今回はあずきちゃんバージョンです。
<題・「おかあさん」>
わたしは本当のおかあさんを知らない。
イイコニシテヨウネ。
カワイクシテレバオカアサンガクルカラネ。
お世話してくれる人がいつもわたしにそう言っていた。だから、いつもいいこにしてた。
おしっこやウンコはトイレで。お返事はかわいく高い声で。誰かに見られたらゴロゴロと愛想よく。
それでも、お母さんは来なかった。
アラマカワイイワネ。
チッチャイコネ。
透明な窓の外には、毎日毎日、何人もの人がやってきて中をのぞき込んできた。
隣のお友達はすぐに出てって、しょっちゅう新しい子が来た。
でも、わたしは呼ばれなかった。ずっと待ってたのに。
そのうち、お世話してる人の顔が、だんだん黒くなってきた。
モウスグ6カゲツニナルノニマダウレナイ。
オオキクナッタラカイテガナイノニ。
だんだん、ごはんの量も減ってきた。
わたしはいつもおなかをすかせていた。
そのうち体のあちこちがかゆくなって、掻きむしってるうちにどんどん血が出てきた。
ある日、真っ黒な顔をした人がいきなり部屋に手を突っ込んできた。
コンナニミットモナイヤツハウレナイ!ステテシマオウ!
捨てないで!おかあさん!
いつの間にか寒い外で放り出されて、一人ぼっちになってしまった。
何日も何日も歩いたっけ。疲れて花の脇にうずくまってた。
そしたら大きい人に「寒いからうちくる?」と聞かれた。
おかあさんなの?おかあさんになってくれるの?置いてかないで!
足にすがったら、あったかい箱に入れてもらえた。
これでおかあさんができた……。
でも、お母さんはわたしだけの「おかあさん」にはなってくれなかった。
家にはお母さんのほかに、大きい人が2人と、大きい「猫」が2匹いた。年取った三毛猫と大きな茶色い猫。
猫って初めて見たけど、化け物みたいに大きかった。それに怖い目でわたしをにらんできた。
三毛猫が近づいてきたけど、怖くなったわたしは悲鳴を上げてそいつをたたいてしまった。
茶色い猫はわたしをみると唸ってこそこそと逃げ出し、2度と姿を見せなかった。
お母さんの家で、わたしはまた一人ぼっちになってしまった。
お母さんは時々来て遊んでくれたり、あったかいご飯やお水をくれたりするけど、いつも忙しそうに出ていってしまう。
もっと遊ぼうよ!わたしだけの「おかあさん」でいてよ!
そう何べんも言うけど、お母さんは言うことを聞いてくれない。
ある日、一人でおかあさんを待っていたら、ドアの隙間からあの大きい三毛猫がするりと入ってきた。
怖い、と思ったけど、猫はじっと座ったまんま、こっちを見ている。
そのうちに怖さも忘れて、猫の声が耳に入ってきた。
『あんたのおかげで、コナンが熱を出してるんだよ』
大きい猫はわたしに言った。
『あんたが来る前はね、あの子は家で一番だったんだ。自分ひとりだけのお母さんを取られたと思ってショックだったんだろうね。ず~っと押し入れに籠ってたが、最近寒かったもんでね。もともと体も弱い子だったし、無理が出たんだろうね』
『わたしも体があんまり丈夫じゃないのに、なんで「おかあさん」はわたしのところには来てくれないの?』
『だれかを自分だけのものにしようなんて、そりゃ無理だ』
大きな猫はゆっくり首を振った。
『生き物は誰かだけのものじゃない、自分だけのもんで、みんなのもんなんだよ。あんたも小さいからその言葉の意味はわからないだろうが、誰一人、大切じゃないひとなんていないんだから、独り占めしようなんて思っちゃだめだよ』
大きい猫はそういうと、太った体をゆすぶって鈴を鳴らして出ていった。
おおきいとらねこはそれから3日して、わたしの部屋のドアの前に来た。
くるな~って唸ってたけど、ずーっと待ってたら、そろそろ~と座って、じーっとこっちを見てた。
いい加減足がしびれたので伸ばしたら、ほっとしたようにそっぽを向いて、ぼそっと言った。
……なんだ。あんがいちっちゃいんだな。
お母さんがやってきて、そっとドアを閉めていった。
この家ではみんなが「おかあさん」。みんなが「大事」。
わたしもその「大事」の中に入れるのかな。
読んでいただいてありがとうございます。
(終)