モゲログ

汎発性脱毛症になりましたが元気です。自分のこと、家族のこと、子どものこと。家づくり育児ブログ??になってきました。

30時間闘えますか?

2009-07-31 01:53:14 | なか
7月30日(木)

 はじめましてモゲログへようこそ。このブログは臓器特異的自己免疫疾患による汎発型脱毛症を患った男の自由気ままなブログです。明日は研修の最終日。久しぶりにまじめにレポートを作成しました。大学の頃は自分の好き勝手レポートを書いて、教授に怒られながら学んでいくようなゼミだったので、今更ながら苦労をしています。文章を書くのは好きなんですが、いかんせん興味のないことには気が向きません。それは誰もが同じことかな。

 実はそんな研修会場で、研修に参加している人ではないんですが、自分と同じような風貌の人を見ました。頭の毛が全くない男性を見た。その人は作業着のような格好をして黒いバンダナを頭に巻いていましたが、モミアゲもなく、おそらく前頭脱毛だと思います。どんな理由なんでしょうね。
 声をかけたかったですが、ある意味ナンパよりも勇気がいります…

 「おー、君もか」と気軽に声をかけてみたいですが、脱毛症というのは一口で説明ができぬほど原因が多岐に及びますから、そんな軽軽しく声をかけれません。非常にプライベートな話題でもあるわけです。抗がん剤の治療や、その他の病気を原因としているやもしれませんから。
 でも、もしこのモゲログをご覧でしたらメールいただければんなんて思っています。そうあなたですよ・・・たぶん。


 ギターの練習もしなければ…勉強もしなきゃ…

 一日が30時間あればいいのにと思うモゲログでした。 

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こころの二極化

2009-07-29 23:07:43 | なか
7月29日(水)

 今日も一日ごくろうさまです。このブログはひどい脱毛症になった人のブログ、モゲログです。また、コンサートに向けて今日は帰宅してからギターの練習です。最近は忙しさも落ち着いてきて、少し自分の夏の目標が決まってきました。この目標はなかなか大変なものですが、今からコツコツ努力をしたいと思っています。

 
 日本の民法では20歳が成人と規定されているんですが、今、その成人とみなす年齢を18歳にしようという議論の声が高まっていることをご存知でしょうか。政府が成人年齢の引き下げを検討しているとの報道は記憶に新しいところです。世界各国では多くの国が18歳を成人とし、選挙権や自己決定のための権利を与えています。サミット参加国だけ見ても、成人年齢が20歳なのは日本だけです。賛否が分かれる議論ですね。

 自分としてはそんなことはどちらでもいいんですが、「成人する」ことが、「自立する」ということでいえば、自分の生を自分で引き受ける覚悟ができるかが大切だと思います。
 とかく私たちは、自分の性分や性格、能力すらも環境のせいにする。確かに、自分の育った環境は、その人を形作る大切な要因かもしれないけれど、成人するころまでには、もう充分「あなた」は完成されているはずです。換言すれば、遺伝的要因も環境要因もそれからの自分の成長にはほとんど関係ないということです。あとはあなたの意思が将来を決定づけていくし、その意味で自分の生を引き受けなければいけない。
 「自立する」とはそういうことだと思うんです。

 「こんな私に誰がした」ではないけれど、大人であれば、自分の自己実現もスキルアップも自分の意思を始まりとします。「よし!!やろう」とする気持ち。そこには環境は関係がない。多少の煩わしさや障壁とするものはあるかもしれないけれど、それを乗り越え何かをしようとするのは、自分の意思によるんです。自分の意思を働かせようとする強い意志が必要なんです。
・・・・ちょっとややこしいかな?
 
