木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

978 東海道 石薬師宿 (2) 上野

2013-08-06 08:00:00 | 名所旧跡

東海道を「桑名宿(42)」、「四日市宿(43)」と巡り、今は東海道五十三次の44番目「石薬師宿」に来て、街道の周辺にある旧跡を訪ねています。  今の区画では、ここは鈴鹿市石薬師町となっています。

下の地図で、赤い線は旧東海道を示しますが、 地図 下の方に示すように、一部は消えてしまって、今やその痕跡も無い部分もあるようです。 丸付き数字は尋ねた場所です。       取材日:2013.07.20(土)

 

下の写真左は石薬師宿の入口にありました。 また、中央と右は次に書いた「浄福寺」に近くの道にあり、 旧東海道(写真の左が四日市方面、右が亀山方面)の近くから撮っています。

 

① 「浄福寺」

      真宗高田派 

上の写真下右の碑、佐々木弘綱翁とは、佐々木信綱の父親で歌人であったとのことである。 生家はこの寺から歩いても数分の所にあり。 佐々木家の菩提寺であり、碑は寺の入口に。 いまは、保育園もやっているようです。

② 「道標」

建物を建てるにあたって、誰も文句を言わないのを幸いに、邪魔になり押し出されたような哀れな姿をしている。 こういう貴重なものは、もう少し暖かい目で見てほしいものだ。

 

③ 「石薬師寺」

 寺名は本尊石薬師如来を祀ることにちなんでいる。戦国の戦火のあと神戸城主により、1629年に再建された。 石仏は花崗岩で高さ190cm、寺伝によれば、弘法大師が地面生えぬきの石に刻んだと言われている。 浅い線彫り、ほおは豊かで薬師仏として親しまれてきた。 平安後期の作と言われている。 現在の本堂は1692年再建の総檜作りであるらしい。

 

石薬師寺庭園

 

④ 「御曹子社」

 源頼朝の弟、源範頼を祀る神社です。 源範頼は武道、学問に優れていたので、その願望成就の神様として祭られているようです。 平家追討の際、石薬師寺で戦勝を祈ったと言われています。

 

⑤ 「石薬師の蒲桜」  県指定 天然記念物、文化財

「ヤマザクラ」は赤みを帯びた葉が花と同時に出るのが特徴ですが、この「蒲桜」も似て居り変種と思われ、植物学的にも貴重な品種らしい。 花はひとえで「ソメイヨシノ」よりも大きく真っ白だそうです。 二株あって、主幹は枯れているが、ひこ生えが何本も大きく育っています。

名前の由来は蒲の冠者と呼ばれる、源頼朝の弟「範頼」が、鞭として使ってた桜を突き差したら根付いたと言う伝説もあるようです。 東海道名所図会に 「名馬生食の出し所はここならむとめぐりたまひ馬の鞭を倒にさしたまふ、後に枝葉栄へり」・・・と書かれているとか。 

これが事実なら樹齢800年になりますが、そこまで桜の寿命はもたないのでは?、ひこ生えならどうなのかは私にはわからない。

 

⑥ 「石薬師の一里塚」

信長記(しんちょうき)には、1540年冬、足利将軍が諸国に命じて40町(一町は約109m)を一里として一里塚を築かせ、その上に松と榎とを植えさせたと書かれていると言います。

家忠日記には1640年に秀忠が東海道、東山道、北陸道に一里塚を36町に改めたと書かれている。・・・とか。

  「くたびれたやつが見つける一里塚」   江戸時代の作だそうです。

 

 この一里塚を過ぎると旧東海道は鈴鹿市加佐登町、つまり、「庄野宿」に入るので、これにて「石薬師宿」は終了とします。 県の資料によると、「庄野宿」は上田町近辺からとの記述があるので、この辺りは上田町に隣接するので、ここで区分けすることにしました。 見るべき旧跡もこの一里塚のあとは暫く途切れるので”取材”都合(疲労と熱中症からの退避)も丁度よかったのです。

「石薬師宿」は前編では東海道を1.8km来ましたが、今回は約900mであったので、「石薬師宿」全体としては、2.7kmになります。 従って桑名宿の起点からは 約25.7km来たことになります。 ですから、県境まではまだ庄野宿、亀山宿、関宿、坂下宿など四宿ありますが、距離としては残り20km前後と見られますが、登り勾配が更に激しくなって来ると考えられます。

上記距離は、私が独断と偏見で決めた、各宿場の始点~終点の距離を地図上にプロットして距離を計測したものです。 一方、東海道の始点とする「日本橋」から終点とする「京都三条大橋」までを124里8丁(約484km)とした場合の、宿場間の距離を調べると、

桑名宿から四日市宿までが 3里8丁 (約12.6km)

       石薬師宿までが 2里27丁 ( 10.7km)

       庄野宿までが    27丁  (  2.9km)

・・・となっており、「庄野」までの距離に注目すると、「御油宿」から「赤坂宿」までの16丁(約1.7km)に次ぎ、「平塚」から「大磯」の間の距離と同じであり、五十三宿場間では短い方である事が解りました。 なお、この計算方法によると、桑名宿から三重県の最後となる坂下宿(峠の近く)までは11里32丁(約46.4km)となってます。 

ここに使った距離は、「本陣」など宿の中心間の距離であり、地域区割りの境界間の距離でない事に注意が必要です。

                                                 << 石薬師宿 完 >>

 

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