Masayukiの独り言・・・

老いの手習い日記です。

お盆のこころ

2017-07-12 18:31:51 | Weblog

 仏教において、最も重要なことは「先祖まつり」で春秋の両彼岸の墓参り法要と夏のお盆のお施食法要と云う。この3つの時期は、先祖の御霊が家に帰ってきて、そこへ子供等家族たちが訪れ、その安泰を喜び、親族縁者からの供養を受けるのが「先祖まつり」という。この行事は、祖先の霊とその子孫縁者との交歓の機会であると云える。我家のお盆の行事は7月7日から始まった。この日は菩提寺では施餓鬼供養の法要があり、檀家がお寺に集まり最初の供養を行った。餓鬼世界に落ち現世に頼るところがない御霊を供養すると云うのがこの法要であると聞いた。

 仏教は、現世を生きたすべての御霊を供養すると云う他に類がない平等、博愛の精神が根底にあるように思う。だから他の宗教の様な先鋭的ことはなく温容な宗教といえるのでないか。施餓鬼供養が終わると7月12日にお盆で御霊を迎えるため、お墓を清掃に行った。この時期は、どこのお墓も生花が飾られいつもの風景が一変する。私がいた20分ほどの間でも5人の人が新しい生花などをもって先祖のお墓にお参りに来ていた。お寺の境内も植木屋が入ったのかきれいになっていた。

 家に帰り精霊棚を作った。仏壇から本尊、位牌等すべてのものを出し臨時の棚を作るもので、この時、一年一回の仏壇の大掃除をした。これにより仏壇は奇麗になったし、線香立て用の灰もふるいにかけた。精霊棚は座卓の上に袈裟用の布を敷き仏壇にあるすべてのものを出し並べた。その四隅に竹を立て、上の方に綱を張りミソハギ、ホオズキ、昆布などを吊るすが、これは明日にしようと思う。生花も新しいものにし盆提灯を飾ると精霊棚の形が整った。昔はもっと時間も短く楽にできたように思ったが年を取ると作業も大変になった。夫婦でやったが丸半日かかった。

 父が他界した21年前、初めて仏壇を作りお寺さんとの関係ができた。そしてお盆の行事も毎年行うようになり、その繰り返しで年が過ぎていった。この間いろいろのことがあり、そのときは大変であったが年が経つとそれは平易なことのように忘れ去られていく。そしていつの間にか年が過ぎ今は老夫婦だけが残ってもくもくと作業をしていた。お盆で御霊は帰ってくるが、迎えるのは私達夫婦だけかもしれない。昔はきょうだいや子供たちもきたが今年は分からない。各々に事情がありやむ負えないことであるがさみしさ感もある。しかしお盆で帰ってきた御霊に心配を掛けないよう迎えるよう。

 

 

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