自分で考える縁(よすが)に☆モナぴのつれづれメモ

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◆「寛容」ではなくて「無関心」

2017-03-15 12:59:54 | 日記
▼「寛容」に見えたリベラルが、実は「無関心=無責任」だったという正体

社会の道徳や規範を支える「共同体」としての国家の意味を考えている今日この頃ですが、
今年、ヨーロッパで注目される総選挙のひとつを目前にしたオランダの話題がありました。
以下、産経ニュースの記事を引用します。

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産経ニュース
2017.3.15 08:14
【ベルリン物語】
「オランダは寛容の国じゃないよ、無関心なんだ」 「寛容の国」で反移民が力を得るわけ
【外信コラム】

 「寛容? そうじゃなくて無関心さ」。15日に行われるオランダ総選挙の事前取材でハーグを訪れた際、識者に聞いた一言に「ドキッ」とさせられた。

 オランダも含め欧州では反移民などを主張する大衆迎合主義(ポピュリズム)的勢力が台頭する。だが、同性婚の合法化などで世界に先駆け、大麻も一部公認するなど、個人の権利を重んじる「寛容の国」で、なぜ難民・移民に“非寛容”な主張が支持をえるのか。それが関心の一つだった。

 識者の見解では、オランダ人がドイツ人やフランス人に比べ、決して寛容なわけでない。「同性愛者が通りで手をつないでも、誰かが大麻を吸っても、自分には関係なく、気にしない」だけだという。

 だが、移民問題は事情が異なるようだ。「自分の庭に外からボールが飛び込んできたら大変でしょ?」と識者は語る。考え方や文化が異なる人々が増え、一定の政治的影響力も持てば、自国の伝統文化や法律も変えられるかもしれない。自身に関わる「脅威」に「無関心」ではすまない。識者は「どの国でも同じことは起きる」とも。

 滞在歴の長い現地邦人の話では、同性婚も身内のこととなれば、家庭内の議論になるともいう。「寛容」は「無関心」と紙一重なのか。複雑な思いを抱いた。(宮下日出男)
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移民や難民の受け入れについて、欧米の先進国を引合にして日本社会のあり方を非難する
言説を見かけますが、どこの国民にも譲れるものと譲れないものがあり、自身の生存権を
現実に守ってくれる存在が「主権国家」以外にあるのか?を忘れてはいけないと思います。
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