美術館情報

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日本の美術館:国立美術館2

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金沢21世紀美術館(かなざわにじゅういちせいきびじゅつかん)は金沢市にある現代美術を収蔵した美術館。愛称まるびぃ(由来は「丸い美術館」)。
もと金沢大学教育学部附属中学校・小学校・幼稚園があった場所に、2004年10月9日に開館された。金沢市でもっとも観光客を集める兼六園の真弓坂口の斜め向かいに当たり、金沢城を復元中の金沢城公園の入口からも近い。また、繁華街の香林坊や片町からも徒歩圏内にある観光都市の中心部に立地した美術館。周囲には、石川近代文学館、石川県立美術館、石川県立歴史博物館などテーマの異なる芸術関連施設があり、こうした資源の集積がはかられている。
初代館長は、金沢市出身で米国に渡りインディアナポリス美術館東洋部長、シカゴ美術館東洋部長などを歴任してきた大阪市立美術館館長、蓑豊(兼任)。開館当初はアーティステックディレクターに、水戸芸術館、世田谷美術館、イスタンブール・ビエンナーレなどで先鋭的な企画を立ててきた長谷川祐子(現・東京都現代美術館学芸員)があたっていた。

滋賀県立近代美術館(しがけんりつきんだいびじゅつかん)は滋賀県大津市にある美術館。
周囲に滋賀県立図書館、滋賀県立埋蔵文化財センター、茶室『夕照庵』等があるびわこ文化公園の文化ゾーンにある美術館で、近代日本画と戦後アメリカの現代美術を中心として展示している。

京都市美術館(きょうとしびじゅつかん)は京都府京都市にある美術館。1933年開館。当初は大礼記念京都美術館という名称であった。

京都府立堂本印象美術館(きょうとふりつどうもといんしょうびじゅつかん)は、京都府京都市北区にある美術館。
1966年(昭和41年)、日本画家堂本印象が自らの作品を展示するために設立した美術館で、その斬新な概観は堂本印象自らのデザインによる。「きぬかけの路」沿道に位置し、豊かな自然と多くの名刹に囲まれている。
美術館と所蔵作品は、1991年(平成3年)に京都府に寄贈され、京都府立堂本印象美術館となった。

奈良県立美術館(ならけんりつびじゅつかん)は奈良県奈良市にある美術館。
風俗史研究家・日本画家の吉川観方氏から寄贈された近世日本画、浮世絵、美術工芸品のコレクションを基礎に、1973年開館した。現在所蔵品は4,200点を超える。

奈良市写真美術館(ならししゃしんびじゅつかん)は奈良県奈良市にある西日本初の写真専門の美術館。奈良大和路の風景・文化財を撮りつづけた写真家入江泰吉作品の展示と保存・研究活動を行っている。

大阪府立現代美術センター(おおさかふりつげんだいびじゅつせんたー)は、大阪府大阪市中央区にある美術館。1974年設立。2000年に現在地に移転した。
「現代美術コンクール」などの公募展主催や新進作家を紹介する展覧会企画、ヨーロッパ諸国との芸術家交流事業など新しい才能の発掘と、国内外の美術情報の提供を主たる目的とする美術館施設である。公募展入賞作品など現代版画を中心に約7,500点の作品を所蔵する。

大阪市立美術館(おおさかしりつびじゅつかん、Osaka Municipal Museum of Art)は、大阪市天王寺区にある美術館。住友家本邸のあった場所で、住友家から美術館の建設を目的に庭園(慶沢園)とともに敷地を寄贈され、1936年に開館。
国公立美術館の中でも歴史は古く、特に、美術団体展や大規模企画展の貸し会場となるだけではなくコレクションを持ち常設展示をする意向が当初からあった。市による購入のほか、主に大阪市民などのコレクターの寄付で8000点を超える収蔵品が形成されてきた。仏教美術、エトルリアなど地中海文明の美術、充実した中国の絵画や書、日本の江戸期・明治以降の絵画、ほか金工・漆工・陶磁など貴重な工芸品を数多く有する東洋美術の宝庫である。
ただし、新聞社主催の企画展の会場としてのイメージや、美術館前での青空カラオケ(撤去済)のイメージが強く、日頃から市民に親しまれ、コレクションの量や質が理解されているとはいいがたい面もある。
美術団体展を複数並行して行える地下展覧会室(4室)が近年増築された。また併設されている美術研究所では素描、絵画、彫塑の実技研究を行っており、ここから日本画、洋画、現代美術、建築など多くの作家を輩出してきた歴史がある。