 ある人は、自分が大学にいけなかったのは家が貧乏だったからだと言った。
 たしかにお金がなければ大学進学は難しい。でもそんなことは理由にならない、本当に行きたければバイトをすればいい。奨学金を借りればいい。それは体のいい「いい訳」をつくりだしたいだけ。それでは自分の生を引き受ける覚悟が足りない。本当に自分がやりたいものが見つかったときには労力がいる。努力もいる。もちろん大切なものを捨てなければいけない時もある。それを含めて、よりよいものと考える未来に向かって自己決定できるか。意思できるか。それが大切なんです。

 自分は忙しいからとか、恵まれない環境だからとか、ましてやハゲだからなんて言ってられない。もう環境のせいにしてはいけないし、人のせいにもしてはいけない。あなたは自分が考え行動するという意思を発する唯一の存在だから。

 この二極化の顕著な現代社会で、自分の生を自分のものとして引き受けることができるか・・・そこにも大きな2極化は存在すると考えるんですよね。

モゲログ的にいうなれば「こころの二極化」


今日の頭皮 えらそう…
明日の予想 気を悪くなさらないで…

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ニヒリズムを超えられるか

2009-07-27 23:30:12 | なか
7月27日(月)時々

 変な天気が続きますね。今日も一日お疲れ様でした。このブログは臓器特異的自己免疫疾患のためひどい脱毛症になった人のブログです。この前置きもそろそろやめようかなと思う今日この頃です。新しく生える毛は白い毛ばかりです。下の毛はちょっと金髪もあるようですが…。
 
 今日はひどく疲れています・・・

 なんだろう・・・この感覚

 浪人生のころ工場でバイトしたことがあった。流れ作業で型番ごとに冷蔵庫を組み立てていく作業だ。朝7時から夜の9時まで働いた。休憩は30分もない。帰り道でおにぎりを買ったけれどのどを通らなかったけ。おにぎりがなんだか固く感じられた。

 そして、あきらめた。働くのを。自分の無力感を感じた。今日の感じと似ている。
 
 あの時、労働者の底辺を見た気がした。世間は生ぬるくないこともわかった。自分の潤沢なモノにあふれる生活は、決して裕さの光景と重ならない。重なるのは不衛生な、そして暑苦しい工場と鉛色の重機と、絶えず同じリズムを刻み続けるあのベルトコンベアの不気味な音だけだ。


 豊かさとは何だろう、裕福とはなんだろう。

 ただいえるのは、いま日本は確実に消極的な平和に安住してしまってるということだ。私たちは真実を知らなすぎることが多い。知らなくてもいいさ。でも、知って死ぬのと知らないで死ぬのなら、私は知って死にたいと思う。

 大切なことから目をそらしてはやはりいけない。
 もちろん、人は無力な存在だなんてわかりきっている。何をしようと限られた時間の中でできることは限られる。人はどうせ死んでしまう。でも、「どうせ・・」にとらわれていては何もできない。君はニヒリズムを超えられるか?生きているすべての瞬間で、それが試されているといってもいいすぎではないんだ。

 簡単なことは「どうせ・・・」と言わないこと。自分の価値を自分から下げても何の意味もないから・・・


 今日の頭皮 蚊は敵
 明日の予想 おつかれさま
 
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時には昔の話をしよう④

2009-07-26 21:41:13 | はじまり
7月26日(日)時々

 お久しぶりのモゲログです。ご無沙汰しております。今週は仕事が忙しいことと思いのほか飲み会が重なって更新することができませんでした。今週でなんと総訪問者数が1万人を突破!!見ていただける方がいる限りモゲログは前進し続けます。本当に皆さんありがとうございます。このブログはひどい脱毛症になった人のブログです。

