楽園ハワイの知られざる出来事

ガイドブックには書かれていない情報満載。グルメ、仕事、ショッピングなどなど...ハワイの魅力たっぷりです。

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ハワイのミリタリーゴルフコース Kaneohe Klipper

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オアフにはミリタリー専用のゴルフコースがたくさんある。
中でもカネオヘのマリーンコーベース内のコースは景色が美しい事で有名。
最近クラブハウスも改築し、ゴルフカートも全部新車となった。

http://www.mccshawaii.com/golf.htm
グリーンフィーはミリタリーコースの中では最高額だが、この美しい景色を見れるのなら惜しくはない。

フロント9はフラットだが、木が多いのが難。
フェアウェイキープを心がければ大丈夫。

12番ホールは後半かなり急な斜面なのだが、このあたりから波の音と潮の香りがしてくる。
13番ホールのティーグランドへやってくると、初めて来た人は皆絶句する。

何しろコマーシャルでしか見たことのないような景色なのである。
右側には美しい砂浜が広がり、波乗りをするサーファーたち。
絵に描いたような景色とはまさにこの事である。

ここからのティーショットは気分爽快。
3ホールほどは美しい景色を楽しみながらのゴルフが出来る。

残念な事にここは一般には開放されておらず、ミリタリーの知り合いがいなければプレーできない。
ゴルフツアーがあるようだが、人数に限りがある上かなり高額のようだ。

数多いミリタリーコースの中でもここのコースはトップクラス。
ハワイに住んでいて良かったと思う瞬間である。
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タンタラスでの殺人事件

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先週の土曜日、夜景で大変有名な観光スポット「タンタラスの丘」で殺人事件が起きた。犯人は、ワイキキのディベロッパーを祖父に持つ、大変裕福な家庭に生まれた23歳の青年。この祖父はワイキキ・ショッピングプラザ、ワイキキ・ビジネスプラザ、アンバサダーホテルなどのビルを建てた人物として大変有名である。

今ハワイではこのニュースで持ちきりである。もともと大変安全なハワイ、殺人事件は少ない。複数の殺人などは、本当にまれに起きる出来事なのである。大量殺人といえば5人を銃殺した「ゼロックス事件」がまだ記憶に新しいところである。これは会社内での恨みからの犯行だったが、今回の事件はいわゆる「無差別殺人」。ハワイ市民をかなり震え上がらせた。

土曜日の午後7時頃、タクシーでタンタラスへ行った犯人は、タクシーの運転手、隣に停車していた夫婦の計3人を45口径のピストルで射殺。その後タクシーを盗み、近所の元判事の家へ押し入る。元判事とその妻、そしてお手伝いさんをテープで縛り、元判事宅にあったジャガーに乗って逃走。しかし通報でやってきたポリスに、タンタラスドライブで捕まった。

タクシーの運転手はベトナムからの移民。この仕事がその日の最後の仕事になるはずだった。家では妻と子供達が夕食に帰ってくるはずのお父さんを待っていた。たまたま隣に停車していた日系人のご夫婦は、UCIを卒業し、エンジニアとしてL.A.で就職の決まった才媛のお嬢様を飛行場へ送りに行った後、この事件に巻き込まれた。買ったばかりのデジタルカメラの試写をする為にタンタラスへ行ったのだそうだ。3人とも「運悪くそこにいた」わけである。本当にお気の毒である。

タンタラスといえば、夜景の大変きれいなスポット。私も友人やお客様を連れて何度も行った事がある。夜景はきれいだが、とっても寂しい場所で、盗難などの被害の話も聞いたことがある。こんな事件のおかげで、せっかくの観光名所も「危ない場所」のレッテルを貼られてしまった。本当に残念である。

犯人はアイス(クリスタルメス)と呼ばれる覚せい剤が原因で、ずっと精神病を患っていたそうだ。保釈金は超破格の25億。死刑のないハワイだが、保釈なしの終身刑になるであろうと思われる。この犯人は小さい頃から動物虐待していたらしい。こうなった背景には、覚せい剤だけでなく、幼い頃からの環境も大きかったのであろう。子供が小さいうちに発見してあげていれば....こんな事件は起きなかったかもしれない。