大阪市立東洋陶磁美術館(おおさかしりつとうようとうじびじゅつかん、The Museum of Oriental Ceramics,Osaka)は、大阪市北区中之島にある美術館。 住友グループから東洋陶磁コレクションの寄贈を受けて1982年に設立。
高麗・李氏朝鮮時代の朝鮮陶磁、中国陶磁を中心に、国宝 2件と国指定重要文化財 13件を含む約2000点が収蔵されている。
この珠玉のコレクションは1977年(昭和52年)に経営破綻した大手総合商社安宅産業株式会社および創業家二代目の安宅英一社長が収集したものであった。安宅英一は社業の傍ら東洋陶磁のコレクション形成に心血を注ぎ、日本中の収集家のコレクションがここに次々と合流していた(いわゆる「安宅コレクション」)。
安宅産業経営破綻後、その所有を住友銀行(現三井住友銀行)が引き継ぎ、体系的で貴重なコレクションの散逸を惜しむ各方面の意見により、住友銀行を中心とした住友グループ各社の協力のもと、965件、約1000点が大阪市に一括寄付されることとなった。
1982年に美術館の開館とともに一般に公開された後、さらに多くのコレクターからの寄贈を受け、特に1999年には在日韓国人実業家・李秉昌からの寄贈で朝鮮陶磁のコレクションに厚みが増している。

和泉市久保惣記念美術館 (いずみしくぼそうきねんびじゅつかん) は、大阪府和泉市にある、東洋古美術を中心とした市立美術館である。地元和泉市で代々綿織物業を営む「久保惣」の社長・3代目久保惣太郎(1926-1984)が、古美術品のコレクションと、土地、基金を和泉市に寄付し、昭和57年(1982)開館した。
国宝2件、国重要文化財28件を含む収蔵品は、個人コレクションとしては日本でも有数の規模と質の高さをもつものであり、仏画、絵巻、陶磁などに名品が多い。 平成10年(1998)には新館が完成し、ここではモネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ピカソ、ロダンなどの西洋近代絵画・彫刻や、中国の工芸品などが展示されている。所蔵品は3000点を越える。

伊丹市立美術館(いたみしりつびじゅつかん)は兵庫県伊丹市にある美術館。1987年開館した。旧石橋家住宅・旧岡田家住宅(国指定重要文化財)や柿衞文庫などがある一角「みやのまえ文化の郷」内に建つ。
19世紀フランスを代表する作家オノレ・ドーミエの2000点を越えるコレクションを核として諷刺や笑いをテーマにしたヨーロッパの絵画や版画のほか、近現代の画家の作品の収集・研究・展示を行っている。また明治初期に日本で活躍したジョルジュ・ビゴーの諷刺版画等も楽しむことができる。

西宮市大谷記念美術館(にしのみやしおおたにきねんびじゅつかん)は兵庫県西宮市にある美術館である。1972年、実業家大谷竹次郎から寄贈されたフランスおよび日本の近代絵画を中心とするコレクションと邸宅を展示室として開館した。1977年に新館とアトリエが完成、1991年には大規模な増改築がなされ、現在の近代的な美術館になった。玄関正面の広いロビー一面の窓から日本庭園を眺めることができ、旧邸宅のエッセンスを残している。 毎年開催される「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の会場としても知られる。

芦屋市立美術博物館(あしやしりつびじゅつはくぶつかん)は兵庫県芦屋市にある美術館と歴史博物館の設備を併せ持つ複合施設で、1991年に開館した。小出楢重や菅井汲、吉原治良と具体美術協会、中山岩太ら芦屋カメラクラブの写真家など、芦屋ゆかりの芸術家たちの作品を多く収蔵している。 前庭には小出楢重のアトリエが復元されている。

兵庫県公館(ひょうごけんこうかん)は1902年(明治35年)に建てられた煉瓦造の庁舎建築。当初の用途は兵庫県庁本庁舎。1985年からは県の迎賓館および県政資料館として活用されている。
中庭を中心とする回廊式のフランス・ルネッサンス様式の壮麗な建築で、設計は文部技官山口半六。竣工時は日本最大級の庁舎建築であった。これは1890年代から東洋最大の海運市場を有するようになっていた神戸港の往時の繁栄を映したものともといえる。
第二次世界大戦の神戸大空襲で外壁以外の全てを焼失するなどしたため、これまで二度の大改修工事が行われてきた。1983年に県庁庁舎としての役割を終えたのを期に外装および内装が細部に至るまで竣工時の姿へと復元され、1985年に「兵庫県公館」と名前を変えて再開館した。建設当初から残るものは建物外壁のみであるがその歴史的文化的価値の高さから国登録有形文化財に登録されている。
館内には洋画家小磯良平の作品「KOBE, THE AMERICAN HARBOUR」と、その25倍の大きさの西陣織タペストリーなど、金山平三、東山魁夷、横尾忠則ら県所縁の芸術家の作品が多数展示されており、また大会議室や第一会議室は芸術系展覧会開催に利用されるなど、館全体が美術館・博物館としての性格も持つ。

兵庫県立美術館(ひょうごけんりつびじゅつかん)は、2002年に開館した兵庫県神戸市「HAT神戸」にある美術館である。愛称は「芸術の館」。
設計は世界的建築家の安藤忠雄。 延床面積27,461.41m²というこの巨大な建物は、内部が迷路のような構造になっている。
美術館の前身である兵庫県立近代美術館(1970年/設計:村野藤吾)は現在、兵庫県立美術館の分館「原田の森ギャラリー」として利用されている。この分館を合わせた兵庫県立美術館としての延床面積は37,894m²になる。

