モゲログ

汎発性脱毛症になりましたが元気です。自分のこと、家族のこと、子どものこと。家づくり育児ブログ??になってきました。

「ニセモノ」だらけの世の中だから

2009-06-29 23:10:57 | はじまり
6月29、30日 7月1、2、3日

 皆さんお疲れ様です。このブログは「臓器特異なんとかかんとか」のため全身が脱毛してしまう病気になった人のブログ、脱毛症のモゲログです。
 せっかくボーナスが出ても、税金と車検と奨学金の返済でほとんど消えそうです。もらえるだけありがたいですが・・・。エコポイントの制度を有効利用して液晶テレビの夢ははかなく散りました。
 
 そんな夢はもとから持っていませんでしたけどね。
「環境」は現代のタイムリーな話題ですが、日本や東アジア古来の「環境」に対する自然観は非常にみるべきものがあると思います。そもそも、「自然」のとらえ方は、本来の欧米的な自然観と、日本的な自然観はまったくといっていいほど違います。欧米のそれは、自然は支配されるものという捉えであるのに対し、日本古来のそれは、自然は人間と同列なもので、人間と言うものも自然の一部であるという捉えなんですね。
 そして、もうひとつ大事なことは、環境問題や自然保護を我々の問題として引き受けることができるかということです。
 「環境は大切だから」なんて受け売りではなく、子や孫のことを含めて「我々」の問題としてとらえることができるかが、問われています。

 でも・・・今の日本経済のように、子どもや孫のクレジットカードで買い物をするような浅はかな経済政策では、この日本社会のなんとも言えない閉塞感は脱せないかもしれませんね。いまや、政治もダメ、経済もダメ、医療もダメ、教育もダメ。そんな気さえ感じさせます。
 しかし、だからこそ覚悟は大事です。
 ニセモノがあるという覚悟。

 もう、社会が、病院が、学校が自分を守ってくれるなんて期待をしてはいけないのかもしれません。身も蓋もない話ですが。
 もちろん、個々に見ていけば素晴らしい人も多い。でも、連日報道されるようなトンデモナイ人がいることも事実です。ですから、私たちに「ニセモノ」と「ホンモノ」を見抜く力が試されている。日本は民主主義の国ですが、民主政治が衆愚政治になってはいけない。夏にあるであろう、総選挙を迎えるにあたり、ちょっとこれからの、この日本という国について考えてみませんか。

 ニセモノをさがせ!!

今日・明日・明後日の頭皮 日焼け

しばらくモゲログお休みでーす。
いつも皆さんありがとうございます。
ちょっとカテゴリーとか整理したので是非見てください。
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「あきらめる(明らかに究める)」ことが肝心やで!!

2009-06-28 23:29:45 | はじまり
6月28日(日)

 いちお、確認しときますが管理人モゲは、生まれが東北、育ちが埼玉、静岡です。関西ではないです。今はどこにいるかはいっちょん言えかばってん。
友達に長崎出身の人がいるんですが、九州弁には変な憧れがあります…

 今日はしんどい一日でしたが、なんとか今週の見通しが立ちそうです。仕事+αに頭を悩ませるモゲログですが、今週は、2泊3日で出張?があるので、そこんところ頑張っていきたいと思います。このブログはひどい脱毛症になった人のブログモゲログです。


 夏が近づくにつれて思い出すことがあります。
 大学を出て、最初に仕事を始めたのは田舎の職場だったんです。あれは7月の中旬、とってもとっても暑い日でした。まだ使いなれぬ車を運転し、地図を頼りにあいさつに向かった。それまでの道は本当に田舎道で、このまま自分はどこへ行ってしまうんだろうと不安になったのを覚えています。今考えればよくあんな話を受けたなぁと自分でも思いますが、その時はその選択肢しか、私には選ぶ力がなかった。あの時の自分の「不安」に勝る感覚をいまだに感じたことはない。

 個々に考えれば、愚かしい選択をしたと考えても、結果自分の血肉になってプラスになることは多いと思います。そう考えると、何がよくて何が悪いかなんて一概に言えないものだなあと感じてしまいます。そして、自分の希望やのぞんだ行動より、受動的な行動の方が人を成長させることも多いのではないかと思ってしまいます。

 生きていくというのは、自分の意志だけではどうにもならないことがある。たとえば、不意の異動や転勤など、個人の意思や意向をどれだけくみ取れるのか、それには限界があります。極端な言い方をすれば、自分が生きていくステージは選べないこともあるということ。

