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すべての子ども・若者たちに寄り添う社会であってほしい

2017年12月08日 | うつ・ひきこもり

 

教育無償化が閣議決定。
  180人と通行人が耳を傾けた、
  子どもたちの率直な想いとは

 すべての子ども・若者たちに寄り添う社会であってほしい

    ハフポス 村尾政樹  2017年12月08日

 

   12月8日、政府の教育無償化に関する政策パッケージが閣議決定されます。保育園では無償化の前に待機児童の解消を求める声や、私立高校と大学の高等教育では所得や成績の条件など議論が起きています。あなたは教育の無償化について、どのように感じますか?

 

   そのような中、子どもの貧困への理解を求める「第3回あすのば全国集会」が12月3日、国立オリンピック記念青少年総合センター(東京・渋谷区)で開かれ、ひとり親や生活保護家庭、児童養護施設で育った子ども・若者が登壇。政府や各党の国会議員、各府省の担当者など参加者180人へ向けて、今まで育ってきた環境で困ったことや現在の対策への心境を打ち明けました。今回は、その全国集会と「入学・新生活応援給付金」への協力を呼びかける街頭募金の様子を一部紹介します。是非あなたも子どもたちの現状や率直な声に想いを馳せてみてください。

 

 

すべての子ども・若者たちに寄り添う社会であってほしい

  定刻10時。全国集会は、中心となって企画した大学1年生の高原さんによる挨拶からスタートです。

  高原さんは、メディアでも「子どもの貧困」が多く取り上げられて社会の関心が高まる一方、一部の現状が報道されることによって、ほかの子どもたちの苦しさが理解されなかったり、子どもたち自身もあきらめようとしていることに対して「こんなことで苦しいと思ってはいけないんじゃないか」と声をあげづらい現状があるからこそ、このような場をつくって現状や率直な想いを共有したいと話します。

続いて、高校生と大学生の3人からは「子どもの声」について発表です。

    高校3年生の武田さんは1年間、進路選択で伴走し続けてくれた人へ感謝の思いを手紙につづり「寄り添ってくれる人がいなければ、大学に合格できた今の私はありません」と語ります。

   大学1年生の花城さんは過去の経験や周りの人への感謝とともに、子どもに寄り添うことについて「政策などの形としての支援を模索するだけではなく、もっとその根本にある、一番大切なことなのでは」と話します。

   大学4年生の吉田さんは学習支援ボランティアの経験から、世帯の年収だけで線引きをすると少し多いだけで支援が受けられなくなってしまうことや、親子関係が良くない場合に自分でお金を工面しなければいけないなど対策の問題点を語り、「貧困であるないにかかわらず、すべての子ども・若者に必要な対策をしてほしい」と訴えます。

 時には涙も流しながら勇気を持って伝えようとしてくれる登壇者の声を、会場の参加者は静かに耳を傾けます。

  次は、子ども・若者世代によるパネルディスカッション『今まで困ってきたこと、必要なもの』が始まります

   登壇者は、すばるくん、にょん、まなか、りょうたくんです。みんなは、少し緊張した様子。コーディネーターの村井さんが会場を和ませながら、話題が展開されていきます。

 今の子どもたちの実生活を、私たちはどれくらい知っているか

 にょん『母子家庭で育ちました。父親と遊びに行く子が多い高校にいたので、インスタのストーリーとか見ると友達の「お父さんとデート」みたいなのがうらやましかったです。』

 村井さん『あすのばで副代表やっています。子どもの貧困の状況はよく語られるけど、そもそも、今の子どもたちの実生活って私たちはどれくらい知っているのでしょうか。どうですか、インスタのストーリーって知っていますか?(笑)

 今の子どもや若者が友達とどんな暮らしをしていて、何にお金を使って、何の優先順位が高くてみたいなことをあまり分からないまま、善し悪しを私たちは語ってしまいがちですよね。』

 にょん『ディスカッションのテーマとしては、私はそもそも自分が何に困っているのかに気づけないんです。無意識に困っていたと思うけど、後々、大事になってから色んな人に助けてもらうことがありました。

 最近、困りごとっていうのに気づけたのは、一番は進学のこともそうですし、あと、いま20歳で次の1月が成人式なんですけど、振り袖の問題が結構大きくて、振り袖ってすごく高くて20~30万くらいするんです。最初に見積もりに行ったところは70万とか出されました。みんなが着ているのに私は着れないんだっていうことを、その額を見たときに感じてしまいました。』

 頑張った結果だけじゃなく、頑張ろうとするプロセスも認めてほしい

 りょうたくん『高校3年生です。学校ではアカンことは「あれはダメ」、「それもダメ」、「アカン」、「だからアカン」って直ぐ説教されます。けど、良いことをしても「頑張ったね」とは言われるけど、なかなか認めてもらえない。ダメなところはよく見つけるのに、なんで良いとこは見つけてもらえないのかなって思います。』

 村井さん『例えば、テストで100点や90点だと「良くできた」となります。でも、70点や60点だと「何でこれできなかったの」、「できなかったとこは後でやっといてね」と言われるだけで、どこまで解けているかをなかなか見てくれませんよね。』

 すばる『児童養護施設で育ち、大学は中退しました。おれは頑張ることも重要なことだと思っていて、でも、頑張るまでたどりつけない人もいます。それは、少しでも頑張ったことを周りに認めてもらえる環境があったかが大きいと思ってる。

 最初は小さな頑張りで、それが積み重なって、大きな頑張りになって結果を出すことにつながります。頑張った結果だけじゃなくて、頑張ろうとしているプロセスにいる子もしっかり認めてあげることで、その子の可能性が広がると考えています。』

 にょん『私は、頑張り方があんまり分からないんです。何というか、がむしゃらにがんばってしまう。それを続けてきたら、今度は休むことが分からなくなっちゃって。休まないと頑張れないのに、その休むことすらできない。結局、自分がどうしたいのかが分からなくなっちゃいました。』

 

村井さん『相対的貧困という「あたりまえ」の暮らしに届くか届かないか。その「あたりまえ」に届かせるために、がむしゃらに頑張って、乗り越えた先に見える世界ってどうなんでしょう。

 そのままがむしゃらにいけるのかなとか、休みのない人生って豊かなのかなって思いますよね。問題を取り除くことは大事なことだけど、その先にどのような私たちの社会であってほしいのかも考えながら対策を進める必要があります。』

 新しいあきらめを生まない、実感を持てる柔軟な制度や対策の推進を

 まなか『生活保護家庭で育ち、現在は一人暮らしをしながら大学に通っています。私は「頑張る機会を奪われてきた」とも思っています。頑張っても報われなかった過去があったときに「どうせ頑張っても無理なんだろう」って思うし、ようやく頑張ろうと思えても、そのときには機会を奪われてしまっています。』

 りょうたくん『来年の4月から奨学金で進学します。給付型奨学金は、所得など基準が厳しくて、僕の学校ではほとんどもらえる人がいませんでした。だからといって裕福な訳ではないんです。「なんやこの制度、結局おれらあんまり利用できへんから意味ないやん」って友達が言ってたことが印象的で。給付型奨学金を広く使えるようになったらいいな。』

 村井さん『制度をつくって、新しいあきらめを生んでしまったら意味がないですよね。色々と議論や制度設計などありますが、徐々にでも子どもたちが実感の持てるものにしていくことができれば。』

 まなか『私も入学時に制度を活用しようとしましたが、対象だったのにケースワーカーに断られてしまいました。主観を押しつけられるのも困るし、役所はきっちりしすぎなところもあると感じています。柔軟な制度や対応が必要だと考えています。』

 他にも登壇者からさまざまな意見が交わされ、あっという間の1時間が経ちました。

 想いを代弁。みんなと同じ日常を送るためにどれだけの神経をつかっているか

   最後の提言では、大学3年生の今井さんが登壇。彼女は、あすのばの給付金を届けた子どもと保護者約1000人のアンケート自由記述欄に向き合い続け、想いを代弁する文を作成してきました。

 『給付金を支給していただき、ありがたい気持ちと対象になるという現実の厳しさにも触れました。何とか子どもの進みたい進路に「いいよ!」と言ってあげられるように気を引き締めて生活し、いざとなれば頭を下げて回る覚悟をしています。

   親のプライドで子どもには最低限、困らないように食べさせ、着せ、学校にも通わせてきたので、子ども自身は深く、真剣に現状はわかってないかもしれません。私自身も口に出してしまうと心までくずれ落ちそうです』

  『給付金をいただいて、新生活にむけての順調な計画を立てて動くことができました。ありがと ございます。ただ新生活が始まってから貯金はいくらかしていたのですが、やはり助けてくれる人がいないことからの精神的、金銭的な不安はたくさんあります。頑張って就労している人は僕を含む新社会人の中にはたくさんいると思うので、もっと制度がしっかりしたら良いなと思います』

   今井さんは、子どもや家庭の声を紹介しながら「子どもたちは日常生活の中で、何らかのサインを出しているはずです。もちろん、なんてことないふりを完璧にできる子もいると思いますが、みんなと同じ日常を送るためにどれだけ神経をつかっていることでしょうか。少しでも寄り添える人が増えることを願っています。」と伝えました。

 広く社会に呼びかけて、これからも理解の輪を広げていきたい

   全国集会終了後、学生たちは新宿駅に向かいました。給付金への協力を呼びかける街頭募金をするためです。この街頭募金には、お金を集めるだけでなく子どもの貧困について理解してくれる人を増やしたい願いもあります。

   2年前、はじめてこの街頭募金を企画した大学2年生の工藤さんは『今まで、募金だけじゃなく差し入れまでくれる人もいました。私たちのことをそこまで知らないのに、わざわざ。今日も街頭に立って、子どもの貧困に関心のある人が増えた気がして、ここ2年でだいぶ変わってきたと思います。』と話します。

 全国集会とともに、今回の街頭募金を企画した高原さんの声を紹介します。

 「集会やSNSだと限られた人にしか情報が届かないけど、街頭だと色んな人に情報や想いを届けることができると思って今回は企画しました。集会に登壇した人だけでなく、街頭に立ったみんなの想いを呼びかけることができました。

   今日、私が街頭で伝えたかったことは、入学・新生活って嬉しいというのか、期待が大きい方が良いと思っていて、それでも、何かが足りないことで子どもたちは不安になってしまうことです。私は母子家庭で不自由なく暮らしているように感じても、働き詰めの母親がいました。母親が辞めたいって話していても、辞めさせてあげられない自分がいて。

 そういった気持ちを理解してくれる人がいてくれるだけでも違うと思います。お金やモノだけでなく、理解者が必要です。募金だけじゃなくて、子どもたちが困っていることや、応援してくれている人のメッセージも集めて、理解の輪が広がることを願っています。』

   彼ら彼女らの声に、私たちはどのように応えていくか。今回の教育無償化の議論も、どのような方向にすすんでも子どもたちを裏切らない、温かい社会からのメッセージとして子どもたちに届く日のことを夢見ています。

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誰かとともに生きていく

2017年12月06日 | うつ・ひきこもり

孤立へ向かう子どもたち。本当の自立は、誰かとともに生きていくこと

 誰かとともに生きていくことは、決して身近な家族や友人だけではありません。

   ハフポスト   2017年12月01日

 村尾政樹

1990年、兵庫県神戸市生まれ。北海道大学教育学部卒。社会福祉士。母親を自殺で亡くした経験から、自殺対策や子どもの貧困対策の推進に従事。進まない子どもの貧困対策への危機感から2015年に上京。全国で先駆的な取組みを行う支援者や研究者、学生たちと「公益財団法人あすのば」を設立し事務局長に就任。札幌市子ども・子育て会議委員。NHKスペシャル「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」など出演。新聞掲載、講演登壇多数。

 

  11月、子どもの貧困や奨学金について話し合う行事で、生活保護やひとり親家庭で生活する3人の高校生と出会うことができました。

 「おばあちゃんと一緒に暮らしていて学校のお金など迷惑をかけてしまっているのでは」

 「借金を抱えてでも高校に進学できて、進学の夢を考えることができて、私は幸せです」

「困ってることや『助けて』が言いづらいのは、言っても何も解決されないと思うから」

   彼らは、参加者へ率直な想いの声を伝えてくれました。一人の高校生が、不思議なぐらい現実を受け入れている様子で淡々と話す一方、育ってきた過去を話し出すと言葉に詰まり涙する姿に胸が痛みました。

