木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

1675 ポールモーリア・リメンバー・コンサート

2017-10-26 08:00:00 | 祭、イベント

  ある日、高校時代の友から、10月20日金曜日は開けておけと言う。 彼が言えばノーと言わないことを承知の上で言ってきたことらしい。 また何か企んでいるなとは思ったが、全く気にせず、数日が経ち彼が何か高級な入れ物に入ったものを見せて、これ20日のもの・・・と言う。

 開けてみると何と、「ポールモーリア・リメンバー・コンサート」のチケットであり、税込¥8800という文字が目に入った。 前にも書いたが、音楽には全く縁のない生涯であったから、コンサートなど、私の柄に合わず、無縁のものと思っていた。

 確かに、軽音楽は柄にもなく好きで、幾多のレコード板、CD、ネットからのダウンロードしたものは数多く持っているし、ポールモーリア(以下”ポール”と略す)の30曲入りのCDを持っていて、車中やパソコンでの作業中にBGMとして、聞いてはいるが、未だかってコンサートは一度も訪れたことはない。

 高額のコンサートとあらば、写真撮影や録音は厳しく禁止されるであろう事を考えると、今の私には全く縁もゆかりもない、完全に別世界のことなのである。 知っていれば断ったかも知れないが、今更断る間柄でもなく、渋々ながら笑顔で行くことにしたのであった。

 前回、県の美術館で「テオヤンセン展」を見た時は、美術品は撮影禁止であっても、建物が立派であったから、外観だけで当ブログの一頁を飾ることが出来たが、ネットで事前に調べたら、カメラを持って入ると、没収するとも書いてあったから、しゃくではあるが、手ぶらで出掛けることにした。

 ポール本人ならば兎も角、もうこの世にいないのだから、まだ売れない楽団が、ポールの名を語って、ポール好きの日本人から、金を巻き上げに来たのかと思ったが、13時開演であるが、12時過ぎに来てみると、レストランは長い長い行列で、とても入ることは叶わなかった。

 場所は津市にある三重県文化会館の大ホールであり、我々の席は一階22列10番であり、真ん中近くの少し前よりで、音響効果も悪くない場所と判断した。そして待つ間もなく演奏が始まった。楽団は「GOJJJ」と言い、”グランド・オーケストラ”と指揮者の名前”ジャン・ジャック・ジュスタフレ”の先頭の文字を集めた形で呼んでいるようだ。 

 

 ジャン・ジャック・ジュスタフレ

フランス人であり、ホルン奏者であったが、ポールが指揮者として立てない時に、ポールに変わってポールモーリア楽団を指揮したことがあったようだ。 ポールの死後、未亡人に頼まれて、ポールの楽団を継承し、その名前を「GOJJJ」として、再出発させたものとある。

 

 

  CDやTVしか耳にしたことのない、私には強烈な、ど迫力を感じる一瞬であったが、もう二度と無いかも知れない、良い体験をさせて貰ったと友に感謝した次第。 ポールの楽団が演奏したCDばかりを聞いている私には、その編曲が異なると受ける感動が異なり、いまひとつ、全力で拍手するには至らなかった。

                        以上

  

 

 

 

 

  

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1655 富田の鯨船祭(食事会-10)

2017-08-20 08:00:00 | 祭、イベント

  高校時代の友四人で原則毎月一回の食事会を開催しているが、今回は四日市に住むS君のお世話で、2017.08.15(火)四日市市の北部富田町の神社に奉納される「鯨船祭」を見ることになった。 

 先ずは腹こしらえとして、桑名市の国道一号線添いにある、うなぎの専門店「丑松」にて、食事会を実施。 

  桑名市大字繁松新田68-2  

 

  いつものメンバーが勢揃い。  

 

 

  お盆の当日であるからか、まだ、12時にはかなりあるが、すでに店内は満席。 人気があるようで、味の良さが窺えるというもの。

 

  ¥1600の鰻丼を所望したが、うなぎの蒲焼き4きれに吸い物と漬け物だけではあるが、しっかりとした食感のうなぎであり、味付けも悪くなかった。

 

  S君の送迎により、JR富田駅近くの神社までやってきた。 

 

「鳥出神社」    四日市市富田2-16-4

 

