする人が絶えなかったのですが、今は「座ってのスケッチご遠慮下さい」の立て看板。世知辛くなりました。
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4高畑/新薬師寺東門

2012-02-13 05:31:06 | スケッチ
4高畑/新薬師寺東門/F3
静かな小径に面して東門があります。今は閉鎖されていますが、以前はここからも参拝出来たようです。
近くの奈良教育大構内で、奈良時代の建物基壇(基礎)の大型遺構が見つかり、光明皇后が夫の聖武天皇の病気平癒を祈って建立した新薬師寺の金堂跡とみられています。基壇の規模は創建時の東大寺大仏殿に次ぎ、平城宮大極殿に匹敵する巨大さといいます。
 なお、新薬師寺の「新」は「新しい」ではなく「霊験新たな」という意味です。
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3高畑/新薬師寺南門

2012-02-10 06:31:06 | スケッチ
3高畑/新薬師寺南門/F3
新薬師寺南門です。この門をくぐると本堂。巨大な円形の土壇中央にギョロリと目をむいた薬師如来坐像。そのぐるりを、甲冑に身を包み目をむき、髪を逆立て、剣や鉾、弓矢、斧などで武装した十二神将が囲んでいます。薬師如来のボディーガード。中でも伐折羅さらば大将が有名。
 奈良の春十二神将剥げ尽せり 漱石

門前に鏡神社があります。橘諸兄や僧玄肪らを排除しようとして北九州で反乱を企てた藤原広嗣の霊を祀ると伝えられ神社です。
また、右方には小さな祠が比売神社、十市皇女を祀っているといいます。
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2012-02-08 06:02:12 | Weblog
2−2高畑/高畑への道/F3
春日大社神苑に隣接する路、新薬師寺を経て「滝坂の路」へもすぐです。
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2−1高畑/ささやきの小径

2012-02-06 05:49:00 | スケッチ
2−1高畑/ささやきの小径/F3
志賀直哉旧邸のすぐ横から春日大社に通ずる小径があります。馬酔木などがトンネル状に生い茂り一寸ロマンチックな雰囲気。「ささやきの小径」と呼ばれています。正式には「下の禰宣道」といいますが、奈良の人でもこの名では通じないでしょう。
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1高畑/志賀直哉旧邸

2012-02-03 06:24:44 | スケッチ
今まではスケッチを随時掲載していましたが、既に掲載したものを含め、一部加筆修正して大和路を北の方から紹介しています。今回から8回高畑、大安寺の風景を紹介します。
1高畑/志賀直哉旧邸/F3
志賀直哉旧邸です。志賀直哉は大正14年京都山科から奈良幸町移り住み、昭和4年、少し東の新薬師寺に近い高畑の地に和洋中の様式を巧みに取り入れた数寄屋風の住宅を新築しました。ここで作家活動の励み大作『暗夜行路』を完成し、子供の教育のためと13年に東京に移るまでの9年間を暮らしました。洒落た洋風の1階はサロンとして多くの文人が集ったといいます。現在旧邸は公開されています。志賀は青年期以来各地を転々と移り住み、引っ越し18回を数えましたが、すべて借家住まいであり、この高畑が初めての持ち家だったそうです。
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奈良町/8旧JR奈良駅

2012-02-01 06:13:39 | スケッチ
奈良町/8旧JR奈良駅
なら町ではありませんが、旧JR奈良駅です。「修学旅行で行った」と言う人を含めると殆どの人は奈良を訪れていますが、この駅舎は知りません。皆さん京都からバスか近鉄電車で来られるのです。
この駅は昭和9年に竣工、お寺風の駅舎で、珍しい駅舎として親しまれてきました。仏都奈良の象徴としてふさわしかったのですが、JRの高架に伴い取り毀しが計画されましたが市民の要望で約18メートル移動して『奈良市総合観光案内所』としてオープンしています。
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