Masayukiの独り言・・・

老いの手習い日記です。

文楽を鑑賞する

2016-10-10 21:25:13 | Weblog

 グランシップ劇場で行われた人形浄瑠璃 文楽を鑑賞した。特に強い興味があったわけではないが、三味線の伴奏に合わせ太夫が詞章を語る劇場音楽に興味があったと言うのがその一つであったような気がする。詞章は単なる歌ではなく、劇中人物のセルフや仕草、演技の描写を含めたもので、語りが叙事的な力強さを持っている。このため浄瑠璃の口演することを「歌う」ではなく「」語る」と言うのだそうだ。それに合わせ人間が操る人形の動きが合致し見ている人に感動を与える不思議さを持っている。

 テレビ等では、何度か見たが文楽を生で見るのは初めてであり、少し緊張した面持ちで座席に着いた。周りを見渡したが知っているような人は居なかった。年齢層も若い人から私のような老人まで幅広いファンがいることを知った。また女性の中には着物を着てきた人も多く見かけ、文楽が地方都市にも浸透していることも解った。文楽は平安時代から人形を使った芸を見せる集団がいて、江戸時代になって花開き、17世紀半ば過ぎには、声量と音域に恵まれた竹本義太夫が現れ、豊かで斬新な表現と適格な描写で人々を魅了した。その後歌舞伎などの芸能に押される時期もあったが、19世紀初めに植村文楽軒が現れ黄金期を迎えた。浄瑠璃の伝統を受け継ぐ劇場「文楽座」が発足し「文楽」と言えば人形(操り)浄瑠璃の代名詞となったと聞いた。

 今回の演目は「妹背山婦女庭訓」で古代、大和で起きた蘇我入鹿暗殺のクーデターで、密かに討伐計画を進める藤原鎌足・淡路父子は、のちの天智天皇と藤原鎌足による入鹿暗殺を題材とし、入鹿討伐に巻き込まれた庶民の娘の悲恋を描く四段目であった。特に四段の「金殿の段」では、杉酒屋の娘お三輪は最近隣に住む求馬(藤原淡路)に恋心を抱き、ある日、求馬を追っていくと御殿にたどり着く、そこでは求馬と姫が今宵祝言を上げる話が伝わってきた。恋人を奪われ。官女たちに辱められ、嫉妬と怒りに荒れ狂うお三輪を刺したのは鎌足家来の金輪五郎であった。刺した理由は、蘇我入鹿は、爪黒の鹿の血と嫉妬に狂う女の生血とを注いだ笛の音を聞くと意識を失うという。その二つが得た今が入鹿討伐のときと話す。ーー求馬の正体を知り、自身の死が、恋人の役に立つことを喜んだお三輪は、求馬を恋い慕い息絶える。

 太夫の抑揚のある声と、お三輪の恋ゆえの不安や悲しみ、激しい怒りと哀れな最期、それに官女の意地悪さも含めて、見ごたえのある内容であった。文楽は今静かなブームになっている。日本に生き続けた伝統芸能は歴史の中で浮き沈みはあったが、それを継承して現在に蘇った。そこには日本人の叡智を感じたし、時代々々の節目に、より飛躍させた人物が現れ、より優れた芸能を生み出してきたことを感慨をもって知った。

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