神社のホームページによれば・・・・・

当社本殿の造営は神宮式年遷宮の時の古殿の用材を拝領して行われる古例がある。
当社の有名な神事に、鯨船行事がる。地元の四町からそれぞれ鯨船が曳き出され、四隻の鯨船で捕鯨の様子を表現する本練では、鯨の発見から銛打ちまでを鯨船を利用して演じている。

  

 

 

 

 

  鯨船行事の概要

 
 「鳥出神社の鯨船行事」は、毎年8月14日と15日に開催されます。14日の朝には、各組が松明をもって鳥出神社に参拝し、町の平安と行事の無事を祈願してお祓いを受けます。神火を受け取り、その火を持参した松明に遷し燃え尽きるのを見届けます。その後、各町へ戻って町練りが行われます。
 15日には、各町が順番に鳥出神社の境内で本練りを行います。まず、鳥居前で鯨突きを行ってから宮入りし、境内では本殿に1本別社に1本鯨突き奉納します(古川町は本殿に1本のみ)。途中、鳥居を挟んで次の組との間での駆け引きが妙です。最後には、唄と太鼓を叩きながら、輪になってぐるぐる回る踊り等しながら、神社に行事が無事終了したお礼の宮参りを行ってすべての行事を終えます。

 

ユネスコ無形文化遺産

  平成28年12月1日、ユネスコ無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会(於:アディスアベバ・エチオピア)において「鳥出神社の鯨船行事」が全国33件の「山・鉾・屋台行事」の一つとして、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。 

ユネスコ無形文化遺産
 ユネスコ無形文化遺産とは、形のない文化遺産の保護等を目的としたもので、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されることで登録となります。
 山・鉾・屋台行事
 「山・鉾・屋台」とは、地域の安全や豊穣を願い人びとが一体となって行う祭礼に際し、曳いたり担いだりする出し物の総称で地域によって、曳山・屋台・祭車・山車・だんじり等と呼ばれます。
 

国指定重要無形民俗文化財

 平成9年12月15日に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

(以上、富田鯨船保存会連合会の記述より抜粋) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事会はこのあと、喫茶店に場所を変えて、楽しいひとときを過ごし、午後3時頃解散とした。

 

 

 

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1538 大相撲九重部屋稽古見学

2017-06-15 08:00:00 | 祭、イベント

  2017.06.13(火)、名古屋場所が近づき、今年も大相撲九重部屋の老人養護施設「陽光苑」での四日市下宿を見学させて戴いた。 昨年は6月22日に見させて戴き、元横綱、千代の富士関とならび記念写真を撮らせて頂いたが、その一ヶ月後に亡くなられるという大きなご不幸があった。 

 現在は、元大関、千代大海が親方を務められているが、今日はその席の前には、土俵上を撮影するビデオが置かれていた。 また、モンゴル出身の千代翔真関も不在であった。 今回は高校時代の友四人が揃って見学となった。

 

  稽古は朝7時30分から始まっているが、今日は8時から見学させて戴く。

 

 体力増強

「腕立て伏せ」もこのような道具を使う。 

 

 パタンパタンと力強く地面を叩くが、数十回やると、体には汗がびっしり。

 

  これは「千代の国関」であるが、体は結構やわらかい。 これが強さの秘訣か?。

  

 午前10時丁度、稽古は終了。 あとは一日二回の食事をして、多くは部屋でごろごろとか。

 

 ここからは、控え室での取材。

 床山さんによる、髪結い。 初めて見せて貰った。 

 

 どうもこれは「まわし」らしいが、胴周りは大きいが、こんないも長いことを知った。 調べて見ると、力士用は6mとあるが、腰回りの大きい力士も同じとは思えないが・・・・?。

 

  力士が作った「ちゃんこ鍋」をご馳走になった。 十代の若い力士が準備するらしいが、しっかりとした味付けがしてあり、美味しく戴いた。  

  意外だったのはもっと脂っこい料理を予想していたが、以外にもさっぱりしており、肉(鳥、豚、牛)さえ少なければ、我が家の料理と大きな違いはないように感じた。 来客用の特別な料理であったかどうかは、聞く機会を逸してしまったが、  健康に太る事では、こうなる感じもするが・・・???。

  

 今回も、我が同級生の従兄弟さんのお世話になって、色々とお話を伺い、我らの生活と、力士のそれとの違いや共通点を知り、また、初めて目にした事も多々あり、誠に貴重な体験に預かったと、絶大なる感謝をしたのであった。

