一期一会

日々是好日な身辺雑記

プラハ市街観光

2016年09月18日 | 旅行


チェコ(旧チェコスロバキア)、プラハと聞いて直ぐ思い浮かぶのが(プラハの春)である。
19、20歳の頃だと思うが、当時の共産党書記ドプチェクが推し進めた(人間の顔をした社会主義)
という政治運動をソ連が弾圧し、プラハ市内にソ連の戦車が入ってくる映像は強烈な印象で、
少し額が禿げ上がったドプチェクの顔と共に直ぐに思い浮かぶ。
その後のソ連の影響下のチェコという暗いイメージがあり、旅行先としは関心がなかった。
兄や息子がチェコ旅行をして、良かったという感想だったが関心は高まらなかった。

スペイン旅行を終えた時に、次にカミさんが行きたい国に上げたのがポーランドだった。
これも思い浮かぶのが、ポーランドの民主化運動を推し進めた造船労働組合代表の
口髭のワレサの顔とナチスのアウシュビッツだ。
どうもジョン・ル・カレのスパイ小説が愛読書なので、共産圏の東欧の国には関心がなかった。

私が行きたかったのはイタリアで、2006年に行けなかったナポリやシチリアを中心とした
イタリア一周だった。スペインのようなラテン系の明るい国に惹かれるのだ。
そんな意見の違いからの折衷案として、今回の旅行行程が決まった。
ヨーロッパではイタリア、トルコ、ギリシャ、イギリス、スペイン、ポルトガルに次ぐ国だ。
昨日17日(土)はそんなプラハの町を歩いて廻った。





先ずは朝食をと、ホテルから歩いて2分ほどの(Paul)というベーカリーに行く。
プラハで2泊する(K+Kホテル)の200ユーロという料金には朝食が含まれず、
別途17ユーロだったので外で食べた。
カミさん言わく、(Paul)はフランスの老舗のベーカリーで、日本でも出店しているとの事。
プラハへの機中で小さなサンドウイッチを食べてから15時間が経っていたので腹がへっていた。
クロワッサンとライ麦パンのサンドウイッチとカフェオレ、カプチーノをそれぞれ頼んだが、
野菜が足りないと、ショーケースにあるチキンサラダも頼む。それにもパンが付いてきた。
〆て400コルナ(2,000円)。コルナはチェコの貨幣。満ち足りた朝食で美味しかった。









次に向かったのが旧市街広場で、ここは時計台や聖ミクラーシュ教会、ティーン教会などの
歴史的建築物があるプラハでも最も多くの観光客で賑わっているエリアだ。
ここまで石畳の旧市街を歩いて目につくのが、建物の壁にある色々な彫刻品で、
アールヌーボー様式らしいが、プラハが建築博物館と言われる由縁なのだろう。

一通り見え終えて、カミさんがプラハでの目的としていたオーガニック化粧品の店
(Botanicus)に行きたいというので、店探しをしてそこで別れ、40分後の待合せとする。







そしてプラハで一番有名な場所カレル橋へ行く。神聖ローマ皇帝カール4世の銅像が橋の脇に建っている。
カール4世はプラハで生まれ、幼児期にフランスに送られ、シャルル王に可愛がられシャルルと改名する。
シャルルはドイツ語でカール、チェコ語でカレルで、1355年から23年間神聖ローマ皇帝として君臨し
フランス語、ドイツ語、ラテン語を話す文人皇帝だったというカール4世の名からきている。
橋の欄干には30体の聖人像があった。



カレル橋を渡り、石畳の坂道を上って着いたプラハ城の入口は200m位の長蛇の列。
1時間はかかりそうなので断念し、カミさんが行きたいと言うストラホフ修道院へ。
1140年建造で、現在は博物館になっており、哲学と神学の2つの図書館が必見だと言う。
天井のフレスコ画が素晴らしかった。



昼食は併設のブルワリーで、ソーセージとビールを。昼に飲むピルスナービールの味は格別だ。
そこからまたカレル橋を渡り旧市街に戻り、ユダヤ教の教会シナゴーグのあるユダヤ人地区へ。
そういえば、昨年行ったスペインのアンダルシア地方の旧市街には必ずユダヤ人街があった。
昔からヨーロッパにおけるユダヤ人の経済的な影響力というのは大きかったのだろう。







そこからは夕方になったので、一旦ホテルに戻る事にする。
途中(プラハの春)の時には数十万人の市民が集まったというヴァーツラフ広場で、
多くの警官が見守る集会があったので、歩き疲れホテルに戻るカミさんと別れ集会へ。
大きな声の熱狂的な演説を聞く聴衆は旗を持ち、その中にはナチスの旗のような物も。
スキンヘッドの人間も多かったので、現在EUで問題になっている極右主義者の集まりだったのか。
ヴァーツラフ広場には顔写真付きの慰霊碑があり、そこに刻まれた内容からすると、
同年代で、亡くなったのが1969年2月なのでソ連軍プラハ侵攻と関係があるのだろう。





暫くホテルの部屋で休んだ後、19時頃に夕食を取りに旧市街に行く。
ホテルは新市街にあり歩いて15分位だ。
カミさんが選んでいたのは(ウ・ヴェイヴォドゥー)という地元客が集まるという店。
食べる物も(牛肉のグラーシュ)というクネドリーキという付け合せが付いた物を決めていた。
そしてこの日2回目のビールも飲み、夕食を終えた。

ホテルに戻りスマホの歩数を見たら26,000歩になっていた。
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