空に問う。

空が落ちる日まで。

アイダクリスタル

2017-07-12 11:55:05 | 日記
Mtアイダ。ネイティブアメリカンの聖地のひとつ。古来の日本のようなアニミズム。日本では自然崇拝はいつのまにか途絶えたけど・・・。元々は社を持たず祭祀場は簡易であった。その儀礼は先日世界遺産に登録された宗像神社の沖津宮のある沖島に残ってる。

Мtアイダの透明度の高い水晶をゲット!物質の背後に臨在感のあるモノは禁止だったけど、まっこれが最後(笑)。

昔の神道はずっとずっとシンプルだった。もし今イレギュラーを起こしてるとしたら、そういうシンプルな存在への畏怖や帰依が足りてないんではないのかと思う。人々が口々に言う「神も仏もない」の神は150年の歴史しかなく、おそらく150年の神威しかない。今もあるのかは不明。不安定なんだよね、どこもどこも・・・。20年前はまだちゃんと安定していたんだけど。まボンクラ霊感が言うことなんでお気になさらず。

臨在とは「ともいること」「存在すること」。

まっ、いくら無神人とは言え、神札を土足で踏むのは無理かなぁ。お焚き上げ(焼く)することは出来るけど。数年前に寺の坊主に言われてお犬様の小さな仏壇と魂を入れてない地さな木像を焼いた。坊主は言うには火は聖なるものだから、不浄のモノはそれで焼き払えると言われた。でも心には今もその時の光景が焼き付いていて、なんとなく取り返しのつかないことをしてしまったような気分になった。

たぶん「ない」のに、ついその「存在」を考えてしまう。だから自動的にバツの原理が働き、おいらはおいらを不幸にした。まあ精神的に病になることは可能だろうが、必ず感染症(ウィルス)にかかり身体のどこかが膿むんですよ笑。

アホ父は一つのことも覚えられないから、水を飲むことをしない。最低1日1リットル。腎臓が弱っているからその程度。だけど飲まない。バカだから使わないと長持ちすると思ってる。通電する物体が通電しなくなっても経年劣化してくことが理解出来ないらしい。バカの極み。

しかし父はおいらのように神棚や神札に敬意はあるが、そこに臨在感を把握しているような気はしない。宮型なんてある意味、偶像崇拝の極みなんだけど、そこに神が宿るためというよりは、昔実家でやっていた儀礼の続きだ。たぶん父が触るから、そういうモノに障られる。おいらはこの家の代表ではないから、今はもう神には障らない。障られると触りに来るからだ。そしてそれは神と呼ぶにふさわしいモノではないからである。

実際は家の宗教が神道でないのだから、宮型を据えるのはおかしいんだよね。国家神道になった時に義務つけられた形式だから今は形骸化してる。たぶんもう年始だ観光だと、慣習や儀礼的で訪れるような安易な場所ではなくなっているんだろうな、神社。150年前に神は変質してたんだよね。そして神が人の願い事を叶えるようなモノになったのはそう長い時間ではない。嵐は来ないで欲しい。山崩れは起きないでほしい。稲作期には雨が降って欲しい。大雨は降らないで欲しい・・・。たぶん神=自然現象に対して、祟るな、障るな、だから奉るって図式が確立されていたはず。すべては人間に模した都合の概念なんだよね。

日照りだから雨よ降れ。山津波に襲われそうだ、大雨よ止め。

自然という現象が人間の都合による願いに「加減」を与えたり、手心を加えることはないだろう。日常生活に便利な橋が、災害時には木々をせき止め水を氾濫させる原因になる。でも雨のために橋を外すことはない。人は新しく作る。その護岸を整備して次の災害に備える。整備な備えようとする進歩にこそ「神」は宿るのかも知れないけど。

産土神社や氏神神社をお詣りしなさい。それが神社本庁が示す神道の基本なのだけれども、お詣りをかかさずにしても悪くなることはあっても良くなることはない。氏神とノラ神主のところの神は同じご祀神だから、「あいつは悪いぞ、罰を与えろ」的な申し渡し書面が配布されているのかも知れない。神は量子もつれみたいに同時に存在する。ノラ神主のところで通った疑義は、氏神神社でも引き継がれるんだろうか。いやいや、この者は我が氏子でそういう不埒な行いに手を染めるような輩ではない。そんな風にそれぞれの神社のそれぞれの神に個性が備わってるはずはない。