 最近はちょっとネタ切れの感もありますが・・・ちょっと今日は違ったお話。

 かれこれ6年前、その頃はもちろん髪も生えていて、バイトばかりしていたんですが、バイトも大学も一緒だった先輩がいて・・・・・。よくある話です。その人は明るくてやさしくて、皆から人気もあって、本当に素敵な人でした。自分には到底及びもしないような人だったんですが、最後の最後、卒業式の日に思いを伝え、奇跡的に付き合うことになるんです。
 しかし、いきなりの遠距離恋愛で、相手は卒業して社会人。自分の生涯をかけたような恋愛はわずか2ヶ月で終わってしまいます。一番覚悟をして臨んだ恋愛が、自分の恋愛経験の中で最も短命だったんですね。
 駅で買った使われることのない切符・・・それを握りしめた感触は今でも忘れません。そりゃー失恋は古今東西、老若男女「つらい」の一言。

 今となれば、付き合うことができたのも、その人の器量の広さというか、自分の真剣な思いを一番傷つけない形でくんでくれたんじゃないかとさえ思います。それがいいか悪いかは別にして、思ったのは恋愛である以上に、対人間であるということ。いくら自分の気持ちが強くても、ひとりよがりになってはいけない。相手を思いやることは、自分の好意を伝えることも大事だけれど、相手の状況や心理を考え、見守り、支えることもまた思いやりなんだと痛切に感じたんです。この経験をきに、本当の意味で相手を「大切にする」ってどんなことなんだろうと考えるようになった。

 もちろん、恋愛にはいろいろな形があるし、割り切って考えるのは簡単ではないけれど、自分の気持ちと相手の気持ちを上手に通わせないと、思わぬ落とし穴がある。ほんとに好きだからこそ、考え、行動しなければいけない時も来る。「愛は惜しみなく与う」トルストイはいうけれど、それは一方的な好意のことではなく、懸命にその人のために考え行動することだ。
 もちろん片思いでも、恋人同士でもかな・・・

 「惜しみなく与う」人がいることは幸福なことだ。
 また、それを受け取ってくれる人がいることはもっと幸福だ。
 
 それは信じることと一緒で、無償のもので、成就を目的とするものでもない。
ただ、「その人のため」とまっすぐになれる自分を作り出してくれる素敵なことなのだから・・・。
 
 それってなに?
「恋」だの「愛」だの・・・だよ 

今日の頭皮 太宰は言った
明日の予想 それは恥ずかしいものだと
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パソコンは嫌いです

2009-07-20 23:59:26 | なか
7月20日(月)海の日

 せっかく書いたブログが消えてしまいました・・・・これで3回目だ。gooブログが悪いのか、おれのパソコンがおかしいのか、わからんがなんとかしてほしいです。
 このブログは怒りに満ちた、ひどい脱毛症の管理人モゲの、壮絶な自己免疫回復の記録である。

 今まで消えた文章は数知れないんですが、その中で本当におしい文章も多いんですよ。同じ文章は2度と書けません。同じようなこと書いてもそのニュアンスは完全に再現できない。何かに記憶したり記録に残すことの偉大さを感じます。その昔、古事記や日本書紀は、語り部とよばれる人たちによって一字一句伝えられてきました。そんな自分を一人キープしたい…ブログをやっていて、こんなにパソコンが苦手で嫌いなのは自分くらいなのではと思います。

 もう二度と同じものが書けないと思うとへこみますが、自分の文章に出会うことの大切さを考えれば、この文章も消えてしまったら、もう同じものが書けないわけですから貴重なんですよね。一期一会の精神でこの怒りを鎮めるモゲログでした。

 何を言っているのやら・・・・

 明日は、今日消えてしまった文章にもう一度挑戦しよう・・・・

今日の頭皮 悔しいです
明日の予想 衆議院解散

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「一日は長く、一生は短い」 らしい・・・

2009-07-19 23:18:50 | なか
7月19日(日)

 今日も一日お仕事お疲れ様です。このブログは免疫異常から脱毛症になった人のブログ、モゲログです。暑い日でしたね。最近はまつ毛がないのでバイ菌が入り放題なのか、左目が腫れたり乾燥したりとなかなか厄介です。やはり人間の体はうまい具合にできていることを認めざるおえませんね。まつ毛がないとどうなるかというと、「目やに」が行き場所を失って眼球の前をウロウロするんですよ。それをとろうと目の洗顔を何度もするんですが、うまくいかないので腫れてくる。