   前回は、ひとり親家庭で育った内山田のぞみさんのインタビュー「いつもがんばっているあなたへ。困っている気持ちを受け止めて」を寄稿しました。「困っていれば困っている、辛かったら辛いって思っていい」。彼女は学生時代に、ちょっと貧乏でも、すごく貧乏でも、子どもが困っていることを先ずは受け止めて寄り添ってほしいと社会に伝えてくれました。

 みんながひとりぼっちで生きていく社会

   しかし、講演会などで子どもの貧困についてお話させていただくと、必ずと言っていいほど「それは贅沢じゃないのか」というご意見もいただきます。先日も、支援者の人から食料支援につなげようとしたら甘えになるからと地域の人に反対されたお話をうかがいました。

私たちは、今までにない自由な時代を生きることができています。ライフスタイルも多様化し、自分の人生を自分で決められる社会です。

   一方で、私たちは自由である代わりに、自助努力や個人へ向けられる責任は重たくのしかかっています。だからこそ、大きな災害が起こらない限り、公助や共助などを必要とすることは贅沢や甘えとして受け取られがちです。

   厚生労働省の国民基礎調査によると、児童のいる世帯の平均所得は約700万円で、6割を超える世帯が生活に「苦しい」と感じています。そのように、例えば正規の仕事で且つ両親共働きでも何とか暮らしていくことのできる家庭が少なくない社会情勢で、ひとり親家庭で非正規の仕事をいくつもかけもちしながら無理を重ねて身体を壊すまで働き続けている人がいます。

   その道は、自分で選んだのか、そうせざるを得なかったのか。どちらかに関係なく、自分の命と生活は自分で守ることが「自由のルール」として根深く存在しています。

そのような中で子どもたちは、本来、全員にひとしくあるべき経験までも我慢や諦めを強いられ、困っていることや助けてと言えない。自立に向かっているというより、孤立に向かっているようにしか私は感じ取ることができません。

  しかも、それは、きっと経済的に苦しい環境の子どもや子どもだけではありません。みんながひとりぼっちで生きていく社会。私たちは、今までにない「自由」な時代を生きていかなければいけないのかもしれません。

 「助けられてあたりまえの存在」から「自立を強いられる存在」に

  1998年に厚生労働省が発行した児童養護施設などで暮らす子どもを支えるための「児童自立支援ハンドブック」では、支援のあり方について以下のような記述があります。

 「一人ひとりの児童が個性豊かでたくましく、思いやりのある人間として成長し、健全な社会人として自立した社会生活を営んでいけるよう、自主性や生活技術、就労習慣と社会規範を身につけ、総合的な生活力を主体的に営んでいくことであって孤立ではないから、必要な場合に他者や社会に助言、援助を求めることを排除することではない。

むしろ、そうした適切な依存は社会的自立の前提となるものである。そのためにも、発達期における十分な依存体験によって人間への基本的信頼感を育むことが、児童の自立を支援する上で基本的に重要であることを忘れてはいけない。」

 

しかし、実際にはそのような考えまでいたらずに子どもたちへ自立を押しつける現状があります。

 

 私の弟が児童養護施設で育ったことから、社会的養護を経験して家庭復帰できなかった人たちの語りを聴かせていただくことが学生時代にありました。そのときに感じたことは、施設で育った子どもたちは措置を通して「助けられてあたりまえの存在」から「自立を強いられる存在」になってしまうことです。

 これは、施設で暮らす子どもだけではなく経済的に苦しい環境で育つ子どもたちにも同じことが言えるかもしれません。子どもの貧困に関する記事で「頑張らない、頑張れないではなく、頑張るしかないんだ」というコメントがありました。本来は十分な甘えや依存関係を経験しながら成長する子どもが、貧困によって「自立」を強いられる。

 方針で厳しく育てる家庭もありますが、気をつけなければいけないのは、その道しか選択肢や可能性がなくなっているということです。

 本当の自立は、誰かとともに生きていくこと

  今を生きる多くの人は、家族や学校、地域など色んな「しがらみ」から自由になりました。一方で、必要な「つながり」までも失いつつあります。果たして、本当に私たちは自由になれているのでしょうか。

  子どもに限らず、人間は常に依存関係(つながり)を持ちながら日々の生活を送っています。そういった意味で、本当の自由は誰かと一緒になし得るもので、本当の自立は、誰かとともに生きていくことではないのでしょうか。そこには互酬性(お互いさまの関係)も必要ですが、「情けは人のためならず」ということわざがあるように、人への想いは巡り巡って自分に返ってくる互酬性もあります。

  私も母親を亡くしてから独りで生きていかなければいけないと、ずっと思ってきました。大学を卒業する直前、ある人から「まぁくんが助けてと言えないことを、私は知っている」と言われ、孤立しそうな中で弱みを見せて頼ることができました。その弱みを見せて人を頼る経験が、孤立から自立への道を開いてくれた気がしています。

 「綺麗事」ですが、人間は人と人との間で成り立つ存在です。そして、誰かとともに生きていくことは、決して身近な家族や友人だけではありません。改めて「私の知らない誰かも一緒に生きている」という原点に立ち返り、私たちの社会にそびえ立つ「ひとりぼっち」がなくなることを切に願っています。

 

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「死にたい」という気持ちを責めないで!

2017年11月29日 | うつ・ひきこもり

 仁藤夢乃“ここがおかしい  ”第21回  2017/11/29

 

 神奈川県座間市で起きた殺人事件

  2017年10月、神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった。死体遺棄容疑で逮捕された27歳の容疑者の男は、SNSに「死にたい」と書き込んだ女性たちに近づき、自宅に誘い入れて殺害したという。ツイッターのアカウントで「首吊り士」などと名乗って自殺志願者を探し、「楽にしてあげる」と言い、別のアカウントでは自身にも自殺願望があるかのようなふりをして、心中を持ちかけて女性たちに近づいた(17年11月6日、毎日新聞「神奈川・座間の9遺体:発覚から1週間 殺人容疑で追及『死にたい人いなかった』」)。

  私は年間100人以上の生きづらさを抱えた少女たちと関わっているが、今回のように、理解者のふりをして孤独感や不安を抱える人の弱みにつけ込む手口を数多く見てきた。私とつながった中高生たちも、「家にいられない時、頼れるのは買春者や売春斡旋業者など、そういう人しかいなかった。頼れるのはその人だけだった」と話す。

  この事件が起きた時、「あの子が被害者になっていないか」と思い浮かぶ顔がいくつもあった。誰もが被害者になり得る、そういう意味では特別ではない事件だと思った。

 「死にたい」とつぶやくのはなぜか

  この事件について、「被害者はなぜ身近な人に助けを求めなかったのか?」「どうして正体の分からない男について行ったのか?」という声がある。でも、死にたい気持ちを抱えている人は、すでに孤立していて、まわりには「助けて」と言えない状況にあることがほとんどで、だからこそ死にたいと感じるほどの状況に追い込まれているのではないかと思う。

  以前、本連載で対談した精神科医の松本俊彦先生もおっしゃっていたように「死にたい」という言葉は、死にたいほどつらい気持ちを分かってほしいというSOSだ(17年6月22日「対談! 10代のあなたへ 第6回」)。容疑者も、「本当に死にたいと言う人はいなかった」と供述しているように、死にたいという気持ちを書き込む人は、本当はこの状況をなんとかしたい、誰かに聞いてほしいと思っている。しかし今の日本社会では、死にたいという気持ちを口にすれば「そんなこと言っちゃダメ」「命を粗末にしないで」「自分をもっと大事に」などと言われ、責められてしまうことも少なくない。そんな中で被害者は容疑者のことを、唯一話を聞いてくれる存在だと思ったのかもしれないと、私は想像する。

  容疑者と接点のある、次の被害者になっていたかもしれない女性も、容疑者のことを「優しくしてくれた」と話していた。ネットで知り合ったばかりの正体不明の男でも、話を聞いて、理解者であるかのような発言をしたというその事実だけで「優しい」と感じてしまうほど、他に聞いてくれる人がいなかったのではないか。被害者には女子高生も数人含まれていた。

 寄り添える人がいないという現実

  あるインターネットテレビ番組では「死にたいと書き込むのはかまってちゃん」という女子大生のコメントが取り上げられた。さらに、容疑者や被害者が複数のアカウント(ID)を使っていたことから「今は誰でもSNSで複数のアカウントを作れるから、一億総多重人格社会だ」などというお笑いタレントの発言も放送された。

  かつて「多重人格(障害)」と呼ばれた精神疾患は、今は解離性同一性障害と言い、複数のアカウントを使うこととその疾患による障害とは必ずしも一致しないのに、誤解を生む発言を簡単にしてしまうことにも憤りを感じた。

  友だちや親に対して、また職場で見せる顔が違うのと同じように、SNSのつながりにも付き合いや社会がある。友だちが見ているかもしれないアカウントでは、書けないこともある。「死にたい」と書き込めば、「かまってちゃんなんじゃないの?」とか、「本気じゃないくせに」とか言われ、白い目で見られることもある。だから、そこにも気を遣う。

  学校の友だちやアルバイト仲間に見せる「リア垢」(リアルな関係性のある人向けに発信するアカウント)、「趣味垢」(趣味について書き込むアカウント。同じ趣味の人とつながったり、リア垢で趣味のことをたくさん書いて周囲に引かれるリスクをなくすために作る)、「病み垢」(つらい気持ちなど、なかなか顔の見える関係性では言いにくいことを吐き出すアカウント)というように、様々なアカウントを使い分けている人は少なくない。

  容疑者は「さみしくて話し相手がほしそうな女性を誘った」(17年11月21日、読売新聞「座間9遺体『話し相手求める人』標的」)という。そして「身の上話を少ししてから、隙を突いて殺害した」と供述している(17年11月20日、東京新聞「座間9遺体 23歳殺害容疑で再逮捕」)。寄り添える人が圧倒的に不足している中で、死にたい気持ちを抱えた人が狙われたのが今回の事件だと思う。

 SNSを規制すれば解決するのか?

  この事件をきっかけに「死にたい」などの書き込みを不適切なものとして削除させるなど、SNSを規制する動きも始まっているが、これも私には違和感がある。「SNSは危ない!」というようなメディアによる発信や、「ツイッターを使うルールを子どもと決めましょう」といった呼びかけは、大人が理解し、納得しやすい取り上げ方だというだけで、問題の本質を捉えているとは思えない。

  確かにSNSには、危険な大人がたくさん存在し、人目につかないところで接近してくることがある。危ないこともあるけれど、大切なのは、危ないと気づいたり、困ったと感じた時に、誰に、どのようにして頼ればいいかを教えることだ。それをしないまま、「危ないからルールを決めましょう!」と言うのは、大人が安心したいだけであまり意味がない。

  それでも「ルールを決めましょう!」的な講演は、保護者の方にウケるらしい。対策ができると思えるし、どうすればいいか分かった気になれるから、受け入れられやすい話なのだろう。そして、ルールを守れなかったら子どもを責める。そんなことばかりしていたら、子どもは困った時、「怒られるかな、迷惑がられるかな、自分が悪かったし」と思って助けを求められなくなる。

  大切なのは、ルールを破ってしまった時でも、信頼して話せる、頼れる大人がいることだ。子どもを守るのは、ルールではなくて関係性だ。保護者や教員、地域の大人、子どもに関わるすべての皆さんに、それを忘れないようにしてほしい。

 SNSの規制よりケアの充実を

  SNSで同じ悩みを抱える人とつながって、励まし合いながらなんとか生き延びてきた人や、SNSでのつながりから女子高校生サポートセンターColabo(コラボ)につながってくれた人もいる。そのため「死にたい」と書き込むこと自体が悪いことであるかのような扱いを受けると、ますます当事者を追い詰めることにもなる。

  規制以上に必要なのはむしろ、死にたいほどつらい気持ちを分かってほしいというSOSを発信している子たちへのケアの充実だ。SNSでも、顔の見える関係でも、SOSをキャッチして支えることができる大人が増えること。危険につながる以外の選択肢を増やし、死にたい気持ちを話せる人、否定しないで寄り添う人が、顔が見える関係性の中に増えることだと私は思う。

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何故こんなにも自殺する児童生徒が多いのか?

