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月百姿 山城小栗栖月

2017-07-12 | 月百姿

月岡芳年 月百姿

『山城小栗栖月』

明治十九年届

 

明智光秀(あけちみつひで)は安土桃山時代の武将

享禄元年(1528年)~天正十年六月十三日(1582712日)

織田信長に仕えた重臣の一人だが

後に反旗を翻し「本能寺の変」を起こした。


 

 『心しらぬ 人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ 名をも惜まじ』

 

国立国会図書館デジタルコレクション 081

 

天正十年六月二日 信長を本能寺に討つが

羽柴秀吉に山崎の戦いで敗れ

近江坂本を目指して逃走中の六月十三日

山城小栗栖で落ち武者狩りに遭い

百姓中村長兵衛の竹槍で深手を負い

その場で自害したとされる。

謀反を起こしてわずか11日後の出来事である。

 

光秀辞世の句

順逆二門に無し 大道心源に徹す

五十五年の夢 覚め来れば 一元に帰す

 

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2 コメント

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明智光秀。 (流生)
2017-07-12 08:36:11
妄想狐さま
おはようございます。

『山城小栗栖月』
明智光秀。。。出ました!
「本能寺の変」の立派な戦の模様が描かれていたけど載ってないね!
月岡芳年の絵じゃないのか。
そうそう三日天下人って書いてある!
落ち武者狩りにあって殺された!とばかり思ってた。
辞世の句を残す自害を許された?諸説あるみたいだけど自害にしてやりたい
もともと私は「織田信長」派だけどね。彼の破天荒な生き様はあの時代になくてはならない人物だった!
しかーーし
明智光秀は必ずイケメン俳優が演じる!何故だろう?ほんまにイケメン?
月岡芳年
このへっぴり腰ぢゃ~疑わしいなぁ。
おっ竹藪の向こう側に武将の姿ぢゃ~
この月は上弦の月に向かってる?

『心しらぬ人は何とも言はばいへ身をも惜しまじ名をも惜しまじ』

これが光秀の辞世の句って書いてあるけど。狐さまの最後の辞世の句。
わかりやすく解説をお願い致す!←武士風に喋っているうちに時間ぢゃ~

じゃ またね。ありがと。うふふ。ラロロラロレ
じゃ またね。ありがと。うふふ。ラロロラロレ
何だか時間に追われる!もっと早起きすべきなのかなぁ~と遅刻DashDash
行ってらっしゃい^^行ってきます♪
一元 (妄想狐)
2017-07-12 16:20:53
流姫殿
おかえり。
光秀の辞世の句についてはいろいろと出ているね。
「心しらぬ人は。。。」のほうは懐にしのばせて敗走していたらしく
いかにも辞世の句らしいけど、漢詩のほうはいつ詠んだんだろう?
自害するほどの深手の傷を負いながら、辞世の句を詠む余裕なんてあったのかなぁ。

順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来帰一元

従うことも叛くことも別のところにあるのではなく
私の心の根本にある大義に叶うものである。
そうやって大義を貫いて生きてきた55年の人生も
まるで夢のように元(土)に帰っていくのだ。

これが一番わかりやすくてよかった。
月は旧暦六月十三日のことだから満月2日前の月になるよ。

今日はお母さんとゆっくりね。ラロロラロレ

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