神戸市立小磯記念美術館(こうべしりつこいそきねんびじゅつかん)は、神戸市東灘区の六甲アイランドにある美術館である。
神戸市名誉市民である洋画家・小磯良平の遺族から神戸市に寄贈された2000点以上の作品及びアトリエ・所蔵図書等の展示・保存・調査研究と、氏の画業を顕彰することを目的として1992年に開館した。
収蔵作品数(約2500点)、延床面積(約4000m²)は、ともに個人美術館としては全国屈指の規模で、中庭には小磯良平のアトリエ(昭和24年当時のもの)も移築・復元されている。
館には3つの展示室以外に110型大画面でハイビジョン映像を鑑賞できるホールがあり、そこでは小磯良平や世界の名画を紹介する映像作品が常時上映されている。
また、開館以来毎年開催されてる「小磯良平大賞展」は国内最高賞金の公募展として知られている。

神戸ファッション美術館(こうべふぁっしょんびじゅつかん)は、ファッションをテーマにした日本初の美術館。兵庫県神戸市東灘区にある海上都市「六甲アイランド」に1997年開館した。
外観はUFOをイメージさせる斬新なデザイン、内部は4層で延床面積 17,000m²という大規模な美術館施設である。ファッションに関することを様々な視点からとらえたユニークな展示を行っている。またファッション産業の人材育成を目的として「素材」、「色彩」、「装飾」、「歴史」、「デザイナー」、「社会」、「メディア」の7つのカテゴリーで服飾講座を開講している。

姫路市立美術館(ひめじしりつびじゅつかん)は兵庫県姫路市にある美術館である。姫路市の芸術文化振興を目的として1983年に開館した。姫路城跡内、好古園、兵庫県立歴史博物館、姫路市立動物園、姫路文学館などの文化施設が集まるエリアにある。
美術館の赤レンガ造の建物群は、明治末から1913年に旧陸軍第10師団の兵器庫・被服庫として建設されたもので、後に姫路市役所として利用されていた部分を再生利用したものである。再生事業においては環境色彩10選、公共の色彩賞、兵庫県緑の建築賞などを受賞し、国登録有形文化財に登録されている。
広大な芝生庭園を囲むように建物は配置され、夜間はライトアップされる。敷地内には彫刻等多数の芸術作品が屋外展示されている。

姫路市書写の里 美術工芸館(ひめじししょしゃのさと びじゅつこうげいかん)は兵庫県姫路市書写山の麓、夢前川の畔にある美術館。1994年開館した。建物は書写山円教寺伽藍をイメージさせる外観である。
播磨地方の伝統工芸品や郷土玩具、郷土出身の元東大寺官長・清水公照師の作品や愛蔵品を常設展示している。 工芸工房では、伝統工芸職人による姫路はりこや姫路こま等製作の実演がされおり、絵付けの体験などもできる。

岡之山美術館(おかのやまびじゅつかん)は兵庫県西脇市の「日本へそ公園」内にある美術館。
西脇市出身の芸術家・横尾忠則の作品展示と保存を目的として1984年に開館した。建物の設計は磯崎新で、3両連結の列車車両をイメージしたユニークな外観である。
2年に一度、全国公募展「西脇市サムホール大賞展」が開催される。

丹波市立植野記念美術館(たんばしりつうえのきねんびじゅつかん)は、兵庫県丹波市を流れる加古川を望む地に建築された丹波地方の中核美術館である。1994年に開館した。
豪壮な建造物は財団法人植野アジア芸術文化振興財団から、収蔵美術品の基礎は実業家植野藤次郎氏個人の膨大なコレクションから寄付を受けたものである。

南あわじ市 滝川記念美術館 玉青館(みなみあわじし たきがわきねんびじゅつかん ぎょくせいかん)は、兵庫県南あわじ市松帆西路にある日本初の現代南画の美術館であり、直原玉青の個人美術館である。1991年に開館した。中国の故宮博物館を模した建物である。
淡路島で育ったの現代南画の第一人者直原玉青の代表作「禅の牧牛 うしかひ草」や八角楼閣の天蓋部分に描かれた直径5mの「雲龍図」をはじめとする現代南画の名作を多数収蔵・展示。企画・特別展は随時行われている。

伊藤清永美術館(いとうきよながびじゅつかん)は、兵庫県豊岡市出石町にある美術館。
豊岡市出石町出身の洋画家の伊藤清永などから作品の寄贈を受け、その保存研究と顕彰を目的として1989年に開館した。 主要構造はコンクリートでありながら、江戸時代から遺された出石の街並みと調和する和風の外観にするなど、修景に細心の注意が払われている。天井採光を得るためにガラス瓦を用いた展示室もある。