2017年11月20日 | うつ・ひきこもり

 

「学校が死ぬほどつらい子は、いらっしゃい」のニュースに心温まるだけでよいのか?

 

本来、報道機関の役割は、「何故こんなにも自殺する児童生徒が多いのか?」その原因を分析し、責任の所在を明確にし、追求することにあるはずです。

 

2017年11月17日 AS Loves Insects - 小包中納言物語より抜粋

 

報道機関の責任は?

   今年の8月末の各種報道機関の論調を振り返ってみるとき、「学校が死ぬほどつらい子は、いらっしゃい」とする呼びかけをエンディングテーマ曲にのせて心温まるニュースとして報じたり、「動物園のツイートに賞賛の声」などと伝えたりするだけで終わらせていいのか?という違和感が、半ば怒りの感情をともなう疑問として、湧き上がってきました。

本来、報道機関の役割は、「(9月1日に限らず)何故こんなにも自殺する児童生徒が多いのか?」「なぜ十万人以上の不登校が発生しているのか?」その原因を分析し、責任の所在を明確にし、追求することにあるはずです。にも関わらず、なぜ報道機関は、子どもたちの側に呼びかけるだけで終わらせてしまうのでしょうか。

 もしかすると、例えば皆さまの受信料で支えられている放送局や、都心の一等地に固定資産を構えるマスコミ各社などにお勤めの方々にとって、たとえ子どもが学校から逃げて長期不登校になったとしても、図書館や動物園や鉄道博物館などに足繁く付き添うことのできる専業主婦が妻としていらっしゃったり、放課後デイサービスやフリースクールに通わせられるだけの経済力があったり(料金結構高い)、そもそもリベラルな校風の私学にお受験して、先生方もてんてこ舞いの公立学校とは無縁の世界に暮らしておられるのかもしれません。ですから、学校から逃げた先に待ち構える本当の困難など、彼らの想像の域を超えているのだろう、とヤサグレてしまいたくもなります。

 ところが、この社会的な当事者意識の希薄さは、議論の出発点として広く参照されているデータそのものに根本的な欠陥があるのではないか?──そう考えざるを得ない現状を垣間見る機会がありました。

 はたして文科省や学校の先生方は、現状を正確に把握しているのか?

   文部科学省「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(平成26年度)です。なるほど、不登校になったきっかけと考えられる状況は「いじめ」が1.1%、「教職員との関係」は1.9%となっており、全体としては微々たる割合であることが伺えます。しかし、実際に不登校の子を持つ親御さんに聞くと「まったく実感と異なる」との意見が返ってきます。

 この調査は、本当に全国の不登校で悩む児童・生徒、そして親御さんの現状を、正確に捕捉できているのでしょうか。疑問に思ったので、報告書をダウンロードして調査方法などを調べようとしたところ、なんと統計学的な詳細に関しては何の記載もなく、調査対象も不登校の子ども本人でも保護者でもなく、学校の先生方を対象に各教育委員会が取りまとめて文科省が集計したものだというのです。(学校調査)

 これには驚きました。会社でいえば取締役会ともいうべき文科省から調査されて、従業員である先生が、生徒の不登校の原因として、わざわざ自分の人事査定に響きかねない「いじめ」や「教員との関係」を回答するでしょうか。第三者とは程遠い、教育委員会・文科省と学校の先生という、ダイレクトな利害当事者同士による調査は、間違っても客観的な統計とはいえません。ただ、確実に言えることは、「学校の先生方が、文科省・教育委員会に対して、そのように回答している(せざるを得ない)」という現実のみです。

 一方、教育社会学者の内田良氏の指摘によれば、文科省にはもう一つ、不登校について、別の調査結果が存在するそうです。こちらは平成26年に「不登校に関する実態調査」として公表されたもので、平成18年当時に不登校であった本人に対し、5年後の状況などを追跡調査したものです。その数、アンケート回答者1,604人、インタビュー回答者379人という大規模な調査です。こちらは同じ文科省でも、「不登校生徒に関する追跡調査研究会」によって調査されました。(本人調査)

 注目すべきは、この本人調査の結果が、先に掲げた学校調査の傾向と、大きく異なっている点です。とりわけ「教師との関係」に至っては、学校調査の1.9%に対し、本人調査では実に26.6%にも上ります。また友人関係・いじめについても、調査項目が異なるため単純比較はできませんが、やはり両調査結果は総合すると大きく矛盾します。

 

   問題は、「不登校の原因」として多くの文献や報道、巷で流布されている情報のほとんどが、文科省の学校調査を根拠にしているという現状です。試みに「不登校 原因 統計」をキーワードにGoogleで検索をかけてみると、その現状がよくお分かりいただけることでしょう。これでは、各報道機関が、不登校の本人にむけて呼びかけるだけで終わるのも残念ながら納得できます。少なくとも一般的には「不登校の原因は本人と親にある」という認識になっているのですから。

であるならば、文科省の学校向け調査の現状の公表方法は、不登校の原因についての社会と教員の認識を歪めている点で、端的に申し上げて有害です。学校調査が客観性を欠くものであること、本人を対象とする別途調査が存在することを強調して、学校と社会に対し早急に周知する責任が、文部科学省にあります。

 そして何より、(放課後登校など温情としてカウントされる出席日数を除外しても)毎年十万人以上の不登校者と、多くの自殺者を出している学校制度そのものを、客観的な根拠(エビデンス)に基づいて根本的に見直すべき責任が、政府にあります。そして報道機関には、こうした責任を、客観的なエビデンスに基づいて追求してほしいものです。


  座間市の事件の被害者は、全員が10~20代の若者だった。
なぜ彼らは「死」を選択したのか?
「精神的弱さ」だけで済まされるものではないだろう。
今の「学校制度」に問題はないのか?いや、それこそが問題だろうと思う。
「見過ごされてきた"学びの貧困」これは権力者には都合のいい結果になっていることを認識しなければならない。
「世のなか、変だね!」
その根底に「教育の貧困」があると私は思うのだが。

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「死にたい」と言っていいし、弱いまま生きていい。弱音を吐いてもいいし、何もできなくてもダメでもいい。

2017年11月18日 | うつ・ひきこもり

 マガジン9  雨宮処凛がゆく!

私が「死にたい」と言ってた頃〜座間の9人殺害事件を受けて〜の巻(雨宮処凛)

    By雨宮処凛   2 017年11月15日

 

 11月9日、共同通信の取材で神奈川県座間市のアパートを訪れた(記事は配信されているので読める方はぜひ)。

 

 線路沿いのアパートは若者が好みそうな小綺麗な建物で、通りを隔てた場所には花やお菓子や蓋を開けたペットボトルのジュースなどが供えられていた。線路のわきには一面のススキが風になびいていて、近所の猫がそれにじゃれついていた。秋晴れの、のどかな午後。しかし、アパートに張り巡らされた警察の黄色い規制線と、2階の外廊下を覆うブルーシートが、ここが事件現場であることを伝えていた。

  20代の頃、私は自殺系・自傷系サイトのオフ会にたびたび参加していた。2000年頃、ネットが普及し始めたばかりの時期の話だ。参加者の多くが10代、20代の女性。居酒屋で数十人がわいわい語る光景は、端から見たらただの若者の飲み会に見えたと思う。だけど、ほとんどの参加者の手首にはリストカットの生々しい傷跡があり、中には二の腕や太もも、果ては全身にまで傷が及んでいる人もいた。だけど、みんなの顔は一様に明るかった。

  ネットの登場により、生まれて初めて自分以外の「死にたい人」と出会えた興奮を、誰もが口にした。学校や職場の友人には絶対引かれるから、口が避けても「死にたい」なんて言えない。だから普段は必死で元気な自分を演じている。だけどそうすればするほど、死にたい気持ちは募っていく――。多くの人が、そう口にした。そして合言葉のように「うちら、生きづらさ系だよね」と言い合っては笑った。

  そんな繋がりの中、惨めでカッコ悪くて弱い自分を晒し合えるかけがえのない友を得た人もいれば、その後、自ら命を絶った人もいた。オーバードーズ(薬の過剰摂取)を繰り返していたことで心臓が弱り、自殺か事故かわからない形で亡くなった人もいれば、オーバードーズの果てに、吐瀉物を喉に詰まらせて窒息死した人もいた。オフ会に参加する頃には大分おさまっていたものの、私も10代からリストカットを繰り返していたし、オーバードーズで胃洗浄を受けたこともあった。

  その頃の気持ちを説明しろと言われると、今でもとても困る。一番辛かったのは、フリーターと無職を繰り返していた20代前半の頃だ。いつも先が見えなくて、経済的にも追いつめられていた。死にたい思いはあったけれど、死にたいほど辛いということをわかってほしいという気持ちも、もちろんあった。だけど常にいろんなことに追いつめられていて、自分でも何がどうしてどんなふうに苦しいのか、冷静に分析したり説明できるほどの冷静さなんてとっくに失っていて、いろんな生きづらさをこじらせまくっていて、口に出るのは「死にたい」の一言だった。自分には生きる資格がないと思っていたし、生きていることが迷惑なのだと思っていた。器用に生きることができない自分を常に責めていた一方で、周りも、自分を取り囲む社会も漠然と恨んでいた。

  「地獄」と言われる胃洗浄をしたことで、それ以来、オーバードーズはしていなかったけれど、オフ会に参加する人たちの多くはオーバードーズを繰り返していた。彼女たちの中には、死ぬためではなく、「寝逃げ」するためにするのだと言う人がいて驚いたのを覚えている。辛い現実から強制的に意識をシャットダウンし、人生を「早送り」するために薬をたくさん飲んでひたすら寝続ける。リストカットをすることで心の痛みを身体の痛みに置き換えて誤魔化し、精神科から処方された薬を大量に飲んで「寝逃げ」することで、なんとかやり過ごす。そうやって「生き延びて」いる人たちが、多くいた。

  彼女たちの死にたい背景には、様々なことがあった。親からの虐待を語る人もいたし、子どもの頃からのいじめの後遺症に苦しむ人もいた。正社員として入った会社がブラックで、恐ろしいほどのノルマと長時間労働で心も身体も壊された人もいたし、就職氷河期の中、「100社落ちる」ような経験をした人もいた。職場でのいじめによってうつとなり、退職した人もいた。失業から一人暮らしを維持できなくなり実家に戻り、連日、うつなどに理解のない親から「いつまでもダラダラしてないで早く働け」と責められ、親子間の対立が深刻な状況になっている人も多くいた。私が20代前半の頃(90年代後半)に働いていたキャバクラの同僚にも手首に傷がある子は何人かいたし、コンビニに行けば若い店員の手首に傷があることも珍しくなかった。

  90年代後半から00年代にかけて、リストカットに関する書籍は多く出版され、社会問題になったりもしていた。その背景には、「生きるハードル」が90年代に一気に上がったこともあるように思う。バブルが崩壊し、就職氷河期は深刻化し、リストラの嵐が吹き荒れる中で労働環境は過酷になり、非正規化も進み、それまでの「学校を出たらとりあえず就職する。就職さえすれば、周りは認めてくれる」という構図はあっさり崩壊していた。

  就職などをしなくても生きられる「隙間」はこの社会からどんどん奪われ、企業社会は「どんなに長時間労働をしても倒れない強靭な肉体とどんなパワハラを受けても病まない強靭な精神を持った即戦力」しか必要としなくなり、その上、プレゼン能力とコミュニケーション能力と生産性の高い人間以外はいらない、という露骨なメッセージを発し始めた。ちょっと不器用だったり引っ込み思案だったりする人間の行き場が、軒並みなくなり始めた頃。そしてその「生きるハードル」は、今に至るまで上がり続けている。

  03年には、インターネットで一緒に死んでくれる相手を募って自殺する「ネット心中」が多く発生し、連鎖した。その翌年には男女7人の集団自殺が大きな話題となり、05年、ネット自殺の死者は91人にまで達した。ネット心中は、私にとって「底が抜けた」ような事件だった。生きるために繋がるのではなく、死ぬための、ほんの一瞬の「連帯」。

