松本城大天守は五重六階となっています。
下から二重目の屋根の所が三階となっていますが外からは分りません。
乾小天守は三重四階となっています。
幼少の頃、松本城は「五層六階」と教えられましたが、図書館でいろいろ調べると最近の文献では、松本城は「五重六階」と記されているものが多い事に気がつきました。
どうして「五層六階」が「五重六階」となったのか、小学館から2005年に発刊された「城のつくりかた図典」で分りました。
この本によると、天守と櫓は「重」と「階」によってその高さを表しますが、「層」は「重」の代りにも用いられますが「階」の代用としても用いられ、曖昧なので「層」は使わない方が良いと書かれていました。
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松本城には何回か入りましたが、三階部分が外からは解らないのですね。初めて知りました。
違う目線で受け止めるしかないのかも、と感じています。
松本城は「五重」なのにどうして「六階」なのだろうと常々思っていましたが、何回か登って見てようやく分りました。
文献によると「通し柱」に関係するようです。
松本城は1・2階に通し柱、3・4階に通し柱、5・6階に通し柱があります。
解体図をみると、この通し柱の長さは5・6階部分のものは1・2階、3・4階の長さより1.3倍ほど長くなっていますので間延びしているように見えるのかもしれません。
それと、本来の松本城は6階部分に回廊が設けられていたか、若しくは、設けられる予定になっていたようですが、この回廊部分が現在は壁になっていることも要因の一つかもしれません。