空に問う。

空に問うても果てがない

もうウザい

2017-08-17 12:40:31 | 日記
北朝鮮のICBMがウクライナ製?ロシアが関与?

拡大解釈することでマスを広げてどうしたいんだ。

国民の生命と安全を守るねぇ。抑止力になるのかねぇ。

ロシアの存在は。

いまNHKスペシャル「樺太地上戦」を観てる。

終戦後にまだ樺太は戦場だった。

しかしここでも日本軍が先に暴走した。現地の民間人は終戦のニュースを知らないままだった。

なのに終戦後も樺太を死守せよと命令がくだされた。

この戦闘により5000人がなくなってる。多くは民間人だ。

ソビエトの北海道進行を阻止する目的だったらしいが武器は竹やり、手榴弾、毒矢。玉砕(全員戦死)しても死守しろ。

日本では武装解除がなされてる最中に、しなくてもいいゲリラ戦を命じられている。沖縄戦と同じようなことを共用した。

ああいう時代だから仕方がない。戦争がすべて悪い。

地獄絵図だったんだ。73年前も72年前も。

なんで現実を無視した軍の残党が戦後も反省もせず兵士に謝罪もせず自分たちに愚かなせ作戦や指揮を正当化したんだろう。どうして正当化を許したんだろう。

戦後も生き残った兵隊さん、民間人を侮辱して、ましてや戦死者さえ自己責任を求め、死に様まで不当に扱うように。

日本軍は、本当に愚かしいなぁ。

自分らが神に愛される選民のように最後まで振る舞っていたように見える。死者がゴロゴロ転がる中で祝詞を上げる異常な司令官もいた。

命令を下す者、その命令を各所に命じる者の責任が案外問われなかった戦後の不条理。今も責任所在は曖昧のままだという。

国民の命を軽くあしらった軍、何よりも軍部の暴走を食い止めることができなかった政府政治家の責任は本当に思い。

でもその責任がある意味果たされず72年間過ぎたのである。もし戦争に関わったすべての責任者がその責任を怠ったようだ。今の右傾化する社会を沈静化させる指導者すらいない。

特攻隊員に求められたは「十死霊生」だという。九死に一生を得ては行けないのである。必ず死ぬことが命令だった。

戦士した国民を閉じ込めるような靖国信仰。そう思うのだけはイヤだったけど、きっと政治家を含める支配者層は死してもなお国を守護しろと祈願したんだろう。

靖国神社に参拝する政治家に去来する思いとは何なのだろ。心より平和を願い、日本の政治家として英霊に謝意を尽くしているのなら、あんな粗末な内閣は生まれたりしないだろう。

こんな瑣末な社会にはならなかっただろう。

どこで間違えたのかな?

どこを間違えたのかな?

そして今また為政者は選択を誤ろうとしてる。

全身全霊を国に捧げるようなフレイズを語りながらも夏休みをとる安倍総理。国民批判を恐れ短縮したそうだが、この庶民とズレた感覚ってなんだろう。鈍感だからなのか。存立危機の状態であるんじゃないのか今も。本当に粗末な総理大臣で愚かな内閣である。

英霊は天皇を恨み、国を恨み、政治を恨み、何よりも軍を恨み、そして自分を呪い、国を憂いた。そして平和を憎み、戦争を美化する者、それと戦わない者を憎んでる気がする。

たぶん「義」などどこにもない戦争だったから。

神風特攻隊の一人がこう言われたそうだ。

「靖国には行かないからね。天国に行くから」

戦死者を癒やす靖国はどこにある。それは極楽とも常世とも違う死生観である。靖国行けば家族と二度と会えないと思ったのだろうか。

天皇ために国のために死ねず、だから家族ために亡くなった。いや人間性を奪い取られ、それすら思わずに戦場に散った無数の命がある。

神にならず死なせて上げることさえできない。魂を救うこともできない。

自由を大切にする国が勝つ、権力主義の国は必ず負ける。

特攻隊員が残した重たい言葉。

極右に何を行っても始まらないけど、史実は史実として認めないかぎり、いつかそんなご都合主義的な理想は、その思想の前に敗れ去ると思う。

731部隊の真実という特集を組んだNHKを反日だと糾弾し炎上したと嘯く連中。何を見てんだ。あのおぞましい人体実験は研究者の暴走であって資金を提供した関東軍に責任は無いと言うのか?それとも戦禍なのだから、どこの国も非道な実験ヲしていたと言い逃れするのか。そんなことは弁明にはならない。

神風特別攻撃隊を指揮した大西氏は特攻作戦を外道と呼んだ。そしてこんな愚かな作戦を天皇陛下が知れば必ず戦争は止まるだろうと言う思いもあったようだ。

でもどんどん狂っていく。特攻は続いた。

だから少なからず昭和天皇に責任はある。ただ天皇がいたから独立を許された。

たぶん大東亜戦争に学ぶべきことは何もない。

英霊がもし護国を裏切り国を呪っても仕方がない。すべてが維新の名のもとに新しい日本を建国しようとした時から間違えていたんだと思うなぁ。

あるべき姿を見失って150年経った。

今また岐路にある。














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