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渡邊恒雄「わが体験的靖国論」

2014-08-15 10:59:16 | その他

 読売の渡邊恒雄が文藝春秋の2014年9月号に安倍首相に伝えたい「わが体験的靖国論」を書いている。
これまで渡邊恒雄といえば、共産党から転向したからこそ余計に右かかった体制寄りの偏屈な人物とばか
り思っていた。何よりも読売巨人軍を私物化し、そうでなくても好きでなかった巨人軍に野球の素人であり
ながら口出しをする、金で他球団の有力選手を掻き集めている虫の好かない爺さんと決めていた。


 一新聞記者でありながら、大野伴睦の番記者をするうち自民党の大物政治家に取り入り、新聞記者の域
を越えた政治的活動をも行うようになった。読売新聞社内では会長・主筆まで上り詰めていて、読売新聞
グループを長きに亘って牛耳っている。巨人軍、読売新聞が嫌いになった大きな理由として渡辺の存在が
あり、これまで報じられてきた彼の言動を見聞きするうちに嫌悪感は募るばかりであった。

 だから、今回この文藝春秋に投稿された彼の文を見て相当驚いた。結論として "「A級戦犯」が分祀され
ない限り、靖国神社へは国家を代表する政治的権力者は公式参拝すべきではない"
と言い切っていおり、
日本の首相の靖国神社参拝は、私が絶対に我慢できないことであり、私は発行部数1000数万部の『読売
新聞』の力でそれを倒すとまで言っている。

 渡邊はパリ不戦条約を取り上げ、それ以降の日本の戦争責任は問われなければならないとし、戦後の
憲法九条はこのパリ不戦条約と内容的に同一であるとする。1928年にパリで締結されたパリ不戦条約
(ケロッグ・ブリアン条約)は、それ以前の列強の帝国主義戦争による領土獲得競争に終止符を打つ
国際理想主義的なものであって、日本も1929年これを批准している。但しこれは英米の「保留」(条約
の特定条項が自国に適用されないという意思表示)によって事実上空文化してしまったが、戦後の日本
の憲法九条はこの理念をもとに書かれている。

 また渡辺は先の大戦の戦争責任の検証をすべきであるとも言う。300万とも言われる戦争犠牲者を出し
ながら、勝ち目の無い戦争を起こし、敗戦が確定した後も戦争を継続して原爆投下やソ連参戦などで被
害を更に拡大した戦争責任は誰が負うべきなのかと問う。そして今や戦争を経験していない者が大部分
である戦後世代の日本人が、諸外国から戦争での残虐行為を十分に謝罪していないと非難されているの
は、靖国神社問題などを整理仕切れていないからだとする。西欧列強はかって軍事力に任せて植民地を
世界中に作ったが、今日では被植民地国と殆ど和解し、平和的な関係を結んでいるにもかかわらず、日
本のみはそうなっていない現状を憂う。

 これは朝鮮、中国等のかっての先進文化国は、僅かに早く先進西欧化を進めた日本によって侵略され
植民地化された事に対して、屈折した感情を根強く有しているのであって、西欧列強によって圧倒的軍
事力、文化力で植民地化されたものとは異なるのであろう。台湾やその他の東南アジア諸国はいささか
そうした空気が薄いことからも僕はそう思えるのである。貴方が今様々な知識や力を持っていたとして
A君やBさんに知識を教えたり力を貸していて、そのA君やBさんが最先端の知識や技術そして力を獲得
して貴方を見下したり、場合によっては危害を加えたとしたら、貴方はどう振舞うかと同じであろう。

 靖国神社の起源についても触れている。戊辰戦争の戦没者を祀るために明治2年(1869年)に創建さ
れ、明治維新、西南戦争、日清・日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、第二次世界大戦の戦没者が
祀られたが、官軍だけが祀られ賊軍とされた西郷隆盛や新撰組、彰義隊の人々や藩士は祀られないな
ど歴史的合理性を持つ追悼施設ではないと指摘する。その後GHQにより存在理由が不明となったが
東京都の認証で宗教法人となり、1979年に松平永芳宮司の独断でA級戦犯が合祀されてしまった。
これにより戦争責任者の合祀が政治問題化し、国際問題に発展してしまった。昭和天皇は松平永芳宮
の合祀を不快視され、それ以降天皇の参拝は行われていない。