和歌山県立近代美術館(わかやまけんりつきんだいびじゅつかん)は和歌山県和歌山市にある美術館。1963年和歌山城址内に開館した和歌山県立美術館から拡大発展した者で、1970年、和歌山県民文化会館の1階部分に開館した。現在の和歌山城隣の施設に移転したのは1994年である。建物は和歌山県立博物館に隣接している。
所蔵品数は9000点近くに及ぶ。保田龍門、川口軌外、川端龍子、浜口陽三ら郷土作家の紹介を中心としているが、充実した近現代コレクションの中でも佐伯祐三の油彩13点は特に名高い。また、近現代の版画コレクションも充実している。

熊野古道なかへち美術館(くまのこどうなかへちびじゅつかん)は、和歌山県の熊野古道中辺路の近露近くの山々に囲まれた谷間に建つ近代的な公立美術館である。 日本画家・野長瀬晩花と南画家・渡瀬凌雲の作品を中心とする郷土ゆかりの日本画家作品など1000点以上収蔵し、展示している。
建物は、光が放出しているガラス箱のような特徴的な外観である。館内は展示室を囲むように回廊があり、裏側に休憩コーナーがある。回廊とロビーは全面ガラス張りになっているので、そこで古道の美しい風景を眺めて過ごすこともできる。古道を歩く人々が気軽に立ち寄れるスポットである。

田辺市立美術館(たなべしりつびじゅつかん)は和歌山県田辺市の新庄総合公園内にある美術館。
田辺市出身の収集家、脇村禮次郎より寄託されたコレクションを基礎に1996年開館した。 紀州の三大文人画家、祇園南海、桑山王洲、野呂介石をはじめとする郷土ゆかりの作家と作品を中心に収集・展示を行っている。洋画のコレクションも充実している。

米子市美術館(よなごしびじゅつかん)は鳥取県米子市にある美術館。
山陰地方初の公立美術館で、國頭繁次郎、植田正治など郷土ゆかりの芸術家の作品1700余点を収蔵・展示している。

広島県立美術館(ひろしまけんりつびじゅつかん)は、広島県広島市にある美術館。
西日本最大級の美術館。平山郁夫など広島にゆかりのある画家の作品を展示。縮景園に隣接している。

広島市現代美術館(ひろしましげんだいびじゅつかん)は、広島県広島市にある美術館。

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(まるがめしいのくまげんいちろうげんだいびじゅつかん)は香川県丸亀市にある美術館。略称はMIMOCA(ミモカ)。丸亀市出身の洋画家猪熊弦一郎の画業顕彰と地域の美術振興を目的に1991年開館した。建築設計は正統派モダニズム建築家の谷口吉生。延床面積8000平方メートルの大型施設である。

北九州市立美術館は、北九州市戸畑区にある美術館。
1974年竣工。建築家磯崎新の設計。二つの大きなヴォリュームがキャンティレバーとして、外観をつくる。シンメトリーの構成である。エントランスホールは三層吹抜である。

浦添市美術館(うらそえしびじゅつかん)は沖縄県浦添市にある美術館である。日本初の漆芸専門美術館、沖縄初の公立美術館として平成2年に設立され、琉球漆器をコレクションとしている。平成3年に開館した石川県輪島漆芸美術館とは、互いに漆芸専門美術館ということで友好提携を結んでいる。また設計には建築家の内井昭蔵があたった。
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日本の美術館:国立美術館1

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国立西洋美術館(The National Museum of Western Art)は西洋の美術作品を専門とする美術館である。独立行政法人国立美術館が運営。東京都台東区の上野公園内にある。西美。

1959年に、フランス政府より、印象派など19世紀から20世紀前半の絵画・彫刻を中心とする松方幸次郎のコレクションが返還されたことをきっかけに設立された。現在はこれに加えてルネサンス期より20世紀初頭までの西洋絵画・彫刻作品の購入を進め常設展示しており、なかでも西洋のオールド・マスター(18世紀以前の画家)たちの作品を見ることができる日本有数の美術館である。
本館の建物はル・コルビュジエが基本設計を行った。ロダンの大作「地獄の門」(ダンテの『神曲』より)が前庭に展示されている。

国立国際美術館 (こくりつこくさいびじゅつかん、The National Museum of Art, Osaka) は、大阪市北区中之島にある、独立行政法人国立美術館が管轄する美術館である。収蔵品は第2次世界大戦以後の国内外の現代美術が中心だが、現代美術以外の企画展なども開催している。設立は1977年。当初は大阪府吹田市の万博記念公園にあったが、2004年(平成16年)に現在地へ移転した。

東京国立近代美術館(とうきょうこくりつきんだいびじゅつかん 英表記:The National Museum of Modern Art,Tokyo 略称:MOMAT)は、東京都千代田区北の丸公園内にある、独立行政法人国立美術館が運営する美術館である。
本館および、フィルムセンター(京橋本館・相模原別館)、工芸館から構成される。
明治時代後半から現代までの近現代美術作品(絵画・彫刻・水彩画・素描・版画・写真など)を随時コレクションし、常時展示した初めての美術館でもあり、それまで企画展等で「借り物」の展示を中心に行われていた日本の美術館運営に初めて「美術館による美術品収集」をもたらした功績は大きい。収蔵品は9000点超におよぶ。