  そういえば99年、初めてイラクを訪れた際、帰国してすぐに「死にたい」という知人と話したことがある。「イラクハイ」だった私は「イラクでは劣化ウラン弾の影響でがんになった子どもがたくさんいて、だけど経済制裁で病院に薬もなくて、子どもが毎日たくさん死んでたんだよ」と話した。だけどそんな話は当然「死にたい」彼女には1ミリも響かず、「ふーん」と聞き流されて終わった。私はひどく自分を恥じた。「遠い国ではこんなにたくさんの子どもたちが死んでいる」なんて、「お前は恵まれているんだから死にたいなんて贅沢だ」という言葉と同義だ。自分が一番死にたい時、そんな言葉を言われてもひとつも響かないどころか説教された気分になったに決まってる。それなのに、そんな言葉を口にした自分が恥ずかしかったのだ。

  「生きていればいいことがある」「親や周りの人の気持ちになってみろ」。そんな言葉も同じくらい響かなかった。そんな通り一遍の言葉より、「自分も死にたい」という言葉が沁みる夜がある。「死にたい」でしか繋がれない瞬間が、誰の人生にもきっとある。だけど、必死で伸ばした手を誰が握り返してくれるのか、そこまではわからない。そうして今回、最悪の事態となってしまった。

  「死にたい」人をターゲットとした事件は、05年と07年にも起きている。どちらも自殺サイトで知り合った相手を殺害したというケースだ。犯人の一人には既に死刑が執行されている。

 「実際に死にたいと思っている人はいなかった」。今回の事件の容疑者はそう供述している。

  事件を受けて、自殺を仄めかすネットへの書き込みの削除や通報を求める声もある。政府の関係閣僚会議では、自殺に関する不適切なサイトや書き込みへの対策強化について検討されるという。

  だけど、多くの人が指摘しているように、「死にたい」は、貴重なSOSだ。普段から、リアルな関係で弱音を吐けていれば、それが当たり前のことだったら、こんな事件は起きなかった。禁止されるべきは「『死にたい』という書き込み」ではなく、弱音を禁ずるような圧力ではないのか。

  20代、30代の死因の1位はもうずーっと前から「自殺」だ。そして08年からは、11年をのぞき、15〜39歳の死因の1位が自殺である。先進国の中では突出して高い数字で、私たちは若い世代がもっとも自殺で死にやすい国に生きている。

  リストカットやオーバードーズをし、「死にたい」と散々言ってきた私が生き延びられたのは、自分と同じように「死にたい」人たちとたくさん出会ったからだ。

  今だって、死にたいと思う瞬間はある。これからだって、そんなことは無数にあるだろう。だけど、私が「死にたい」と口にすれば引かずに聞いてくれる人たちがいる安心感があるからこそ、生きていられる。

  「死にたい」と言っていいし、弱いまま生きていい。弱音を吐いてもいいし、何もできなくてもダメでもいい。

 

 そんなメッセージが、どうか誰かに届きますように。そう思いながら、書いている。

 

雨宮処凛   http://ameblo.jp/amamiyakarin/

 あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。

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いのちの電話

2017年11月13日 | うつ・ひきこもり

いのちの電話  「この叫び聞いて」相談内容は深刻化

    毎日新聞2017年11月11日

  自殺予防のために悩みを聞く全国の「いのちの電話」に相談が殺到し、対応が追いつかない状況が続いている。神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった事件では、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で自殺願望を漏らした女性たちが巻き込まれた。追い詰められた人々のケアの現状はどうなっているのか。【和田浩幸】

 

 「以前自殺未遂をしたが、やっぱり死ぬしかない」「衝動的に線路に飛び込んだ」。昨年、全国最多の約2万8000件の相談を受けた「埼玉いのちの電話」には毎日、悲痛な声が届いている。電話5台、24時間態勢でボランティア約300人が相談に当たる。内藤武事務局長は「内容が深刻になり、1件当たりの相談時間が長くなった」と語る。

  昨年は相談時間の合計が1万5400時間(1人当たり33分)と過去最長だった。相談件数は最多の2013年(約3万1000件)より減ったが、相談時間が延びたため、電話をかけたがつながらなかった人がむしろ増えた可能性がある。過去の調査では、かかった電話の3~4%しか出られなかったというデータもある。

  40年以上関わってきた女性相談員(79)は「自殺をほのめかした人から『思いのたけを話すことができた』と感謝されることもある。人間関係が希薄になり、話すことに飢えた人が増えたように思う」と振り返る。

  社団法人・日本いのちの電話連盟(東京都)によると、全国の相談件数のピークは東日本大震災後の12年の約76万件。昨年は約68万件に減った。ただ、相談内容をみると「死にたい」と話したり未遂歴があったりするなど、危険性が高い人の割合(自殺傾向率)は11・5%。2%程度だった1990年代より高い傾向が続いている。

     ◇

  座間市の事件の被害者は、全員が10~20代の若者だった。

  同連盟によると、電話相談に占める20代以下の割合は06年の23%から16年は13%まで低下した。しかし昨年、メール相談を始めたところ多くの利用者は若者で、自殺傾向率は40%台に上った。連盟の担当者は「テキストによる相談のほうが若い世代はなじみやすい。若者が何を求めているか分析したい」と危機感をにじませる。

  厚生労働省の統計では、11年まで年3万人台で推移した自殺者数は16年は2万1897人。それでも日本の14年の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は19・5で、世界で6番目に高い。

  立教大の福山清蔵名誉教授(臨床心理学)は「自殺者は減っても不安や絶望、孤独を訴える人は減らず、予断を許さない。若い世代はSNSなどで心情を吐露しており、コミュニケーション方法の変化に応じた新たなアクセス手段を考える必要がある」と語った。

 主婦や退職者が応対 1年半講習受け認定

  いのちの電話は1953年、イギリスで始まった自殺予防のための市民運動がモデル。日本ではドイツ人宣教師の呼び掛けで71年に始まり、その後に全国に広がった。運営費のほとんどを寄付などで賄っている。

  現在では全国52カ所で約6500人がボランティアで相談員を務めており、主婦や退職者らが多い。相談員はピークの2001年に約8000人を数えたが、高齢化などで減少傾向にある。

  このため、各地のセンターが参加を呼びかけている。最も歴史のある「東京いのちの電話」は22~65歳を対象に募集しており、臨床心理士などによる約1年半の養成講座を受講し、認定を受ける必要がある。

 

 応募や相談先の電話番号は「日本いのちの電話連盟」がホームページ(http://www.inochinodenwa.org/)で周知している。


 死にたくなるような社会が続いているということだろう。
あの事件から「命の電話」だけでは対応しきれない状態のようだ。
日常の生活で、「大人の」役割が大事だ。
話を聞くこと。それだけでもいい。

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黒染め強要・今度は学校がいじめ

2017年11月01日 | うつ・ひきこもり

女性徒に「黒染め強要・いじめ」を続けた高校は、損害賠償請求にどう応えるのか?

    ヘルスプレス - 2017年11月1日

   「茶髪は校則違反」であることを理由に学校から黒染めを強要され不登校になったとして、大阪府羽曳野市の府立高校に通う高校3年の女子生徒が、大阪府を相手に慰謝料など計約220万円を求める損害賠償訴訟を大阪地裁に起こした。

   10月27日の第1回口頭弁論で大阪府側は請求棄却を要求し全面的に争う姿勢を示した! この件で争うとした大阪府側の判断も信じられない

 海外メディア(BBC、ロイター、ガーディアン、タイム、クオーツなど)もいち早くこのニュースを取り上げ、日本の高校での厳しすぎる校則に言及した。

   髪染めが禁止されている学校で生徒が茶髪にしていたのならいざ知らず、生徒の髪は生まれつき茶色だった。「人格侵害」とも受け取られかねない学校や大阪府側の対応に周囲からは怒りの声が漏れる。

過呼吸やパニック障害などを訴えて不登校に

 女子生徒側が裁判所に提出した訴状には、忸怩(じくじ)たる思いが次のように綴られている。

   女子生徒は2年半前の平成27年春に地元の中学を卒業し高校に入学した。母親は娘の髪の色が生まれつき茶色だったことで、いじめや差別の対象になることを懸念し入学前に学校側に事情を説明。すると担当教諭は校則を盾に「その髪の色では入学することはできない」と切り捨てた。

  やむなく女子生徒は髪染めをして登校したが、1年後の2年生の春ごろ、頭髪と頭皮に痛みを訴えた。それでも学校の黒染め強要はエスカレートし、4日に1度のペースで頭髪指導を名目に「黒染めが不十分だ」などと叱責。さらに「黒染めを約束するまで帰さへんぞ」など脅迫の文言まで飛び出し、女子生徒は泣きながら帰宅することもあったという。

学校側はあまり無知すぎて単に染めればいいだけだと考えたのか?

 厚生労働省のHP「毛染めによる皮膚障害」によると

●ヘアカラーリング剤の中では酸化染毛剤が最も広く使用されているが、主成分として酸化染料を含むため、染毛料等の他のカラーリング剤と比べてアレルギーを引き起こしやすい。

●治療に30日以上を要する症例が見られるなど、人によっては、アレルギー性接触皮膚炎が日常生活に支障を来すほど重篤化することがある。

●これまでに毛染めで異常を感じたことのない人であっても、継続的に毛染めを行ううちにアレルギー性接触皮膚炎になることがある。

●アレルギーの場合、一旦症状が治まっても、再度使用すれば発症し、次第に症状が重くなり、全身症状を呈することもある。

●年齢のうちに酸化染毛剤で毛染めを行い、酸化染料との接触回数が増加すると、アレルギーになるリスクが高まる可能性があると考えられる、などと注意を呼びかけている。(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124268.html)

  皮膚障害を起こすのはパラフェニレンジアミン、メタアミノフェノール、パラアミノフェノール、トルエン−2、5−ジアミンなどの酸化染料だ。まれではあるが、アレルギーによって急激なショック状態を引き起こす、アナフィラキシーとなるケースもある。これは血液循環障害や呼吸困難を来し、死に至ることすらある。

他の生徒や保護者に女子生徒がすでに退学したと虚偽説明

  女子生徒はそれでもしばらく我慢を続けたが、結局2年生の夏には過呼吸やパニック障害などを訴えて不登校になった。この間、学校側は女子生徒の精神的苦痛や特殊な事情に寄り添うことはなく「母子家庭やから茶髪にしてるんか」と告げ、一方的に授業への出席を禁じた上に、秋の修学旅行や文化祭への参加も認めなかった。

  あらゆる不定愁訴は複合的だ。単純に毛染めのせいなどではないが、毛染めを強要されつづけた大きなストレス、現実的な皮膚障害、修学旅行や文化祭への参加も認めないいじめ同様の学校側の対応が積み重ねられ結果であるだろう。

  女子生徒は今年3年生に進級し来春には卒業予定だが現在も不登校が続いている。学校は生徒の氏名を生徒名簿から削除。ほかの生徒や保護者には女子生徒がすでに退学したなどと虚偽説明し、教室に席も用意していない

  さらに校長は今年6月、女子生徒の代理人弁護士に対し「頭髪指導やその後の対応が不適切であるとの司法判断が出ない限り、学校として対応を変えるつもりはない」と強気の姿勢を示した。

 女子生徒の身体的特徴を一顧だにせず、ルールの適用のみに固執する学校側の対応には、規律の遵守が求められる組織の関係者からも疑問の声が上がる。

  ある警察関係者は「業務を遂行する上でいたずらに華美な服装や髪型は御法度だ」と前置きした上で「生まれつき茶色い髪の警察官に黒染めを強要することは考えにくい」と話す。警備業界の関係者も「中途半端に髪染めを強要すればパワーハラスメントに該当しかねない」と語る。

  かつて東京の都立高校で生徒の茶髪やパーマが問題視され、地毛と訴えた生徒から「地毛証明書」を提出させていたことが明らかになった。女子生徒の母親は他府県の制度をもとに「地毛登録のような制度があれば申請したい」と担当教諭らに伝えていたが、学校側は応じず制度の導入を検討した気配すらなかった。

  別の都道府県の高校の現役教諭は「高校生に一定のルールが必要なことは言うまでもないが、生徒の身体的特徴に配慮せずに毛染めを強要することは明らかな人権侵害といえる」と指摘する。

