Masayukiの独り言・・・

老いの手習い日記です。

読後感想

2017-05-18 20:57:26 | Weblog

 曽野綾子の「老境の美徳」を読んだ。妻から薦められたもので「これから生きるのに参考になるから」と言った。この基調は周りの人に極力迷惑をかけないで生きるためのエッセイであった。最近妻はこの著者の本をよく読んでいる。私よりずっと終末のことを考えているようだ。私が4月に入院した時も薦められ「老いの才覚」を読んだが、推理小説が好きであった妻の思考が変わってきたと思った。この本も同様で、今の老人の生き方に警鐘を与えた一冊であった。

 私はどちらかと云えば歴史書が好きで老いを自覚するような本は読まなかった。しかし、昨年には胃の手術を行い、今年は甲状腺の手術を行ったことから、人生の賞味期限が近づいていることを嫌が上でも考えさせられていた。しかし生きる限りアグレッシブに生きたいし、死は、自分の義務として終わりたいと思っている。

 この本の読後感を話すと ≪日本社会は、明治維新から成長を続け、戦争と云う悲惨さはあじわったが、いま成熟した社会を迎えている。この間経済力も伸びたし、人間の欲望も大きくなった。誰もが権利を過剰に求め、安心、安全を保証しようとする社会が作られていった。しかし、成長の過程では要求も受けとめることができたが、今の成熟社会は既に下り坂を迎え、これに応える限度は既に超えていて、社会矛盾が露呈してきているのが現状である。著者は、その中で老人は、人間らしい尊厳を保ち、良い生涯であったと思えるように生きるにはどうすべきかを問いまとめている。

 日本は少子高齢化と云っても、アフリカ諸国では、一家族で8人から9人の子供がいるのは普通である。親は子供たちを養うことができないから生まないという選択肢はないようだ。それ故、体の弱い子供は命を長らえることはできなくても、これは自然の摂理であると思っている。しかし成熟社会では、子供の出生率は1.5以上にするため対策を打ってもならない。そこには核家族ゆえの事情があるが、それは権利として保証されているからだ。だからと言って甘やかされた社会になったということも、必ずしも言い難い。老人もそうである。老人が自宅で快適に過ごしたいが、家族の介護、ヘルパー、デーサービスを受けるため介護保険以外のお金が必要である。政府は特別養護老人ホームを増やそうとしているが、中々入れないし働く介護士も集まらない。有料老人ホームも高額の費用が掛かり、格差を思い知らされる。老人が行き着く先は、本人の意思とは違って周りのいろいろな条件で決まる。それでも著者が云う「人は適当な時に死ぬ義務がある」と云う言葉は重い。

 

 

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ゴルフの才能はないのか? | トップ | 「試してガッテン」を見て »
最近の画像もっと見る

あわせて読む