 いやぁ…しんどいね。ほんま・・

 世の中には同じような病気に悩む人も多いらしく、いろいろブログやらネットやらで探してみたこともありますが、女性は多いんですが男性で汎発性の脱毛症の方がブログをやっているのには出会ったことがありません。
 そう考えれば貴重なモゲログです。
  
 どうも最近気持ちが前にいかないんですが、結局すべてを病気のせいにしてしまおうとする姑息な自己意識が見え隠れするから困りものです。ハゲようがハゲまいがおそらく今の状況に足りないのは、自分の生きる姿勢。そのありようを問われているような気がしてなりません。楽な方に流されるのではなく、常に何かにチャレンジしていかなければならない。そのためにも基本的なことをしっかりとこなし、一日を終えこのブログを書くときに満足感のある自分でいたいと思うんですよね。
あくまでも理想は…ね。

 明日から仕事と思うとき、私たちは憂鬱な気持ちになる。それはせっかくの休日が終わってしまう気持ち以上に、はたして自由な時間を有意義に過ごせたのかを疑問に感じてしまう気持ちがあるからだと思うんです。そんなことを考えればきりがないのだけれども、そんな不安な気持ちを消し去るには、どんな一日でも意味のある一日だったと自分を納得させるか、理想とする休日のありかたを考え、実践するかという2つの選択肢があるのではないでしょうか。理想としては、自分は忙しいかもしれないけれど、後者のような積極的な時間の使い方をしていきたいと思うんです。
 というのも、人は忙しいときほど、自分に、また人に時間をかけることができるような気がするんです。時間を持て余していれば有限の貴重な時間を大切にしようとする気持ちがなかなかわいてこないのではないかとさえ思います。

 「一日は長く、一生は短い」
 持て余された時間を、「一生」に組み込むのはあまりに惜しい…

 そんなことをこの有意義でない3連休に猛省し、明日は仕事を頑張ろうと心にかたく固く誓うモゲログでした。

今日の頭皮 グッバイ
明日の予想 それは好き 
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「死に至る病」

2009-07-18 23:10:33 | なか
7月18日(土)

 今日もなんとか生きながらえました・・・モゲログです。このブログはひどい脱毛症になった人のブログです。

 なんだかいろいろなことが不安に思えて仕方ない日でした。
まぁ・・・こんな日もありますね。

 現実を直視していきたいですが、現実は思いのほか残酷です。キルケゴールは「死に至る病」の中で、病の正体は「絶望」であると言いました。モゲログ的には死に至る病の正体は、「不安」そのもの。

 「絶望」の反対が「希望」だから、「不安」の反対は「安心」「安定」なのかな。「希望を持て」ということはなんとなくわかるが、「安心しろ」はどことなく無責任な扇動のような気もしてしまいますね。

 「この不安どうすれば晴れるんだろうか」と考えるけれど、結局はその不安を感じることが生産性もなければ、憂う意味もない感覚なんですよね。意味がないのに不安になる。むしろ意味がない感覚だから不安なのでしょうか。ロシア語ではこの微妙な感覚を「トスカ」というそうですが、誰もがこの「トスカ」という感覚を潜在的に持っている。この感覚と上手に付き合っていかないと、いつのまにか心が疲弊してしまいますね。
 死に至る…は大げさですが、「不安なのは自分ひとりじゃないんだよ」ってことはわかっておく必要がある。それはそのまま自分への言葉であるんですがね。

 安定や安心を求める気持ちはだれもが思うこと。それが分かれば少しほっとする感覚を覚えるもんです。

あれ?・・・ま、いっか。

今日の頭皮 とにもかくにも
明日の予想 ごめんなさい

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生きている限り「夢」の途中

2009-07-17 00:22:29 | なか
7月16日(木)

