木燃人の波止場

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1065 彦根の桜と歴史探訪(3)黒門から本丸へ

2014-04-20 08:00:00 | 名所旧跡

 2014.04.08(火)、友と二人、いよいよ「黒門」から「彦根城」の天守閣に向かいます。

 城の観光案内地図を見ると、ここは内堀から天守閣には最も近い門、大手門や表門からに比べれば、敵からの守りが手薄に感じられるほどに近いが・・・

 ここらは城壁が高く、通路も狭く、急な坂道が当時の戦法では、十分な守りになっていたものと思った。

 

 籠城に備えるために、ここに水が貯められていたとある。

 今はタンポポの楽園になっている。

 

 

 

天守閣の北側であるが、「西ノ丸」とよばれているあたり、今は広場になっている。

 

 

 「天守」   国宝

いくつもの屋根を組み合わせた美しい曲線でできている。牛蒡積と呼ばれる石垣の上に、三階三重の天守がそびえる。1607年に完成した。  

 

天守閣を上る。どこのお城もそうだが、階段が急だ!。 大勢の人たちと一緒だから、迷惑を少なくしようと、年寄にはこたえるが、元気を出して必至で上る。

 

 

 

 さすがにこの城は天守が広い!。

 

 彦根市のユルキャラの「ひこにやん」が来て、沢山の人が輪を作っていた。ここには、天気がよければ、」毎日10時30分から11時まで、おいでになるそうだ。 他の時間、雨天の時は彦根城博物館玄関にお出ましとか。

 

ウイキペディアによれば・・・

 江戸時代に同地にあった彦根藩の2代目藩主・井伊直孝に縁(ゆかり)ある1匹の白猫をモデルとしている。造形的には戦国武士をかぶり、おおよそ3等身で直立二足歩行をする、猫をデフォルメしたキャラクターである。なお、兜は井伊の赤備えとして有名な井伊家の伝来品をモデルとしている。その兜の様式(天衝脇立)は城主のものと同じである。

2007年(平成19年)に築城400年を迎えた彦根城の記念イベント国宝・彦根城築城400年祭」のイメージキャラクターとして登場し、全国規模で人気を博した。彦根城のマスコットとしての存続を願う多くの声を受け、イベント終了後も引き続き役割を担うこととなった。

 

 このあとは、「太鼓門櫓」などを見ながら、大手門方向に向かうが、それは次回紹介したい。

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