 そんなときは、それが当たり前と思うよりほかにないと思うんです。
 そして、「何が自分にとっていいかなんて簡単に判断できないんだ」とあきらめましょう。ある人は、「あきらめる」ことは「明らかに究める」ことだといった。私もそう思うし、与えられた環境や境遇を、自らのものと能動的にとらえて生きていくしかない。
 そんなことに不平や不満を言い出せば、私たちはもとから自分の生まれる環境を選べないんですから。だから赤ん坊は泣きながら生まれてくるのかなぁ・・・

「あきらめる」ことは「明らかに究める」こと。

ほら、あなたにもスキンヘッドの境地はすぐそこまで見えてますよ(笑)


今日の頭皮 牛乳飲みすぎた
明日の予想 日焼けに注意 
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Re.無題

2009-06-28 00:15:44 | はじまり
6月27日(土)

 お疲れ様です。このブログはひどい脱毛症になった人のブログ、モゲログです。

 どうも最近、こころが先立つんですが、体がついていきません。ちょっとここらで休憩してラストスパートかな。いろいろかたずいたら、飲みにでも行きたいですなぁ~。忙しいので今日はこの辺で・・・

 みなさん、よいお休みをお過ごしください。


今日の頭皮 かわらず
明日の予想 牛乳のむ

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「魅力あるもの」の理由

2009-06-27 01:27:03 | はじまり
6月26日(金)

 みなさん1週間お疲れ様です。今週はたくさん病院に行きました。どうも自分は病院が苦手です。あの独特なにおいと、閉鎖された感じが嫌です。自分が死ぬ時は病院以外で静かに死にたいです。
 このブログは、ひどい脱毛症になりながらも、紫外線と戦い生きる一人の男のブログである。

 テレビで「たそがれ清兵衛」がやっていたので結局全部見てしまいました・・・山田洋次監督で時代劇はめずらしいなぁと思っていたら、原作は藤沢周平なんですね。藤沢周平さんは直木賞作家としても、また時代劇作家としても有名ですが、実は若くして奥さんを亡くしている。
 そう考えれば、「たそがれ清兵衛」の舞台が藤沢さんの出身の山形県、そして主人公の境遇は藤沢さんのそれと同じくしているんですね。再婚することまでそっくり・・・
 映画は、主人公の清兵衛が、藩命によって謀反者と戦うのがクライマックスとして用意されている。でもそれは血なまぐさい決闘ではなく、むしろ対話だった。その中で、相手も同じような境遇があることを知る。
 相手も大切な人を失っていた。
 二人は結果切りあうが、そのシーンはそれほど大事ではないような気がする。映画の主題は、家族思いの清兵衛の優しさ。
 
 藤沢さんにとっての内的な衝動は、何だったんだろう。この物語に何を投影させていたのだろう。人は魅力ある人間を描く時、自分の理想や実態とは正反対の願望を描くことがあるという。大切なものを失っても、もっと大切なものが足もとに転がっていることを藤沢さんは願ったのだろうか。それとも気づいたのだろうか。
 
 エリック・クラプトンは、息子が事故死した時に、あの「tears in heaven」を書いた。喪失感は人における精神性の極みかもしれない。それを悲観することのエネルギーを何か感情の発露とするなら、そこには「ない」ことによる何かが、自分の内的衝動を形にしてくれるのではあるまいか。
「願ったもの」と、「気づいたもの」
それはないからこそ、魅力あるものなのかもしれない。
 
 時として、人を引き付ける作品には、並々ならぬ作者の悲哀や憂愁があることもひとつの事実なんですよね。それを形にできるところがすごい・・・。
日々モゲログも勉強ですね。

たそがれてはいるんですけど・・・。


今日の頭皮 たそがれモゲ兵衛
明日の予想 病院

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時には昔の話をしよう③

2009-06-25 23:44:04 | はじまり
6月25日(木)

 今日も一日お疲れ様です。どんどん暑くなっていきますね~。このブログは、ひどい脱毛症になった人の似て非なる哲学ブログである。・・・でもないか。

 小学生の時に、いつも自分の味方をしてくれた友達がいました。
 あだ名は、なるちゃん。小柄で前歯が一本なくて、面白いやつでした。なるちゃんはいつも優しかった。ある日、私が床屋で髪を切ってきたんですが、クラスの皆からえらく冷やかされたことがありました。小学生のころ、なぜか私は大の床屋嫌いで、いつもかなりロン毛になっていました。だから、髪を切ってくるとなると、クラス中が珍しがる。その日も例外なく、朝から話題の中心は私の髪型でした。今、思えば注目されるってことはそんなに悪くないことだと思いますが、当時は本当に嫌でした。「変だ」とか「おかしい」とか言われると、なんだか無性に腹が立つ。そんなとき、なるちゃんは決まって「おれはいいと思うぜ」と一人だけ味方してくれる。私にとっては、神様・仏様・なるちゃんだったんです。
 なるちゃんは、決して恵まれた環境の子ではなかった。家は長屋のような平屋建てだし、表札はかまぼこの板のような粗野なものでした。そして、いつもサッカーばかりしていた。
 