東京国立博物館(とうきょうこくりつはくぶつかん)は、日本と東洋の文化財(美術品、考古遺物など)の収集保管、展示公開、調査研究、普及などを目的として独立行政法人国立博物館が運営する博物館である。
1872年(明治5年)に創設された、日本最古の博物館である。東京都台東区の上野恩賜公園内にある。本館、表慶館、 東洋館、平成館、法隆寺宝物館の5つの展示館と資料館その他の施設からなる。収蔵品の総数は11万件を超え、国宝87件、重要文化財610件(2005年7月現在)を含む。

京都国立博物館(きょうとこくりつはくぶつかん)は、独立行政法人国立博物館が運営する博物館。1897年(明治30年)5月に開館した。展示館は片山東熊(かたやまとうくま)設計の本館と森田慶一設計の新館がある。常設展示は新館で行われ、本館は特別展会場として使用されている。所蔵品には国宝27件(2005年10月現在)が含まれる。また建物自体も、本館、表門、同改札場及び袖塀が「旧帝国京都博物館」として国の重要文化財に指定されている。

奈良国立博物館(ならこくりつはくぶつかん)は、奈良県奈良市登大路町にある、独立行政法人国立博物館が運営する博物館である。

京都国立近代美術館(きょうとこくりつきんだいびじゅつかん 英表記:The National Museum of Modern Art,Kyoto 略称:MOMAK)は、京都市左京区岡崎公園内にある、独立行政法人国立美術館が運営する美術館である。プリツカー賞建築家槇文彦による設計である。
日本の近代美術史全体に配慮しながら、京都を中心に関西・西日本の美術に比重を置き、京都画壇の日本画、洋画などを積極的に収集、展示し、河井寛次郎の陶芸、染織など工芸作品のコレクションも充実している。

国立新美術館(THE NATIONAL ART CENTER,TOKYO)は、文化庁国立新美術館設立準備室が主体となり、東京都港区の東京大学生産技術研究所跡地に建設中の、日本最大規模を誇る美術館である。(2006年度開館予定)
コンセプトを「森の中の美術館」としており、設立目的を展覧会の開催・情報収集およびその公開・教育普及としている。また、館内にミュージアムショップ・レストラン・カフェを展開するなど、「親しみのある美術館」を目指している。
三の丸尚蔵館(さんのまるしょうぞうかん)は、東京都千代田区千代田の皇居東御苑内にある、宮内庁所管の博物館施設である。昭和天皇の死去の翌年、1989年に皇室から国(宮内庁)に移管された美術品を保存、研究、公開するための施設として1993年に開館した。

宮城県美術館(みやぎけんびじゅつかん、The Miyagi Museum of Art)は、1981年に開館した県立の美術館である。
地元である宮城県および東北地方に縁の深い、明治以降の絵画、版画、彫刻、工芸作品を中心にコレクションしており、さらにカンディンスキーやクレーらの作品も収蔵している。『きまぐれ美術館』で知られる画廊主・随筆家の洲之内徹コレクションも有名。これらの作品を展示する常設展および年に数回の特別展が企画されるほか、併設されている県民ギャラリーにおける一般市民の展示発表も活発である。また、館内の創作室や設備を開放して随時創作指導等を行なっており、ただ鑑賞するだけではない幅広い芸術活動を支援している。1990年、本館西隣に佐藤忠良記念館が開館した。

水戸芸術館(みとげいじゅつかん)は、1990年に開館した茨城県水戸市にある市立の美術館・コンサートホール・劇場からなる現代芸術の複合施設である。愛称は「Art Tower Mito」。運営は財団法人水戸市芸術振興財団。館長は音楽評論家・吉田秀和。
設計者は磯崎新。市内中心部に建つこの施設は、中心市街地活性化の意味も込めて、廃校した旧五軒小学校の跡地に建設された。発案者である当時の水戸市長・佐川一信(故人)が文化による町興しを意図し力を入れたため、市の年間予算の1%(約9億円)を活動資金にするという、欧米では散見される制度を日本で始めて導入した。また美術・音楽・演劇の各部門には開館前から「芸術監督」が任命され、彼らが施設に必要・不必要な機能などを設計者と協議し、設計に反映させている。これら1%予算や芸術監督制度は、市長が変わったあとも引き続き続けられ、館の活動を支えている。
各部門の活動は日本国内でも先駆的なものであり、水戸市民のみならず東京を始めとした関東一円や全国から観客を集めている。専属の劇団や楽団をもつソフト重視の運営形態は全国でも異色である。

東京都美術館(とうきょうとびじゅつかん)は上野恩賜公園内にある美術館。日展を筆頭にする大小の公募団体展と、マスコミとの共催による大規模企画展に対する、貸し館事業が中心である。

