Masayukiの独り言・・・

老いの手習い日記です。

県立美術館に行く

2017-05-05 21:28:38 | Weblog

 静岡県立美術館で「黄金のファラオと大ピラミッド展」が開かれている。以前から古代エジプトの歴史には興味を持っていて、今でもエジプトに行きたいという希望を持っている。日本では縄文、弥生時代であった紀元前3000年頃から栄え、ナイル川流域に統一国家を築き繁栄した国家はローマ帝国に滅ぼされるまで長く続いたが、こんな例はほかにはないのでないか。その繁栄の象徴がピラミッドであり、そこに埋蔵された装飾品の数々であったと思う。まだ私が20代のころ、東京の西洋博物館にツタンカーメンの黄金マスクが展示され見に行ったのが切っ掛けであった。

 今回の展示は、エジプトの国立カイロ博物館から、貴重の約100点ほどの至宝が展示されいた。今日は子供の日で家族ずれのお客が多く見えていて会場は混雑していた。音声ガイドを借り理解を深め回る予定であったが人の波に押され思うようには回れなかった。それでも3時間ほどかけて回るといろいろのことが分かってきた。繁栄の歴史と思っていたエジプトの歴史も、紆余曲折があり繁栄と衰退を繰り返したようだ。それでも2500年近い歴史を刻んだこの民族の秩序とエネルギーであったと思う。

 古代エジプトは紀元前3500年前に始まり、原始王朝、初期王朝が続き、最も繁栄した古王国時代に階段ピラミッドを作ったジュセル王が第3王朝を開いたと。それを継いだのが第4王朝のクフ王で、その息子がカフラー王、メンカウラー王の3代のファラオ達が巨大なピラミッド群を作るまでになった。しかしこの建設に莫大の資金と労力、そして20年以上の歳月がかかり財政的にも困窮し、その後はだんだん小さなものになっていった。古代エジプト人は、太陽神を拝み人間は肉体、心、魂が内在していると考えられていた。寿命によって肉体と心は失われるが、魂は天空の神のもとに帰ると信じていた。その信仰はすべての人にも当てはまるが、ファラオは魂が天空に召されてもいつの日かピラミッドの中に埋葬されミーラに肉体に戻るものと考えられていた。ピラミッドはファラオの墓であるが、内在する構造は天に通ずる道と帰ってくるところであると考えられていたのでないか。

 遺跡からの出土品からは、ピラミッドが建設された時代の人達の暮しぶりが窺えた。貴族、知識階級、庶民と云った階級の差は大きいが、家庭における夫婦、子供など現代社会と同じようであったことが伺える。また夫婦が互いに肩に手を回すような平等社会であったし、当時から女性がおしゃれを楽しむ胸飾りや腕輪など装飾品が多く出土していた。古代エジプトには奴隷制度があったと思われるが、そうした影は見渡せずファラオを頂点とした社会秩序が保たれていたのでないか。これが古代社会において他に比類がない長い繁栄があったのだと感じた。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 八十八茶を頂く | トップ | 上田敏と静岡 »
最近の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事