オオカミになりたい

ずっとそばにいるよ

新形三十六怪撰より 「さぎむすめ」

2017-08-15 | 新形三十六怪撰

~その正体は鷺の化身なのか、娘が身をやつした姿なのか~


 

大蘇芳年画

 

長唄舞踊 「鷺娘」は

歌舞伎舞踊とは異なり物語があります。

嫌いな男との婚礼の場から逃げ出してきた娘が 

雪の降りしきる中しょんぼりと現れます。

娘は初恋の思い出などを楽しげに踊りますが

やがて追ってきた男に切り殺され、地獄に引きずりこまれます。

娘の魂は、清純な鷺に変化して、地獄の底から

必死で雪空に舞い上がるという物語になっている。

 

長唄舞踊 鷺娘 神﨑ひで一  YouTubeより

 

なぜ白無垢姿なのかこれで謎が解けました。

 

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新形三十六怪撰より 「二十四孝狐火之図」

2017-08-14 | 新形三十六怪撰

~八百八匹の狐が守護する諏訪法性兜を手に~

 

大蘇芳年画

 

「本朝廿四孝」 奥庭狐火の段

「ほんちょうにじゅうしこう」 おくにわきつねびのだん


越後の武将上杉謙信の娘八重垣姫と甲斐の武将武田信玄の息子勝頼は

足利将軍の仲介で婚約していました。 ところが将軍が暗殺され

両家に疑いがかかり、犯人を見つけ出せなかったために

勝頼は切腹を命じられてしまいます。

悲しみに暮れる八重垣姫でしたが、死んだのは偽者で

本物の勝頼は花作りに身をやつして生きていたことを知ります。

しかし父謙信も、その秘密を知り、勝頼に刺客を差し向けるのでした。

八重垣姫はそのことを勝頼に知らせようとしますが

女の足では刺客に追いつけず

諏訪湖は凍っているため船を出すこともできません。

そこで奥御殿に祀った諏訪明神の力が宿る兜を手にとると

湖に映る自分の顔が狐に変わる。

驚いて兜を離し湖を覗き込むといつもの自分の姿が映る。

再び兜を手に取るとやはり狐の姿。

狐の霊の通力を得た八重垣姫は

兜を手にしてここかしこに燃え立つ狐火を力に

勝頼のもとへと急ぐのでした。


出典元:淡路人形座

 

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新形三十六怪撰より 「小町桜の情」

2017-08-10 | 新形三十六怪撰

~桜の精と天下を狙う謀反人が繰り広げる美しき戦い~

 

大蘇芳年画

 

『積恋雪関扉』

(つもるこいゆきのせきのと)

雪の降り積もる逢坂の関では、桜の大樹が満開の花を咲かせている。

そのかたわらでは良岑宗貞(よしみねのむねさだ)⦅後の僧正遍照⦆が

わびしく暮らしていた。そこに元恋人小野小町姫が通りかかり

宗貞が奏でる琴の音色に惹かれて関の扉に歩み寄ります。

応対に出た関兵衛は、その仲を取持とうとするがどこか怪しい

小町姫はそれを知らせに都へと走る。

じつは関兵衛こそは天下を狙う大伴黒主(おおとものくろぬし)であったのだ

これまでその機会をうかがっていたのだが、星占いの結果今がその時と知る。

早速、野望の成就祈願に使う護摩木とするため、小町桜を切り倒そうとする

ところがそのとたんに五体がしびれて身動きが取れない

するとそこに墨染(すみぞめ)と名乗る遊女が現れ、関兵衛をくどきはじめる

しかし実は墨染こそ小町桜の精であった。

歳月を経た桜の精は人間の姿になって傾城墨染となり

宗貞の弟である安貞と相愛の仲であったが

安貞を黒主に殺されており、その恨みを晴らすため現れたのである。

やがて二人は互いの正体を現し、激しく争うのだった。

 

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新形三十六怪撰より 「清玄の霊桜姫を慕ふの図」

2017-08-09 | 新形三十六怪撰

~ 清玄の悲劇は偶然に桜姫の姿を見てしまったことから始まった ~

「清玄桜姫」

 

大蘇芳年画

 

「櫻姫全傳曙草紙」

春爛漫の新清水長谷寺の境内

清玄の眼が艶やかな桜姫の姿を捉えたその瞬間

『一陣の冷風さっと吹きおろして梢の花をちら、し清玄の身体にぞつと冷がつき抜ける』 と

清玄は深い恋の淵に陥ちてしまった。 

一旦その美しさに魅せられてしまった心は、どう足掻いても取り戻しようがなく

かなわぬ想いは次第に募って執愛と化し 『我(われ)執着の一念にて

何処にありとも訪ね出しおもひをとげておくべきか』 と

寺を出るのですが、しまいには亡霊となってしまうのです。


芳年のこの絵、歌舞伎 「桜姫東文章」 からと思われますが

どこの場面を描いているのでしよう。襖に亡霊現る。

女郎に売られ「風鈴お姫」と呼ばていた頃の

桜姫なのかなぁ?

いずれにしてもこの物語も例によってドロドロですね。

 

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新形三十六怪撰より 「地獄太夫悟道の図 」

2017-08-06 | 新形三十六怪撰

~ 我死なば焼くな埋むな野に捨てて ~

「地獄太夫」

 

大蘇芳年画

 

室町時代、泉州堺高須の花街に「地獄太夫」と云う名高い遊女がいた。

彼女は武家の生まれでしたが(父親の梅津嘉門景春は応仁の乱で討死)

その後、養父母とも死別し善光寺に行く途中賊に捕らわれ

その美貌の為に遊郭へと売られてしまいました。

遊女として育っていった彼女は

この不幸は全て前世での行いの報いであると考え

この世は所詮地獄よ。という意味を込めて「地獄太夫」と名乗った

彼女はその美貌だけではなく、和歌も上手く

地獄変相図の衣を愛用するという変わった出で立ちで

非常に人気のある遊女でした。

そして、彼女の噂を聞きつけて、やってきたのは一休さんで有名な一休宗純

その美しさに『聞きしより見て美しき地獄かな』と歎賞すると

太夫が『生き来る人の落ちざらめやも』と見事に返した事から意気投合し

二人は師弟関係を結びました。

 

久しからずして、一休の教えにより地獄太夫は

地獄も極楽も一如であると悟ったと云う。

 

出典元:ブログ「いろはにほへと」 

および 「本朝醉菩提」

 

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