 そんな彼との忘れられない思い出は、小学校の卒業式の時。なぜか、卒業生として退場したあと、自分がいろんな思いが溢れて来て泣きそうになった。でも、さすがに人前で泣くなんて、ありえないと思った自分は、トイレでそのいろんな気持ちが過ぎ去るのを待っていたんですね。外では、みんながうちの人と記念写真や、アルバムの寄せ書きをしてるのをトイレの窓から眺めながら、私はただ涙腺が乾くのをじっと待っていたんです。

するとそこに、なぜかなるちゃんがやってくる。
 私を見て、「おっ」と言っただけで、自分もトイレを済ませようとする。
そして、洗面台で手を洗うとき、彼は言ったんです。
 「お前が泣くなら、おれも泣くよ」って泣こうとしてくれた。
よくある子どもの悪ふざけのようでいて、そんな空気感でなかったのを思い出します。あの時、なるちゃんは本当に泣こうとしていたんじゃないかって思うんです。
 
 泣く・笑うは、伝染します。でも、それは欠伸(あくび)がうつるようなもので、人間がおそらく無意識に他者とコミュニケーションをとろうとするための生理現象なのでしょう。なるちゃんは、もらい泣きをしたのではなく、いっしょに泣こうとしてくれた。意識的に喜怒哀楽を他人と合わせることほど、フラストレーションのたまるものはない。けれど、それを自らかってでてくれた彼の優しさと素直さは、何年も経った今でさえ、ありがたみと、感謝の気持ちで私をいっぱいにする。
 
 人の優しさとはなんだろう。
それは、きっと無償のもので、無条件のもので、見返りを求めるものでもない。
ただ、「その人のために」と必死に考え行動したことだ。

 そんな優しさに触れたとき、人間もまんざらでもないなと思うモゲログでした。

長文お読みいただきありがとうございます。
今日の頭皮 ハゲの半分は優しさでできています
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眠たいけど思うんだよね

2009-06-24 23:54:28 | はじまり
6月24日(水)

 皆さんお疲れ様です。また一回作ったブログが消えてしまいました。眠くてウトウトしていたら変なキーを押したようです。このブログは眠たい眠たい脱毛症の人の免疫機能回復の物語である。

 こんな日はブログも書かずに寝ようと思います。
はっ・・・書いてた。

 高校のころ、家庭科の先生とやたら仲がよかったんですが、あるとき呼び出しを食らいました。何かと言えば、家庭科のテストの追試だったんですね。でも、それは建前と言うか、本音はどうやら違うところにあったようで、先生は「なんであんなに寝れるのか」と真剣に聞いてきました。
 「若いからさ~」と適当に答えると、目にもとまらぬ速さでデコピンをくらいました。
 でも、今思えば、そんな先生にはなんとなく自分の気持ちの危ういところや、弱いところをほんの少しだけ見せることができたような気がします。

 やっぱり、「心配してるぞ」というメッセージは、他人を受け入れる心の隙間を作ることもある。心配をされる自分は往々にして自分でいっぱいいっぱいなことが多いから。
 人と人は、意思を通わせることをあきらめてしまったら、他人ですらなくなってしまうような気がします。「嫌いだ」という相手への意思ですら、それは貴重なことのように感じてしまうんです。とっても人間的。ましてや「心配してる」なんてのは、最上級の人への意思なんじゃないかなと思うんですよね。伝わるか伝わらないかは問題ではない。伝えることが大事。
 


 眠たいけど「心配してるぞ!!」
はやく退院しろーーーーー



今日の頭皮 眠気
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今、ハゲに会いに行きます

2009-06-23 23:56:38 | はじまり
6月23日(火)

 タイトルが・・・

 皆さんお仕事お疲れ様です。暑い日でしたね~。スキンヘッドにして初めての夏が近づき、頭にかいた汗が、目にしみる今日この頃です。皆さんはどんなふうにお過ごしでしょうか。季節の変わり目は体調不良に注意ですよ。このブログは、免疫異常から脱毛症になった人のブログ、モゲログです。