  女子生徒の身体的な特徴を否定し続けた学校側の対応は、どこか一人ひとりの個性や特性を認めず異物を排除し不寛容な風潮を強める現在の日本と相似形のように見えて仕方がない。(文=ジャーナリスト・瀬河栄一)

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小学生の「問題行動」増加。

2017年10月27日 | うつ・ひきこもり

文科省

小学生暴力最多 10年で6倍 感情抑えられず 

毎日新聞2017年10月26日

 文部科学省が26日に結果を公表した2016年度の問題行動・不登校調査で、小学校ではいじめの認知件数だけでなく、暴力行為件数と不登校の児童数も過去最多となった。いずれも低年齢化が進んでいる。学校現場からは感情を抑える力やコミュニケーション能力が低下し、児童同士のトラブルが急増していると指摘する声が上がっている。

 全国の国公私立小学校で起きた暴力行為は前年度比33.8%増の2万2847件で、10年前の06年度(3803件)の6倍になった。いじめの認知件数は10年前の4倍で、暴力行為が急激に増えていることがうかがえる。

 暴力行為の件数は学年が上がるにつれて増えるが、前年度からの増加率は1年が58.5%、2年が38.0%、3年が41.6%と低学年で高かった。内容は「児童間」が69.2%で最も多く、「対教師」が15.9%、「器物損壊」が13.5%と続いた。

 一方、病気や経済的理由以外の要因で年間30日以上欠席した「不登校」の児童は前年度比12.9%増の3万1151人。4年連続で増加し、12年から1万人増えた。年間授業日数の半数に近い90日以上休んだ児童が44.1%を占める。

 不登校の児童数も学年が上がるとともに増えるが、増加率が最も高いのは2年の21.9%で、低学年が高い。要因は「友人関係」が18.4%で、「家庭状況」(52.1%)に次いで多かった。

 文科省によると、暴力行為のきっかけは「休み時間の遊びで口論になった」「授業やテストの間違いをからかわれた」などが多いという。東京都内の公立小の校長は「感情をコントロールできず、言葉よりも先に手が出てしまう児童が増えた。児童同士の小競り合いは毎日のように起きている」と明かす。

 スマートフォンの普及がコミュニケーション能力の低下につながっていると見る専門家もいる。総務省の調査では、スマホを持つ6~12歳は13年に17.9%だったが、16年は33.8%になった。

 公立校でスクールカウンセラーを務める諸富祥彦・明治大教授(心理学)は「児童の間でもLINE(ライン)など短文メッセージのやり取りに慣れてしまい、語彙(ごい)が不足して話し合いで解決できなくなっている。メッセージで悪口を言われたり、無視されたりすることが不登校のきっかけにもなる」と指摘している。【伊澤拓也

 

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子どもにだって<話したくないこと>がある

2017年08月31日 | うつ・ひきこもり

子どもの自殺が最も多い「9月1日」~子どもにだって<話したくないこと>がある

    ヘルスプレス - 2017年8月31日

    SEKAI NO OWARIの『プレゼント』を愛聴する娘の影響もあって、私もその歌詞をなんとなく覚えてしまった。

   相手のことがよくわからないから、嫌いだと思い込んでしまう。 周囲の人が嫌いと言うから、なんとなく自分も話を合わせてしまった。 一人になりたくないけど、どう表現していいのかわからない。 そんな自分が、自分でも嫌い......

 思春期の繊細な心の動きが表現された詩だ。

   大人にとっては些細な対人トラブルでも、思春期の子どもたちには人生を左右する重大な問題。ときには将来を絶望するほど、追いつめられるかもしれない。

   夏休みが終わって子どもたちが久しぶりに登校する9月1日。この日は、子どもの自殺者数が最も多い日だ。

   内閣府の2015年版「自殺対策白書」によると、1972年から2013年の累計で、18歳以下の自殺者数が最も多かった日は9月1日で131人。また、8月31日は92人で、9月2日は94人だった。「休み明けの直後は大きなプレッシャーや精神的動揺が生じやすい」と白書で指摘されている。

   楽しい夏休みの終わりに、子どもたちの自殺を防ぐために、私たち大人ができるのはどんなことだろうか。

夏休み明けに向けた<いじめ防止強化キャンペーン>

 文部科学省は「夏休み明けに向けた官民連携によるいじめ防止強化キャンペーン」を実施している。子どもからの相談を受け付ける民間企業やNPO法人などを以下で紹介している。

■夏休み明けに向けた官民連携によるいじめ防止強化キャンペーンhttp://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/08/__icsFiles/afieldfile/2017/08/14/1393634_001_1.pdf

   さらに、学校でいじめが原因とみられる子どもの自殺などが起きた際、現地に赴き、学校や教育委員会への指導のほか、遺族対応などを担う「いじめ・自殺等対策専門官」を文部科学省内に配置する方針を決めた。

   新聞各社は、教職員向けに子どもの自殺予防研修を導入した宮崎県の中学校や、子どもの居場所づくりに取り組むNPO法人などを8月末に取り上げてきた。遅まきながら、国を挙げての子どもへの自殺予防対策が進められている。

子どもの心を開いた手と手のコミュニケーション

   難しい点は、思春期の子どもが、簡単には大人に心を開かないことだ。自分の気持ちをうまく言葉で表現できなかったり、ごまかしたりしがちである。

   たとえ相手が親でも、いや、親だからこそ、本当の自分の気持ちを知られたくないと、子どもは距離を置こうとすることもある。

   過去に私が取材した教育カウンセラーは、「言葉を使って子どもの心を開こうとはしていない」と話した。彼は公立高校の教員を34年も務めた後、引きこもりや不登校の子どもたちの教育相談を行っている。

 「子どもにだって、話したくないことがあるわけじゃないですか。それを大人が尋問するように聞き出そうとしても、逆効果なんですよ」

   そんな彼は、子どもたちに手のひらマッサージを施している。子どもに片手を出してもらい、それを彼は両手で包み込むようにして、ゆっくりとマッサージをする。

 「マッサージしているときに、私からはなにも言いません。ただ、ちょっとした<シコリ>から、子どもの気持ちがなんとなくわかるんですよ。しばらくもんであげていると『実は......』と子どものほうから話してくることも多いんです」

 百の言葉よりも、触れ合う温かさと安心感が子どもの気持ちをほぐすのだろう。

   子どもの様子がちょっとおかしいと思ったら、「どうしたの」「何があったの」と問いかける前に、そっと優しく体に触れてあげる。わかってあげようとするよりも、ただそばにいてあげる。こうした対応も必要なのかもしれない。 (文=森真希)

 

森真希(もり・まき) 医療・教育ジャーナリスト。大学卒業後、出版社に21年間勤務し、月刊誌編集者として医療・健康・教育の分野で多岐にわたって取材を行う。2015年に独立し、同テーマで執筆活動と情報発信を続けている。

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いじめ

2017年08月09日 | うつ・ひきこもり

 

いじめ「重大事態」7割経験 8自治体は再調査 都道府県・政令市

     毎日新聞2017年8月8日 東京朝刊

  2013年9月のいじめ防止対策推進法施行後、今年6月1日までに47都道府県と20政令市のうち少なくとも7割の45自治体で、いじめ自殺などが疑われる「重大事態」が起きていたことが毎日新聞のアンケートで分かった。教育委員会などの第三者機関が一旦調査したものの、このうち2割近い8自治体で首長が別の第三者機関を設置して再調査していた。いじめと自殺の因果関係が認められないことなどを不服とし、遺族が再調査を求める事例が全国であり、調査体制の見直しを求める首長の意見もあった。

 

 全都道府県・政令市の首長67人にあててそれぞれ都道府県立校と市立校について質問し、福岡県知事と広島市長を除く65人から回答を得た。

  いじめ防止法は、いじめが原因と疑われる自殺など重大事態があった場合に、教育委員会や学校に調査のための第三者機関の設置を義務づけている。だが、青森県立高2年の女子生徒(当時17歳)が14年に自殺したケースでは、県教委による第三者機関が自殺との直接的な因果関係を否定。両親らの要望を受け、県知事が同法に基づき実施を決めた再調査で一定の因果関係が認められるなど結果が逆転する事例が出ている。

  アンケートでは望ましい調査組織について質問。27人(42%)は、教育行政の独立性を保障する観点などから、いじめ防止法が定める現在の「学校や教育委員会の第三者機関」と答えた。8人(12%)は、現在のような自治体ごとではなく「全国的な第三者機関」や、教育委員会から独立した「首長が設置する第三者機関」を選んだ。首長による組織を挙げた鳥取県の平井伸治知事は「教育委員会の中でいじめの存在を隠蔽(いんぺい)する事態が生じないとも言い切れない」と指摘した。

  遺族らが第三者機関の委員選定に関わったり審議を傍聴したりする「調査過程への当事者参加」に賛成は1人(2%)。「遺族らの要望は配慮すべきだが望ましくない」と回答したのは22人(34%)だった。「その他」を選んだ中には、何らかの形で参加を検討すべきだとの声もあった。【夫彰子、一宮俊介】

 

いじめ自殺 遺族、寄る辺なき闘い 「子の代弁者、親だけ」真相へ再調査実現

    毎日新聞2017年8月8日 東京朝刊

  いじめ自殺などが疑われる「重大事態」をめぐる毎日新聞の首長アンケートでは、重大事態を調査した自治体の2割近くで再調査になっていた。調査のあり方について自治体ごとに考え方の違いがあり、規模の小さい自治体ゆえの悩みも浮かび上がった。遺族側にとっても再調査を求めることによる心の負担は大きい。【夫彰子、一宮俊介】

「みれんなんてない」
「まさか自分が死ぬなんてな」

  昨年8月19日の早朝。青森県東北町立中1年の男子生徒(当時12歳)がいじめを訴えるメモを残して命を絶った。書き置きには「生と死」への相反するような思いが書き殴られていた。

  「これからどうすればいいのか頼る先もなかった」。生徒の母親(50)は当時の心境をこう振り返る。息子は1週間後に誕生日を迎えるはずだった。突然の死に平常心を保てるはずもない。町教委が設置した第三者機関は昨年9月に調査を始めたが、調査の根拠となる「いじめ防止対策推進法」の内容は詳しく知らなかったし、助言を求める相手も身近にいなかった。両親はただ町教委に言われた通りにするしかなかった。

  約2カ月間に6回あった聞き取りで、質問に正確に答えようと息子の過去を懸命に思い出そうとした。帰り道では「あんな答え方で良かったのだろうか」と反省の言葉ばかりが漏れた。いじめに関わったとされる生徒らへの聞き取りはなかなか進まず、このまま調査が終わるのではと焦りが募った。それでも「調査で本当のことが明らかになると信じよう」と待ち続けた。

  だが、完成した報告書の概要を昨年12月に聞いた両親は失望した。報告書は、学校側の対応に問題があったことは指摘していた。一方で、息子は誰がどんないじめをしていたのかを「遺書」に記していたのに報告書で触れたのはわずかで、いじめと認定されたのは3件だけ。いじめ以外の要因も重なって命を絶ったと結論づけていた。息子が椅子を蹴られていたことを母親は学校に相談していたが、学校側には記録がなかった。「学校側の意見を重視していると感じた」

  いじめに加担したことを正直に話し、反省している子供たちがいることも知っている。「また(心理的に)揺さぶってしまうのではないか」と再調査を求めることに後ろめたさもあった。それでも「息子の訴えを代弁できるのは親しかいない」と、年明けの今年1月、再調査の要望書を提出した。3月から町長が委嘱した別の第三者機関が再び調査している。

  両親は今も代理人の弁護士を立てていない。「制度の中で、家族や息子の思いがきちんと反映されないのはおかしい」と考えるからだ。再調査委員会の委員による聞き取り調査は丁寧で、誠実さを感じている。だから、次の結果を信じようと思っている。「(何があったのか)遺書で息子が残していた言葉を第一に考えてほしい」

 自治体スタンスに差

   毎日新聞のアンケートでは65都道府県・政令市の首長以外にいじめ自殺の疑いが明らかになった11市町の首長にも聞いた。計76人の回答からは、考え方の違いが浮き彫りになったほか、全国的な調査組織の設置など具体的な提案もあった。