 

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1617 友人の絵画展

2017-05-22 08:00:00 | 祭、イベント

  私が転校したことで、小学5年の2学期から、中学卒業までの間、同じ学校に通った、いわば竹馬の友が絵画を展示するとの葉書が舞い込んだ。 場所は四日市文化会館であり、偶然にも、丁度その日は隣の展示館で山野草展をやっており、ブログのネタにしようとやってきた。 (2017.05.20 (土))

  

グループ社絵画展      主催:羽津絵画教室 

  

  筆を執ったのは、 小井(いさらい)雄平 君。

 

 パノラマ絵画。 額も自作だとか。

 

 

 手前に転がるのは、ちょこ。 置くと酒がこぼれるから、必ず飲まねばならない、酒に弱い私には難物だ!。

 

  四日市市羽津の城山の風景。 この小さな山の下を近鉄名古屋線が走っている。 小学校の帰り道よく遊んだ、懐かしい場所である。 写真では見にくいが、右下に小さく描かれているのは、光明寺というお寺であり、現在も住職は同級生であり、少し前に、当ブログで訪れている。 光明寺はこちら。  

 

 

 

 他の展示も紹介しよう。 

 

 

 山野草展については、別途紹介する。

 

 

 

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1504 大相撲 九重部屋・稽古見学

2016-06-22 08:00:00 | 祭、イベント

  中学時代からの友達の従弟(今は故人)が経営する「陽光苑」という高級養護施設の一部に大相撲九重部屋が下宿しているので、その稽古風景を見学させて頂いた。名古屋場所(2016/7/10~24)に先立ち、6/23日まで、四日市市に滞在中。

この日は九重親方(元横綱千代の富士、元協会理事長)も来て、親方の厳しい叱責も見られ、分厚い胸にぶち当たるど迫力満点の音も身近に感じるなどの、真剣な稽古風景を見ることが出来た。(撮影2016.06.20(月))

  

 土俵正面中央の黒いシャツ姿が九重親方である。 今日稽古に参加の力士は5名と幕下の2名の計7名が稽古を行っていた。

幕下が兄弟子の胸を借りる姿ではあるが、取り組みではなく、土俵内を押して行くだけの、体力増強のようだ。 体力の限界を超えても尚且つ力を出し切る、厳しい訓練と見た。 なお、取り組みは別の所で、幕下どうしでやるらしい。

 

 力士の名前を聞いたが、今まで耳にしたことがない力士名は、残念ながら耳に残らず、帰って写真をネット上で調べるも、写真と名前が一致しなかった。

今の九重部屋の力士は、千代鳳(小結)、千代大龍(前頭16)、千代翔馬(十両2=モンゴル)、千代の国(十両3)、千代皇(十両7)、千代丸(十両12)の6名であるから、内一名は参加してないことになる。

 

 

 

幕下の二人は、取り組みは無く、土俵外でひたすら体力増強に励むのみであり、痛々しさを感じるほど厳しいものがある。 こんな苦難を超えて這い上がる一部の者だけが役付きになる、厳しい勝負の世界を垣間見た気がした。

 

養護施設の”ジム”で力士たちが生活しているようであるが、その入り口周辺の飾物の一部を紹介。

 

朝稽古が終わって、お帰りになる処を、施設役員の計らいで特別に元千代の富士関と並んで写真を撮って頂いた。

 

  以上、貴重な見学をさせていただき、友に感謝の半日であった。

 

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1297 東海道・関宿の雛祭り

2015-03-02 08:00:00 | 祭、イベント

 旧東海道沿いの亀山宿、関宿の古い町並みにおいて、ひな祭りが行われ、90か所でひな壇などを展示しているので見に来ている。 その中で今回は関宿を紹介したいと思う。 

 

下の写真のように、商店の飾りとしているところがおおくあり。

 

 

下の建物の中では、時代毎の飾りつけの違いをみせてくれるところもあった。

 一味違うのは、江戸時代のもの。(下を参照) 主役以外は一段の中に並べられているのが大きな違いのようだ。

それが大正時代以降になると、”段飾り”となってきている。

 

江戸時代など、昔はひな飾りは大名やよほどの金持以外には、持つことができなかった。また、”飾段”のような大きなものは、遠くに運ぶ手段が無く、一般庶民は安くて持ち運びが容易な下の写真のような巻物で凌いでいたのだとの説明をしてくれた。

