木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

997 東海道 関宿 (3)関町新所市瀬

2013-09-13 08:00:00 | 名所旧跡

 旧東海道筋の旧跡を尋ねる旅は、五十三次の内、桑名宿、四日市宿、石薬師宿、庄野宿、亀山宿、そして関宿に来ましたが、今回はその3編目をお届したいと思います。 ここまでに28編公開してきましたので、第29編となりました。  撮影日 2013.08.26(月)

 例により、下の地図は赤い線が旧東海道を示し、丸付き数字は尋ねた旧跡の在りかを示し、尋ねた順になっています。赤い線が薄くなってる部分は本来の道ですが、今は消失している事を示しています。

 

① 道標、常夜燈、町並み 

 地蔵院前の町並みは関宿を代表する旅籠のひとつ、「会津屋」などがありました。 この旅籠は元は「山田屋」と言い、前出の「小萬」が育った旅籠であることも知られています。

二階に洋風の窓が付いた「洋館屋」、米をつく水車の音から付いた「川音」、伝統のある鍛冶屋、など、特色のある町屋がならんでいます。

 

② 地蔵院

「関の地蔵に振袖着せて、奈良の大仏婿に取ろ」の俗謡で名高い関地蔵院。 天平13年(741)行基菩薩の開創と伝えられています。 近郷の人々ならず、東海道を旅する人々の信仰を集め、現在でも多くの人の参拝で賑わっています。 境内の本堂、鐘楼、愛染堂が国の重要文化財に指定されています。

 

③ 知行付の鐘

寛文11年(1671)建立。 国の重文。

 

④ 誓正寺   真宗高田派

下右の写真の右端の灯籠は「正定院筆子中」と刻まれています。 「筆子中」と言うのは寺子屋で教育を受けた門下生の事です。 この筆子塚はこの寺の住職であった先生に教え子達が学恩に感謝し、慶応4年(1868)に建立したものだそうです。

 

⑤ 長徳寺

 

⑥ 観音院

関の守り仏であった。裏手の観音山h名勝として訪れる人が多いとか。

 

⑦ 道標

大正15年に建てられたもので、観音院の裏手(西側)にあり、「観音山公園道」と刻まれている。

 

⑧ 法悦供養塔、道標

元禄14年(1691)谷口長上衛門の建立。「南無妙法蓮華経」と刻まれている。

 

⑨ 西の追分

東の追分が「伊勢別街道」(伊勢神宮方面への道)との分岐点であったが、それに対し西の追分は「大和街道」(加太越奈良道=伊賀奈良方面への道)との分岐点。 県指定史跡。

左に行くのが大和街道」、左の道は国道一号線で正面方向が鈴鹿峠、右の道が旧東海道。

ここまでが関宿とされる地域かも知れないが、明確でないために、 編集の都合もあって、少し離れてはいますが、もう少し坂道を上がり、関町市瀬まで、このブログでは関宿としました。 

 

⑩ 一の瀬社常夜燈

 

⑪ 常夜燈

西願寺の門前に位置する。 手前が旧東海道で、その前方が国道一号線です。

 

⑫ 西願寺    浄土真宗本願寺派

 

 

 関宿は以上3遍にて完結とします。

 関宿のスタート地点から旧東海道を通過した距離は合計4.7kmとなりましたので、三重県内の東海道を合計では44.8kmになります。

関宿のスタート地点の標高は66.1mであり、今回の終了地点が116.7mだったので、標高差は50.6mとなります。 結構上ったように思っていましたが、下がる場面もあったので、結果として左程上っていない事が解りました。 逆に言えばこれから先、坂下宿の勾配の厳しさが窺い知れるというものです。

 

 

 

 

 

コメント (4)
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