タンタラス...怖くて当分行かれそうにありません。

↑犯人のAdam Mau-Goffredo23歳。
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高倉健さんとハワイ

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ハワイの日本語放送である『NGN3』では、朝から晩まで日本の映画を字幕スーパー(英語)付きで放送している。お正月に両親と叔母が来たときには、美空ひばりの『べらんめえ芸者』という映画をやっていた。

美空ひばりは歌手が本業なので、彼女の演技など大したことないと思いながら映画を見始めた。驚いたことに彼女の演技はピカイチ。きっと彼女が生まれて持ったセンスなのだろう、歌も踊りも演技も最高だった。

この映画で皆がしゃべっているのがいわゆる「江戸弁」である。今ではあまり聞く事がないが、私の祖母も神田生まれだったのでよくしゃべっていた。リズムにのったこの言葉は聞いていて楽しくなってくる。

そしてこの映画に出演していた殿山泰司は逗子に住んでいた。父はよくマージャンを一緒にしたそうだ。マージャンは上手ではないが、彼とやると面白いジョークがたくさん飛び出して楽しかったそうだ。

前置きが長くなってしまったが、最近このNGNで『ぽっぽや』という映画を見た。とても悲しい映画で、浅田二郎の書いた元本を読んでみたくなった。この映画で演技している主人公の「ぽっぽや」が高倉健さんである。いや~それにしても適役。彼の演技は最高だった。

数年前のある朝、いつものようにあわてて歯医者の仕事場のエレベーターに乗った。自慢ではないが、朝7時半の出勤にほぼ毎朝遅刻の私である。渋滞中の車の中でメイクアップをするのだが、この日はすいていたので中途半端。まぁいいや、オフィスで仕上げようと思っていた。

いつものようにエレベーターを4階で下りると、何と目の前に高倉健さんが立っているではないか!一瞬夢かと思い自分の目をうたがった。健さんは私がエレベーターから降りるまでの間、ずっとドアを手でおさえていてくれた。ジーンズに白のボタンダウンの長袖のシャツをお召しになっていた。やはりかっこ良い。それにジェントルマンである。あの年代、そして映画俳優という立場から考えると、これはかなり珍しいことである。ああ、それにしてもメイクが中途半端だったことが悔やまれる。

「どうもありがとうございます。」と私が声をかけると、照れくさそうに「いや、どうも。」と健さん。あの時はやくざ映画に出ている健さんしか知らなかったので、控えめな姿がとても意外だった。今回この『ぽっぽや』を見て思ったのだが、本当の健さんはこの主人公に近いのかもしれない。

ある時ハワイのベトナム料理店「M」へ行くと満席。オーナーのSさんは私達4人に、「Takakuraルーム」へ行くように指示。Takakuraルームって一体何??と疑問をかかえながら奥の部屋へ行くと、そこには健さんと一緒に写っているオーナーのSさんの写真がいっぱい。後から聞いたのだが、なにしろ有名人なので、ゆっくり食事が出来るようにと考えたSさんの配慮からこの部屋ができたそうだ。健さんはハワイへ来るとここへ必ず来るそうだ。

ハワイにいるとろ有名人に会う確立がとっても高い。やはり常にカメラ持参でないとだめですね。
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ベトナムの裏の顔

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私の働いている歯科医院に、ベトナム人の衛生士さんが入った。彼女は11歳のときにベトナムを家族と共に脱出してきたそうだ。お父様は学校の先生だったが、反政府民族とみなされ牢獄に何年も監禁された。今でも祖国ベトナムには嫌な思い出しかないのであまり帰りたがらないとの事。生まれ育った国に帰りたくないなんて...何て悲しいことだろう。

その彼女のおじいさまが高齢のため具合が良くないらしい。おじいさまはお父様の父親にあたる。そのおじいさまのお見舞いの為に今回家族全員でベトナム帰るとの事。しかしながら、それが何しろ簡単ではないらしい。

まずベトナムに入国する際は、バスポートの間に米ドル$5をはさむのが日常だそうだ。お金をはさんでおかないと、過酷な取調べを余儀なくされるらしい。持っているキャッシュの没収をはじめ、色々な難癖をつけるとの事である。