  青森市と茨城県取手市では今年5月と6月、自殺した生徒の遺族が調査内容などに不服を訴え、市教委による第三者機関が報告を出す前に解散した。こうした例も含めると、再調査にこそなっていないが、教育委員会による第三者機関を遺族が「NO」とするケースはさらに多いとみられる。

  ただ、どのような調査組織が望ましいのかは首長ごとに意見は異なる。取手市の藤井信吾市長は、教育委員会や学校が主体の組織という今の制度を選択し、「学校は保護者と、教育委員会は学校と、連携がとりやすいため」と理由を挙げた。青森市の小野寺晃彦市長は「現段階で判断できない」と迷いをうかがわせる。山形県天童市の山本信治市長は、自治体単位の調査は「公平・公正に疑義を持たれる」として全国的な調査組織を求めた。

   調査にあたる委員の選定も難しい課題だ。青森県東北町の蛯名鉱治町長は、自治体が「調査組織の委員を選ぶのは困難」と指摘する。地方の小さな市町村は委員に適切な人材がいないケースがほとんどだからだ。

  委員の選定方法で具体案を挙げる首長もいた。広島県の湯崎英彦知事は、国が地区ごとに調査に参加できる外部の専門家を任命し、重大事態が起きれば速やかに調査組織を設置できるようにすることを提案する。

   文部科学省は今年3月、遺族に寄り添って調査するよう求めたが、保護者が調査過程にどの程度参加できるのかは明確でない。

  アンケートで「可能な限り参加すべきだ」を選んだのは鳥取県の平井伸治知事だけで「最も尊重すべきは当事者の意向」と指摘。沖縄県の翁長雄志知事は「被害者感情など心情的な偏りが生じる」と考え、参加は望ましくないと回答した。

  2014年1月に中学生が自殺した天童市や長崎県新上五島町、15年7月に中学2年の男子生徒が自殺した岩手県矢巾町は遺族に委員推薦や事前了承の権利を認めた。新上五島町の江上悦生町長は、遺族が委員の半数を推薦することで「(教育委員会に対して)公正・中立になり互いに納得できる」と指摘している。


 

なんか、変!
「都道府県・政令市の首長」だからなのか?
こんなにも意識にずれがあるのものなのか・・・
わたしの意識がずれているのか?

 

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引きこもり当事者が見た精神医療の歪み

2017年07月14日 | うつ・ひきこもり

ダイアモンド・オンライン 2017.7.13

「病院が患者を支配」引きこもり当事者が見た精神医療の歪み

池上正樹:ジャーナリスト

 絶対的権力を持つ母親、
引きこもるきっかけは家族問題

「患者が精神医療に対して物申す場は必要である」

 長年、精神科の患者の立場から、今の精神医療のあり方を社会に発信しようとしている人がいる。

 ぼそっと池井多さん(ペンネーム・55歳)は、偶数月に都内で開催されている対話の場「ひきこもりフューチャーセッション庵―IORI―」で二度にわたり、「そうじゃないってば、先生!」というテーマのテーブルを持った。

 大学生活までは、世間から見ると「順風万帆」だった。ぼそっとさんは、中高一貫校から親の希望する大学に入り、大企業から内定も得ていた。

 ところが、入社式の直前になって身体が動かなくなった。

 ある商社では3次面接まで通過し、最終面接の直前で面接を受けることができずに、ビルの傍らのカフェに飛び込んだ。結局、日本の社会に入っていくことはできずに就職を諦め、「死に場所を求めて」アフリカに渡った。

 30歳直前になって帰国。英語とフランス語を話せるため、しばらくは「海外ジャーナリスト」として活動した。著書を2冊出版。副業で家庭教師もこなした。

「でも、私には国際情勢のことよりも、切羽詰った魂の問題が色々あったんです」

 本格的に「がっちりと」引きこもったのは、30歳代になってからだ。本人は「20代は“外こもり”、30代は“内こもり”」と話す。もともと引きこもり気質があるところに、1995年の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件などのショックが引き金となった。うつで身体が動かなくなり、仕事も次第に受注できなくなった。

 引きこもっている間に、フロイトを読み、自分の精神疾患のメカニズムを解明した。引きこもった背景には、うつと強迫性障害があることを知り、家族の問題があることを突き止めた。

「母親の子どもへの関係がおかしいと子どもは精神疾患を持つ、というパターンです」

 ぼそっとさんの母親は高学歴、父親が低学歴。家庭では母親が絶対的な権力を持っている構図だった。

「母親が子どもに陰湿な虐待をしても、父親が声を上げられない環境でした。それは、母親1人の責任いうわけではなく、弟を含めた4人家族のネットワークが生み出す歪みが私一人に集中し、精神症状として現れていたのでしょう」

 ぼそっとさんは、都内の精神医療機関にかかった。家族を治療につなげれば、自分のうつも治って、また働けるようになると思っていた。

精神医療機関は患者を治したという実績がほしかっただけところが、目算は狂った。

「十数年間、この精神医療機関に通ってきて、ようやくわかってきたのが、専門家の間で話題になっているような、稀少な症例を持っている患者は、治療者によって丁寧に治療される。でも、私みたいに、ただの“引きこもり”とか“うつ”とか言っている患者はつまらない症例としてまともに向かい合ってもらえないということでした」

 ぼそっとさんによると、この精神医療機関に付属している患者団体の事務局員として、都合よく無償ボランティアの人手として使われるものの、いつまで経っても肝心な治療は、順番が回ってこなかったのだという。

「治せないなら『治せない』と、あるいは『あといくらお金が要る』ということをちゃんと早めに言うのが、医療に求められるインフォームド・コンセントであるはずです」

「集団療法(患者たちが治療者の周りに集まってミーティングする)といっても、治療者は『診察』と称して個々の患者と一対一の時間をつくる。そこで、あっちの患者にはああ言い、こっちの患者にはこう言い、ということをして患者たちの対抗心を煽り分断統治するのです。こうして治療共同体には患者階級が生まれ、精神療法が政治の場になっています」

 その後、ぼそっとさんは、この医療機関の患者団体代表をメール1本で一方的に更迭された。

「いきなり治療者の都合で追い出されて、それまでの無償ボランティアの貢献は鼻も引っかけられない。今までの治療生活は何だったのか。そのときに、これまでにも(同じ立場に追いやられて)自殺した患者の方々がいたことを思い出して、これは私にも”死ね”ってことなのだなと、頭をよぎったんです」

 ただ、ぼそっとさんは「あえて前に進めるため」、この医療機関と患者団体に留まった。

「精神医療の現場においてはすべての患者も、そして治療者も人間的に平等である。この一番大事なことが、私のいた“治療共同体”では守られていない。治療者主体の医療になっていて、古代の王様と奴隷の関係で上から決め付けてくる。治療者が病気をつくり出している部分もあるのではないか。こういう日本の精神医療の闇を、社会に問いたいと思ったのです」

 2013年、自ら「ぼそっとプロジェクト」という当事者グループを立ち上げた。

「これまで医療機関からの対外的な発表は、患者の生の声ではなく、治療者の都合のいいように編集や改変をされていました。それどころか治療者は特定の患者には“訴えをねつ造してもいい”とまで言っていました。治療者が患者に言わせている声ではなく、たとえ玉石混淆であっても、患者・当事者が自ら社会へ発信する必要があると思ったんです」

患者が精神医療に対して物申す場は絶対に必要

 昨年、当事者たちが「ひきこもり新聞」を創刊したというニュースを知って、編集部に駆けつけた。

「当事者が声を上げる。これだ!主旨としては同じだって思ったんです」

 ぼそっとさんが「庵」で、「そうじゃないってば、先生!」というテーマのテーブルを持ったのも、他の人たちの精神医療への問題意識を知りたかったからだという。

「私の問題意識が、どれくらい一般性があるのかということを確認したかったのです。皆さんの問題意識の矛先は、投薬の是非から主治医との関係性の問題まで複雑多岐にわたるけど、総じて言えるのは、患者の立場から精神医療に物申す場が、どこかに必要であるということでした」 

 この庵のやりとりからスピンオフして「ひきこもりと精神医療を考える会」という勉強会も始まった。

 ぼそっとさんは今後も引き続き、庵などの場を使って問題提起を続けていく予定だ。


 

お身体、大丈夫ですか?
暑い日が続いています。十分にお気を付け下さい。

妹夫婦が遊びに来ました。
野菜をいっぱい採らせてやろうと思ってたのですが、この暑さではハウス内に入るのは無理だろうと思い、朝のうちに採っておきました。

多肉植物でしょうか?屋外で越冬します。


名前を調べようとしたら、ずいぶんいろんな種類があるのですね。
とうとう面倒になって辞めてしまいました。
アサガオ(ヘブンリーブルー)も咲き始めています。

こちらはカリンズです。

   時事通信が行った7月の世論調査では、安倍内閣の支持率が前月比15.2ポイント減の29.9%となった。第2次安倍政権発足以来、最大の下げ幅となり、初めて3割を切った。内閣改造では済まされない。内閣総辞職!

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「60代のひきこもり」が増えている

2017年06月19日 | うつ・ひきこもり

働けない子どもをどうすればいいか

  PRESIDENT Online 2017.6.18

 

畠中 雅子(はたなか・まさこ)

ファイナンシャル・プランナー、「働けない子どものお金を考える会」代表

  大学時代からフリーライターとしての活動を始める。長女を出産した後は、子育てと両立できるように、マネー分野を中心とするライターに。ファイナンシャル・プランナーの資格も取得。新聞・雑誌・WEBなどで多数の連載や原稿を執筆する傍ら、セミナー講師や講演なども。「教育資金作り」「生活設計アドバイス」「住宅ローンの賢い借り方、返し方」「オトクな生命保険の入り方と見直し方」などのテーマを扱っている。ひきこもりの家族の生活設計は、マネー相談を受ける中で依頼を受けるようになり、ひきこもり家族の生活設計の第一人者として知られる。2男1女の母。主な著書は『お金のきほん』(オレンジページ)、『子ども手当』(主婦の友生活シリーズ)、『いつもなぜか幸せな人のお金のルール』(幻冬舎)、『教育貧民』(宝島社)、『老後が危ない!年金月額16万円時代の生き残り術』(講談社)、『ひきこもりのライフプラン」(岩波書店・斉藤環氏との共著)、『高齢化するひきこもりのサバイバルライフプラン』(近代セールス社)など、多数。最新刊に『定年後に泣かないために、今から家計と暮らしを見直すコツってありますか?』(大和書房)がある。なお、代表をつとめる「働けない子どものお金を考える会」のウェブページは、http://survivallifeplan.com/

 

 「親亡き後」に突入するひきこもりの当事者が増えています。もし、何の対策もしなければ親の支援がなくなった途端、生活は行き詰まり、住まいも追われかねません。「働けない子どものお金を考える会」の代表を務めるファイナンシャル・プランナーの畠中雅子さんが、ひきこもりの子どもを持つ家庭の実態と対策について解説します――。

 79歳男性のSOS「私が死んだら息子は……」

 関東に地方に住む79歳の男性はこう言います。

 「母親(妻)が亡くなって、働けない息子と2人暮らしをしています。もともと息子と会話する機会は少なかったのですが、この1年くらいは、お互いの顔もろくに見ていない状態です。私ももうすぐ80歳です。息子はひとりっ子、私が死んだら路頭に迷わせてしまうのでしょうか……」

 独り言とも、SOSとも取れる、しぼり出すような声でした。

 私は「働けない子どものお金を考える会」の代表を務めています。この会は、ひきこもり、ニート、あるいは障がいをお持ちのお子さんを抱えるご家族の家計を考える、ファイナンシャル・プランナーの集まりです。

  親だけでなく、お子さんの生涯、とりわけ親亡き後をどう生き抜いていくかを模索する「サバイバルプラン」を中心に資金計画を立てるお手伝いをしています。

 高齢化した「ひきこもり」が着実に増えている

 の活動もはや25年。四半世紀が過ぎました。

  アドバイスを始めた頃は、ひきこもりのお子さんの存在が世の中に認知されていたとはいえず、生活設計のアドバイスをすること自体、奇異な目で見られることも少なくありませんでした。同時に、「親が死んだ後の話をするなんて、縁起でもないことを言うな」と、当事者の家族から怒られたこともありました。

