裁判員制度が始まり、数件の裁判が結審した。
どれもが検察側の求刑を重んじ、予想より重い罪となっているようだ。
このニュースを読んで、純粋に良かったと私は思った。
裁判員制度が始まる前に、被害者や被害者の遺族が裁判で意見陳述ができるようになったこともまた良かったと思う。
これがもし、被害者側の裁判への参加と裁判員制度が逆になっていたら、裁判員に選ばれた人たちは、少なからず、被告側の弁護士の意見を多く取り入れてしまったのだろうと思うから。
裁判員制度が導入されるのは、重罪判決が下りるといわれている事件のみらしいから、そこには被害者が存在し、場合によっては被害者の遺族ということになる。
殺人やそれに準ずる重罪事件の裁判で、今まで被告の弁護士の意見のみが訴えられていたのは本当の意味での平等ではなかっただろう。
特に犯人の生い立ちが、被害者に何の責任があるというのだろう。
生い立ちが気の毒だったとしても、それは同じように苦しみながらも、真っ当に生きてきた人への冒涜でしかない。頑張って耐えて、ちゃんと生活している人のほうが多いんだ。
なのに、世間を逆恨みし、無関係の人間に刃を向けた犯人に、どうして情状酌量しなくてはいけないのか。これが世間一般の感情なのだと、犯罪事件に携わる弁護士さんたちは、もうすこし理解をして欲しいと思う。そうでなければ、これからの裁判員制度の弁護は、訴えれば訴えるほどに、反感を買うだけになるだろう。
もっと犯人に深く反省をさせ、申し訳なかったと思わせるような、人情のある弁護士さんはいないものか。生い立ちをやっかんで、犯罪に走って、気の毒がってもらえるなんていう考えを植えつけては、世の中に犯罪者を増やすだけの愚かな弁護である。本当の意味で、犯人のためにならないのだ。罪を悔い改めさせ、過去を逆恨みせず、どのように罪を償うのか自ら考えていくことこそ本当の更生じゃないのかと思う。
弁護士の腕は、刑期をいかに軽くすることじゃないと、私は思う。
押入れのドラえもんがとか言ってるようでは、駄目なんだ。
私は何もむやみに被害者優先の意識はない。犯人と被害者の間に何らかの確執があったり、犯罪に関する原因や誘因があったりしたら、それは酌量されるべきだと思う。
だけど、無関係の場当たり的に無関係の人が殺されて、犯人の生い立ちが不幸とかで減刑されたら、死んでしまった人が死に損だ。そんな犠牲になるために生まれてきたんじゃないと、掴みかかりたい気持ちだろう。
これからも裁判員の皆さんには頑張って、世間一般の犯罪者に対する怒りを表していってほしいと思う。
どれもが検察側の求刑を重んじ、予想より重い罪となっているようだ。
このニュースを読んで、純粋に良かったと私は思った。
裁判員制度が始まる前に、被害者や被害者の遺族が裁判で意見陳述ができるようになったこともまた良かったと思う。
これがもし、被害者側の裁判への参加と裁判員制度が逆になっていたら、裁判員に選ばれた人たちは、少なからず、被告側の弁護士の意見を多く取り入れてしまったのだろうと思うから。
裁判員制度が導入されるのは、重罪判決が下りるといわれている事件のみらしいから、そこには被害者が存在し、場合によっては被害者の遺族ということになる。
殺人やそれに準ずる重罪事件の裁判で、今まで被告の弁護士の意見のみが訴えられていたのは本当の意味での平等ではなかっただろう。
特に犯人の生い立ちが、被害者に何の責任があるというのだろう。
生い立ちが気の毒だったとしても、それは同じように苦しみながらも、真っ当に生きてきた人への冒涜でしかない。頑張って耐えて、ちゃんと生活している人のほうが多いんだ。
なのに、世間を逆恨みし、無関係の人間に刃を向けた犯人に、どうして情状酌量しなくてはいけないのか。これが世間一般の感情なのだと、犯罪事件に携わる弁護士さんたちは、もうすこし理解をして欲しいと思う。そうでなければ、これからの裁判員制度の弁護は、訴えれば訴えるほどに、反感を買うだけになるだろう。
もっと犯人に深く反省をさせ、申し訳なかったと思わせるような、人情のある弁護士さんはいないものか。生い立ちをやっかんで、犯罪に走って、気の毒がってもらえるなんていう考えを植えつけては、世の中に犯罪者を増やすだけの愚かな弁護である。本当の意味で、犯人のためにならないのだ。罪を悔い改めさせ、過去を逆恨みせず、どのように罪を償うのか自ら考えていくことこそ本当の更生じゃないのかと思う。
弁護士の腕は、刑期をいかに軽くすることじゃないと、私は思う。
押入れのドラえもんがとか言ってるようでは、駄目なんだ。
私は何もむやみに被害者優先の意識はない。犯人と被害者の間に何らかの確執があったり、犯罪に関する原因や誘因があったりしたら、それは酌量されるべきだと思う。
だけど、無関係の場当たり的に無関係の人が殺されて、犯人の生い立ちが不幸とかで減刑されたら、死んでしまった人が死に損だ。そんな犠牲になるために生まれてきたんじゃないと、掴みかかりたい気持ちだろう。
これからも裁判員の皆さんには頑張って、世間一般の犯罪者に対する怒りを表していってほしいと思う。
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