 今日もお仕事一日ごくろうさまです。最近野球が面白くてグローブを買ってしまおうかと悩むモゲログです。このブログは、八か月前どうしようもないひどい脱毛症になり、スキンヘッドで生きていくことを決めた人のブログです。

 昨日第141回の芥川賞と直木賞の発表があり、それぞれ磯憲一郎さんの「終の住処」北村薫さんの「鷺と雪」が受賞に決定した。興味深いのは磯崎さんの経歴だ。三井物産のサラリーマンをしながら40歳で小説を書き始めた。本格的に文学を読みだしたのも30歳ころだというから驚きだ。「書くことへの使命感が強まっている」と磯崎さんは語っているが、その意味ではモゲログも自分に対しての妙な使命感に突き動かされて毎日更新しようとしている。比較するのは恐れ多いが、いつかこのモゲログが私自身の血肉となり、小説の一冊でも書ければと漠然と思っている。幼いころ、そういえば作家にあこがれたときもあったっけ・・・

 幼いころの自分の夢を実現することができた人は幸せかもしれない。いや、幸せだろう。しかし、そんな人は本当に一握りであるし、少年・少女のころの夢はたいていの場合、現実世界という大きな壁に跳ねのけられてしまう。現実的でない夢は、想像もつかない努力の必要性と人とは違う生き方の難しさがある。芸能人やプロスポーツ選手、宇宙飛行士、子どもの頃はあこがれの仕事をいくつもあげるが、その憧れを実現するための気の遠くなるような努力と、自分の才能や能力のなさを知るたびに多くの人が「あこがれ」で終わらせてしまう。
 でも、それが当たり前だ。
 大切なのは、その目標が「あこがれ」や「夢」で終わってしまったときに、「やっぱり自分はだめだ」とか「自分は不幸だ」などと思わないことだ。大きな目標なんてものは、自分の興味が移り変わるように生きている限り変化していく。一つの夢や希望がかなわなかったぐらいで「挫折」してしまったと悲観するのはやめよう。「夢」は形を変えてあなたのそばに寄り添っているものだ。

 なんでもいいから、大きな目標を持ち続けたい。
 生きている限り「夢」の途中だと考えれば、生きることはもっと楽しくなるし、努力のしがいあるものに思えてはこないだろうか。
「人生は具体的な時間の積み重ねでしかない、そんな生きている時間を肯定したい」
 磯さんの言葉には積極的な人生観が溢れているように思う。


 「NANAのドラム役で映画出演」などとひそかな野望をもつモゲログでした・・・
今日の頭皮 今日は徹夜で仕事?
明日の予想 いろいろご迷惑かけております

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曖昧さの中に人間味があるのかもしれないね

2009-07-15 23:35:27 | なか
7月16日(水)

 みなさん一日お疲れ様です。いつもご覧いただきありがとうございます。このブログはひどい脱毛症になった人の暑いのは嫌いなブログ、モゲログです。
キース最高


 最近新聞の集金が来ると、新聞屋の方が3007円の7円をなぜかサービスしてくれる。コンビニと大型店ばかりが消費行動の中心になっているこの日本では、なんだか貴重な光景のように感じられて、妙な安心感をもつ。

 以前こんなニュースが海外であった。
 不況の影響で会社をリストラされ、今日食べるものもない男が、コンビニに強盗に入った。すぐに店の店主に捕まってしまうが、男はリストラされて食べるものがなく、このままでは生きていけないことを店の主人に話したそうだ。その男をあわれんだ店主は、さらにパンと牛乳を分け与えてやり見逃してやったという。
 男の言い分が真実かどうかは分からないが、店主の善意は決して悪いことではないかのように思われる。ただ、同じような人がいくらでもこんなことをしていいかと言えば話は簡単でない。
 この店主の行動から「人の幸せ」について、2つの対立したもののとらえ方ができる。