  25年という時間が流れ、「ひきこもり」という言葉が理解されるようになった今では、私たちが提唱している「サバイバルプラン」を受け入れ、具体的な計画を立て、実行に移してくれるご家庭が増えてきています。

 とはいえ、それは、ひきこもりのお子さんの数が増えている現実を表すだけではなく、後述するようにひきこもりの状態から抜け出せないまま、お子さん自身が高齢化している現実も意味しています。

「50代はもう珍しくありません。最近は60代もいます」

  私たちが提唱する「サバイバルプラン」とは、働けない状態がこの先も続くと仮定して、親が持つ資産でどうやって生き抜いていくかを考え抜くプランです。

  親が持つ資産というと、金融資産だけをイメージする人が多いのですが、不動産活用も重要なポイントです。親亡き後も、住み続けられる住まいを確保できなければ、生活は行き詰まってしまいます。

  住まいを確保する方法として、都市部では賃貸併用住宅への建て替えが選択肢になります。一方、地方在住の場合は、老朽化した家から築浅の家への住み替えを促します。また、親に介護が必要になった場合に備えて、親子別居のプランを立てるケースもあります。

  サバイバルプランの具体的な手法については、この連載で徐々に触れていきます。なかでも最近、深刻化しているのは「働けないお子さんの高齢化」です。

 親は80代以上というケースが増加「待ったなしの状態」

  私のご相談者の中には、お子さん側がすでに60代に入られたケースが何例も出てきています。50代のご相談者は、もう珍しくありません。ご相談者の親御さんの年齢が80代というケースも増えていて、中にはすでに「親亡き後」へ突入している人も出てきています。ひきこもりの高齢化は、待ったなしの状態になってきているのです。

  ひきこもりのお子さんが高齢化すると、「就業は絶望的であり、お子さん自身の生活設計など立てられない」と考えるのが一般的かもしれません。しかし、「早めの対処・対策」を立てることによって、親も子もサバイバルすることは可能です。

「全く働けない子ども」が2人以上いる家庭も増えた

 「高齢化」のほかに見逃せない問題は、ひとつのご家庭に、「働けない状態のお子さんが複数いる」というケースのご相談が増えていることです。2人とも働けないだけではなく、中には3人や4人のお子さん全員が働けない状態のご家庭もあります。

  働けない状態にあっても障がい年金を受給することなどで、サバイバルプランが成り立つケースもありますが、本来なら「親亡き後」に手続きなどで力を貸してくれるはずのご兄弟がいないという、別の問題を抱えていることになります。

  さらに親側にとっても子ども側にとっても厳しいのは、親が持つ資産が減ってきていることです。企業業績は改善していますが、給与相場はそれほど上がっていませんし、年金受給額も減っています。

 ひきこもりの子を支える親の資産は減っている

  私が相談を受け始めた25年前は、ご相談者の多くが、親(お子さんにとっての祖父母)の持つ資産でサバイバルプランが成り立ちました。ところが、時間が経過するごとに親側の資産に余裕のないご家庭が増え、現在、サバイバルプランが成り立つのはご相談者の半分程度に減っています。

  サバイバルプランが成り立たないと思われるご家庭こそ、先ほど申し上げたように早めの対策が必要になります。

  資産の少ないご家庭は、厳しい現実に向き合わない傾向があります。「子ども自身がなんとか収入を得てくれれば……」といった現実的とはいえないプランしか立てていないケースが多いのです。厳しい現実から逃避しても、明日や明後日の生活に困るわけでもありません。しかしそれは、いつか訪れる「親亡き後」について先送りしたまま、あるいは考えることをフリーズしたままにしているだけです。

  「親亡き後」のお子さんの生活を守るためには、この先も働けない状態が続くという現実を受け入れる勇気が、何よりも重要です。資産が少ないご家庭ほど、1日も早くサバイバルプランづくりに取りかからなくてはいけません。

今、働いている子が突如、働けなくなる日

  また、ひきこもりの問題というと、ごく一部のご家庭の問題であり、自分の家庭とは関係のない話だと捉える方も多いでしょう。ですが、ひきこもり状態ではなくても、フリーターやニート(仕事も通学も求職もしない)のように、定職についていないお子さんが増えている現状*を考えれば、ひきこもり家庭の状況は決してひとごととは言い切れないはずです。

 (*編注)2017年版「子ども・若者白書」によれば「ニート」を含む若年無業者数(15~39歳)は2016年で約77万人と依然高い水準にある(ニートの割合は男性2.8%、女性1.6%)。この白書は調査対象の年齢が39歳までであり、実際は40歳以上の者もかなりの数にのぼると推測できる。

  「新卒で働き始めた会社で、老後の手前まで働く」というのは、親の世代には常識として通じても、お子さんたちの世代にとっては難しい現実になってきています。「一生働ける仕事に就く」という願いでさえも、かなわない現実があるのだと受け入れる覚悟が必要です。「働けない状態の子どもを抱える」というリスクは、どのご家庭にも起こりえます。そうした現実を、一人でも多くの方に知っていただきたいと思います。


 

 大阪地検特捜部が動き出したようです。

最近、ひきこもり家庭を狙った詐欺事件も多くなっているみたいです。
くれぐれも一人で判断せず、行政機関等相談してほしいです。

   

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『あの花』と、『ここさけ』で描かれたひきこもりの設定

2017年05月06日 | うつ・ひきこもり

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(以下、『あの花』)と、『心が叫びたがってるんだ。』(以下、『ここさけ』)は自らのひきこもり体験から生まれた…脚本家の岡田麿里が告白した自伝が話題!

           リテラ 2017.05.05

 『あの花』と、『ここさけ』で描かれたひきこもりの設定

 『あの花』と、『ここさけ』それぞれ人気テレビアニメシリーズであり、大ヒットアニメ映画だが、実は両者の作品には共通点が2つある。

 ひとつは、両方とも同じ脚本家によって書かれているということ。そしてもうひとつは、ストーリーの核となるテーマとして「ひきこもり」が描かれているということだ。

 『あの花』)の主人公・宿海仁太(じんたん)は、幼なじみと母親の死や高校受験の失敗などが重なり、登校拒否に。普段は家に引きこもってゲーム三昧、用があって外出せざるを得ないときはニット帽や眼鏡で変装。偶然知り合いに遭遇すると慌てて逃げたり目をそむけたりする人物として描かれている。

 また、『ここさけ』の主人公・成瀬順は、幼少時に自分のおしゃべりがきっかけで父の不倫を母に悟らせてしまい、結果として両親は離婚。そのトラウマから声を出して話そうとすると腹痛に襲われるようになってしまう。一応高校には通っているものの、一言も話さないので当然友だちもおらず、クラスメイトからはのけ者にされている。

 この2つの作品に共通する「ひきこもり」というテーマは、実は脚本を務めた岡田麿里の実体験を色濃く反映させたものだった。彼女の自伝『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』(文藝春秋)では、なぜひきこもる学生生活を送ることになったのか、そしてどうやってそこから抜け出すことができたのかを赤裸々に綴っている。

岡田麿里が学校に行けなくなった理由

  彼女がひきこもり生活に突入し始めたのは小学校高学年の頃だった。きっかけは、いじめ。もともと、運動が得意でなく、思ったこともあまりはっきり口にできない性格の彼女は、小学校低学年のときから、いじめやからかいのターゲットにされていた。

〈教室を歩けば、横から足を出されて転ばされそうになったり。キキララの可愛い鉛筆を学校に持っていけば、「交換してあげる!」と、キャンディ・キャンディのばったもんの謎女子が描かれた、ちびた鉛筆と無理やり交換させられたり。ひどい時は、「もらってあげる!」と無理やり取り上げられたり。体育の授業から教室に戻って来ると、クラスメイトの筆箱やら理科の教材やらが私の机の中にぎっしり入っていて、「麿里ちゃんがどろぼうした」と糾弾されたこともあった〉

 とはいえその後、身の処し方を覚えた彼女はそういったいじめのターゲットにもされにくくなっていく。しかし、小学校5年生になると、また状況が変わる。思春期に入り始めるこの時期、クラスメイトの関係は小学校低学年のときとはまた違う複雑さをもち始めていた。

〈私はクラスでも目立たないグループに所属していたのだが、そこにもきっちりリーダー格がいた。リーダーは突然、「○○ちゃんと喋っちゃ駄目」と皆に号令をかける。ターゲットに選ばれれば、休み時間も一人になり、こそこそとあることないこと悪口を言われる。それは持ち回りでやってくるので、じっと待てば嵐が収まるのはわかっていた。それでも、いつ自分の番がくるだろうと緊張しながら過ごす日々はきつく、それまで月に一、二回だった休みが週に一、二回になった〉

 もち回りでいじめの順番がまわってくる、この陰湿な感じには覚えのある人も多いだろう。そんな状況に耐えかね、彼女は本格的な登校拒否児童になってしまったわけだが、それからずっと登校拒否をし続けていたわけではない。中学入学を機に彼女は「自分改革」を断行。クラスの人気者だった時期もあったようだ。

〈ハブられる恐怖におびえる休み時間は、もうない。授業だって、中学では教わることがいっぱいなので大嫌いな体育の時間も減らされた。なのに、一日がとてつもなく長い。〉

『ここさけ』での母親のセリフも岡田麿里の体験から生まれていた

  太宰治『人間失格』では、他人を恐れるあまり道化を演じる主人公に同級生の竹一が「ワザ。ワザ」と、その道化がつくられたキャラクターであることを指摘し、主人公が発狂しそうになるシーンがあるが、岡田のこのエピソードはまさしくそれを彷彿とさせる。

 そして、偽りのキャラクターを演じることに疲れを感じ始めた彼女はついに学校を休み始める。そして、年に3、4回しか登校しない、本格的なひきこもり生活に突入するのだった。中学は登校拒否のまま卒業し、なんとか合格した高校も半年ほど通ってドロップアウト。

 24時間365日、家でふさぎ込んでいる日々。彼女はほとんどの時間を母親とともに過ごすことになる。そんな日々のなかで母との関係も悪化していく。

〈母親が気にしていたのはあやふやな未来ではなく、今現在の周囲の目だった。

「こんな子供がいるなんて、恥ずかしい」

 これは本当によく言われたし、母親が一番に傷ついているのもそこだったと思う。周囲から、私が今どうなっているか聞かれる。噂される。なにしろ当時、田舎では登校拒否児は本当に珍しかったので、ちょっとした珍獣扱いだった〉

『ここさけ』では、成瀬順が母の不在時に町内会費を徴収しにきた近所の人に対応してしまい(言葉が口から出てこないので異様にギクシャクしたやり取りになり近所の人は困惑する)、それを知った母が「私がいないときは呼び鈴鳴っても出ないでって言ったでしょ」「そんなに私が憎いの?」「もう疲れた」といったようなセリフを口にするシーンがある。ここまで、脚本家である岡田自身の経験を基にしているとは驚きだ。

アニメの主人公がひきこもりを克服する過程にも岡田の実人生が

  では、岡田麿里はどのようにして登校拒否および引きこもり状態から脱したのか?