東京都庭園美術館(とうきょうと ていえんびじゅつかん)は、東京都港区白金台(しろかねだい)にある都立美術館である。
武蔵野の面影を残す国立自然教育園に隣接した同館の敷地および建物は、皇族で、香淳皇后の叔父にあたる朝香宮鳩彦王(あさかのみや やすひこおう、1887年-1981年)が1947年の皇籍離脱まで暮らした邸宅であった。
現在、美術館として使用されている邸宅は1933年(昭和8年)に竣工した、当時流行のアール・デコ様式を採用した建物で、東京都の有形文化財に指定されている。 建築設計は宮内省内匠寮、内装デザインはフランス人インテリアデザイナーのアンリ・ラパン(1873年-1939年)が担当している。 また、正面玄関にある女神像のガラスレリーフや大広間などのシャンデリアはフランスのジュエリーデザイナーでガラス工芸家でもあったルネ・ラリック(1860年-1945年)の作品である。 そうした意味でこの建物は日仏の合作といえる。
建物は第二次世界大戦後、吉田茂によって外務大臣公邸などに使用された(1947~1950年)後、1950年に西武鉄道に売却され、国賓・公賓などの迎賓館として使用された。1981年、東京都が購入し、1983年(昭和58年)、都立美術館として公開された。1階には大広間、大客室、大食堂などの公的スペースが主に配され、2階には寝室など宮家の私室が並ぶ。通常の展示では、建物全体の半分ほどが展示室として公開されている。 展示は、館蔵品による常設展示はなく、特定のテーマに沿った企画展示が年数回行われている。

東京都現代美術館 (とうきょうとげんだいびじゅつかん) は、東京都江東区三好にある、現代美術専門の公立美術館である。広大な都立木場公園の一郭に、平成7年(1995)に開館した。
外観(2004/08/15)1945年以降の美術作品を収集・展示の対象とし、それまで上野公園の東京都美術館で保管・展示していた現代美術作品は当館へ移管されている。開館時、ロイ・リキテンスタインの作品『ヘア・リボンの少女』を高額(618万ドル、約6億円)で購入することに対してマスコミや都議会で批判の声があり、自治体による現代美術の購入という問題に一石を投じた。
延床面積33,515m²という日本最大の美術館建築(分館を含めた場合日本2位)で、常設展示室は1階と3階の計10室ある。1階展示室では第二次大戦後まもない時代の不安と混沌を反映した美術から、1970年代まで、約30年間の美術の流れが一通りたどれるようになっている。3階展示室では、現存作家の作品を中心に、現代アートのさまざまな傾向を見ることができる。企画展示室には、巨大化する傾向のある現代美術作品が展示可能な、広大な吹き抜け空間が準備されている。

東京都写真美術館(とうきょうとしゃしんびじゅつかん)は、東京都目黒区三田一丁目にある、写真・映像専門の公立美術館である。
個人名のついた写真美術館ではない写真一般の美術館としては日本初であり、写真に限らず映像まで含めた世界的にも珍しい専門美術館である。展示施設、ホール、図書室、ミュージアムショップ、喫茶室などで構成され、展示施設としては、2階(写真独自企画展向け会場)・3階(写真共催展向けまたは貸出会場)・地下1階(写真以外の映像一般展向け映像展示室)の3つがある。
3階は、本来は常設展示用のスペースであったが、東京都の財政難の煽りを受け、貸出中心の会場となった。従って現在、当美術館には常設展示用のスペースがない。
1次開館以降、多彩な企画展を中心にして、積極的に内外の写真作品を紹介し、また近年には、アニメやテレビゲームと言った写真以外の映像作品にも力を入れており、(若者の興味を惹く事だけを目的としているとの批判もある)、日本に於ける映像文化の普及に貢献している。

東京藝術大学大学美術館(とうきょうげいじゅつだいがく だいがくびじゅつかん)は、東京都台東区上野公園の東京芸術大学美術学部構内にある美術館である。東京芸術大学の前身である東京美術学校以来のコレクションや歴代卒業生の作品などを収蔵展示している。

目黒区美術館は東京都目黒区にある美術館。1987年に開館した小規模な美術館で、主に日本の近代から現代にかけての作家の作品を展示している。

世田谷美術館(せたがやびじゅつかん)は東京都世田谷区の砧公園のなかにある美術館である。建築家内井昭蔵の代表作である。

神奈川県立近代美術館(かながわけんりつきんだいびじゅつかん)は、日本初の公立近代美術館。鎌倉館、鎌倉別館、葉山館からなる。

静岡県立美術館(しずおかけんりつびじゅつかん)は静岡県静岡市駿河区にある美術館である。
絵画や彫刻など幅広く収蔵する。その中には富士山や東海道などの静岡県地域を題材にした浮世絵も多く含まれる。
また、オーギュスト・ロダンの作品を中心に展示しているロダン館は美術館の目玉である。

おかざき世界子ども美術博物館は、1985年に開館した愛知県岡崎市にある子どものための参加型体験美術館。この種のものとしては、日本で最初のもの。愛称は、「おー!」。 アメリカ合衆国のボストン市にあるボストン・チルドレンズ・ミュージアムなど、「ハンズオン!」、触って学べる子どもための博物館というものが、日本でも少しづつ始まっているが、日本国内で子どもに焦点を当てたこの手のものは、おかざき世界子ども美術博物館が最初で、最も成功している例になる。

