Masayukiの独り言・・・

老いの手習い日記です。

術後2日目から退院の朝まで

2017-04-11 22:16:12 | Weblog

 10日の朝、担当の医師が病室にきて術後の状況を聞きに来た。この時点で傷口にはガーゼが貼ってあるものの、身体に管など付いていない状態であった。傷口が膨らんでいて少し突っ張ったような痛さはあるが概ね普段と変わらなかった。担当医は傷口を手で触ったりしていたが「今日ガーゼを取ることにしましょう。この状態なら11日か12日には退院できるものと思います」と言った。最初は一週間ほど入院が必要と言われていたので、14日ごろと考えていたので、経過が良かったものと思う。

 入院してから、同じ病棟のトイレ、風呂に行く以外は病室でベットの上での生活であったが、今日は待合室や一階の売店まで歩くことにした。まだ歩くとふらふらするように感じたが、動くことは身体に良いものと思った。寝巻姿の上にトレーナーを羽織り出かけた。3階の待合室20畳ほどと広く、そこには2組の患者とその親族らしい人が話していた。そこで備え付けの週刊誌を拾い読みしてから一階に降りた。そこは外来用の診察室が並んでいて多くの患者さんが座っていた。私も以前外来患者としてそこにいたが、皆さん黙って下を向いたり、単行本など読んだりしていた。その顔には、不安げな様子がうかがえた。こんな客観的に観察できたのは初めてであった。売店で、ミネラルウオーターを買い3階の病棟に戻った。

 担当の看護師が来て「今日から5日分の錠剤を毎食後飲んでください」と言って持ってきた。聞くと抗生物質で手術による感染症など防止のための薬であった。入院してから一日に2回は血圧、脈拍、体内酸素量、体温を測ってくれ、その都度数値を教えてくれたが、いつも正常であった。午後2時ごろ妻が着替えを持ってきてくれたので、医師から4月11日か12日には退院してよいと言われたことを云うとよかったと言って喜んだ。しかし明日は妻に別に用があるので12日午前中に退院することに決めた。10日までは4人部屋に、向かい側の子供さんと2人だけで静かであったが、11日の2人の患者が入ってきた。話している感じから2人の年齢は私より年配者であるようだ。

 一人の方は、以前小学校の校長で、人望のある教育者であるようであった。病気は高血圧で身体に障害が出ている方であったが礼儀正しく看護師との会話もはきはきしていた。もう一人の方は私の隣に入ったが、救急で11日午前中一人で入院した。透析をしていて腕の管が詰まり来たようであったが、その治療を行ない部屋にきたが、中々落ち着かない人であった。夕方再度管が詰まりそれを取り換えるための手術室にむかい11日夜9時過ぎ戻ってきた。その方は夜中に声をあげるなどして、なかなか寝付かれなかったが、この人の境遇を思うとかわいそうに思えた。


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