『あの花』のじんたんは、亡くなった幼なじみ本間芽衣子(めんま)の亡霊を成仏させるため、めんまが不慮の事故で亡くなってしまうまで仲の良かった幼なじみグループ(超平和バスターズ)と一緒に奔走するうちにひきこもりから脱した。また、『ここさけ』の成瀬順は、地域ふれあい交流会でミュージカルを演じることになり、クラスメイトと一緒に舞台制作や稽古に奔走するうちにトラウマを克服することができた。

 しかし、現実の人生はアニメや映画のようにドラマチックな展開は起きない。高校卒業後、周囲からの心配をよそに彼女は単身、地元の秩父から東京へ。シナリオライターになるために、ゲームの専門学校に通うことになる。

 中学も高校もダメだった彼女が、この専門学校には通うことができたというが、登校拒否および引きこもり生活からの脱却は、そんな簡単ではなかった。決まった時間に登校するのは難しく、やはり週に2回は休んでいたし、人とのコミュニケーションには多くの悩みを抱えていた。

 社会に出てアニメのシナリオライターとして踏み出した後も、あまりうまくいっていない現場だと〈誰に挨拶していいかわからなくて教室に入れなくなった時のように、会社の玄関の前でためらってしまう〉という。

 ただ、それでも、「あーあーはいはい、もうやるしかねぇんじゃねえん」と頭のなかで叫び現場へ向かう。かつてのようなひきこもり生活に戻ることはない。それは、たとえつらくて苦しくとも、作品づくりに生きがいを見出しているからでもあるだろう。本のなかで彼女は仕事についてこのように綴っている。

〈アニメは、皆で作っている。その作品に関わった皆が、同じように苦しんで、同じ痛みを同時に持つことができる。だからこそ、強烈に幸せを感じられるときも一緒。それは、観てくれている人も同じ。観てくれた人が喜んでくれたら、泣いてくれたら。私もこうして涙がとまらないのだ〉

 となると、「チームプレーで共通の目的を達しようと頑張るうちに引きこもりから脱する」という『あの花』と『ここさけ』の展開は、やはり彼女の人生の投影といえる。そんなことを念頭に彼女の作品を見返すと、また新たな味わいが生まれるかもしれない。
(新田 樹)


 

 連休で札幌にいる息子が帰ってきた。帰ってきてもほとんど家にはいない。今日はハウスビニールを張る手伝いをしてもらおうと約束していたのだが、あいにくの天気になってしまい、オジャンになってしまった。それでも昼前は晴れ間も出て、うっかりしているとハウス内の気温が40℃を超えていた。慌ててビニールを捲り上げるが、風が強い。2重にしてあるビニールの内側は、支柱や針金を張ったところに置いてあるだけなので風には弱い。これが芽を出したばかりの苗の上を走ると折れてしまう。カリフラワーが1/3ほど折れてしまった。こうなったらある程度の高温になるのも仕方がない。鉢の中に水分があれば焼けることはない。そんなことをしているうちに昼となり、雨も降りだし、気温も下がっていく。明日朝までの予想最低気温は4℃。2台のストーブに点火。
 少し離れた山を見るとうっすらとピンクになっている。桜が咲き始めたのだ。北海道の桜の花の寿命は短い。夏を告げる桜なのだ。
 アスパラもまだ数本だが初物をいただいた。
さて、息子に何を食べさせてやろうか。

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作家たちが語るうつとの向き合い方

2017年05月02日 | うつ・ひきこもり

うつは心の風邪じゃなく心のガンだ! 田中圭一、内田樹、大槻ケンヂ…作家たちが語るうつとの向き合い方

                  リテラ 2017.05.01

   長時間の残業など労働に関する問題が改めて浮き彫りになった昨年。厚生労働省の発表によれば、2015年度に仕事によるストレスなどが原因で心の病になったとして労災申請をした数は過去最多になったとのことだが、今年度もその状況は間違いなく変わらないであろう。

 そんななか、手塚治虫などの絵柄をパロディー化した作風で人気の漫画家・田中圭一によるエッセイ漫画『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)が話題を集めている。この本では、ミュージシャンの大槻ケンヂ、思想家の内田樹、AV監督の代々木忠、小説家の宮内悠介と熊谷達也、脚本家の一色伸幸など、かつて心の病を患い現在ではそれを克服した著名人たちに取材し、病気との向き合い方を聞き出している。

 そんな『うつヌケ』の作者である田中圭一自身、かつてうつを患った経験をもつ。そのきっかけは転職だった(田中はサラリーマン兼業の漫画家である)。ゲーム開発ツールの営業職という畑違いの会社に転職をした彼は、気負いながら頑張って入社早々素晴らしい営業成績を残す。しかし、その勢いは程なくして失速。営業成績も下がり、彼は「自己嫌悪」に苛まれるように。これが病への入口だった。

 医者にかかって薬を処方してもらうが苦しみは晴れない。頭に「もや」がかかったような感覚が続き、活字が頭に入ってこない、記憶が曖昧になる、音楽などにも感動できずあらゆる感情が湧いてこないといった状況にまで陥ってしまうが、それでも身体に鞭を打って肌に合わない仕事を続けていく。

 そんな状況が何年も続いたある日、コンビニの文庫本コーナーで見つけた本に書いてあった言葉が彼を変える。それはとてもシンプルな発想の転換だ。

「ありのままの自分を受け入れ、自分を好きになる」。そのように考え方を変えるため、彼は朝起きた瞬間に自分を褒める言葉を唱えることにした。会議や商談などの嫌なことがある日も、ひとまずそのことは考えないようにし、目覚めたらすぐに自分を肯定する言葉を唱えるのだ。この「アファーメーション(肯定的自己暗示)」を3週間続けただけで彼は気持ちが明るくなっていく。それまで死んでいた感情も徐々に戻ってきて、日々の生活で笑顔になることも少しずつ増えていくのだった。時を同じくして会社を辞めたのも病の克服にはプラスだった。その後も、うつが簡単に治ったわけではなく、急な不安に押しつぶされそうになることもあったというが、病気とうまく付き合っていくやり方を会得できたという。

 内田樹も「頑張り過ぎた」ことが原因で心の病も患ってしまったひとり。その大きなきっかけのひとつが阪神淡路大震災だった。家は半壊状態になったうえ、職場である神戸女学院大学の復旧に、シングルファーザーとしての子育てが重なり、震災以降馬車馬のように働く日々が続く。そして、地震発生から半年の月日が経ち、ようやく家に帰ってきたときに変化は起きるのだった。

 落ち着いた日々を取り戻すと同時に心は病み始めていく。ちょっとした音にも震災のことがフラッシュバックして恐怖を感じて不眠状態になり、無理に眠ろうとして服用した睡眠薬により授業中も記憶が飛ぶようになってしまう。そんな生活が続き、自己否定の感情が心を蝕んでいく。

 そんなとき彼を救ってくれたのは、趣味の合気道だった。合気道は試合に勝つために負荷をかけて練習し、頭にも身体にもストレスをかけるといった一般的な競技スポーツとは違い、むしろ、脳を休ませ、身体がどう動きたいのかを見つめる武道。心を休ませ、身体が心地いいと感じることを優先的にしてあげるという生活の送り方を合気道から学んだのだ。田中圭一の場合とかたちは違うが、内田樹の場合も、脳に負荷をかけないような生活を心掛け、無理をしない生活の送り方を会得することで心の病を寛解させていった。

 無理をしない──。『うつヌケ』に登場する人たちの多くに共通するキーワードはこれだ。大槻ケンヂもまた、現代人がどうしても心にかけてしまう「無理」な負荷との付き合い方を学んで病を乗り越えたひとりだ。

 彼がだんだんとおかしくなっていったのは、あまりに若くして成功してしまったのが原因だった。24歳で武道館のステージに立つなど大ブレイクを果たすも、もともとネガティブな思考が強かった彼は「こんな状況がずっと続くわけがない」という心配と不安に苛まれるようになり、そのうち「自分はエイズなのではないか?」と怯える心気症になってしまう。一番ひどい時期は、カタカナの「エ」の字を見ただけでパニックになってしまうような状況だったという。

 そんな状況を変えたのは心療内科で受けた診療と投薬。そして、本で出会った「森田療法」であった。彼は心の病を変えてくれた発想法の変化をこのように語っている。

〈それは仏教の考え方をとり入れた治療法で、「不安」も「葛藤」もなくすことはできない。人間生きていく限り、老いも病気も死もさけられない。だから、「不安」はあるがままにすておいて、今自分がすべきことをすればいい。そのうえで、成功しても失敗してもその人生はまちがいではない。ここでボクは自分を俯瞰する視点を持てるようになって、一気に気が楽になりました。「不安」は消えることなく、時々ちょっかいを出してくる困った存在だけど、いっしょに歩くことが可能なヤツだ──そう思えるようになってきたんです〉(筆者の判断で句読点のみ付け加えた)

『うつヌケ』では、巷間よく言われる「うつは心の風邪」という表現に強く異を唱えている。うつは風邪なんて生易しいものではなく、「うつは心のガン」と断言する。風邪のようなものだと認識してしまうと、「風邪ぐらいで会社は休めない」と頑張ってしまうが、その頑張りが良くないのだ。ガンが分かってもまだ頑張って出社しようとする人はいないし、また、ガン患者に出社を強要する人間もいないだろう。うつとは最悪の場合は死にいたる病であり、それほどの緊急性と深刻さをもった病である。

 だから、疲れ果てて、不安がもたげたり、自分のことが嫌いになったりしてきたら、気兼ねせずに一歩踏みとどまって休むべきなのだ。『うつヌケ』からはそういった考え方の重要さを学ぶことができる。病気で苦しんでいる人はもとより、いまは元気な人こそ一読しておくべき本だろう。

 ちなみに、吉田豪『サブカル・スーパースター鬱伝』(徳間書店)でインタビューに応えているリリー・フランキーはこんなふうに語っていた。リリーはかつてストレスを抱え込み味覚障害になった過去をもっている。

「鬱は大人のたしなみですよ。それぐらいの感受性を持ってる人じゃないと、俺は友達になりたくないから。こんな腐った世の中では少々気が滅入らないと。社会はおかしい、政治は腐ってる、人間の信頼関係は崩壊してる、不安になる。正常でいるほうが難しいですよ」

 発想の転換としては、こんな開き直りもアリかもしれない。休むことも、開き直ることも悪いことではない。心身ともに健康に生きていくためには、どんどんやっていくべきことなのだ。(新田 樹)


シャコバサボテンの花が咲きました。「いまごろ?」と思う方もいるでしょう。

実は日が短くなると咲く短日性なのです。
うちでは、観葉植物などの鉢物は寒さにやられないように居間に置いています。
居間の照明は年中変わりなく,夜中までついていますので、この時期2Fの苗立て場に持っていくと、あまり電灯をつけないので日が短くなったと認識するようです。
 居間にずうっと置きっぱなしの方は、カーテンや段ボールに入れるなどで遮光してあげるといいようです。
         

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自閉症の人と話す時に、

2017年05月01日 | うつ・ひきこもり

自閉症の人と話す時に、
  
心がけてほしい3つのこと 
        (イギリス・支援協会)

         Yasuko.M - TABI LABO - 2017年4月30日

   自閉症の人には、世界がどんな風に見えているのでしょう?私たちが親切のつもりで声をかけいても、本人にとってはそれが負担になっているかもしれません。

  イギリスで50年以上にわたり自閉症の人たちの学校を運営してきた「The National Autistic Society (NAS)」が、彼らの脳内で起きていることを、動画で表現しました。

情報が多すぎる…

   動画は12歳の自閉症の女の子、ホーリーがバスに乗るところから始まります。

   バスの運転手が「やぁ、元気かい?」と声をかけてくれますが、すぐに返事をすることができません。さらに「大丈夫?」と心配してくれる言葉すら、うまく整理ができず、むしろ負担になってしまいます。

   次にバスの中で声をかけてきた少年にも、返事をすることができません。彼女の脳内ではまだ、バスの運転手の言葉を理解しようとしているのです。

運転手と少年の言葉は、バスを降りたあとも彼女の脳内で響き続けます。

そんな時に、犬に吠えられたりしたら大変。冷静さを失いかけてしまいます。

周りが見えなくなって、バイクとぶつかりそうに。

「なにやってんだ、危ないだろう!」

んな風に男の人に怒鳴られたら、誰だって萎縮してしまいます。

次第に、頭の中で色んな人の声が混ざり合い、ホーリーは混乱してしまいます。

穏やかに

時間をかけて接して欲しい

動画の最後は、ホーリーの言葉で締めくくられます。

「私は自閉症で、ときどき、情報が多すぎて分からなくなってしまうのです」

NASはこれまでも「Too Much Information(多すぎる情報)」キャンペーンと称して、いくつかの動画を公開し、自閉症への理解を広めようとしてきました。

彼らが混乱しているときには

「勝手に判断しないこと」
「辛抱強く、穏やかに接すること」
「回復する時間と空間を与えること」

この3つを思い出してほしい。


 午前中は晴れ間も出て、ハウスの肩を開けたりと、温度調整。ところが昼近くから曇り出し寒くなってきました。ハウスもみんな閉めて・・・
 昼からはまたダウンベストに冬物ジャンバー。重労働だったので少し汗ばみました。
                     

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