里の家ファーム

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ゼロ葬

2016年10月29日 | 社会・経済

マネーの達人 2016.10.27

   921NHKで放送された「クローズアップ現代」という番組で「あなたの遺骨はどこへ 広がる『ゼロ葬』の衝撃」というテーマで、現代の葬儀事情を特集していた。

テーマを見ただけで筆者のみならず普通の人なら大きな衝撃を受けることだろう。家族が葬儀もせず、遺骨も引き取らず、そして墓も作らないことを『ゼロ葬』と業界では呼んでいるとのこと。

現代の家族の在り方を、弔いの現場からみた取材が大変興味深く、自分自身の弔いやお墓、遺骨の扱いについて深く考えさせられる番組であった。

番組を視聴してまず驚いたのは、これまでのように、亡くなった人を家族の手で埋葬するのではなく、遺骨を引き取る新たなサービスを最近利用する人が増えているということだ。

ある葬儀会社による遺骨引き取りサービスには、以下の3つがあるようだ。

 ・ 預骨(よこつ)…墓が用意できるまで一時的に預かることが預骨

・ 迎骨(げいこつ)…家まで遺骨を引き取りに来てくれるサービス

・ 送骨(そうこつ)…宅配便で送るだけで合同のお墓に埋葬してくれるサービス

   遺骨を宅配便で送ることに法的な問題はないようだが、遺骨を物のように取り扱うことに個人的には抵抗感を禁じ得ない。

人間誰しもがいずれ死ぬし、死んだ後には遺骨が残る。

「いずれ自分自身が亡くなれば家族が葬儀を行ってくれ、火葬後の遺骨はお墓に納めてくれる」という考え方がこれまでは一般的であったが、その考え方があたりまえという時代ではもはやなくなってきている。

 遺骨を預けたまま音信不通となるケースも

   番組では、高齢の母親の介護や医療費がかさむ中、亡くなった父親の墓を買う経済的余裕がなく、やむなく葬儀会社の「預骨」サービスを利用(保証金3万円で預けられるという手軽さゆえ)している男性が紹介されていた。

   遺骨の預かり期間が終了するまで、お墓を準備することができればいいのだが、それができなければ、預けた遺骨は引き取り手のない他の遺骨とともに合同墓で埋葬されるとのことだ。

「預骨」で遺骨を預けたまま音信不通となるサービス利用者は少なくないようである。

合同墓で40体もの遺骨が一斉に埋葬される様子を映像で見たとき、筆者は本当に胸を突かれる思いがした。

「預骨」というのは、遺骨を一度引き取る人がいるケースであるが、遺骨の引き取り手が全く見つからずに、自治体の無縁墓地などに埋葬される遺骨が近年増えているとうことにも驚いた。

埼玉県さいたま市の例では、無縁墓地に埋葬された遺骨が2003年は33件だったのものが、2015年には188件と6倍にも急増している。

 背景にある社会的な変化

 死亡年齢の高齢化

   このような背景の一つに、『死亡年齢の高齢化』があると番組出演者のシンクタンク研究員が分析していた。

90歳以上で亡くなった人の数が2000年には約12万人だったものが、2014年には約30万人へと年々増加しているとのこと。今の日本は、亡くなっている人の5人に1人以上が90歳以上という計算になる。

そうなると、90歳代で亡くなった人たちのお子さんは60歳代後半~70歳代の高齢者で既に年金生活者になっていることが想定される。

彼ら(彼女たち)は自分たち自身の医療や介護に非常にお金がかかっていて、結果として親の葬儀代やお墓の費用が払う経済的な余裕はないという事態が生じる。

 生涯未婚と熟年離婚の増加

   無縁墓地に埋葬される遺骨が増えているもう1つの背景には、『生涯未婚の人と熟年離婚が増えている』ことがあるという。

生涯未婚であれば配偶者や子供はいないので、自身が亡くなったら誰が弔うのかという問題はおのずと発生する。生前に親しく交流をしていれば、甥や姪が葬儀や墓の面倒を見てくれることもあるかもしれないが、あまり期待はできないであろう。

また、熟年離婚をした場合、自分が死んだとき別れた元夫(元妻)が死後の面倒をしっかり見てくれるのだろうか?

ライフスタイルはもちろんのこと、家族の形が多様化している現代社会において、自分自身が亡くなった際、配偶者(元夫、元妻を含め)や子ども、あるいは親類が葬儀やお墓の世話を本当にしてくれるのだろうか…と深く考えさせる番組であった。

 死後に発生する諸問題に、しっかり向き合っていく 

   老後の親の介護や自身の老後生活への不安といった問題については、筆者もFPとして相談者には資金プランの面で様々な助言をさせて頂いている。

しかしながら、相談者が亡くなった後の遺骨やお墓をどうするかという問題、つまり『老後のあとの問題』を意識することはほとんどなかった。

死後に発生するかもしれない諸問題に、しっかり向き合っていくことの大切さをあらためて認識した次第である。2025年には団塊の世代が全て後期高齢者となる。

世界でも類を見ない超高齢時代を迎える日本では、家族がいないから自分自身の介護や葬儀、お墓のことを悩んでいる人だけでなく、「家族がいても悩む」という時代がやってくることは間違いないであろう。(執筆者:完山 芳男)


病気のこと、お墓のことなどの話題がきになるお年頃になってしまった。あしからず。
親の「死」を経て様々な「不合理」を体験した。
新時代の埋葬、弔い方についてもっと議論すべきだろう。

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