 ひとつは、どんな「行為」によって人は幸せになるかということ。そして、もう一つはどんな「規則」が人々を幸せにするかということだ。
 前者の考え方では、簡単にいえばリストラされた強盗男は、食べ物を得ることができ、飢えをしのぐことができたからOKだろう。でも、後者の考え方をするなら、強盗男は幸せになっても、食べ物を恵んでくれとコンビニにやってくる人が増えたら困るからNGということになる。

 社会学的には、前者を「行為功利主義」、後者を「規則功利主義」いうが、世の中には似たような対立がたくさんある。この対立はもっといえば、個人と集団の対立でもある。ある人にとっては幸せになる条件も、それが誰にでもあてはめられたとき秩序が保てないこともあるからだ。それぞれの人の幸せはもちろん大事であるけれども、ルールをないがしろにはできない。

 でも・・・。どうも自分は、そんなふうに人の幸せを割りきって考えるのは苦手だ。というか考えるのが面倒くさくなっていく。

 新聞屋さんのように、時にはドンブリ勘定になるのもいいかもしれない。「サービス」という言葉は、中庸の考え方のような気もしてくる。人間社会が円滑に、そして人間味あるものになるように、時には曖昧さがあってもいいだろう。

 自由主義経済のもたらした効率主義の反動として、これからの時代、私たちは急速に人間味や、既存概念の曖昧さを求めるようになるのでは、と思う今日この頃だ。



 そんなことを思うと、社会学者には到底なれないなと思うモゲログでした。
今日の頭皮 目の腫れ
明日の予想 膿抜き
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「若さ」を手放さない「大人」でありたい

2009-07-14 22:51:25 | なか
7月14日(火)

 今日もお仕事お疲れ様です。夏バテしてませんか?睡眠不足と体調不良は仕事の敵です。みなさん御自愛ください。

 責任ある仕事を今年は任されて、4月当初は臆していたが今になってみれば大変な勉強になっている。いろんな方に支えられ、そして自分で努力し、任された仕事を全うしようと覚悟を決めた。大した仕事ではないが、今の自分には大役だ。会合に行けばこんな若造で大丈夫かというような目線も感じるが、そこは何事も勉強と思っていろいろご指摘いただきたい思いだ。何事もクレームはありがたい。課題を解決するためには、自分だけでは限界がある。いろいろな意見や議論を通し、多くの人にコンセンサスを得るのは大事な小さなコミュニティーにおける必要条件である。若造でもそのくらいは心得ているつもりだ。
 
 「若さ」というのはとても曖昧な表現だ。いったい何歳までを指すのか。そもそも年齢ではないのか。だとしたらどんな精神性の上での基準なのか。おそらくは人それぞれの主観であり、価値観の反映なのだろう。
 そう考えると、自分が時に老人のような発想を思い浮かぶこともあれば、まだまだ社会的にみれば稚拙な論理を持ち出すこともある。不思議なものだ。ただ、思うのは、「若さ」とは、孤独であるということ。
 反骨精神・独立心・自尊心・抵抗や解放、それは「大人」が手放して言ったものを手放せない「孤独」がそこには感じられる。そして失いたくない一心で、なんとかそれらを自分の近い所におこうとするのではないか。
 でも…、私はそれでいいと思うし、手放さない「大人」でありたいと思う。走り続けることで見える風景には、手放すだけ手放した大人たちの世界にはない輝きを放つのではないか。もちろん「孤独」が嫌なら手放すのも一つの生き方でもある。しかし、穏やかな中にも自分らしさと「若さ」を持ち続けていたい。
そんなことを初夏の昼下がり、たばこをふかしながら思うのだった。



 決して自分は立派なことはできていないが、理想だけは高くもっていこうと思う今日のモゲログでした。

今日の頭皮 最近常体
明日の予想 本業がんばる

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