 中曽根首相の参拝を契機として諸外国から反発が起こり始め、中曽根は瀬島龍三にA級戦犯の分祀
の根回しを依頼したが、最後に東条英機の遺族の反発で分祀は頓挫してしまい今日に至っている。
各国の追悼施設は祭神の名義や特定宗教とは無関係なものとなっていて、政治対立とか紛争は生じて
いない。靖国神社だけが一宮司の勝手な解釈で迷信的屁理屈でA級戦犯は分祀できないとして国際紛
争を生じししめている。両陛下が出席される全国戦没者追悼式、国会の議決で認証した上での千鳥ヶ
淵戦没者施設の整備が望まれるとする。

 
 中国侵略の責任は、軍部の無謀な戦争拡大によって生じたものでA級戦犯の有罪判決はサンフラン
シスコ平和条約を政府として承認した以上受け入れざるを得ないのであって、前の大戦の非を認めた
上で、加害者と被害者を峻別し歴史認識の道徳的規準を教科書に記述して、国際政治のこの問題に終
止符を打つべきだとする。

 更に渡辺は「特攻」や「玉砕」は美名のもとに行われた非人間的な残虐な作戦を美化するものであ
るとして激しく糾弾し、自身の軍隊体験から戦前の軍隊がいかに強制的で悲劇的な暴力組織にすぎず
決して許されざるを得ないものと自らの軍隊体験から述懐している。

 中国が言い始めた「沖縄独立論」は、かっての帝国陸軍の領土干渉に類似していて無視できないと
述べている。米国に対しては、戦争終結を早めるとの名目で、非武装の日本全土を焦土化し、原爆ま
で使用したことの道徳的責任を問い、中国に対しては国民党と共産党の内戦、文化大革命の大虐殺、
近年の軍事力増大に危惧を示している。韓国に対しては、日韓国交正常化基本協定で解決済の問題を
殊更に蒸し返し、特に事実検証も不十分な慰安婦問題を世界中に宣伝していることに危惧を表明する。


 渡辺が36歳の頃韓国の金鐘泌陸軍中佐(後の韓国首相)とインタビューした際、日本の36年間の統
治を、日本が国交正常化に誠意をみせれば水に流すとの発言を顧みて、日韓の未来関係に希望を持っ
たと述べている。その韓国は朝鮮戦争で焦土と化し甚大な被害を蒙ったが、最近中国と友好関係を樹
立しようとしているが、両国間で歴史認識で合意したのであろうかと結んでいる。

 
 こう読んでくると、至極全うなことを言っており、かっての渡邊に対する先入観を覆されてしまった感
がある。同じ号に掲載された「白人の世界支配は終わった」の石原慎太郎とは異なる常識を垣間見た
気がするのは僕だけだろうか。
Wikipediaなどで渡邊を読んでみると、靖国論については以前からそう言っていたようであり、今更
驚くほどの事ではないのかも知れない。秘密保護法で「情報保全諮問会議」の座長となっているが、
新聞人であるなら報道の自由だけは死守して貰いたいものだ。
 







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靖国神社への思い (レフティー安田)
2014-08-22 20:07:53
靖国神社には私の長兄が祀られております!
米国カリフォルニアで生まれ、昭和20年日本人として19歳の時にアメリカの戦艦に特攻隊として南方海上にて若き命を散らせたのです。東京に勤めておりました時には時間が有れば毎月御参り致しておりましたが今は・・・・
桜の木の下には母の遺骨が少し散骨いたしており、天上の花園で母子が・・・・・・
ちなみに、私は昭和19年生まれです。母の生前 兄の生まれ変わりと云われて、複雑な気持ちでした。

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