

悲劇か、喜劇か。
最終日・最終回、間に合ったー。
『マッチ・ポイント』『タロットカード殺人事件』に続くロンドン三部作の最終章、らしい。
父親が経営する傾きかけたレストランで働く兄イアンと、自動車修理工の弟テリーは仲の良い兄弟。イアンがいつかビジネスで成功して労働者階級から抜け出すことを夢見ているのに対し、テリーはほどほどにギャンブルがやれて恋人のケイトと幸せに暮らせればそれで満足……と求めるものは対照的だが、いつもつかず離れず、助け合って生きてきた。そして、それはこの先も変わらないはずだった。テリーがポーカーで大負けしてヤミ金に多額の借金をつくってしまうまでは……。
なーんて書くとお金が原因で兄弟間にいざこざが起こる話のように思えますが、2人には美容整形外科医として海外で荒稼ぎしている伯父さん(母の兄)がおりまして。うまい具合にロンドンに戻ってきた伯父さんにお願いしてお金の件は一件落着。しかし、タダほど怖いものはないとはよく言ったもので、本当の悲劇はここから始まるのでありました。
世の中に犯罪者と呼ばれる人間はいるけれど、犯罪者として生まれてくる者は一人もいない。生まれた瞬間、誰にでももれなく犯罪者になるリスクがついてくるわけで、あっち側へ落ちるかこっちへ踏みとどまるかは、境遇でもなんでもなくて全て本人次第。そんな生きることの本質? を、同じ環境で、同じ親に育てられながら、性格も価値観も違う兄弟を通して描いた映画です(と思う)。
犯罪に手を染めるといっても、実行までの過程で神様は引き返せるポイントを幾つか与えてくれるもの。イアンとテリーの場合もしかり。それでも彼らに境界を越えさせてしまう一つの力が家族の絆、ってところがなんとも皮肉。
序盤のシーンで母親が2人に言う
「覚えておきなさい。最後に頼れるのは家族なのよ」
とか、
中盤で投資の儲け話を説明するイアンに伯父さんが言う
「世の中にそううまい話はないぞ」
とか、
聞き逃してしまいそうなものすごーくありふれたセリフが、物語の暗示になっているところもニクイです。
また映画の冒頭、イアンとテリーが共同でヨットを買いますが、これが“分不相応な夢の代償”を象徴する巧いシャレードになっていて、ラストシーンなど、「野望を捨てるか、希望を捨てるか」とヨットが問いかけてくるようでしたよ。
ちなみに、テリーはこのヨットにドッグレースの勝ち犬の名と同じ「カサンドラズ・ドリーム」と命名しますが、カサンドラとは、ギリシャ神話に出てくる悲劇の予言者の名前らしい。このヨットを手にした瞬間から、2人の運命の進路は変わっていたんですな。
『マッチ・ポイント』同様、ドストエフスキーの『罪と罰』をにおわせる至ってシリアスな映画ですが、殺人の相談をするシーンで交わされる会話や犯罪に及ぶまでの葛藤など、普通の人間がこういう状況に追い込まれたら言うよね〜、やるよね〜って感じのリアルなセリフやリアクションがなんとも滑稽で、あれ? これコメディ? と錯覚する瞬間も。人の憐れとは、かくも可笑しきものなり。傑作というほどでもないのだけど(^_^;、悲劇を悲劇として描いて笑わせる手腕は、さすがウッディ・アレンといわざるをえません。
イアン=ユアン・マクレガーとテリー=コリン・ファレルの兄弟が、間違っても大成しなさそうな雰囲気バリバリなのもツボでした。