ある日彼女のお兄様は、入国する際うっかりこの$5をはさんでおくのを忘れた。別室へ連れて行かれての身体検査。その上、身に着けていた$7000は没収。スーツケースに貴重品を入れておくと盗まれるので、大事なものは皆身に着けて入国するのだそうだ。

この現代にまだそんな場所が残っていること自体が驚きである。これは祖国ベトナムを捨てていった人々だけに強いられることだそうだ。入国検査官の一日に受け取る現金は大変な額になると思われる。検査官はすべて政府関係の身内かコネのある人らしい。ローテーションを組んで一ヶ月に一度この任務につくとの事。この事実からだけでも、大金をたった一日で稼げることがうかがえる。米ドル$5はベトナムでは$50くらいの価値があるらしい。いやはやこれは大変な金額である。

一番喜ばれるお土産が何だかわかりますか?それは『薬』。特に抗生物質がベトナムでは大変貴重で高価なもので手に入りにくいらしい。ベトナムでは処方箋なしで薬が買えるため、睡眠薬自殺者が後を絶たないとの事。ベトナムの裏の顔...戦争の残した爪あとは大きい。どちらの国にとっても、利益より損失の方がはるかに大きいのだと実感する。

平和で美しいこのハワイに住めることを感謝しなくては。

↑ベトナム代表料理の『サマーロール』を作りました。とってもヘルシーな一品です♪
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ハワイで迎えるお正月

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2005年も「あっ!」という間に過ぎ、気がついたらもう2006年。
人間歳をとると時間の過ぎるのが早いというが、私もすでにその領域に入っている。新年の目標はたくさんあるものの...ハワイにいるとどうもルーズになってしまっていけない、いけない。今年こそはいくつか達成しようと胸に誓う。

さてお正月は私達家族と、日本から来ていた両親と叔母の総勢7人で迎えた。
メニューは「鯛の塩焼き」「マグロ、タコのおさしみ」「キングクラブ」「数の子」「松前漬け」「きんとん」「黒豆」「お煮しめ」「お雑煮」「紅白なます」などなど...。父が鎌倉の井上蒲鉾で買ってきてくれた「二色たまご」もお重の中に入れた。

料理のほとんどは私が作った。小さい頃から祖母の手伝いをしていたので、教わったことはなくても大体要領はわかっている。うちの「黒豆」は甘いだけの関西風のものではなくお醤油を足した関東風。祖母の得意料理だった。それからお雑煮は、鶏がらをベースにしてだしを足したもの。具は「なると、三つ葉、鳥のささ身、ゆず、おもち」と大変シンプル。

面白いのはハワイの日系人のお宅でのお正月。まず、おせち料理はほとんどが手作りである。日本のように「おせち料理セット」なるものが少ないせいもあるとは思うが、日本食を売っている「マルカイ」などは買い物に訪れる日系人であふれかえる。

おせち料理はともかくとして、必ず食べるのが「お寿司」らしい。それから「カンテン」と呼ばれるものすごい色のピンクと緑の寒天。何か意味があるのだとは思うが、何しろ色がすごくて食べる気が起きない。それから羊羹もおせち料理の仲間入り。「てんぷら」もお正月に食べるらしい。

ハワイの日系人は広島、山口、熊本からの移民が多いので、そちらの風習なのかなぁ?多分昔は貧しかったので、1年に一度「ご馳走」を食べるのがお正月だったのだろう。そのため色々な種類の「ご馳走」がおせち料理とともに出されたのだと思う。

それにしても思うのは、このおせち料理を作れる跡継ぎがいないこと。「マルカイ」でもお年を召したおばあさんが、このときとばかりに品物を選んでいてちょっと誇らしげだった。私もこの「家のおせち料理」を娘に継承できれば...とは思うが全品は無理だと思う。一品だけでも後に残せればいいなぁと思うのだが、何せ半分アメリカ人なので難しいかな?