 いつも朝は缶コーヒーを買って、それを飲みながら車で職場に向かうのが、朝の日課です。同じコンビニで缶コーヒーを買うんですが、今日店員の人になぜか話しかけられました。
 「それ、タトゥーじゃないですよね・・・」
店員さんが差したのは、私の手の甲に書かれた幾何学模様。眉毛書いたときにいつも大量に試し書き?をするんですが、どうやらそのことだったようです。
店員さんにしてみれば、毎日気になってたんでしょうね~。
 「この人、いつも手になんか書いてある・・・」って。
 とりあえず笑顔で、「ボールペンの試し書きなんですよ」と話しておきました。
最近では、一番のスマイルをよく知らない人にしてしまいました。

 不思議なもんで、世の中には出会いが溢れていそうで、そうでもありません。その多くのありそうな出会いは、出会う前にすれ違ってしまう。街ゆく人を眺めれば、いろいろな人とすれ違って行くけれど、人の出会いはそんなおおきなヒトの流れの中で、ごく限定的に起こります。目に映る人や、同じ時間を共有したからといって出会うわけではない。そこには「意志」がかかわってきます。
 必要に迫られて「出会う」こともあるけれど(ほとんどそういうものが多いけど)、出会いになるかすれ違うかは、ちょっとした「意志」の問題です。具体的には、その人と「知り合いたい」と言う意志です。そして意志に伴う行動もですね。
 
 一期一会ではないけれど、どんな人とも出会えたことはいろいろな偶然の積み重ねです。そして「いい出会い」、「悪い出会い」があるというよりは、出会った人に感化されたり、影響されたり、はたまた強い動機をもらったりして、自分が形作られていく。その結果として、それを「いい」「悪い」と結論付ける自分がいるわけです。出会うことは悪くない。

 そう考えれば、すこし日常に彩りが増すような気になりませんか。
自分の人生をゆたかにしてくれる出会いは、そこらへんに転がっているかもしれません。

出会いが少ないのではなく、出会う前にすれ違っている人が多いんですよ。
たぶん…
まぁ…物理的なものもありますよね~。
人がいない田舎じゃ出会いは確かに少ないかな…  

今日の頭皮 毛が三本
明日の予想 野球で怪我した・・・

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理想を語ることの強さ

2009-06-22 23:37:27 | はじまり
6月22日(月)のち

 今日もみなさんお疲れ様です。今週は少し忙しいです。はやく長いお休みにならないかなと思いつつ、今の自分に「暇」ほど恐ろしいものはありません。予定をどんどん作っています。あと一か月が勝負です。このブログは、免疫の異常からひどい脱毛症になった人のブログ、モゲログです。

 今日、中高生に間違われました…。複雑な気分です…。

 誰しもそうかもしれませんが、梅雨の時期はどうも気持ちが暗くなりますね。
そして、季節の変わり目だからと体調もやや危ない。ダブルパンチなんですが、何かに没頭するとその感覚すら忘れることができるから不思議です。それは、心にも体にもよくないように思いますが、そんなに長く続かないこともわかっています。お酒と一緒で、どこまでが自分の限界かをおそらく、この何年かで測っていたような気さえします。まだまだ無理のきく歳です。
 
 自分を大切にすることは、自分をよく知ることでもあります。体力や精神力のキャパシティーを時として把握していることは、決して無駄ではない。大事なのは、キャパが限界点ではないことと、常に成長しうる自分をイメージできているかだと思います。とてもアスリート的な発想ですが、メンタル面の強化は実技強化と同じように、現代スポーツ医学では重要視されている。

 人の思いには、「願望水準」と「期待水準」と呼ばれるものがあって、要するに、「理想としての思い」と「現実で感じる思い」です。キャパシティーと言う先程の話を「期待水準」とするなら、成長しうる自己のイメージは「願望水準」と考えることができます。
 《さぁ・・・話がややこしくなってきましたね~。疲れているのに書き出すと止まらんなぁ・・・》

 自分は、願望水準を常に高く持ちたいと思っています。そうでないと、いつの間にか、これでいいやと期待水準までも下がってきてしまう。つまり、理想を高く思い描くことは、現実の自分を引っ張ってくれることも多いと思うんです。
 理想と現実は、残酷なまでに私たちの前に立ちふさがります。悲しいかな現実です。でも、「期待水準」が「願望水準」を押し上げることは難しい。理想と現実と言う対比を持ち出す時点で、それはすでに「期待水準」の位置取りを「願望水準」より下に見てしまっている。2つの思いを、同じくらい高く持つことはとても難しいが、理想を語ることの強さは、その思いをお互い押し上げる。
 
 理想を持て!大志を抱け!