明日からは3月というのに、今日はまだ寒く人では少なかったが、午前11頃になると、ぼつぼつと見学者が増えてきた。

 

沿道沿いには、神社や仏閣が多くあり、そのいくつかには参拝したが、ここは依然「東海道・後期弥次喜多道中記」として紹介したので、掲載はしなかった。

 

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1296 東海道・亀山宿の雛祭り

2015-02-28 08:00:00 | 祭、イベント

 旧東海道の亀山宿、関宿のあった周辺には、古民家が並ぶ。 この街道沿いの90か所にひな壇が飾られて、ひな祭りがおこなわれているというのでやってきた。

  最初に訪れたのは、亀山市西町にあるかなり大きい古民家ですが、外観からはちょっと”ひな祭り”という楽し気な雰囲気は感じられなかったが・・・・・

 

 建物の中に入って、その華やかさに”びっくり仰天!。

 幾段もの飾りが、所狭しとならべられており、その数と華やかさに圧倒された瞬間でありました。

 

 

 かわいい”ひな”達もやってきました。こちらもとてもかわいい!。

 

この後は、関宿に向かいましたが、それは別途紹介します。

 

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1231 わらじ祭と神社

2014-09-18 08:00:00 | 祭、イベント

2014.09.13(土)、 久々に「大王崎灯台」に来てみたら、偶然ながらこの町は今日が「わらじ祭」でありました。 ブログ取材が目的のお出かけには、これ以上の機会はないと、早速見て回ったのでありました。

神社にあった「わらじ祭」の由来は・・・

昔、大王崎の沖に、ダンダラ法師と言う一つ目の巨人が住んでいました。この巨人、海は荒らす、村の娘はさらってゆくと悪さのし放題。

そこでこの法師に困った村人達が団結して、大わらじを編み、海に向かって流しました。すると一つ目は自分より大きな巨人が居ると思い込んで、以来悪さをしなくなりました。

・・・という伝説にちなんで年に一度9月甲の日に波切神社で神事を行った後、畳一畳ほどの大わらじを海に流し、海上安全と大漁を祈願します。

この神事は県の無形文化財に指定されています。  (原文のまま)

大漁旗を立てた漁船が・・・。

 

海に「おおわらじ」を流した後でしょうか、大漁旗と日章旗を立てた、3隻ほどの漁船が港内を巡っていました。

 まつり会場の水揚げ、漁業市場ですが、今は催しの休憩時間中らしく、舞台は空でした。先を急ぐ私たちは祭広場を後にせざるを得ませんでした。

 

神事が行われた「波切神社」に上がって見ます。

 階段に弱い私にはきわめて厳しい、数百弾の石段ですが、後から上がってくる人たちに次々と追い越されながらも、ここで引き返しては”男がすたりる(?)”とばかりに、歯を食いしばって上がったのでありました。

 祭の真っ最中ということは、かろうじてわかるものの、最早人の気配はまったく感じません。

 

 

 偶然祭に出くわしましたが、残念ながら肝心の「大わらじ」には会えませんでした。 ちなみに、私たちは漁協の経営する駐車場に車を置きましたが、一回¥300でした。

この後は、これまた久々に「志摩スペイン村」を訪ねましたが、その記録は次回に紹介したいと思います。

 

 

 

 

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1040 佐布里池梅まつり(知多市)

2014-03-10 08:00:00 | 祭、イベント

 梅のシーズンが近くなり、どこかよい処を知らないかと友に訪ねたところ、私のホームページを見て、まだ訪ねていない所を何か所か推薦してくれたので、かねてから、梅の開花と天候とそして都合のつく日を探していました。

この年になると、予定表はがら空きで、予定が書かれているのは「通院日」のみでしかないが、それでも、この3つが、合う日はなかなかやってこなかったが、今日(2014.03.09)は日曜日だから、混雑に出合いたくないので、通常は敬遠する日ではあるが、久々のお出かけ故に、曇りは決行と出発しました。

会場に到着したのが、午前10時、すでに駐車場は入れず、周辺の道路が一方通行とされていて、その路上に駐車をしたが、10分ほど歩かねばならないほどに、多くの人が来ていました。 こんなに多くの人が訪れるのだからと、自然と「梅」への期待が膨らむのでありました。