「飲み相手」の父が来たので昼間から冷酒をいただく。お正月のお料理って、お酒飲みには最高のメニューだということがよ~くわかりました。

↑お正月の食卓を飾ったおせち料理です。栗きんとんは母が作りましたがあとはすべて私が作りました。
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シェフ・マーブロ

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昨日は職場のクリスマスパーティーだった。
毎年ドクターJがディナーへ連れて行ってくれるのだが、今年は「Chef Mavro’s」を皆で選んだ。http://www.chefmavro.com/index.shtml
このシェフはハレクラ二ホテルにある5スターレストラン、「ラ・メール」のエグゼクティブシェフだった人で、南フランスのマルセーユ生まれ。
お料理に合わせてグラスワインをつけるという、今では珍しくないコンセプトをずいぶん前から始めた人である。

彼のお料理はとっても繊細であっさりしていて本当に日本人好みの味である。私も何度となくこのお店には足を運んでいるが、今だかつて一度も裏切られたことはない。数々のアワードも受賞している。ハワイでは「アラン・ウォングス」が有名だが、日本人には少々量が多くてこってりしている。プレゼンテーションは上手だが、どちらかというとこちらはアメリカ人好みかな?

まずは食前酒にラズベリーの香りがするシャンペンを頂く。う~ん幸せ♪
自家製のパンがまたおいしい。外側はとってもクリスピーで硬いのだが、口の中に入れるととてもやわらかい不思議なパン。私は4コースのセットメニューを選んだ。

昨日私がいただいたのは、「クレソンとマイタケのサラダ」「ハワイ産UKUのグリル」「サーロインステーキ」「マラサダ(ハワイのドーナツ)のグアバソースとバニラアイスクリーム添え」。
全部おいしかったけど、トリュフオイルであえたマイタケのサラダと、UKUのグリルはもう圧巻!!お魚のお料理の後に出てきた口直しの「モロカイ島産のスイカのシャンペンゼリー」がこれまた最高だった。

シェフ・マーブロはとっても気さくなオジサンで、キッチンから時々出てきて皆がおいしく食べているかどうか確認していた。「アラン・ウォングス」「ロイズ」「サムチョイズ」など有名店ではシェフが不在のことが多い。でもこのマーブロオジサンはかたくなに老舗の味を守るシェフである。出店の申し込みも後をたたないと思うのだが、彼はこのホノルル1店舗のみでがんばっている。

昨晩もテーブルまで出てきてくれたので、「Everything is so delicious!」と言ったら満面の笑みを浮かべていた。皆のおいしく食べている様子を見るのがうれしいんだろうなぁ...きっと。グルメクッキングというお料理教室もなさっているので、今度受けてみようと心に誓った私です。

↓これはお店からのサービスのデザート。自家製マシュマロ、チョコレートとココナッツもち...もう一回食べたい!!


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ハワイのミリタリー事情

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先日ヒルトンハワイアンビレッジにて、あるパーティーに招待された。
先月も「NavyBall」というパーティーが、同じボールルーム(宴会場)で行われたので2ヶ月連続である。主人の仕事の関係だったのだが、パーティーの内容は当日まで全く知らなかった。

どうせ大したパーティーではないと思っていたのだが、何とハワイ州知事、ホノルル市長、ハワイ州選出上院議員、などなどそうそうたる出席者たち。全部で千人近くの人が出席するパーティーだった。パーティーの内容だが「Patriot of the year」に選ばれた人をお祝いするためのもの。「Patriot」とは「愛国心」のこと。アメリカ合衆国に忠誠した人に送られる大変な賞なのである。

この選ばれた人だが、退役海軍の元パイロットでベトナム戦争時代に5年以上も捕虜となっていたハワイ在住の大佐だった。ゲストスピーカーの中にはアメリカで一番長い間捕虜となっていた人もいて、その人はなんと8年以上もの間捕虜となっていたそうだ。

一言で5年、8年といってもあまりに長すぎて想像がつかない。捕らえられていた部屋は独房で、トイレ用の穴、板だけのベッドしかない。この収容所の名前は「ハノイヒルトン」。捕虜された人たちは思いっきり皮肉ってこの名前をつけたのだろう。

捕虜同士が会えるのも限られていたため、独房の隣同士で会話ができるように暗号を考え出したそうだ。壁をノックしてアルファベットを意味する暗号をたたき続ける毎日。想像しただけでも気が遠くなる。食べ物といえば「かぼちゃのスープ」。味のない液体に、かぼちゃがわずかながら浮かんだおそまつなもの。さぞかし辛い毎日だったのだろう。

