木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

965 東海道 四日市宿 (7) 赤堀 日永

2013-07-22 08:00:00 | 名所旧跡

旧東海道筋にある旧跡を訪ねているが、その第一弾は「桑名宿」を徒歩で見て来た。そして第二弾は「四日市宿」の北の入口たる「町屋橋」から、中心部の「鵜の森神社」「浜田城址」までは距離があるので、自転車にて回った。 

 梅雨明けからは、強烈な太陽光が降り注ぎ始めたので、”後期野次喜多”にとっては自転車は危険だと躊躇していた所、地図を見るとこの辺りは、旧東海道と近鉄内部線は最も離れてる所でも300m程度であり、今度は電車で回るも一案との友の案に乗った。

経営が楽でない近鉄にとっては、廃止したいと考えているようであり、もし廃止となれば、記録を残すチャンスでもあるので、東海道に沿ってる「内部線」は全駅(7駅)を撮ることにした。 なお、存廃問題については、後述したいと思っている。

下の地図で、赤い線は旧東海道を示し、丸付き数字は尋ねた所であり、記事の番号である。 なお、尋ねる旧跡は三重県環境生活部が出している、「みえ歴史街道・東海道」に記載されたものとした。  取材日:2013.07.08(月)

  

 

① 近鉄四日市駅

左の写真は駅への入口であり、右の写真はそのプラットホームである。なお、同じ近鉄ながら、名古屋線、湯の山線への乗り継ぎのためには、別の場所になるために、改札を一旦出無ければならい。ここ四日市駅と終点の内部駅以外は全駅無人化されてるが、大きな不正乗車は出来ない構造になっている・・・とか。

 

② 「赤堀駅」

ここは最初の駅であるが、走行距離は約1km、僅か3分程の乗車である。運賃は全線7km乗ると¥220であるが、ここまでは¥170であった。 また、時刻表を見ると、内部線も八王子線も毎時2本の電車が出てるから、ここと次の日永駅、四日市駅は15分間隔での運行となっている。

駅舎の撮影をしていたら、丁度近所のおばちゃんが通りかかって、「この電車私も好きなんです」と言い、無くなる事には反対の意向であった。 小さくて可愛い電車として、愛着もあるのかも?。 金儲けがしたいばかりに、一時は電車のボデー全面にケバケバしく、地元企業の広告を塗装をした車両があったが、無くなってほっとしたのも束の間、今度は廃止論が本格化してきたもんだ!。

 

③ 地蔵さん

駅から少し戻った所にあった。しかし、見ると地蔵さんが家の軒下を借りてるように見えるが、実際は逆ではなかろうか?。

 

④ 「日永駅」

四日市駅から二つ目の駅である。ここはもうひとつの路線「八王子線」との分岐駅である。 

なお、八王子線はこの後「西日野駅」がひとつあるのみである。 昔はもう一つ先に「八王子駅」があったが、水害で大きく壊れた時に「西日野」で打ち切りとなってしまった。八王子の駅は無くなったが、線の名前は残したようだ。 よって、八王子線の駅は四日市、赤堀、日永、西日野の4駅となってしまったんだ。

 

⑤ 大宮明社

鎌倉時代は少し離れた所にあったが、永禄五年この地に還る。祭神は伊勢神宮と同じ。古来諸国より、病気平療祈願に訪れる人が多いと言う。

 

「道標」

 

 

⑥ 「大聖院」

 

 この寺も県の資料に載せられているが、写真はおろか入場さえも拒否された。

 

⑦ 「圓楽寺」

 

⑧ 「興正寺」

     浄土宗高田派

室町時代に高田専修寺の真慧の布教によって浄土真宗高田派に改宗しました。その後、堯慧上人の時代、天正3(1575)年に滝川一益が寺領を寄進し、諸役を免除するという文書を出しています。
 現在の山門は寛文9(1669)年に建立されたもので、市内に残る山門の中では最古のものだそうです。本堂は宝永5(1708)年に建立されました。   (市資料より)

 

 寺に咲いてた花

 

 

「マッチ箱電車」  近鉄内部・八王子線物語

この鉄道は大正元年(1912)に開通し、当時は蒸気機関車で走っていたようです。昭和初期にガソリンカーになり、昭和18年に電化されたようです。 レールの間隔が762mmで、今や我が国では、三岐鉄道と黒部峡谷くらいにしか存在しない、特殊軌間軌道であり、カーブが半径100mであるために、最高時速が20Km/hしか出せない、まさにマッチ箱電車なのだ。

以前は湯の山線も同じく狭軌であったが、伊勢湾台風の復旧工事にあわせて、名古屋線と同じ軌間となったし、寂れたとは言え温泉や御在所岳があるから、廃線の声は高くはないが、ここ内部線は、観光施設は皆無、早く走れない、総延長7kmと大変に短く、大きな工場も沿線には無いなどなど、廃止したくなる近鉄の気持ちも解らなくは無い。 資料によると毎年3億円弱の赤字で、際限のない補助金投入が要としている。

近鉄は鉄道を撤去して、「バス高速運送(Bus Rapid Transit)」としたいとして、初期費用の公的補助を求めると共に、地区住民の理解を得ようとしており、近鉄が決めたその方向性決定の期限は今夏としている。

 

私自身は今回この”取材”のために載ったのを含めても、この路線には2~3回しか乗ったことも無いし、乗る用は今後も思い浮かばない。 私は湯の山線沿線の住民であり、この電車に乗るのは年に1~2度しかないが、やはり無くなるのは困ると思う。電車が専用バスになり利便性があがるのなら、止むを得ないと思うが、利益最優先の企業論理が見え隠れするが、さてどうなることだろうか・・・・?。

            

                                          << 続く >>

 

 

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