 

 知多市佐布里台3-101  佐布里緑と花のふれあい公園

    入場無料

 

 下の梅は入口の植えられており、「佐布里梅」という看板がありました。

 

 

広場の野外ステージでは、子供たちによる太鼓のショーをやってました。

 

 

 

右は佐布里池であり、この南側の斜面に梅が植えられていますが、さほど大きくはなく、また、花の付き具合もいまいちと感じました。 しだれ梅は見当たりませんでした。

 

 

 

小さな温室内では、ゼラニウムなどが咲いていました。

 

下の花は「キンカチャ(金花茶)」と書いてありました。(「花写真館」未登録)

 

ラッパ水仙がきれいに咲いてました。

 

 ちょっと”物足りなさ”を感じたので、このあと安城市の「デンパーク」にむかいましたが、その内容は次回に紹介したいと思います。

 

 

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912 猪名部神社 上馬神事

2013-04-13 08:00:00 | 祭、イベント

上馬神事は「多度大社」のものとばかり思っていたが、我が家から30分位の所、いなべ市でも毎年行われていると友に教えられた。多度は有名であるから、華やかではあろうが、それだけに混雑も激しく写真撮影もままならないが、ここなら撮りやすいように思われる。

ここでは、今年は4月6日(土)、7日(日)に行われるとの事であったが、いきなり訪れても私には勝手が解らないだろうからと、友が気を使ってくれて、わざわざ”下見”のために3月29日に同行してくれたのであった。

 

 「猪名部神社」  (いなべじんじゃ)

     いなべ市東員町北大社

 

D95245t

D95251t

(上の二枚は、下見に来た際に撮ったもの。)

 

所が、4月6日(土)は、全国的に春の嵐になってしまった。しかし、神事は雨天の中も行われ馬に乗った十代の若者が土塀を駆け上がる無形文化財の上馬神事が奉納された。この日は5人が2回ずつ乗って10回挑戦し、その内3回が掛け上がれたと新聞には出て居た。

翌日は予報は雨もありで雲行きは安心出来ないが、少し青空も見えるので、”駄目元”と覚悟を決めて、出掛けたのであった。時々小雨がぱらつくが、13時開始の2時間前に到着して、早昼も食べて、登り坂の途中に撮影場所を決めた。

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しかし、ほんの数分間上の本殿とその周りで行われた、セレモニー(下の写真)を撮って戻った所、すでに私の予定した場所は亡くなっていたし、他に空きは無かった。 残念ではあったが、もうどうにもならなかった。場所取りにご座を敷いて置いた人も結局は、観客の多さに圧倒されて、場所取りに失敗する人もいた。

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そしてセレモニーが終り、いよいよ馬場に降りてゆくのだ。

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この後、馬場を坂の手前まで軽く走って(練習)、馬に”ここを登るのがぞ”と教えるようなしぐさが見られた。

 D97005t

 馬場全体では百メートル以上はあるが、この日は坂の手前50メートル足らずのところがスタート地点となっていて、一段高い所から馬に乗ろうとしているのが、下の写真である。

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馬に騎手が乗ると、間もなく出発である。(写真の右方向に走る)

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下はスタート直後の写真であるが、坂の上の方から撮ったもの。

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坂が近づくと、鞭打ち回数が多くなり、スピードを上げる。

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高低差5~6メートル位の急坂を昇り、その先の垂直に切り立った2m位の壁を這いあがるのである。両脇と上にも人がいて助け上げることは言うまでも無い。

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ここを駆け上がる姿を撮るのが目的と思っていたが、場所取りに失敗したので、その夢はかなわなかった。

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見事に掛け上がると拍手と大きな歓声があがり、ほっとした気持ちになる。

この後掛け上がった馬と騎手は本殿の前で観衆の祝福を受ける。動物愛護団体からの苦情は解らないでもないが、何百年も昔から行われる神事だ、馬はこの後美味しい人参などを戴くのだろうから、”御苦労さん、人間の勝手に我慢してな!”と祈った。

D97098t

この日は5人の騎手が一回ずつ計5回挑戦するのであるが、4回見たが全てが成功した。この辺りから気温が急激に低くなり、寒さに耐えかねて、見学を終了して、帰路についたのであった。

 

 

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