山梨県立美術館(やまなしけんりつびじゅつかん)は、山梨県甲府市貢川の芸術の森公園内にある美術館である。
1978年(昭和53年)に開館。ミレーの代表作『種まく人』が所蔵されており、「ミレーの美術館」として親しまれている

豊田市美術館(とよたしびじゅつかん、Toyota Municipal Museum of Art)は愛知県豊田市にある公立美術館。1995年に開館した。市街地の中心部に近く、かつて挙母城(七州城)のあった高台の一角にあり、小学校が移転した跡地に建設されている。
20世紀美術とデザインの収蔵、現代美術の意欲的な企画展で全国的に知られ、また漆芸で高名な作家・高橋節郎の作品を収蔵する高橋節郎館を併設している。

新潟県立近代美術館(にいがたけんりつ きんだいびじゅつかん)は新潟県長岡市宮関町にある新潟県立の美術館。1993年に開館し、「世界の美術」、「日本の美術」、「新潟の美術」をテーマにした作品が常設されている。企画展は1~2ヶ月ごとに代わり、美術館の中を探検したりできる催し物もある。
関越自動車道 長岡インターチェンジを降りてしばらく行けば到着する。また、越後交通の環状バスのバス停もあり、バスで行くこともできる。

富山県立近代美術館(とやまけんりつきんだいびじゅつかん)は20世紀以降の美術作品を中心とした美術館である。富山県が運営している。富山県富山市西中野町にある。1981年に、富山県置県100年事業として設立された。常設展示としては、パブロ・ピカソ、ロートレック、ルオー、シャガール等のほか、シュルレアリスムを中心としたコレクションとなっている。
設立の経緯としては、富山市出身の美術評論家・作家である瀧口修造が、ジョアン・ミロ、マルセル・デュシャン等との交友関係があったためとも言われている。

石川県九谷焼美術館(いしかわけんくたにやきびじゅつかん)は、石川県加賀市に所在する九谷焼を収集、展示する美術館である。
2001年に九谷焼を始めた大聖寺藩の城下町であった加賀市大聖寺に開館した。企画展示室では、様々な企画展が行われており常設展示室は、画風別に部屋が分かれており順路に従って回ると 青手 - 色絵・五彩 - 赤絵・金襴 の順で見る事が出来る。2階の喫茶室には現代作家の作品が展示され、購入する事も可能。この喫茶室の前のスペースではミニコンサート等のイベントが開かれる事もある。

石川県七尾美術館(いしかわけんななおびじゅつかん)は、石川県七尾市小丸山台に所在する公立の美術館である。
能登半島唯一の総合美術館として1995年に開館した。収蔵品の中心は七尾市の名誉市民である池田文夫からの遺贈品であり池田コレクションと称される。また、毎年春には七尾出身の画家長谷川等伯の特別展が行われる。

石川県立美術館(いしかわけんりつびじゅつかん)は、石川県金沢市に所在する美術館。1945年(昭和20年)10月、石川県美術館として金沢市本多町の旧北陸海軍館を改装して開館するが、同年末占領軍によって接収される。 1959年(昭和34年)谷口吉郎の設計により同名で開館。1983年(昭和58年)に近接する現在地に移転と共に現在の名称に改称。石川県にゆかりのある作品を中心に収集。1997年石川県文化財保存修復工房が附属され、文化財の修復にも力を入れている。
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美術館とは