あまりの辛さにくじけそうになった時、壁にうっすらと残る傷あとを発見する。壁には「God=Faith」と書かれてあったそうだ。「神を信じなさい」という意味である。この部屋にいた捕虜が以前に書いたと思われるこの傷あとを見て、自分も勇気がわいたそうだ。絶望している自分と同じ立場になった人がいた事実。その人が考えたことも最後には「神」のことだけ。この事実を知っただけでずいぶん気持ちが楽になったそうだ。

それにしてもアメリカ人というのは皆本当に「愛国心」が強い。それから皆の日常生活の中にはいつも「神」が存在している。今の日本はこれと正反対。このままではきっと日本は滅んでしまうのでは...と心配になってしまうのは私だけだろうか?戦争には反対だが、自分の国を愛する気持ちって大切だなぁと思う。

意外に思われるかもしれないが、ハワイは観光産業より軍事産業の方が州にもたらしている利益が多い。そして軍事産業が人々の生活にうまく共存している。先日、将来閉鎖する基地の中に「パールハーバー」の名前があがり議会で投票が行われた。ハワイ州民は皆祈るように「どうか可決しませんように」と大半の人が祈った。結果はパールハーバー存続。大部分の州民はほっと胸をなでおろした。なくなってしまったら、職を失う人や仕事を失う供給者たちが大勢出てしまい、ハワイの経済が落ち込むことが一目瞭然。

今のハワイは全米一失業率の低い州なのである。先月の失業率は何と2.9%。この低い数字にミリタリーが貢献していることはあまり知られていない。

↑この写真はヒルトンハワイアンビレッジから、お隣のハレコアホテルのプールを見下ろしたところ。このハレコアホテルもミリタリー専用のホテルである。
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ハワイのドライバーズライセンス事情。

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年齢は州によってまちまちなのだが、ハワイでは16歳で運転免許証が取得できる。

子供達は15歳半になるとまずは仮免を取って運転の練習を始める。
高校には「Driver’s Education」なるものがあり、ここで何十時間か規則の勉強と実地運転を受ける仕組みである。
高校でこのクラスを受ければ無料なのだが、申し込みの人数が多いので早く取りたい子は有料のプライベートレッスンを受けることになる。
料金は$300~$400くらいだろうか?日本に比べたらこれでも安い。
ここにはいわゆる「教習所」のようなものはなく、資格を持った人におそわる「マンツーマン方式」がほとんど。

次女は15歳半で仮免を取り、16歳の誕生日に免許を取るとはりきっていたが、17歳になろうとする今でもまだ取得していない。なにしろ飽きっぽい性格なので何事も中途半端なのが最大の理由。いったい誰に似たのやら...。

最近心機一転して17歳の誕生日にライセンスを取ると宣言したのは良いのだが、運転の練習をする彼女の隣に座るのはかなり怖い。どこへ行くのにも、「マミー、運転させて。」とくる。車線変更するときは私も一緒に確認してしまうし、足がつっぱることもしばしば。あとは縦列駐車をマスターしたらOKだとは思うが、彼女の免許取得後は車の取り合いになりそう。

今は免許がないので毎日の送り迎えが本当に大変。まるでタクシードライバーである。週末には「12時に迎えに来て。」と軽く言うのだがこっちは飲めないし、眠れないしでかなり迷惑。でも、免許を取ったら取ったで結局帰ってくるまで眠れないだろうから、今のほうがいいのかなぁ...?

↑ヒルトンから撮った写真です。バックにはダイヤモンドヘッドが写っています。
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ヒルトンハワイアンビレッジのスイート!パートII

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こんなにすごいスイートにはもう2度と泊まることはないと思い、たくさん写真を撮ってきたのでまた同じネタにさせていただきます。

翌日は次女とビーチに行くことにした。ハワイに来た頃は毎週ビーチに行っていたのだが、日差しが強すぎるので断念。ビーチで泳ぐのは本当に久しぶり。日曜日の朝、とりあえずアトランティック・サブマリーンのピアの横に陣取る。ゴルフ焼けの私の足を見て、次女の一言「マミーの足気持ち悪~い。」

