空に問う。

空に問うても果てがない

呪い方教えます。だって

2015-01-08 17:03:40 | 日記
「呪い方教えます」って本を買った。まあタイトル通りの本だけど、内容は軽く「人を呪うなら、根気がいるよ」って感じと、歴史上の有名な呪詛話が書いてあった。

でも、むたいを受けたんだから相手を憎んでもいいし、逆に相手を呪うことが癒やしになると巻頭で書いてある。

でも、その通りだと思う。

自分を呪ったのは、ある神社の神主さん。副業がおいらの本業と同じだった。○市にあるT之宮○○宮の現役の神主。副業はてんでサボりで仕事しないけど、本業じゃちょっとだけ出来るのかな?まあちゃんとした効力のある祝詞さえ代々伝わっていれば、儀式に必要なものは揃っているから、それなりに成果は出るんだろう。

今もまだのうのうと仕事してる。気に食わない客呪ってんだろう。仕事上、神道の祈願や呪詛に必要なフルネームや住所や生年月日が手に入る。この神主にとってまさに呪う宝庫なわけだ。楽しく旅行などしたい方は、この神主を怒らせちゃいけない。人を貶めるのが仕事みたいな人間だからね。運悪く神主に当たってしまったら、これも人生だって諦めるしかない。

仕事しないのに、クビにならない。それを知ってて上層部が庇う。なんかおかしな構図だけど、お抱え呪詛師なんだろうか。…自分らがすでに操られていることも知らないで、騙されてりゃ世話ないけどね。

きっとここまで詳しく気がついたのは、おいらだけだったし、もともと別系統の呪詛上にあったおいらには、この神主の呪詛が色濃く出た。そして今もまだやられてるんだと思う。怖いんだろうな。悪事や企みに気づいてる人間の存在が。どうしても他の人間と比べられるし。

そのたびに、恨んで妬んで、相手を呪う。

神社や寺に生まれた子供は特別だと言うが、中には気が触れたようなモノも生まれるんだろう。他人の不幸を笑う時の神主は生き生きとしてる。

だから一般人がどんなに心砕いても、神に願っても、神とは自身を奉じる立場の者を守る。気持ちよくさせてくれれば善悪は問わない。そういうものであると最近知った。外道でもいいのだ。それなりに褒め称えてくれるのであれば。だから神に願っても、呪詛返しなんてしちゃあくれない。神とは、そういうものだ。

まあ、この本は仏教や陰陽道、修験道などの呪い方で書かれてる。日本の神々については書かれていない。

おいらは上手く憎むことができなかった。人は誰かの子供であり親であるからだ。そのうえ良心なんてものを信じてた。でも誰にもバレなきゃ何にしても構わない人間もいるし、誰かを呪詛しても法的に裁かれるわけでもない。常識的に考えすぎてしまった。

神は正しいもの味方ではない。なだめすかすことが得意な人間ほど重用するだけのわがままなものだ。高位の霊とも言い難い。まあ、その神主が神と呼び祀るものは、単に禍々しいものだろう。

だから、あなたの住んでる町や氏神さんがT之宮なんたらだったら気をつけた方がいい。そこにいるには神とよべる代物じゃない。参るたんびに呪われる。そこは首くくりの森としても有名だ。悪しきものや穢れの吹き溜まる場所にある。そこにちっこい生意気な神主がいればビンゴです。危険だから、近づかないほうがいい。

おいらが慕う神と、その神主が祀る神とは違うんだろが、通念や概念上は同じものだ。

呪い倒したいとは思わない。この本には自分を禍々しいものから守る遣り方が書かれてる。憎む力をエネルギーに転化すればいい。死んでも、おいらは呪う神主を許さない。加担したものを赦さない。正しいリベンジを考えよう。

前に進むために今は憎しみに力を借りよう。おいらの場合、呪いじゃ癒やしにならないけど、憎しみはいだき続けよう。

正しい神を信じるからこそ、禍つ神は全身全霊で否定する。そんな神も神主もこの世には要らねえ。

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