空に問う。

空に問う、あてもなく風に吹かれて

クリびっち

2016-12-24 11:10:03 | 日記
クリぼっちと書こうとしたら、クリスマスビッチになってしまった・・・。

クリスマスの嫌な女じゃないが、クリスマスにひとりぼっちまで自虐る文化ってどうなんだろう?

男性ホルモンの低下に伴う男性の更年期障害。冬季ウツって言われつ奴。にしても・・・右側だけ体温が低いぞ。

右側かぁ・・・。右限定の呪いでもあるのかなぁ・・・。

精神的には脱したけど・・・肉体的には少し優れない。まあ残りは首かなぁ。これさえ固定出来ればいいんだけど。本当に恨むぞ・・・整体師。〇〇市の整体師・・・。

で、話は戻るけど、男性ホルモンを摂取ってねぇ、病院に行くのも躊躇われる。どうするかなぁ。

クリスマスには良い思い出もあるが、この20年は・・・一切楽しい記憶がないなぁ。自分を殺して生きたせいかも。それは償いなんだと勝手に言い聞かせてきたから。

幸せになっちゃいけない気がしてた。それくらいに20までの自分ってイヤな奴だったと思う。

クリスマスにひとりぼっちでもいい。友達と過ごしても家族と過ごしても。別に恋人と過ごすばかりが幸せじゃないぞ。

いつかきっと幸せになれるなんて・・・口が裂けても言えないけど、生きていれば絶対に嬉しい事愉しい事はある。だからおいらが言うのもヘンだけど、孤独なひと死なないでね。そういう時は自分の腕で自分を温めようね・・。

なんかタイミングがズレて死にそびれてしまったから、これからも罰みたいに生きていくんだけど、もう償いと思うのは辞めにする。

でも一つ思うのは、どんなに辛くても「相手を」呪わなかったことかなぁ・・・。向こうは職業倫理を超えて思う存分呪ってくれたけど、世の中には偶然はあっても因果応報、自業自得、天罰・・・なんてものはない。だから今でも呪詛神主は生きてるし、偉そうにしてるんだろう。でも、おいらはそんなの全然幸せとは思わない。奴の願う幸せなんて、おいらは欲しいとは思わない。

あんな邪悪な人間にはなりたくないからかなぁ・・・。同じように憎み蔑んだら、奴と同じになる。

20までのおいらの最悪と、神職のくせに他人を妬む神職と、・・おいらはおいらの罪を背負って生きる。でも呪う神主の身代わりはご免だ。

こういう奴はおいら以外に不幸にした人間の厄で、焼き尽くされるといい。あまりに不合理過ぎてイヤなだけだったのかもしれない。おいらすれば件の殺人者よりも、奴の悪党ぶりの方が目に余ると思うけど、神は罰など奴に与えない・・・。与えなくてもいいんだ。そんな神ならもう信じる必要はないんだから。

もしかすると夜な夜な私怨に駆られて同僚や知人を呪詛っていた悪意のエネルギーに当てられた犠牲者なのかもしれない。

だから・・・おいらにもわかったのかなぁ。犯人の名前とか。

もちろんその犠牲者の犠牲者も・・・そこには目に視えない因縁が生じていたから・・・取り憑かれたんだろうね。

表の世界の繋がりよりも、裏の世界(あの世)の方がもっと密接に絡み合っているのかもしれないね。

おいらも何度も味わったけど、恐怖が増すと衝動が起きる。普通はその衝動に駆られてマズい事してしまうのだろう。神職が行った呪詛って、結果がどうなるのか計算されたものではなかったから、呪詛が飛び火したのかもしれないなぁ・・・。

精神的に弱い人間は、そういう悪質な邪気に影響されやすい。実際に衝動に駆られると、妙な殺意みたいな感情が湧いた。だからそういう時は、両親に家から出ていって貰った。

自分ではないモノに乗っ取られた経験があったから、その衝動が外から仕向けられたものと分かった。だから難を逃れたのかもしれない。

至って本人は、嫌な思いをさせた人間をいたずらに罰する程度の小さな悪意しかなかったとは思うけど、玄人として責任感を欠いている呪う奴の行う儀式には、物凄い力があったのだと思う。意図しなかった分だけ、悪意が純粋な分だけ、視えないモノたちを呼応させたのかもしれない。

7年前も2年前も同質の「悪意」を感じていたんだ。殺意を持った目に視えないエネルギーのようなものに常に取り囲まれているみたいだった。いろんな人の力を借りて、おいらは何とかやり過ごせたけど、その土地をも震わせるような激震が、弱い心の持ち主を取り込んだのかもしれない。

悪意は浜田に向いていた・・・。別にその町で起きても不思議じゃなかったのに。悪意は浜田に向かっていた・・・・。

まあ空想でしかないけど、それなら大罪に違いない。

事件が解決したから、少し心が軽くなった。生じていた因縁の糸が解けた証拠かもしれない。前日には確かな予兆があった・・・。

まあ・・・怪異はまだ少し続くかなぁ・・・。

でも昨日は少なくとも未然に回避できた。

ちょっとした近道が危ないと思っていたから、一本先の道を迂回していた。昨夜は、その危険な道を通りたくなったけど辞めて迂回したら、全身黒ずくめの酔っ払いのオッサンがその道を徘徊していた。その近道を通っていたら接触もしくは撥ねていたかも笑。少しゾッとした笑。

そういう目に見えない小さな危険に注意しながら生きるって面倒だけど、当分は細心の注意を払おう。予防しか、間の悪さを回避できないのだから・・・。

来年は年始も行かない。

神の方からぜひ参ってくださいとお願いされたら行ってもいいけど、たぶんそういう日は来ない。神道も危険な宗教なのだと肝に銘じよう。まあ、一人でもああいう自由気ままで邪な神職さんを知ってしまったんだから、今までみたいな気軽な気持ちで神社に行けなくなってるしね。

触らなければ祟られない。

だから行かない。

せめて奴に天罰でも下ることがあれば、その時にも一度行ってみよう。

スピ系の霊能者が「願いの一部でも叶ったら、願ほどき(礼参り)に行った方がいいですよ」というアドバイスにかつて従ったけど、言っておくがおいらの願いは一寸も叶えられたことはない。ああ、勿体ない開運貧乏でした。まずは良い機会だから・・・そういう依存から抜け出そうと思う。

今のおいらに必要なのは、行動と生きてる人間だ。神じゃない。








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