そんな簡単じゃねーよ。

まあ、気持ちの問題ですよ。たまには理詰めにしたつもりが、自分が混乱したよ。

今日の頭皮 疲れた
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「和解」

2009-06-21 22:39:38 | はじまり
6月21日(日)

 今日も一日ごくろうさまです。暑い日でしたね~、午前中は仕事、午後は家で仕事しながらボーとしてたら眠くなってきて、寝たらこの時間です。5時間も寝てしまった~
 このブログは、「臓器特異的自己免疫疾患」になった人のブログ。モゲログです
のぶちゃん、とりあえず幸せのバトンもらっときます…結婚おめでとう

 おれは、どうもまだふらふらしてるので・・・先になりそうかなぁ・・・でもいつか、このブログでそんな報告ができればいいっすなぁ。



 父の日ですね。そういえば・・・
あまり人には言ったことがありませんが、自分は父親を尊敬してますが、それは「父親」への敬意ではなく、「男」としての父を尊敬している。「父親」としての父は残念ながらちょっと落第点ですね。こんなことを本人が見たらへこむと思いますが、まぁそれはあり得ないことなので書いてしまいました。
 でも、自分が父親になったとき、父の真意がわかったりするやもしれません。そこは難しいところです。

 志賀直哉の小説に「和解」というものがあります。
この主人公は、父親とものすごい仲が悪いんです。戦前の価値観の中では、父親に反抗するなんてとんでもないことだった。で、どんな話になるかと言えば、あんまり覚えてないんですが、とにかく主人公に子どもができる。でもわずか一週間ほどで死んでしまうんですね。それを主人公は伝えに父親のところへ向かいます。もちろん二人とも仲が悪いですから、いざ伝える時も何も言わない。それで主人公がやっと「息子が生まれましたが、死にました」とだけ言うんです。父親も「そうか…」としかいいません。それで主人公は帰っていくわけです。
 という、たったこれだけの話なんです。「和解」の要素はいったいどこなんだと思いますが、それが志賀直哉が「小説の神様」と言われる所以かもしれません。
 
 残念ながら親と同じ土俵には、誰でも立てません。でも時間軸は違えど、いつか親の気持ちがわかるときがやってくると私は思います。その時に一番思うのは何でしょうか。感謝でしょうか、後悔でしょうか。
「父親」としての自分、「男」としての自分、「職業人」としての自分。いろんなことを重ねて、「自分」を大切にできているか。

子が不器用なら、親はもっと不器用なんだよなぁ・・・これが。

今日の頭皮 おいおい
明日の予想 大丈夫かぁ?


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「出る杭(くい)」と「出すぎた杭(くい)」

2009-06-19 23:14:53 | はじまり
6月19日(金)

 ほんとは午前2時・・・
 一週間お疲れ様でした。今週はものすごいスピードで進んでいったような気持ちです。このブログは全身の毛がヌケール病になった人の日々雑感である。
 マイブラザー誕生日おめでとう。明日なんか荷物送るわぁ。毎日ごくろうさん、今年一年がおまえにとって良い年であることを祈っているよ。
社会人一年目はいろんな苦労があると思うが、自分らしくがんばれ!!
兄もがんばるはず・・・社会はつらいねー


 大学の時の教授がよく「出る杭は打たれる」という言葉を持ち出して、長年の経験からおれはこんな風に思うんだと言い出したのをふと思い出します。それは・・・「出すぎた杭は打たれない」という文句でした。
 当時、国立大学でありながら行政の批判ばかりしていたあの人らしいことばですが、これは一理も二理もあるんじゃないかと思うんです。
 
 どんな欠点がある人でも、何か自分の信念や目標があって一生懸命になっている人を、ふつう正面から否定はできないんじゃないかって思うんです。それによって何かが足りなかったり、多少人に迷惑をかけても、批判する人より、応援してくれる人のほうが増えるんじゃないでしょうか。中途半端な主張や、自分本位の意見を通そうとすれば、それは多くの批判にあう。「出る杭」と「出すぎた杭」の違いは大きい。

 「一生懸命」・・・それが伝わればおのずと人の気持ちを引き付ける。「出しゃばるとすぐにくぎを刺される」なんて不平を洩らすより、まずは自分が懸命な生き方ができているだろうかと、自分に問いたい。
 一生懸命何かをし、笑い、怒り、泣く。

 いつも不器用な喜怒哀楽が多い日常の中で、ふと出会える瞬間もやってくるだろう。その瞬間は、おそらく人間の生のなかで最も上質な感覚だ。

最近、一生懸命な人に会った。

 その人は欠点も多い(かなりある)が、人を引き付ける才能を持った人だ。
自分もその懸命さにあやかって、時には「出すぎた杭」になろうともくろむ毎日である。

今日の頭皮 ビールが飲みたいぞー
明日の予想 ビール飲む
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