木燃人の波止場

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1553 音痴の音楽歴(1)音楽嫌い

2017-01-25 08:00:00 | その他

 自慢ではないが、私の小学生時代の学業成績では、算数や理科は人に負けない自信はあったが、音楽だけは常に3しかもらえなかった。 いや?!、本来なら2以下なのに、他の成績が悪くないので、先生のお情けで3を付けてくれているとのだと思ったほどに音楽嫌いであった。

  その後は、相変わらずの“新物喰い“で、ハーモニカやギターを手にしたが、それらは音の出る箱でしかなかった。 また、会社に入った時には、配属先の組長(893ではない)がクラブの部長をしていた関係で、尺八部に引っ張られたが、練習の3日目にはもう行かなかった。

  私が会社に入ったのは、昭和31年であるから、戦後の復興が漸く軌道に乗り始めた時期であったが、社交ダンス教室が四日市のあちこちで始まった。 職場のイケメンがダンスの先生だったので、うるさく誘われて止む無く習い始めたが、ブルースとクイックをちょっと“かじった”ところで逃避した。

  母が踊りの練習をしたいので、金を出すから「南国土佐をあとにして」を聞けるようにしてくれと頼まれ、余り興味はなかったが、「レコードプレーヤー」を買った所、思ったより安く出来たので、当時流行していたレコード、テックスリッターの「ライドウエー」ダイナショアの「青いカナリア」 等を買った。

  しかし、レコード板は買ったが、2~3回聞いただけで、棚の奥に眠り母の死後、レコードプレーヤーは誰かが持って行ってしまい、レコードを聞くことも永久になくなったのであった。 この後は会社の仕事に没頭したこともあり、音楽らしきものには殆ど無縁であった。

                             << つづく >>   

 追記

 最近、体調などを理由に“取材“に出掛けることがなくなり、当ブログも休みが多くなってきた。 私のは自分が何かをして、その過程や結果を書くことが多いので、動かないとブログが作れない。 私の生きた記録を残そうの発想から始まったのであるが、先日、ある読者からの指摘で方向転換をしたのである。

  少し肩の荷を下ろし、思いついたことを書く、なんでもありきにするなどして、少しでもブログを書くことにより、頭の体操をし、その結果で読者や友との交流ができれば、これ以上の事は無しと考えて、書き始めたのである。 相変わらず読みにくい下手な文章ながら、全ては頭の体操ですから、ご勘弁を戴きたし。

 

コメント (4)
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