一柱の神が何万社で祀られようと、何万社にそれぞれ何万の個別の神がいる訳ではない。元は個性や独自の神がいたけれど150年前に記紀神話の神に統合され名前をかえている。神の個性も属性も、概念上奪ったのは人なのである。

だから同じご祀神あれば、遠方への祈りを住まう場所から祈念することも可能だ。自然=神という構図は、自然形態=量子という構図とも同じなんだろうか。進化論を重んじるのも大切だけど、どこかで神の介在があって人間は人間になった。西洋の宗教は未だに根底では科学や進化論を否定しているが、今の現代日本人なら神の介在よりも進化論を重んじるだろう。人間が人間であることを否定的に考えないから、別に神が介在しなくても、神などいなくても人間は人間でいられるのだ。猿から人へと進化したことに疑問を挟んだりしない。

でも西洋の宗教は億単位の信者がいるが、神道の信者は億の数には届かない。日本的で日本のみ有効な信仰形態でしかないんだ。だから海外では神風は吹かないだろう笑。

ある時から神社に行っても心洗われるような気分になれず、その度に穢れてくような感じがした。それでも騙し騙しお詣りや祈願をしたのは気休めもあったけど、神に申し訳ないと抱かなくてもいいはずの罪悪感を感じていたからだ。確かに神のような存在に許され愛され明るい希望に包まれた人もいる。おいらもその中の一人でありたかったけど、おいらは違うのではないかと感じていた。

違和感を感じるものに神威は与えられない。疑うものに霊験は与えられない。信じる者にしか与えられない。

おいらは心を偽ることが苦手だ。誤魔化すことは嫌いだ。だから簡単に流行りすたりに手を出して、同じモノになろうと出来ない。用心深い。

まあ無差別に相手の思考は関係なく霊験は起こる類いのものではない・・・。

神に対する罪悪感ってスケール小さいでしょ。応えられないなら自分が悪いと思ってしまう。

人体実験をする気はなかったが、改めてもう神社にまいってはいけないんだと思った。神などいなくても生きていかないと・・・。

・・・世論調査の疑問をひるおび!で特集してる。

今は自動音声ガイダンスで世論調査をするんだね。まあおいらは参加しないけど。

例えば世論を反映して、誘導する質問が増えたから安倍さんの支持率が低下したのだという。世論調査に信憑性はないと言っているのは同じ。ならそんな不確定なものを根拠とした安倍さんの高支持率を背景にした独裁に意味はないということでしょ?ミスタ田崎?

実際にいま「安倍」とエゴサーチしたら、安倍さんストレスで倒れるだろうね笑。

人は人のふりを見る。

おいらは誰かがこういったから支持しなくなった訳ではない。ちゃんと安倍さんの成りフリを見ていて判断した。声が嫌いだし、話し方も嫌いだ。そう思って見ていたら全部嫌いになった。嫌悪感になった。賞賛する記事は見なくなった。スキャンダラスでマイナスイメージの記事を読むようになった。そしたら同じ意見の人がたくさんいることも気づいた。そうやって「嫌い」が確定される。

まあ自民党でもいいけど、安倍さん「だけ」はヤダって意見の人が圧倒的に多そう。

みんな忘れているけど、内閣改造で注目すべきは高市総務大臣の動向だぞ。かつてメディアを脅迫した戦犯だ。この入れ替えがないと云うことは安倍さんは今と変わらない体制で行くと云うことだし、更なるメディアへの綱を引くだろう。

いま安倍さんの「友達」とみられるのはマイナスだ。仲がいいというだけで最低5ポイントは評価が下がる。それくらいに悪名高い内閣になった。

最新の支持率36%・・・。

まだバカな国民がいるんだなぁ・・・。困った時は自民党と思っている人が多いと云うことだけど、もうそういう神話は当てにしない方がいい。

内閣支持率+政党支持率=50%を割ると政権運営が難しいという。これを青木の法則というんだって(笑)。

ミスタ田崎は内閣支持率が不支持率と10%以上開いたら、危険水域と言う。田崎さんさりげなく保険をかけ始めた。

他にないから自民党を選ぶ。こういう意見の人が嫌いだ。支持する政党はないという項目があるんだから、迷ってる人は適当に充ててはいけないよ。おいらは支持政党なんてものはない。好きな政治家と嫌いな政治家がいるだけだから。自民党には一人もいない。

尾崎豊の卒業・・。

”この支配からの卒業”と最後に歌うが、臨在的把握の神の支配から卒業しないといけない。

ああいう怖ろしいモノにはもう近づかない。









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