木浦鉱山のすみつけ祭りの舞台裏

大分県佐伯市ではなく、大分県宇目町に伝わる奇祭の準備の様子などをご紹介します。
非公式なので、真に受けないでください。

耳の痛い話・・・

2016年10月08日 | 日記
 先日、久しぶりに天神原がどうなっているのだろうと、ついでがあったので寄ってみました。
 道路には礫の流出があり、草は覆い茂っています。
 全く管理されていない状況です。

 天神原山の登山口を確認、女郎墓までのアクセスもなんとか確保できていることを確認しました。
 このまま帰ればよかったのですが…。


 その付近に、展望台があることを思い出しました。
 同僚と展望台を確認し、今となっては大した眺望がないことを確認した上で帰ろうとした瞬間、耳の後ろに激痛を感じました。

 慌てて頭髪をはらっていると、ハチが3匹くらい髪の毛から出てきました。
 同僚も腕を1か所刺されました。
 キイロスズメバチのゲキリンに振れてしまった様です。
 悪気なく彼らのテリトリーに入ってしまった我々の敗北です。
 その晩、耳付近がジンジン痛むため、普段より多めに麻酔を飲酒しました。

 それにしても、当方髪の色は抜けていますが量は若かりしころと変わりません。
 髪の毛の大切さを改めて感じました。
 ハゲだったら確実に刺されてましたが、髪の毛が一定程度のバリアーになっていたようです。

 以上、耳の痛い話でした。
 くれぐれも言っておきますが、ネタ作りのためのフィクションではありません。


 それにしても、女郎墓に関する耳寄りな情報を入手しました。
 現地にある佐伯市教育委員会の説明看板によれば、次のとおりです。

 バスの終点木浦鉱山から車で木浦~藤河内線を3キロ余り、時間にして15分ほどで標高750メートルの大切峠につき、この峠から1キロほど下った所の雑木林の中に石塚が20基ばかり散見される。
 これが女郎墓である、墓は川石の一つを真中に立て、1メートル四方を同じような川石で囲んだ集石墓である。現在確認されているのは17基である。
 木浦山は鉱山の発達に伴い木浦内村より新しく成立した鉱山町である。
 ここは江戸時代中期には木浦町と呼ばれ、金具町、横町、梅木町、万屋町、船座町、仲町、上町、竹田町、長戸町、生木谷、下川、森下の12に区分されている。
 人口が最も多い元禄12年(1699)には、木浦・尾平(緒方町)の両山で568人であった。木浦・尾平とも同じ位の規模であったので、木浦山は300人足らずであったと思われる。
 また山師数は江戸時代を通じて35人前後とあり、これから推測すると小規模経営で家族労働を主体としたものであったことがわかる。
 しかし、良鉱が発見されたとき、あるいは茸取りの時期には周辺の村々からの出稼ぎもあったと思われるので、こうした人の集まるときには、赤提灯や木貸宿が繁盛したのであろうと思われる。
 こうした人の集まるところに「女郎」と呼ばれる人達がいたのであろう。
 これらの人々は小規模鉱山ゆえに生活は苦しく、一般的にテレビや映画で見る女郎とはイメージがまったく違い、極めて貧しい人達であった。
 したがって、死去した時は葬式や埋葬など論外で、このような雑木林の中にうち捨てられるか廃坑に捨てられ埋められるかであった。
 このように埋葬したところに申し訳程度に川石で簡単に墓碑らしくものを作っているものが多く、人間の末路としては極めて悲哀を感じるものがある。


 いつの時代も、繁栄の陰には悲しい現実があります。
 しかし、看板にある「墓碑」が果たして数百年もの間、そこに残っているのは有り得ないのでは?との疑惑があるらしいのです。
 通常、土葬をすれば埋め土が沈降し、そこに墓碑として置いていた小石などは埋まってしまう可能性が高いらしいです。

 言われてみれば、確かに300年以上経ってあんなにきれいに墓碑が残っているのも不自然な気がしてきました。

 でも、これ以上の詮索はしません。
 女郎さんがいたことは事実でしょうし、タタリがあっても困りますから…。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (4)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 祭が生む感動 | トップ | 佐伯市歴史資料館に行ってみ... »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (たかくんの姉ちゃん)
2016-10-09 09:48:46
蜂の棲みかになっちゃってたんですね。お大事にです(泣)
Unknown (mokupo)
2016-10-09 12:38:47
別の同僚曰く、「あそこは毎年巣を作っちょるんど~」とのこと。
管理者の佐伯市に文句言ってあげたいです。

刺されたのが悔しくて調べました。
スズメバチの働き蜂は、皆メスだそうです。
我が家も同じです。

Unknown (レブル)
2016-10-10 02:14:23
中学時代のある先生が、女郎墓に行った数日後の話。
夜中目が覚めて眠れずに、ボンヤリした意識のままオフロードバイクを走らせたら、ハッと気が付いた時には女郎墓の前に立っていた。
というのが数回あったらしく、お祓いをしたら無くなった、というエピソードを話してくれた。
俺も今晩は眠れん…
Unknown (mokupo)
2016-10-10 07:17:44
レブルさん>
多分先生は、過多欲求不満だっただけでしょうな。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。