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美術館と博物館は欧米ではともにmuseum、museeであり、区別はない。しかし日本では、美術品以外のものをあつめた所は博物館、また美術品の中でも、古いものは博物館、新しいものは美術館とする傾向にある。ちなみに、「ミュージアム」の語源であるギリシャ語の「ムーサイmusai」とは、9人の諸学芸の女神のことだが、その中に美術の女神はいない。絵画館を意味する「ピナコテカ」(イタリア語)や、もともと歩廊などを意味する「ギャラリー」が、美術館の意味でもちいられることもある。
美術館の歴史は、個人から国家のレベルにいたる収集(コレクション)ということと切りはなせない。
ひろい意味でのコレクションは古代から存在していたから、美術館もその原型にあたるものは古代から形をかえながら存在してきた。しかし、たとえ一人の王、一人の皇帝、一貴族の収集品であっても、公開の程度に差はあれ、それを陳列したり体系的に整理し蓄積していくというやりかたは、古代ギリシャ、古代ローマからなされてきた。その後いったん断絶したが、中世は聖堂そのものが一種の美術館になっていた。
ルネサンスによる古代再評価と政治・経済・社会制度の変容にともなって、教皇、新興商人、皇帝が美術品の収集をすすめていく。たとえば、フィレンツェのメディチ家やフランスのフランソワ1世やスペインのフェリペ2世らのコレクションであり、それらはウフィツィ美術館、ルーブル美術館、プラド美術館の基礎となっている。こうした王侯貴族による美術品収集は、18世紀の啓蒙主義思想の時代をへて、一部のかぎられた特権階級から一般の人々への公開の道をたどり、19世紀にはいるとヨーロッパ各国に、今日的意味での美術館が次々に生まれていった。
19世紀以降は、美術品収集が美術館(国立、地方、私立)にゆだねられるいっぽう、新興の近代ブルジョワジーを中核とする個人の収集活動が盛んになり、その寄贈行為などを通じて美術館の充実に貢献することになる。それとともに、19世紀後半以降、とくに20世紀には、アメリカをはじめとする新興国でも美術品の購買層と美術館が生まれそだっていく。
20世紀にはいってからの美術館については、2つの特徴をあげることができる。1つは専門化、細分化、機能・設備・体制の高度化である。収集・展示の対象の時代やジャンルによってわけたり、国立以外に、地方や都市単位の美術館がぞくぞくと設立されたり、個人にささげられる美術館ができたり、美術館という制度の整備と近代化が進行する。
もう1つは、それまでは美術館というものは、昔の名作を収集・展示する場所と考えられていたのに対して、同時代の美術動向に積極的に眼をむけるようになった点である。生きている作家の展覧会をおこない、その作品を購入し、そのことをとおして同時代の美術に対する発言をしはじめたのである。
その典型が、ニューヨーク近代美術館をはじめとするアメリカの美術館である。それまでの美術館が主としてコレクションとの相関関係の中で展開されてきたとすれば、20世紀の美術館は、むしろ同時代の美術とのかかわりの中でうごいてきたということができる。
20世紀の美術館のこの2つの特徴は、第2次世界大戦後に顕著になっていく。大破壊をさけようとする世界の努力は、美術館活動においても一種の国際化をもたらし、それまでの権威や国家の象徴としての美術館という性格をやわらげていくことになる。

美術館とは、美術作品を中心とした文化遺産や現代の文化的所産を収集・保存・展示し、また文化に関する教育・普及・研究を行なう施設です。英語で美術館に相当する語に art museum があるように、専門博物館の一分野で美術品を種対象とするものであり、欧州各国語の概念では博物館の概念に包含されるものですが、歴史的に総合的な博物館の中から美術専門の博物館として分離し、特色を純粋化していった経緯から、博物館を付さぬ「美術館」という日本語が定着しています。博物館という性質上蓄積機能が重要ですが、展示機能のほうが中心となる施設にギャラリーがある。ただし、美術館とギャラリーの境界はあいまいで、中間的な施設も多い。類義語として絵画館(de. Pinakothek)がある。
こうした美術専門の博物館が成立した背景として、フランス革命にさししての美術品の国外流出が挙げられる。この流出を避けるためにパリのフランス国立美術館が設立され、さらにここにナポレオン戦争に伴う戦利品が収蔵されて内容の充実をみたのです。さらに、フランス軍に攻略されたヨーロッパ諸国も、自国の美術品の防衛の必要性から、こうした美術専門の博物館を充実させていった。
美術館の展示は企画展示と常設展示に分けられ、企画展示も館の収集資料を紹介するものと外部から一時的に資料を借りて展示を構成するものがある。展示や収集・研究活動に関連した教育普及活動として、図書の出版や講演会などの企画が行われることも多い。
美術館はしばしばコレクション(収蔵品)の内容や活動方針によって分類される。コレクションの対象がどの地域、文化、時代のものであるかによって、扱う美術品のジャンルによって、また、幅広い分野の作品を扱うのか、特定の時代や特定の芸術家の作品のみを扱うのかなどによって、それぞれの館の性格が異なってくる。また、国公立/私立などの設置主体の別によって区別されることもある。
美術館のコレクションは美術館の予算によって購入されるもののほか、寄贈によるものがある。美術館によってはもともと個人コレクションの存在があり、それを公開・活用するために後から美術館が作られる場合もある。このような設立経緯は、特に蒐集家が死亡した後、コレクションの散逸を防ごうとする場合や、ある地域にゆかりのある芸術家のための美術館などに多く見られる。
美術館ではさまざまな人々が働いています。館の運営全般に関わる事務系の職員の他に、研究のための専門職を置くのが普通です。この専門職は、日本の博物館法では学芸員と呼ばれる有資格職種が、これに相当する。また美術品の保存・修復の専門家や、美術館における社会教育の専門家を置いている館もある。美術館は博物館の一分野にあたるため、日本における所轄法令は、博物館法となる。ただし、日本の博物館法は国立(独立行政法人含む)の施設を対象外としていたり、学芸員を置かないなど、博物館法上の基準に合致せず、博物館として登録されていない美術館も多い。こうした博物館法上の施設と、実質的博物館施設が乖離している現象は、他分野の博物館にもあてはまるものが多い。
博物館を英語に訳すると、museum(ミュージアム)だが、これはギリシャ神話に登場する学芸の神様のムサ(Musa)に由来する。なお、主要な美術館の一覧は「世界の美術館」を参照。
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