木燃人の波止場

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1073 彦根の桜と歴史探訪(11)佐和山城址、井伊神社

2014-05-01 08:00:00 | 寺社一般

 2014.04.08(火)、”後期弥次喜多ご一行”は佐和山のふもとにある、歴史上に登場する施設などを見て回っていますが、今回紹介するのは、その中の・・・

 

 「佐和山城址」

  彦根駅の北側、佐和山(232.5m)にある城跡です。不破(ふわ)の関があった関ケ原(せきがはら)に近く、交通の要衝でした。近江守護佐々木氏によって築城され、天正18年(1590)石田三成(いしだみつなり)(1560-1600)が、佐和山城主となってから、5層の天守を構え、鳥居本(とりいもと)を大手とする立派な城だったといわれます。三成が関ケ原の戦いで破れた後、井伊直政(なおまさ)が新しい城主になりましたが、慶長11年(1606)、彦根城築城にともない廃城になりました。建築物の多くは彦根城や麓にある清凉寺(せいりょうじ)、龍潭寺(りょうたんじ)に移築転用され、現在では佐和山城を偲ぶものは、山腹の石田群霊碑だけとなっています。

 

「佐和山会館」

 

この写真左奥が井伊神社、もっと左のさらに奥には長寿院、井伊神社の右には清凉寺があります。佐和山城址は更に右上です。

 

「井伊神社」  

     彦根市古沢町     境内参拝自由

 

市観光協会によれば・・・

 天保13年(1842)に彦根藩12代藩主井伊直亮が、井伊家の始祖井伊共保の750回忌にあたり、井伊谷(現静岡県)八幡宮から井伊大明神を分霊して神像を造り、龍潭寺の参道脇に祀ったのがはじめとされます。また、彦根藩初代藩主直政・彦根藩2代藩主直孝も祀られています。
現在は、風化による傷みが激しいため覆いをしており、中を拝観することはできません。

 

「シダレ桜」  右の囲いの中が本殿(参拝できない)

 

第6編「宗安寺」で紹介した「血染めのススキ」はここに植えられたものらしい。

 

この後、ご一行様は再び街中に戻り、「大師寺」などを見学したが、それは後述とします。

 

 

 

コメント (2)
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