娘に指摘され、改めて自分の足を見てみると....確かにふくらはぎと腿の色がぜんぜん違ってかなり変。恥ずかしいのでさっそく海へ入ることにした。
私は逗子で生まれ鎌倉、葉山で育ったので海はとっても身近な存在。
夏休みといえば祖母の家に泊まり、従兄弟や叔父、叔母と朝から夕方まで海で遊んだ。

葉山の海と比べると、ワイキキの海は穏やかで水温も高いのでとっても泳ぎやすい。沖のブイまで泳ごうかと思ったけど、前日のパーティーで飲みすぎたので断念。前回は調子に乗ってブイまで泳いで行ったのだが、潮が強くて帰るのに大変な思いをした。頭の中は10代のままなのだけれど、肉体は確実に衰えている。(涙)

それにしても欧米人の大胆さには改めて度肝を抜いた。かなりすごい体系をしていらっしゃるオバサマがわんさか。平気で水着のまま歩き回っている。な~んだ、私のゴルフ焼けの足なんてどーってことないわ。

おなかも空いたのでホテルの敷地内でランチを取ることに。
リゾートホテルゆえに、周りの人たちは皆のんびりとアルコールを飲んでる。
ウエイトレスに「お飲み物は?」と聞かれ思わず「ビール」と答えてしまった私。ここに1週間いたら心地よすぎてアル中になってしまいそう。

↑この写真はマスターベッドルームのキャノピー付きベッド。
新婚さんなら大喜びしそうなベッドだが、私はこのベッドをダンナに譲り娘の部屋で睡眠。だってキングサイズベッドが3組もあるんだから、やっぱり一人に付き1ベッドでしょ??
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ヒルトンハワイアンビレッジのスイート!

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先日ヒルトンにて主人の仕事関係のバーティーが行われた。
1500人以上も集まる大パーティーで、パーティーはもちろん大盛況。
男性はタキシード、女性はイブニングドレスということで、若い子達はまるで高校のプロムのからやってきたようないでたち。
若い子達はノリノリで、とってもほほえましかった。

ただちょっといただけなかったのは『タトゥー』をしている人が多かったこと。
普段着なら様になる『タトゥー』も、イブニングドレスには似合わない。
背中や腕に大きな『タトゥー』が入っていても、細いストラップのドレスを着用し、堂々と『タトゥー』を見せている人が多かったのにはびっくりした。

アメリカでは特にファッションとして『タトゥー』を入れている人が多いので、日本と感覚がちょっと違うのだけれど、若いうちはきれいな『タトゥー』も年老いて肌がたるんでくるとかなり醜い。
発言がすっかりオバサン化している私...若いっていいことですネ。(笑)

パーティーの方だがお料理もまぁまぁおいしかった。
そしてデザートのアトラクションが結構笑えた。
突然大きなお鍋が出てきて一人のマジシャンのような人が、大きな「おたま」を持って登場。
バックグラウンドにはかなり大げさな音楽が鳴り響く。
何が始まるのかと思っていたら、一本のブランディーをお鍋に注ぎ火を点灯。
すごい炎が上がり、マジシャンは「おたま」を使ってフランベし始めた。

大勢のウエイター、ウエイトレスが出てきて「おたま」から火のついたラズベリーソースを受け取り各テーブルへ。
バニラアイスクリームにそれをかけてくれた。
このデザートもおいしかったのだけれど、「おたま」っていうのが笑えるでしょ?

今回主人はホスト役(まぁ幹事のようなものかな??)だったのでホテルからはフリーのお部屋をもらった。
その部屋というのが35階ペントハウスのスイート!(もちろんオーシャンフロント)
リビングルームにはソニーの大画面プラズマTVが!
ダイニングルームの隣には書斎もついていて、カーテンは全部自動で開け閉めが出来る仕組み。
ダイニングルーム、2つのバー、3つのバスルームにベッドルームが2部屋。
もうため息がでてしまった。
1泊しか出来なかったけど、1週間くらい滞在したかった...。(涙)
一瞬だったけど、すごいお金持ちになった気分でした。

↑の写真はこのスイートの一部。写真だとあまり広く見えないけれど、本当にすごいお部屋でした!!
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